第151話 マジカルフラワー・フルブルーム
深紅が戦っているのを眺めながら、父さんは言う。
「うーん……ちょっとまずいかな」
「まずいって?」
「順当に行けば深紅くんはヴァーゲに勝つよ。けど、ヴァーゲに勝つだけじゃダメだ。あの装置を壊さない事には、三世界の統合は止まらないからね」
「え、じゃあ父さん達もあっちに行かないと!」
「うーん……」
俺の言葉に、父さんは難しい顔をして考え込む。
「父さん……?」
「その事なんだけどね、多分、僕達は行かない方が良いと思うんだよね」
「え、じゃあ誰があの装置を壊すのさ!?」
「全員で殴り続ければいずれ壊せますよ!」
俺の言葉に、チェリーブロッサムが元気溌剌に答える。
「無理だメェ。皿の方はそれで良かったかもしれないけど、あれにはもろに可能性の特異点の力が働いてるはずだメェ。それこそ、今戦ってるクリムゾンフレアのように一人で相当を崩せるくらいじゃ無きゃ壊せないメェ」
「そんなのやってみないと分からないじゃないですか!!」」
「いや、恐らく無理メポ。あれを壊せるのは今の状態の和泉深紅しかいないメポ」
「じゃあどうするんですか!! 黙って見てろって言うんですか!?」
「そうは言ってないメポ。葉太と弓馬であれば恐らくは出来るとメポルは確信しているメポ。だから、メポルは葉太の真意が知りたいメポ」
視線だけで、メポルが父さんに訊ねる。
こんな状況でも、父さんは変わらずに笑みを浮かべて答える。
「僕はもう個人的には引退した身だからね。そんな僕が出張らなきゃいけない状況ってのは、そうそうあって良いもんじゃないと思ってる」
「その出張らなきゃいけない状態が今メポ」
「いや、今じゃ無いよ。今は深紅くんがいる。それに、頼もしい仲間たちもいるじゃ無いか」
言って、父さんはチェリーブロッサム達を見る。
「本来なら、こんな局面でも僕の力なんて必要無いんだよ。だって、彼等だけで事足りるもの」
「じゃあなんで葉太は出て来たメポ? 自分の力が必要だと思ったからじゃ無いのかメポ?」
「それも少なからずはあるよ。けどね、最大の理由は子供達を助けたかったからさ。黒奈も花蓮も僕の子供だ。子供を助けるのに親が頑張るのは当然のことだろう?」
言いながら、父さんは俺達三人の頭を順番に撫でる。
「けど、黒奈達が大人になって自分の子供が出来たら、その子供達を護るのは黒奈達だ。僕達だって手は貸すけどね、今より力が無くなってるはずだよ。そんな時、また僕達に頼るのかい? 出涸らしてしまった僕達に」
父さんの言わんとしている事は分かる。
確かに、これから先にまで父さん達を頼って生きていくわけにはいかない。世代は交代して、新しいヒーローが台頭していく。
俺達は力を手に入れた。その力は、護るためにあるんだ。
護るなら、誰かを頼らず、自分達でどうにかしなくちゃいけない。そのためのヒーローであり、魔法少女だ。
俺達はその誰かを護る一人なのだ。護られる側にはいられない。
ディスプレイの向こうで、深紅が激しい戦闘を繰り広げている。
深紅は、護られる事を選んでない。護る事を選んでる。
俺は、ここに来るまでにたくさんの人に護られてきた。たくさんの人が護ってくれた。
確かに花蓮を助ける事は出来た。でも、それは本当に助けたと言えるのだろうか?
左腕にはまっているブレスレットを見る。
俺にもう魔力は無い。残り火の変身ももうできない。
でも、それでも、護られる事じゃ無くて、護る事を選びたい。だって、それが魔法少女だから。それが、ブラックローズだから。
「……父さん、俺、行くよ」
父さんの顔を見てはっきりと告げれば、父さんは嬉しそうに笑みを浮かべて頷く。
「ああ、行ってらっしゃい。これが終わったら皆で焼き肉でもしよう。勿論、弓馬の奢りでね」
「勝手に決めるな!!」
「えぇ、良いだろう? そもそも弓馬だってこれが終わったら皆でご飯食べるって言ってたじゃんか」
「焼き肉をするとは言ってない!! 私はゆっくりとディナーをだな――」
「あーつまんない。こういう戦いの後は、馬鹿みたいに騒いで焼き肉一択だろ? 僕らはいつだってそうだったじゃ無いか」
「それは昔の話だろうに……」
「関係無し!! って事で、黒奈。帰ったら焼き肉だ。だから、無事に帰っておいで」
「うん!!」
焼肉が楽しみだから帰ってくる訳じゃ無いけど、それでも、帰る理由が多いというのは良い事だと思う。
「待つメポ!! 黒奈にはもう魔力が無いメポ!! そんな状態で戦える訳がないメポ!! それに、黒奈には相当を打ち崩す力が無いメポ!!」
「出来るよ。メポル、
「お前のその自信はいったいどこから出てくるメポ!?」
「我が子を信じればこそさ。さ、行っておいで、黒奈。それで、決着をつけてきなさい」
「うん。行ってくる!!」
走り出そうとして、両方の手を二人の花蓮に掴まれる。
「「待って兄さん|(お兄ちゃん)!!」」
息ぴったりに二人はそう言って俺を引き留める。
二人は心配そうな顔をして俺を見る。当然だろう。何せ、変身も出来ないのに行こうとしているのだから。
心配そうな二人に俺は安心させるように笑いかける。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
「でも……」
「お兄ちゃん、もう……」
「うん、変身できない。けど、大丈夫」
その言葉に根拠なんて無い。けど、何故だか確信している。大丈夫だ。なんとかなるって。
「俺は、ちゃんと二人の帰る場所を護るよ。俺に出来る事って、それくらいしか無いから。だから――」
二人の手を引っ張り、俺の方に誘導する。
そして、二人をめいっぱい抱きしめる。
「――俺は、二人には行ってらっしゃいって言って欲しいな」
ぽんぽんっと、背中を優しく叩く。
二人は俺の背中に腕を回して強く抱きしめてくる。
「行ってらっしゃい……帰って、きてね……っ!」
「良い子に待ってるから……ずっと、待ってるから……っ!」
「うん、行ってきます」
二人を放して、駆けだ――
「黒奈さん!!
――そうとして、チェリーブロッサムがちゃっかり回り込んできてハグをねだってくる。
俺は思わず苦笑を浮かべながらチェリーブロッサムを抱きしめる。
「行ってきます!」
「ぶぅああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?? いっちぇらっじゃいまぜ!?」
感極まったように言うチェリーブロッサム。ちょっと噛んでるけど、まぁ、ご愛敬だろう。
「行ってらっしゃいメェ」
「うん、行ってきます!!」
ツィーゲが軽く手を振って俺を見送る。
「行ってらっしゃーい」
「気を付けるんだよ」
父さんと弓馬さんが優しい言葉で見送ってくれる。
「メポル、行こう!!」
「……はぁ……もう!! 黒奈はいっつもメポルの言う事聞いてくれないメポ!!」
文句を言いながらも、メポルは俺と共に駆けだす。
メポルが開いてくれたゲートに俺は迷う事無く飛び込む。
飛び込み、最初に感じたのは浮遊感。
「って、上空なんですけど――――――――――!?」
「力場が不安定になってるメポ!! 大丈夫メポ!! 黒奈、メポルの手を取るメポ!!」
俺は必死にメポルの手を掴む。
「――っ、そうだ、深紅は……!!」
風の抵抗を受けながら、必死に眼下に目を向ければそこでは今まさに深紅の必殺技がヴァーゲに突き刺さっているところだった。
「凄い……」
深紅、本当にヴァーゲを倒しちゃった。
深紅の攻撃は確かにヴァーゲに届いており、深紅の必殺技を食らったヴァーゲは戦闘不能に陥っていた。
「和泉深紅なら出来ると思っていたメポ!! 黒奈!! ここまで来たら、黒奈も自分のやる事をしっかりやり通すメポ!!」
「う、うん!!」
とは言え、だ。今の俺は変身が出来ない。
どうすればあの装置を壊せるのか、皆目見当もつかない。
「黒奈――――――――――ッ!!」
ひとまずもう一度変身をしようとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その人は煌めく星々のような光を散らしながら、俺の元へと飛んできた。
「ムーンシャイニング!?」
俺の元へとすっ飛んできたのは、魔法少女・マジカルスター・ムーンシャイニングこと、
「ど、どうしてここに!?」
「あんたのピンチにアタシが飛んでこない訳無いでしょ! っていうか、あんた大丈夫なの!? 正体とか、身バレとか!」
「あ、う、うん。大丈夫……多分……」
「多分?! ああ、もう!! あんたってほんっとうに向こう見ずって言うか、後先考え無いって言うか!!」
「ご、ごめんなさい……」
なんで俺は上空で輝夜さんに怒られてるんだろうか。いや、俺が悪いんだろうけど……。
「って、今はそれどころじゃ無いわね! 黒奈、アタシが来たのは他でもない、あんたに力を貸すためよ!!」
「俺に、力を……?」
「ええ! といっても、渡せるものは少ないけど……それでも、アタシの全部持って行きなさい!!」
輝夜さんが俺の手を握る。
途端に、輝夜さんの手から、俺の手を伝って温かいものが流れ込んでくる。
「これ……輝夜さんの魔力……!」
「そうよ! ちょっとは足しになるでしょ?」
言って、輝夜さんは可愛らしくウィンク一つする。
「黒奈さん!!」
輝夜さんからの魔力の譲渡に驚いている間も無く、またしても聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方を見やれば、そこには見覚えのある五人の影が。
「アトリビュート・ファイブ!!」
「お久しぶりです、黒奈さん!!」
俺が喜色まじりに声を上げれば、アトリビュートブルーの青崎さんも嬉しそうに声を上げる。
「黒奈さんがブラックローズだったんですね!!」
「あ、ああ、うん……ごめん、俺がブラックローズだったんだ……」
彼女達はブラックローズの正体を教えていない。騙していた訳では無いけれど、期待を裏切ってしまって申し訳無いという想いがあって思わず謝ってしまう。
「なんで謝るんですか? 私達、ブラックローズに稽古をつけていただいていたなんて、感激です!! 改めて、ありがとうございます!!」
「わ、私!! ブラックローズのファンなんです!! あ、後でサインいただいても良いですか?」
青崎さんが丁寧にお礼を言った後、白瀬さんが興奮気味にそんな事を言ってくる。
「そんな事を言ってる場合じゃ無いでしょう!」
「そうだぜ! 俺達は黒奈さんの力になるためにここまで来たんだろ!」
「さ、サインは欲しいけど、今は力を貸さなくちゃ!」
黄河くん、赤城くん、黒岩くんが二人を諫める。
「あ、ああそうだった! ちょっと、テンション上がっちゃって」
「ぶ、ブラックローズは私達女子の憧れだから、つい……ご、ごめんなさい……」
二人は素直に謝る。
なんだろう、前よりもずっとチームって感じがする。五人が成長してるようで、嬉しさで胸の奥が温かくなる。まぁ、俺が直接の師匠って訳じゃ無いけど。
「黒奈さん……いや、ブラックローズ。少ないけど、俺達の力も貰ってくれ!」
「あの時は、黒奈さんが僕達を助けてくれました。だから、今度は僕達が黒奈さんを助ける番です」
「あれから俺達前よりもっとチームらしくなってきたんです!! あの時俺達のために厳しくしてくれたお二人のおかげです!!」
「和泉さんに力をお貸しできなかったのは残念でしたが、黒奈さんへの助力には間に合いました!」
「だ、だから、存分に使ってください!! それで、全部終わったら、さ、サインと握手と写真撮ってください!!」
「お前欲望に忠実過ぎやしないか!?」
最後に色々と要求してくる白瀬さんに赤城くんが突っ込みを入れる。
俺も、思わず苦笑を浮かべてしまう。
「うん、俺なんかので良かったら」
「――っ!! ありがとうございます!!」
感激した様子で白瀬さんが俺の手を取る。
白瀬さんの手から、魔力が俺に流れてくる。
「わ、私も良いですか!?」
「うん」
「じゃあ俺も!!」
「なら僕も」
「俺も一緒に写真撮りたいっす!!」
青崎さんや男子三人も写真などを要求しながらも俺の手に自身の手を重ねる。
五人の魔力が俺に流れてくる。
「アイドルのアタシより求められるとか……あんたも中々に罪深いわねぇ」
呆れたように輝夜さんが言う。
俺も、普通は逆だと思う。
「って、星空輝夜さん!?」
「べぇぇっ!? ま、マジで!?」
「ほ、本物だ!」
「あわわわわわっ!! さ、さささ、サインとかもらっても良いのか!?」
「ちぇ、チェキは一枚幾らなんだろう!?」
ようやっと輝夜さんの存在に気付いた五人は、わたわたと盛大に慌てる。
そんな五人を見て、輝夜さんはおかしそうに笑う。
「良いわよ。サインでもツーショットでも握手でもしてあげる。その代わり、全力で黒奈に魔力を注ぎ込みなさい! 良いわね!」
「「「「「は、はい!!」」」」」
五人は威勢よく返事をする。心なしか、先程よりも俺に流れる魔力量が多いように思える。
「くーちゃん」
すっと、いつの間にか背後に誰かが立っていた。
振り向かなくても分かる。
「碧!」
「くーちゃん、アタシの魔力も貰って。全部、全部上げる」
碧は俺に抱き着きながら、魔力を俺の中に流し込む。
「ちょっと浅見!! 抜け駆けしないの!! 黒奈、私の魔力も持っていきなさい!!」
「お姉様、儂の魔力も持っていくのじゃ!!」
乙女と美針ちゃんもやって来て、俺に魔力を流し込む。
「「お姉ちゃん!! 僕の魔力も持ってって!!」」
「オレのも持ってけ、ブラックローズ!!」
「俺のも持っていくと良い。最後だ、盛大に決めて来い」
「私のも使いなさい! 私がリベンジするまで、負けるだなんて許さないから!」
「……私のも、どぞ……」
「わ、わちのも、使ってけろ!」
それだけじゃない。どこからともなく、俺に魔力が流し込まれていく。
俺の知り合いからだけじゃない。周囲を見渡せば、四方八方から魔力が俺に流れてくる。
「これは……」
「す、すごいメポ……! こんなに、魔力がたくさん……!!」
声が聞こえてくる。
――頑張って!!
――負けないで、ブラックローズ!!
――俺達のも持ってけ!!
――啖呵、かっこよかったぞ、ブラックローズ!!
――良いお兄ちゃんじゃない!! 最後まで気張りなさいよ!!
色んな声が、魔力に乗って聞こえてくる。俺の知らない人の声。
――微力ですが、私のも持って行ってください。
――黒奈! あんた男だったの!? なんで私に言わないのよ! 後で説教だからね!!
――黒奈くん、頑張って! 雨音ちゃんと一緒に応援してるから!
――頑張ってください、如月先輩!! ほら、お前も応援しろよ!!
――分かってるって!! 最高に格好いいですよ、如月先輩!!
榊さん、東雲さん、東堂さん、七ケ岳くん、陵本くん。それ以外にも、俺が関わった事のある人達の声も聞こえてくる。
皆の声が、聞こえてくる。
皆の温かい言葉が心に直接響いて、思わず涙が溢れる。
――お兄ちゃん、頑張って!! 花蓮と一緒に待ってるから!!
――兄さん、絶対に帰ってきてね。信じてるから。
――さぁ、踏ん張りどころだよ黒奈。最後のひと押しだ。
――黒奈くん、後は任せたよ。
――終わったら、とっておきのタイ焼きをご馳走してやるメェ。だから、存分に決めてくると良いメェ。
――黒奈さーん!! 帰ってきたらもう一度ハグミーです!! 頑張ってくださーい!!
さっき別れたばかりの皆の声も聞こえてくる。
「これだけ言われたら……もう、負けるなんてありえないじゃ無いか……!!」
胸が温かくなる。
ああ、分かる。さっきは無理だと思った。残り火も無い俺は、変身できないと分かっていた。
けど、今なら出来る。今なら、なんだって出来る。
だって、俺は一人じゃ無いから!!
――行け、
「ああ……最後は、俺が……俺達が……ううん、皆で行くよ、深紅!!」
ブレスレットが強く光り輝く。そして、ブレスレットは俺の手から離れ、大きく形を変える。
皆が自然と俺から離れて行く。
うん、見守ってて。見てて、皆の想いを背負う俺の姿を。
魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズを!!
ブレスレットからステッキに形を変えた変身道具を手に、想いの限りを込めて、魔法の呪文を唱える。
「マジカルフラワー・
黒色の魔力が俺を包み込み、幾つもの満開の黒薔薇を咲かせる。
黒薔薇は俺の身体に溶け込み、黒の衣服と共に俺を魔法少女へと変える。
現れたのは、黒く艶やかな髪をなびかせ、黒を基調としたドレスに身を包んだ一人の魔法少女。
「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ・フルブルーム。皆の笑顔のために、戦います」
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