第152話 黒薔薇を貴方へ
「うきゃ――――――――――――――――――――っ!!!! 可愛い!! 最高に可愛い!! ソーキュート!! もうほんっとうに可愛いありがとうございます!!」
「うへっ!?」
変身した俺を見た途端、輝夜さんが甲高い声を上げてどこからか取り出したスマホで俺の撮影を始めた。
「これ新しいフォルムチェンジでしょ!? しかも最終回で変身するようなやつでしょ!? 最高!! もう本当に最高!! ツー!! ツー撮って良い!?」
「あ、後でね。今、それどころじゃないから」
「絶対よ!! 後で絶対撮るからね!?」
「う、うん……」
俺が頷けば、よっしゃぁっと力強くガッツポーズをする輝夜さん。
おかしいな。俺が格好良く変身して、格好良く装置を壊す流れなのに……。
一瞬で緊張感は過ぎ去り、全員気の抜けたような顔をしてしまっている。いや、若干一名鼻血を垂らしながら輝夜さんと一緒に俺を撮影してる幼馴染がいるけれど。
「くーちゃん、アタシもツーショット撮るからね」
「あ、はい」
「「じゃあ僕も!!」」
「抜け駆けしない!! 黒奈、私とも撮るんだからね!!」
「儂ともお願いしますじゃ!!」
碧を皮切りに、皆が自分もと申し出てくる。
「あー、もう! 分かったから!! 写真撮るから!! 今はそれどころじゃないでしょ!! 直ぐに装置壊してくるからちょっと待ってて!!」
俺がそう言えば、全員はーいと素直に頷く。うん、素直でよろしい。
「すぅー……はぁー……よし」
一つ深呼吸をして、視線を装置へと向ける。
装置は今も稼働しており、今もまさに三世界を統合しようとしている。
おそらく、もう時間は無いだろう。空を見上げれば、いつの間にか薄っすらと違う世界の地表が見え始めている。
美しい景色の世界と、
世界が繋がるのは良い事だと思う。けど、世界が一つになるのは違う。
「行ってきます」
背中から黒色の光の翼が現れる。
それだけで輝夜さんと碧が騒ぐけれど、今は相手をしない。流石にそんな場合ではない。
飛躍。ただ一度羽ばたいただけで、俺は装置の目前までたどり着いていた。
「っとと……ちょっと調整が難しいね」
少しばかり出力調整に苦心するけど、戸惑う程ではない。
装置に触れようと手を伸ばすけれど、寸前で見えない壁に阻まれる。
「……これって……」
皿の方では感じなかった懐かしさを感じる。
これは、多分俺の力なんだろう。俺の、可能性の特異点。
「お前も、あるべきところに帰る時よ。さぁ、全部終わらせましょう」
少し離れ、手に持ったステッキを掲げる。
「
ステッキの先が光り輝き、一輪の黒薔薇が咲き誇る。
光は強さを増し、幾つもの流れを作って装置を包み込む。
「魔力も、力も、世界も、想いも!! あるべきところに帰りなさい!!」
光から幾つもの黒薔薇が咲き乱れる。
幾つも、幾つも、黒薔薇は咲き乱れる。
黒薔薇からまた光が溢れ、ゆっくりと、しかし、確かな力強さを持って、光は空を舞い、いずこへと旅立つ。
それは、奪われた人の感情だろう。
光が感情を抽出して、開花させて持ち主の元へと送り返しているのだ。
何千、それこそ、万にも届くだろう感情を選別して、持ち主のところへ帰す。俺一人じゃそんな事出来ない。皆の力があるから出来る事だ。
光は宙を舞う。
素早く飛ぶせっかちさんも居れば、ゆっくりと飛ぶのんびりさんもいる。
段々と、装置自体から力が抜けて行く。
「もっと、もっと咲き誇りなさい。あなた達の確かな想いを。あなた達の確かな心を」
だから、もっと、もっと、激しく、強く、咲き誇れ。
「綺麗……」
黒薔薇の乱舞を見て、誰かが呟いた。
うん、綺麗だ。
これだけの想いが空を舞い踊り、いずこへと旅立つ姿はとても幻想的だ。
「や、めろ……!!」
その光景に見惚れていると、苦し気な声がかけられる。
「……もう、やめにしようよ、ヴァーゲ」
声の方を向きながら言う。
そこには、ぼろぼろになったヴァーゲが立っていた。
あれだけの攻撃を受けて、まだ立っていられるその胆力には素直に感心する。
「世界は、貴方のものじゃない。貴方一人のために姿を変えるなんて、間違ってる」
「だと、しても……!! 私は……私を一人にしない世界が欲しい!! だから……邪魔をするな、ブラックローズ!!」
「邪魔はするよ、ヴァーゲ。自分が変えられないから他の何かを変える。それ自体が間違えてるって、私は思わない」
自分が変わらないなら、他の何かを変えるという事はよくある事だ。
俺だって、そういう事はある。変えて良い事だってあれば、変えられない事、変えちゃいけない事もある。
「けど、それに誰かを巻き込んじゃダメだよ。それじゃあ、誰も貴方を受け入れてはくれなくなっちゃう」
「お前に何が分かる!! 私は変われない、変わる事が出来ない!! 今抱いている怒りだって直ぐに無くなる!! お前に分かるか!? 感情を押さえつけられる苦痛が!! 感情を抱けなくなるんじゃないかと怯える日々が!!」
ヴァーゲの気持ちに、俺は軽々しく同意する事は出来ない。
花蓮への愛情を失った事は怖くて、悲しかったけれど、俺にはそれ以外の感情があった。
全ての感情を抑制されるという恐怖は、俺には分からない。
多分、ヴァーゲの気持ちを分かれるのは、ヴァーゲ本人だけだ。
「私には分からない。分かるだなんて、軽々しく言えない」
しっかりと、ヴァーゲの目を見る。
逸らしたりはしない。逸らしちゃいけない。
今まで気付かなかった。ヴァーゲが、こんなに誰かに助けて欲しいって目をしているなんて、全然気づかなかった。
だから、逸らしちゃいけない。
世界の統合を止める。皆の感情を元に戻す。俺の力を取り戻す。
そして、ヴァーゲの事を助ける。
俺になら、出来るはずだ。
「大丈夫。私は、貴方も助ける」
「――っ。どうやって……!! 私には出来なかった!! 誰も、私の相当を崩す事は出来なかった!! 誰も、私の相当を失くすことは出来なかった!!」
「大丈夫。私に任せて」
泣きそうな顔のヴァーゲに俺は微笑む。
「……っ。……どうして、私を……」
「だって、私は皆の笑顔のために戦うんだもの。だから、貴方の笑顔だって護ってみせる」
とは言うけれど、相当の力は恐ろしいほどに強力だ。今も、装置の魔力を吸収して外に放出する事しか出来ていない。それだって、皆の力があってこそ出来る事だ。
もうすぐ、装置の魔力は枯渇するだろう。そうすれば、三世界の統合も終わる。最後に残った俺の魔力も、もうそろそろ帰ってくるはずだ。
「あぁ、そうだ」
一つだけ、思いついた。
けれど、それは大きな離別だ。手放すには、あまりにも思い出が多すぎる。
……うん、けど、それで誰かが救えるなら。
花蓮を救う事は出来た。花蓮は、もうブラックローズがいなくても、笑顔でいられるから。
装置の頂上に、一際大きな黒薔薇が咲く。
その黒薔薇から巨大な魔力の光が溢れ、俺の身体へと流れてくる。
少し離れていただけなのに、酷く懐かしい感覚。
でも、ごめんね。せっかく戻って来たけど、またお前とさようならだ。
「……可能性の特異点は、有り得る可能性を手繰り寄せて掴み取る力。ヴァーゲ、君には感情が無い訳じゃない。だから、イメージして。君が心の底から笑って、その笑みがずっと続いて、心がずっと温かいままでいる事を」
「――っ!! お前、まさか……!!」
「さぁ、イメージして。大丈夫。ヴァーゲならきっと出来る」
力強く、ステッキを握り締める。
失うのは怖い。けど、無くなってしまう訳じゃない。
微笑みを浮かべ、ステッキに魔力を込める。
「黒薔薇を貴方へ」
ステッキから魔力が流れ、ヴァーゲへと注がれる。
「何故……!! 私は、お前を……!!」
「そんな事は良いの。今は、貴方が笑える未来をイメージして」
言いながら、俺もイメージする。
「些細な事で微笑んで、楽しい事で心の底から笑って。声を出して笑って、涙を流すほど笑うの」
「私の、笑う未来……」
「そう。笑える未来。笑えない時だってある。悲しい時も、腹が立つ時もある。けど、だからこそ笑っていられるときは幸せなの。笑えるって、とても幸せな事なの。だからイメージして。貴方は感情を抑えられるのが嫌なんでしょ? なら、目一杯イメージして。自分の笑顔を」
ヴァーゲは感情を抑えられるだけで笑えない訳じゃない。
その感情が続く事を、イメージするのだ。
「明日ハンバーグを食べよう。明日はゲームの発売日だ。明日は友達と遊びに行く日だ」
それは、ちょっとの幸せ。当たり前の幸せ。誰でも、望める幸せ。
「やった、自販機のジュースが当たった! 信号機に一回も引っかからなかった! ぎりぎり学校に遅刻しなかった!」
それは、些細な日常のワンシーン。何度だってあるだろう、ただの日常。
「些細な事で良い。小さな事で良い。小さな事を喜べるなら、大きな事を喜ぶ感情はもっと大きくなるはずだから。なんだって良い、自分が笑える未来を思い描いて」
そっと、ヴァーゲの頬に手を添える。
「好きな食べ物は?」
「……ビーフシチュー……」
「スポーツは好き?」
「……ああ」
「マンガとか読んだことある?」
「……無い。けど、興味はある……」
「お喋りは好き?」
「……ああ……」
「なんだ。興味があって、好きもあるじゃない。なら、大丈夫。貴方の気持ちは埋もれてるだけ。さぁ、もっと表に出して」
埋もれてるなら、俺が引っ張り上げてやる。だから、最後の最後だから、力を貸して。
「そろそろ秋になる。秋になったら、
「……」
「ヴァーゲはどうしたい?」
「……秋刀魚、食べてみたい……紅葉だって気になる」
「うん。冬は雪が降るね。スキーも出来るし、クリスマスだってある。家族だったり、友達と一緒にパーティーするのも良いね。年明けには初日の出を見て、一年の幸福を祈って初詣にも行くよ」
「……初日の出には、興味がある。クリスマスパーティーも……参加してみたい……」
「そうだね。じゃあ、ヴァーゲはそこでどんな表情で参加したい? どんな表情で、日々を迎えたい?」
「私は……」
ヴァーゲの頬を涙が伝う。
「私は……笑って、毎日を迎えたい……っ!!」
「ならもっと笑おう。力に負けちゃダメ。顔を上げて、笑顔を浮かべて」
戸惑いながら、ヴァーゲは涙に濡れた顔で不器用に、けれど、確かに笑って見せた。
「うん。最初に会ったときよりも、良い笑顔だよ」
ヴァーゲの笑顔に、俺も笑みを浮かべて返す。
「……っ。わ、たしは……!! 私は……!!」
止めどなく、ヴァーゲは涙を流す。
感情が揺すぶられているのだろう。溢れ出る感情を、制御できなくなっているのだろう。
笑みを浮かべながら、ヴァーゲは涙を流す。
うん、もう大丈夫だ。
「こんなに……笑えるだなんて……っ。泣けるだなんて……っ」
顔を覆い、ヴァーゲは声を上げて涙を流す。
ようやく、ヴァーゲは人の気持ちに寄り添えるようになった。だから、溢れる感情に戸惑いながらも、それと上手く付き合っていかなければいけない。
だから、今は一杯泣くと良い。泣いて泣いて、気持ちをゆっくり整理していけばいい。
それが、感情と付き合っていくという事なのだから。
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