第71話 いざ、出発
翌日。俺は花蓮を見送った後、家で榊さんが迎えに来るのを待つ。
以前のモデル撮影の時、俺が電車で痴漢にあった事を後悔しているのか、今回は現地集合ではなく榊さんが迎えに来てくれる手筈になっている。
俺は申し訳ないからと断ったのだけれど、モデルの送迎も仕事の内と押し切られてしまった。まぁ、電車の時刻表を確認する必要が無いのはありがたいけれど。
しかし、どんな車で行くんだろう? 前みたいに皆でバンに乗って移動するのも楽しかったから、バンでの移動でも良いなぁ。
多分、撮影の機材を運ぶからスタッフさん達はバンでの移動になるのだろうけれど、俺はモデルだしな。別の車での移動になるのかな?
そんな事を考えながら、ニュースを見て時間を潰していると、ピンポーンとインターホンが鳴る。
俺はインターホンに駆け寄り、モニターを確認する。そこには、スーツ姿の知的な女性、榊さんが映っていた。
「榊さん。お疲れ様です」
『お疲れ様です、如月さん。お迎えに上がりました』
「ありがとうございます。今行きますね」
言って、インターホンを切る。
そして、最終確認で家の全ての窓の鍵が閉まっている事を確認する。そして、荷物をざっと確認する。
「よし! 忘れ物無し!」
確認が終了し、俺は荷物を背負って玄関に向かう。
靴を履き、家を出る。
「すいません、お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
榊さんに謝ってから、俺は家の鍵を閉める。
よし、ちゃんと閉まってる。
再度榊さんの方を向いて、ぺこりと頭を下げる。
「それでは、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お辞儀をした俺に、榊さんも綺麗にお辞儀をする。
榊さん、本当にこういった所作の一つ一つが丁寧だな。
「では、行きましょう。さぁ、車に乗ってください」
「はい! って、え……? 車って、これですか?」
「はい。こちらです」
榊さんが手で示す方を見れば、そこには俺が想像していたのとは違う車があった。
想定外の車が置かれている事実に、俺は思わず口をぽかんと開けてしまう。
「……すみません。自家用なので、遠出には狭苦しいと思います。ですが、シートは柔らかいのであまり疲れる事は無いと思いますが……疲れましたら、途中でサービスエリアに寄りますので、
俺の沈黙を不満と捉えたのか、榊さんが申し訳なさそうに言う。
「あ、いえ! 大丈夫です! ちょっとびっくりしただけなので!」
申し訳なさそうにする榊さんに、俺は慌てて言葉を返す。
そう、ちょっと想定外過ぎてびっくりしただけなのだ。
俺が想像していた車は、バンとは言わなくとも大きな普通車だ。けれど、目の前にある車は違う。
流麗な白を貴重とした外装の車。車高が低く、全体的に小さい。けれど、所々に滲み出る高級感は、その車が決してちんけではない事を主張している。
俺の目の前に飛び込んできたのは、大きなバンではなく、小さい、けれど高級感溢れる
これが、榊さんの自家用車……。うん、思わず呆けてしまったって仕方ない。
「格好良い車ですね……」
「ありがとうございます。それでは、荷物をお預かりします」
「え、ああ、ありがとうございます」
自然と荷物を受け取られ、困惑しながらもお礼を言う。
榊さんはトランクを開けて丁寧な手つきで俺の荷物を入れる。
そして、助手席側のドアを開けて、座るように促す。
「どうぞ。少し、狭苦しいですが」
「い、いえ……失礼します……」
俺は若干緊張しながらも、榊さんの車に乗り込んだ。俺が乗り込むと、榊さんは車のドアを静かに閉める。
「おぉ……ふかふか……」
座ってみて分かったけれど、この車のシートはとてもふかふかだ。それに、足元も広々してるので、足を折り畳む必要が無いので足が疲れない。
俺が車の乗り心地に感動していると、運転席側のドアが開き、榊さんが乗り込む。
「忘れ物等はございませんか?」
「はい、大丈夫です」
「分かりました。現地に到着して忘れ物等ございましたら、なんなりとおっしゃってください。すぐに準備しますので」
言って、榊さんは車のエンジンをかける。
「それでは、出発します」
「はい、お願いします」
ギアをドライブに変え、車が緩やかに加速する。
暫く進んだところで、榊さんが思い出したように言う。
「お飲み物はホルダーに入っている物をお飲みください。好みが分からなかったので、ただのお茶ですが」
「いえ、ありがとうございます」
見やれば、ペットボトルホルダーにはタンブラーが置いてあった。これにお茶が入っているのだろう。
けれど、お茶には
それにしても、意外だな。まさか、榊さんの自家用車がスポーツカーだったなんて。勝手なイメージだけれど、榊さんは実用性重視といったイメージだったので、衣装とかを運べるように少し大きな車に乗っているものと思っていた。
「格好良い車ですね。榊さんって、車が好きなんですか?」
「ええ、人並みにですが。休日にこの子を乗り回すのが趣味なんです」
言って、少しだけ口角を上げる榊さん。
休日にドライブをするのが趣味だなんて、ちょっと格好良い。
実は深紅もバイクの免許を持っており、たまに乗ったりしているらしいのだけれど、俺が後ろに乗せてといっても乗せてくれない。
なので、俺もちょっとだけそういった休日にドライブをする事に憧れていたりする。けれど、俺の学校は基本的にはバイクの免許を取る事を許可していない。深紅はヒーローなので、現場に急行する時に必要になるとの事で特別に許可を貰っているのだ。
現場に急行するならヒーローに変身してからの方が効率的なのだけれど、ヒーローに変身せずに向かう事が求められる事もあるのだ。例えば、隠密行動の時とか。まぁ、深紅は顔が割れてるからあまり意味が無いけれど。
多分、深紅は
俺も魔法少女だという事を明かせたらバイクの免許を取りたいのだけれど、そうもいかないのでもう少しの辛抱だ。
それでも、休日にドライブをするというのはなんだか大人っぽくて憧れる。
「良いなぁ……俺、ドライブとか憧れます」
「それなら、原付きの免許でもとってみてはいかがですか? 車とは違いますが、車やバイクとはまた違った良さがありますよ」
そう言った榊さんの顔は、昔を懐かしむように笑んでいる。
「それは榊さんの体験談ですか?」
「ええ。私が如月さんくらいの歳の頃は、原付きで休日に少し遠くまでよく出かけました。一人の時が多かったですが、たまに友人と一緒に出かけたりもしましたね」
「へぇ、良いなぁ。俺の学校、バイクも原付きも免許取っちゃダメなんです」
「そうなんですね。最近は昔に比べて校則が厳しいらしいですからね」
「まぁ、特例はあるみたいですけど。学区外から来てる人とか、深紅みたいにヒーロー活動をする上で必要な人とかは免許とっても良いみたいです」
「では、和泉さんに乗せてもらっても良いかもしれませんね。あ、でも、確か免許取得してから数年経たないと二人乗りは出来なかったような……」
「え、そうなんですか?」
「うろ覚えですが、確か一、二年は必要だったかと……。あれ、それは高速に乗るときだった気も……」
しばらく考え込んだ後、榊さんは申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。勉強不足でした」
「いえ。後で深紅に聞いてみます」
まぁ、別に無理に乗りたい訳じゃない。深紅がダメなら
弓馬さんは大型二輪の免許を持っていて、ガレージには
後で碧に聞いてみようと思いながら、俺は榊さんと他愛の無い話をした。
榊さんの話の引き出しは俺が思っている以上に多く、またその知識量も多かったので、俺が一つ話題を上げればそこから色々な方向に話を膨らませてくれた。
榊さんは物知りですねと言ってみれば、仕事柄色々な人と話をするので、その影響で話の引き出しが広がったと言っていた。
確かに、榊さんは仕事柄多くの人と関わるだろう。多分、高校という広いようで狭い場所にしかいない俺には分からないくらい多くの人と関わっている。
大人って大変なんだなとどこか他人事のように思いながらも、俺もいずれ大人になるという当たり前の事実に気付く。だけど、俺が大人になった姿なんて想像できない。
俺は、どんな大人になってるんだろう……。ていうか、俺ってなにがしたいんだろう?
俺に明確な夢は無い。多分、大人になって、普通に働いて、平凡に生きていくのだろう。出来れば誰かと家庭を築ければ良いけど、俺にいい人なんて居ないしなぁ……。
そんな事を考えていると、俺の将来って結構漠然としてるんだなぁと思う。
俺ももう高校二年生。そろそろ、進路について真剣に考えなくてはいけない時期に入っている。
深紅はどうするんだろう? 碧はどうするんだろう? 輝夜さんはどうするんだろう?
皆、将来の事をどう考えてるんだろう……?
深紅はヒーローを続けるのだろうか? 碧は弓馬さんの会社を継ぐのだろうか? 輝夜さんはアイドルを続けるのだろうか?
俺は……大人になっても魔法少女を続けるのだろうか?
いや、多分続けない。どこかで無理が来る。どこかで、俺は魔法少女じゃなくなる。
魔法少女じゃない俺は、いったいなにをしているのだろうか?
そんな事を
俺は榊さんとお喋りを楽しみながらも、頭の片隅に残ったちょっとした悩みを持て余していた。
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