第4章 海とモデルと魔法少女

第70話 再・モデルのお仕事!!

 青い海、広い空、眩しい太陽。


 ビーチではしゃぐ人々は皆水着を着ており、一様に楽しそうに笑みを浮かべている。


 そう、ここは海水浴場。夏真っ盛りの今日、俺は・・海水浴場まで足を運んでいた。しかし、断じて遊びに来た訳ではない。俺は仕事で・・・来たのだ。


 ああでも、やっぱり断っておけば良かったかも……。


 若干の後悔をしながらも、俺はポーズをとる。


 そんな俺を、桜ちゃんは笑顔で写真を撮り、花蓮は呆れたような顔をしている。


「いいよ、奈黒・・ちゃん! じゃあ、次のポーズいってみようか!」


 カメラマンさんの上機嫌な声が聞こえて来る。


 そんなカメラマンさんの声に、彼女が・・・ひたいに青筋を浮かべて苛立ったように俺を見る。


 夏真っ盛り。遊びそっちのけでの撮影です。


 ああ、本当に、なんでこんな事に……。



 〇 〇 〇



 アトリビュート・ファイブの騒動から暫く経ち、俺達は夏休みに突入していた。


 夏休みの宿題をこつこつ進めながらも、一休みを入れるために俺はだらだらと冷房の効いたリビングでくつろいでいた。


「やっぱり夏は冷房の効いた部屋でアイスを食べるに限るねぇ……」


 言いながら、手に持ったアイスをぱくりと一口。うむ、美味!


 冷房の効いた部屋で食べるアイス程贅沢なものは無い。冬の炬燵こたつでアイスを食べるのも贅沢だけどね。


 そうやってだらだらと夏休みを満喫していると、リビングに花蓮がやってくる。


「兄さん、そういえば言い忘れてたんだけど」


「ん、なーにー?」


「私、明日から臨海学校だから」


「臨海学校……ああ、そんなのもあったなぁ」


 花蓮は自分の分のアイスを取り出して、俺の横に座りながら言う。


 俺の通っている高校では、夏休みに臨海学校がある。といっても任意参加だ。強制ではない。夏休みに思い出を作ろうという、学校側の気の利いた企画である。因みに、全学年誰でも参加できる。けれど、期末テストで赤点を取った生徒は補習があるので参加できない。


 なので、一学期の期末テストは基本的に皆躍起やっきになって勉強をする。そのお陰で、夏休みの補習人数は少ない。


 因みに、俺は去年は行ってない。花蓮を一人残していく事が出来なかったので行けなかったのだ。


「兄さんは行かないんでしょ?」


「うん」


 そして、今年も俺が臨海学校に行く事は無い。臨海学校の応募は五月が締め切りだ。旅行ということもあり、積み立て金もそれなりの額になる。両親からは十分な額を仕送りしてもらってるけれど、あまり贅沢に使ってもいられない。


 日々貯金をして、花蓮を一人参加させるので精一杯だ。謎は多いけれど、それなりの稼ぎを持っている両親に言えばどうにかしてくれるだろうけれど、あまり我が儘を言って困らせたくはない。


 俺一人が我慢をすれば良い話なら、そうすれば良いだけだ。


 そのため、今年も俺は不参加。因みに、深紅も碧も不参加だ。深紅は用事があるとかで、碧は俺が行かないなら行かないそうだ。


 花蓮が臨海学校に行ってる間、碧とどこか遊びに行くのも良いだろう。


 花蓮がいない間の予定を考えながらも、俺は花蓮に言う。


「桜ちゃんも一緒に行くんでしょ? 海行くのも久し振りだし、楽しんできなよ?」


「うん。お土産、期待しておいて」


「お土産とかいいから。俺の事は気にせずに、ちゃんと楽しんできな」


「ううん、ちゃんとお土産買ってくる。お土産選ぶのも楽しいし」


「そっか」


 確かに、お土産を選ぶのが楽しいというのは分かる。俺も遠出したときにお土産に何を買って帰ろうかと悩むのは楽しいと思うタイプだし。


 一番は花蓮が十分に楽しんでくる事だ。花蓮が好きでやることにこれ以上俺が何かを言うのも違うだろう。


「じゃあ、お土産楽しみにしてるね」


「うん、期待してて。すっごいださいティーシャツ買ってくるから」


 海人うみんちゅ、とかね。なんて言って笑う花蓮に、俺もつられて笑ってしまう。


 確かに、漢字ティーシャツはちょっとださいかもしれない。


「あ、写真も送るね。桜の水着姿の写真送ってあげる」


「それで俺にどうしろと……」


「可愛い妹分いもうとぶんの写真だし、待ち受けにしたら?」


「待ち受けはもう皆写ってるしな……」


 言って、テーブルに置いてあるスマホの電源を付ける。


 俺のスマホの待ち受けは輝夜さんのライブの後に控室で撮った五人の集合写真だ。碧に見られた時に随分と拗ねられたけれど、ロック画面を碧にすることでどうにか許してもらえた。因みに、碧のスマホのロック画面も待ち受けも俺の写真である。嬉しいけど、愛が重い。


「俺よりも父さん達に送ってあげなよ。喜ぶよ?」


「もちろんそのつもり」


 言って、優しく笑う花蓮。


 暫く、花蓮とお喋りをしていると、桜ちゃんから電話があり一緒に水着を買いに行って欲しいとの事だった。去年のものがサイズが合わなくなってしまったらしく、それに気付いたのがついさっきのようだ。


 花蓮はすでに確認していたようで水着の方は大丈夫らしく、苦笑をしながら桜ちゃんと通話をしていた。


 途中、胸が大きくなったから云々うんぬんの辺りで花蓮の表情がすっと消えたのは怖かったけれど、ともあれ、花蓮は桜ちゃんとショッピングモールへと出掛けて行った。


 俺は当然お留守番。海やプール以外の場所で異性に水着姿はあまり見られたくないだろうからね。


 再度ふたたび一人になった俺は、リビングで夏休みの宿題をする。俺はこまめに宿題をする派だ。


 それにしても、水着か。俺も最近はまったく着てないな。


 そんな事を考えていると、ふと思い至る。


 あれ、花蓮も水着を着るじゃん、と。


「あーーーーーーーーーーーっ!? 忘れてたーーーーーーーーーーっ!!」


 どうしよう! そうだよ! 水着着るんだよ! クラスメイトどころか学校中の男子にその姿を晒すことになるんだよ!? それどころか、一般の人にも見られて……もしかしたら柄の悪い男達にナンパされるかもしれないじゃないか!!


 夏の海と言えばそういう場所だ! 男が女にえて見境みさかい無くナンパする場所なんだ!!


 俺はおろおろとみっともなく取り乱す。


 ど、どどどどどどどどどどうしよう!? な、なにか手は……!! 


 深紅は……ダメだ、深紅は用事があるって言ってたし……。碧は……こんな時ばかり碧に頼るのも申し訳ないし……。そうだ、七ヶ岳なながたけくんと陵本おかもとくんにボディーガードを頼めば……それじゃあ実質ダブルデートじゃないか! それに、彼等もけものだ! 二人に手を出さないとは限らない。


 ど、どうしよう!? お、俺も今すぐ参加するべきかな!? 家中のもの売り払って旅費を出すべきかな!?


 とち狂った思考が頭を行ったり来たりし始めたその時、不意にスマホから着信音が流れる。


 確認すれば、発信者はEternity Aliceの店長さんであるさかきさんだった。


 俺はスマホを取り応答を押す。


「も、ももしもし? 榊さんですか?」


 慌てふためいていたせいか、若干噛んでしまったが問題無い。


『大丈夫ですか? お取り込み中でしたら後ほどかけ直しますが』


「だ、大丈夫です。それで、なにかご用ですか?」


 問題有った。普通に気付かれた。


 しかし、なんとか平静を装って応えれば、榊さんも深く追求してくる事は無く本題に入る。


『実は、如月さんにもう一度だけモデルのお仕事を頼めないかと思いまして』


「えっと……なにかあったんですか?」


 少しだけ思い詰めた様子の榊さんに、思わず詳細を聞いてしまう。本当ならモデルはもう懲り懲りだけれど、知り合いが困っているのならできる限り手を貸したい。


『はい。実は、夏物に向けて急遽きゅうきょもう一度ポスターを撮影しようとしていたのです』


 それは急な話だ。服等のシーズン物はそこそこ早い段階で準備を進めるものだ。それが今になってポスターを撮影するだなんて随分と急な話だ。


『構成やポスターデザイン等は決まっているのですが、肝心のモデルが……』


「見つからなかったんですか?」


 それで苦肉の策で俺におはちが回ってくるのは納得だ。いや、やるかどうかは別にしてだけれど。


『いえ、手配はしていたのです。急遽ではありましたが、スケジュールに無理はありませんでしたから』


「なら、なんで俺に?」


『実は、二人居る内の一人が食中毒になってしまいまして……』


「なるほど……」


 夏は食べ物の足が早い。すぐにいたんでしまう。


『その連絡が来たのがつい先程で、しかし、撮影日が明日なのでどこの事務所のモデルもスケジュールが埋まっておりまして……』


「それで、苦肉の策として俺におはちが回ってきたと……」


『まぁ、そういうところです。如月さんには実績があるので私どもも安心してお任せ出来るのですが……』


「まぁ、俺男ですからね」


 榊さんとしもあまりリスキーな事は出来ないだろう。俺が男であるとばれてしまえば一大事だし、そちらの方が今よりもお店としての被害が大きいだろう。


 けれど、どが付く素人である俺に連絡を寄越すくらいだから、それほど切羽詰まっている状況なのだろう。榊さんの声にもいくらか元気がないし……かといって気軽にオーケーを出してまた同じような事になっても困るし……いや、榊さんはそんな事をするような人じゃないけれど……。


 俺がうんうん唸って考えている間に、榊さんが続ける。


『今回の撮影はビーチでの撮影なので、水着ももちろん撮りますし……なにより、もう一人のモデルの方にばれたら色々面倒なのですが、私のイメージ的に如月さんが適任でして……』


「水着、ですか……」


 確かに、水着はダメだ。水着を着てしまえば俺が男だと即座にばれてしまう。


『場所が御浜みはま町と遠出になりますし……けれど、もしやっていただけるなら旅費も全て私達でお出しします。もちろん、ホテルもスイートルームを用意させていただき――』


「ちょっと待ってください。今なんて言いました?」


『? ホテルもスイートルームを用意させていただきます?』


「ではなく」


『旅費も全額払います?』


「ではなく」


『御浜町での撮影』


「それです!! 御浜町のどこですか!? ビーチって言ってましたけど!」


『え、えっと……』


 急に食いついた俺に驚きながらも、榊さんは言う。


『御浜ビーチです。御浜が代表する、本土ほんどでは比較的綺麗なビーチですね』


「~~~~っ!!」


 俺は欲しかった回答をもらえ、歓喜する。


「榊さん!」


『は、はい、なんでしょう?』


 そして、俺は榊さんに元気良く宣言する。


「その仕事、受けさせてください!!」


 御浜ビーチ。そこは花蓮達が臨海学校で滞在するビーチの名前だったのだ。

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