第153話 魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ

  ヴァーゲの起こした事件から、早くも一ヶ月が経とうとしていた。


 夏休みは終わり、季節は秋に移り変わる真っ最中だ。残暑はあるけれど、日々涼しくなっていくのを感じる。


 夏休み明けも学校は普通にあって、俺も以前と変わらず登校してる。


 けど、やっぱり以前と変わった事もある。


 俺がブラックローズだと知られてから、周囲の人の反応が変わった。


 好意を持って寄ってきてくれる人や、距離を測りかねている人。悪意は無いけれど、嫌悪を持って近付かない人。


 全員に好かれる訳がない事は分かってる。それに、結果的に騙していたのは俺だ。だから、嫌われるのは仕方ない事だと思ってる。嫌われるのは、寂しいけど。


 俺の周囲で変わったのはそれくらいだ。以前よりも人の視線を感じるようにはなったけど、深紅には有名税みたいなもんだと言われた。


 変わったと言えば、深紅のモデルとしての仕事が以前よりも増えたりもした。誰もヴァーゲを倒せなかった中、一人で倒してみせた。その活躍は日本を超えて世界中に知られている。元々モデルをしていた事もあって、テレビの出演や雑誌の写真撮影が増えたと言っていた。


「ま、あんまり受ける気無いけどな。何度か仕事受ければ俺の役目なんて終わりだろ。今回の件で名前を売るつもりは無いからな」


 ヴァーゲが完全に悪者であったのなら、深紅は面倒くさがりながらも仕事を受けていただろう。


 けれど、ヴァーゲも被害者の一人でもある。力に押し潰され、ずっと世界に独りだったのだから。だからと言って、今回の件を容認できる訳では無いけれど。


 ともあれ、皆、大なり小なり周囲の反応は変わった。


 桜ちゃんはブラックローズ好きを拗らせた魔法少女として名を馳せ、輝夜さんは俺との恋仲を疑われて一時期悪い意味で噂になってしまっていた。


 二人には申し訳無いと思い謝ったのだけれど、なんて事ないように二人は笑っていた。


「これで、黒奈さんの第一人者がわたしだって認められたも当然ですからね!! 嬉しいです!!」


「黒奈もブラックローズもアタシの憧れよ。そんでもって、アタシとあんたは対等な友達。そこに余計な茶々を入れてくる奴の言葉になんて踊らされないわよ。そんな事より、あんた今度のライブ出なさいよ。約束したんだから、断ったりしないわよね?」


 二人の反応は正反対だったけれど、おおむね好意的で良かった。桜ちゃんは、本当に拗らせてる気がするけど……。


 ライブのお誘いは、心底緊張するけれど受ける事にした。元々約束していた事だし、輝夜さんには迷惑をかけてしまったのだから、それくらいは受けなければいけないだろう。


 周囲が変わって、内側でも変わった事が勿論ある。


 まず、父さんと母さんが家に戻って来た。ヴァーゲを追う必要が無くなったので、今までと同じように家に居られるようになったからだ。


 花蓮と二人暮らしも楽しかったけれど、やはり家族全員が一緒は嬉しい。それに、家族がもう一人増えるたのも嬉しい事だ。


「お兄ちゃん、早く学校行こー!」


「兄さん、早くご飯食べて。皆待ってるから」


「ま、待って待って! そんなに急かさないでよ!」


 二人の花蓮に急かされて、俺は慌ててご飯を食べる。


 そう、如月家に可愛い妹が一人増えたのだ。


 名前は、如月花蓮。名前も漢字も変えずに、戸籍を作り直した。


 最初は色々と戸惑っていた様子だったけれど、段々と慣れていって、今ではすっかり我が家に溶け込んでいる。


「ふふっ、朝から元気ねぇ」


「良い事じゃないか。あぁ、今日も我が子達が可愛くて、僕は幸せだなぁ」


 俺達の様子を見て、父さんと母さんは嬉しそうに微笑んでいる。


「じゃ、行ってきまーす!」


「「行ってきます!」」


「ああ、行ってらっしゃい」


「気を付けてね~」


 ゆっくりしている二人に言ってから、俺達は家を出る。


「お、来た来た。おはよ、黒奈、花蓮ちゃんズ」


「おっはよーくーちゃん! 今日もかぁいいねぇ~! あ、花蓮ちゃんもおはよ!」


「花蓮ちゃん、おはよう! 黒奈さんおはようございます!」


「うん、おはよう」


「おはよ、桜、深紅さんに碧ちゃんも」


「三人ともおはよー!」


 家の前で待っていたのは、深紅と碧、桜ちゃんだ。夏休みが明けてからは、この六人で一緒に登校してる。


 俺達はいつも通りお喋りをしながら学校を目指す。


「今日も狂い咲きだなぁ」


 深紅がとある方向を見てしみじみと呟く。


「だねぇ~。あのくーちゃんふらわー、枯れる様子無いねぇ」


「くーちゃんふらわーって……いや、正式名称とか無いけど……」


「この間私達で見に行ったら、『可能性と希望の塔』って看板立ってたよ! ね、花蓮?」


「うん。ブラックローズの銅像も立ってた」


「嘘!? 俺まったく聞いてないよ!?」


「ブラックローズの銅像、とても良かったです……けど、もう少し胸を小さくしないと完璧とは言えないですね」


「桜ちゃんは何言ってるのかな!?」


 無いけれど、思わず胸を隠してしまう。だって桜ちゃんが俺の胸を見てるんだもん。


 三世界の統合をしようとした天秤の支柱は残ったままだ。しかし、支柱としての姿ではなく、蔦と黒薔薇に囲まれた塔として残っているのだ。


 幾つもの黒薔薇が咲き乱れ、頂上には一際大きな黒薔薇が咲いている。


 いつまで残っているのだろうかと疑問に思うけれど、メポル曰く、あの塔は三世界が繋がっていて、三世界からエネルギーを得ているために枯れる事は無いそうだ。凄いなと思いつつ、恐ろしい話である。


 あれがずっと残ってると思うと、あれを建ててしまった張本人としては恥ずかしいし申し訳ない。


「ていうか、黒奈の許可なしに銅像って建てて良いのか?」


「ふっふっふー! それはご安心あれ! 建てた張本人はアタシだからね!」


「いや安心できる要素無いけど!? 碧なにやってんの!?」


 まさかの犯人が幼馴染で動揺を隠せない。


「ちゃんと許可取ってるし大丈夫だよ! それに、あそこを観光地にする計画も立ってるみたいだし、浅見家としては早々に一枚かまないとね!」


「観光地!? なんでそんなことに!?」


「そりゃあ、あれだけの事があればねぇ……」


「後世に伝える事が出来る程の事件でしたもんね……」


「お兄ちゃん、来年から教科書に載るかもね!」


「本当にありそうで怖い……」


 何せ、世界を統合しようだなんて事件は今回の一件限りだ。事件として社会科の教科書に載ってもおかしくない。


「それより前にテレビで特集組まれそうじゃないか?」


「数十年後には実話をもとにして映画なんて作られたりしちゃって!」


「やーめーてー! すっごい恥ずかしいからもうやめて! っていうか、映画になったらここにいる全員キャストだからね!? 恥ずかしいの俺だけじゃ無いからね!!」


「え、本当に!? ど、どうしよう花蓮! 私、お母さんの料理が美味しくて、最近体重が増えちゃったんだけど!? 痩せた方が良いかな!?」


「え、うーん……良いんじゃない? 脱ぐ訳じゃ無いんだし」


「あいつ丸顔になってるって思われるのやだぁ~!」


「うっ……わ、私も、ちょっと体重が……」


「はっはっはっ! 運動しないとダメだぞー? ちなみにあたしは大丈夫! 見よこの脚線美!!」


「くっ! すらっとした美しい脚! 羨ましい!」


「う、ま、眩しい! これがモデル体型の力……!?」


 花蓮と桜ちゃんが碧の脚におののく。


 そんな調子で、俺達はわちゃわちゃとお喋りを楽しみながら学校に向かう。


 周囲が変わった。生活も少しだけ変わった。けど、確かに変わらないものもあって、俺の中で確かに変わってしまったものもある。


 俺は、もう魔法少女になれない。


 あの日、ヴァーゲに可能性の特異点の力を全部上げてしまったから、もう変身する事は出来ないのだ。


 残りカスも無い。皆からあんなに多くの魔力を貰う事も、もう無い。


 だから、魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズはもういない。この世界から、永遠に消えてしまったのだ。


 後継が現れるかもしれないけれど、それは俺じゃない。後継であって、俺と一緒に今まで歩んできたブラックローズではない。


 けど、そんなに悲しくは無い。


 俺はいずれ表舞台から退場するつもりだった。それが少し早まっただけだ。


 少し早いな、なんて思って、やっぱりブラックローズになれない事は悲しいし寂しいけれど、今は皆がいる。俺には、それだけで十分だ。


 学校に行って、授業を受けて、お昼には皆で楽しくお弁当を食べて、また皆で一緒に帰る。


 たまに寄り道をしたり、休日には遊んだり、一緒に勉強したり。


 秋になったから、体育祭もあれば、文化祭もある。俺達二年生は修学旅行だってある。


 楽しい事はまだ終わって無いし、目白押しだ。


 高校を卒業したら大学に行こうと思ってる。皆とは離れ離れになってしまうかもしれないけれど、そこから新しい出会いだってあるはずだ。


 俺達には、まだ楽しい未来が待っている。


 笑顔で送れる未来が待っている。


 だから、大丈夫だ。


 力が無くても、まだ前に進める。ううん、力が無くたって、俺は前に進める。それを、皆が教えてくれた。


 皆が俺の力で、俺が皆の力だ。


 俺は、これからも前に進めるんだ。





 なんて思うけど、やっぱりちょっと寂しい事に変わりはない。


 授業中のふとした瞬間や、黒薔薇の塔を見た時は、やっぱり寂寥感せきりょうかんを覚える。


「どうした、黒奈? ぼーっとしてるぞ?」


「え。あぁ……ううん、何でも無いよ」


 お昼休み。皆でお弁当を食べていると、いつの間にやら黒薔薇の塔を見てぼーっとしてしまっていた俺に、深紅が声をかけた。


 なんでも無いと言ったけれど、俺の心中を察しているのだろう。皆、どう声をかけて良いのか分からないと言った顔をする。


「ごめんごめん! ちょっとぼーっとしてただけだからさ! 気にしないで!」


 慌てて俺は笑みを浮かべる。


 って、俺が気にしないでなんて言っても、説得力なんて無いか。


 どう場を盛り上げようかと悩んでいると、唐突に目の前にぽんっと軽快な音を立てて白クマスタイルのメポルが現れる。


「あ、メポル。どうしたの?」


 メポルのタイミングの良い登場に俺は思わず胸を撫で下ろす。


「黒奈に渡したいモノがあって来たメポ。後、少しだけ伝言を預かってきたメポ」


「渡したいモノ? それに、伝言って誰から?」


「ヴァーゲからメポ」


「ヴァーゲから?」


 ヴァーゲはあの後、精霊の世界に連れて行かれた。


 人と精霊の意見を交えて裁判が行われる事になり、ヴァーゲの身柄は精霊に拘束されているのだ。


「ヴァーゲは元気?」


「消えずに、ずっと付き纏う感情に戸惑っているメポ。けど、それすら愛おしいと笑ってるメポ」


「そっか。なら良かった」


 メポルの報告を受け、俺は思わず頬が緩む。


「そんなヴァーゲからの伝言メポ。半分だけもう少し貸してほしい。それと、ありがとう。そう伝えてくれと言われたメポ。後はもう少し心の整理がついたら手紙を送ると言っていたメポ」


「そう……。って、半分だけ貸して欲しい? 俺、何か貸してたっけ?」


「一番大きなものを貸しておいて何を言ってるメポ……」


 俺の言葉に、メポルは深い溜息を吐く。


「まぁ良いメポ。さ、黒奈の元に帰るメポ」


 唐突に、メポルの手に光の玉が現れる。


 見た事のある、温かくて懐かしい光。


 それが、ゆっくりと俺の胸に吸い込まれる。


「――っ!! これって!!」


「そうメポ。可能性の特異点メポ」


「って事はまさか!!」


 深紅が気色の声を上げれば、メポルはこくりと頷く。


「黒奈は、また変身できるメポ。魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズに」


「――っ!!」


 メポルの言葉に、思わず息が詰まる。


 だって、もう、無理だと思ってから……。


「お兄ちゃん!!」


「兄さん!!」


 花蓮も嬉しそうに俺を見る。


「くーちゃん!!」


「黒奈さん!!」


 碧と桜ちゃんが期待したような目で俺を見る。


「黒奈」


 深紅が嬉しそうに笑みを浮かべて俺を見た――


「じゃ、ここで一回変身して確かめてみるか」


「ここで!?」


 ――その後に、とんでもない事を言ってきた。


「いや、ここ教室なんだけど!?」


 そう、今は絶賛お昼休み中。俺達がいるのは、俺と深紅の教室だ。


 メポルが現れただけでも注目を集めているのに、これ以上注目を集める事をしろと?


 っていうか、皆も期待するように見てるんだけど!?


「ブラックローズの生変身って、見た事なかったよな……」


「確かに。一度ちゃんと見てみたいかも」


 なんて、クラスメイトの声が聞こえてくる。


「黒奈、確認は必要メポ。さぁ、変身するメポ!」


「メポルなんで乗り気なの!? 確認なら後で良いでしょ!?」


「メポルだって暇じゃないメポ! 黒奈への力の返還が完了したかどうか確認した後に、今後の事での仕事が山ほどあるメポ! つべこべ言わず、さっさと変身するメポ!」


 言って、メポルは俺の腕にブレスレットを嵌める。


 うぅ……俺の変身がメポルの仕事の内なら、仕方ないか……。


「さぁ、きりきり立つメポ!」


「メポルが強引だぁ……」


「良いからさっさとするメポ!」


 ぺしぺしとメポルに頭を叩かれながらも、俺は椅子から立ち上がる。


 皆の期待の視線が俺に突き刺さる。


 ちょっと、怖い。


 けど、大丈夫。俺には、皆がいるから。


「マジカルフラワー・ブルーミング!」


 俺がそう唱えれば、俺の姿は黒色の魔力に包まれる。


 そうして、魔力が晴れれば、そこには慣れ親しんだ俺のもう一つの姿が。


 黒のゴシックロリータの服に身を包んだ少女。魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズが、そこには立っていた。


 直後、盛大な歓声と拍手が響き渡る。


「兄さん!!」


「お兄ちゃん!!」


 花蓮が感極まったのか俺に抱き着いてくる。


「くーちゃん!!」


「黒奈さん!!」


 碧も桜ちゃんも、俺に飛び込んでくる。


「……良かったよ、本当に」


 深紅も、安堵したような優しい笑みを浮かべている。


「うん。本当に、良かった……」


 微笑みかける深紅に、俺も笑みを浮かべて返す。


「黒奈……いや、ブラックローズ。まだ終わってないメポ」


「え、なにが?」


「決め台詞、言ってないメポ」


「あ……」


 そうだった。いや、必要だろうか? 戦う訳でも無いのに。


 ……ううん、必要だ。また変身出来て、皆が俺を祝福してくれるのなら、必要だろう。


 俺は心底から、とびっきりの笑みを浮かべて言った。


「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ! 皆の笑顔の花を護るために戦います!!」






~ Fin ~

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妹のために魔法少女になりました 槻白倫 @tukisiro

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