第5話 姦し作戦会議

 甘崎さんとツーショットを撮った後、人気の無いところで変身を解いて、学校に遅刻せずに登校することができた。けれど、学校に着き、深紅の顔を見た途端に花蓮と碧のことを思い出し、平常に戻っていた心が思いっきり沈んでいく。


 机に突っ伏して呻き声を上げる。


 心が沈んでしまい、授業に身が入らない。


 今日から通常授業が開始されたのだが、ノートはちゃんととったものの、内容が全然頭に入ってこなかった。ただ書かれている文字を写しているだけ。


「はぁ……」


 俺は思わず溜息を吐いてしまう。


「憂鬱そうにしてるところ悪いけど、さっさと碧のところに行こうぜ」


 いつの間にか俺の隣まで来ていた深紅。よくよく周りを見てみれば、皆はお弁当を取り出したり、席を立って教室から出て行っていたりしていた。


 気付かなかった。もう昼休みなのか。


「ごめん。行こっか」


「おう」


 俺も席を立ち、二人で碧の元へ向かう。碧は俺たちとは違うクラスだ。


 廊下に出て、碧のクラスまで向かう。


 その間、女子生徒が深紅をみて黄色い声を上げる。そんな女子生徒に、深紅は気さくに手を振っている。そんな姿も様になっており、普段のヒーロー活動で深紅がどれほどそう言う対応をしているのかが伺える。


「人気者」


「だろ?」


 俺のからかう言葉にも、含みなく爽やかに応える。


「ま、お前も俺と似たようなもんさ」


「それは無い」


「無いわけあるか。事実だよ。今度ネットで調べてみろって」


「それはなんだか恥ずかしい」


 自分の二つ名を検索するのは、恥ずかしいのもあるけれど、怖いと言うのもある。罵詈雑言とか書かれてたら怖い。


「さて、着いちまったわけだが……」


 そんなことを少し話していると、碧のクラスの前まで着いてしまった。


 俺は扉にはめ込まれた窓から中を覗き込む。そうすれば、俺はすぐに目当ての人物を見つけることができた。


 目的の人物の名前は浅見あさみみどり。彼女は、俺と深紅の幼馴染である。碧とも、小学校の頃からの付き合いだ。


 身長は俺よりも大きい百七十五センチで、女子の中でも長身だ。顔は整っており天真爛漫な表情をするので、深紅程近寄りがたい存在ではない。身近に感じられる美少女と言った感じだ。逆に深紅は、高嶺の花なイケメンと言ったところだ。ちなみの俺は、そんな二人に引っ付く腰巾着。言われたことは無いけれど、みんなそう思っているに違いない。


 ともあれ、そんな彼女は良くも悪くも目立つのだ。だからこそ、簡単に見つけることができた。


「よし、じゃあ行くか」


「う、うん……」


 頷きながら、教室に入ろうとする深紅の制服の裾をちょんと掴む。


「……おい、この手はなんだ?」


「ご、ごめん。でも、ちょっと不安で……」


「流石に、人の目があるところでやってこないと思うけどな」


 それは俺も信じたいところである。彼女にモラルと衆目を気にする心があるかどうかは、正直言って微妙なところではあるが。


 しかし、このままずっとここに居ても事態は進展しない。


「よし、行こう」


「覚悟を決めて言ってるところ悪いけど、裾を更に強く握ってたらかっこ悪いぞ」


「うるさい。良いから進む」


「横暴だなぁ」


 文句をこぼしながらも、深紅は教室の扉を開けてなんの気負いも無く入って行く。俺は、深紅の後ろに隠れながら教室に入る。


「よっす、碧」


 深紅は、躊躇いなく碧の元へ向かいながら声をかける。


「お~、深紅じゃん。どったの?」


「俺は特に用は無いんだけど、こいつがさ」


 俺は恐る恐る深紅の後ろから顔を出す。


「や、やあ、碧」


「くーちゃん!!」


「ひっ!」


 俺の顔を見るなり、勢いよく椅子から立ち上がると驚くほどの速度で距離を詰めてくる。


 慌てて距離を取ろうとしたが時すでに遅く、俺は碧に捕まってしまったのだった。


「くーちゃん来てくれたの? あたしに何か用があるの? 何でも言ってくれて構わないんだよ?」


 抱きしめられ、引っ張られ、椅子に座った碧の膝の上に無理矢理座らされる。


「あ、もしかして、ようやくお嫁さんに来てくれる気になった? ああ~ん! 超嬉しいんだけど!」


 ぎゅっと強く抱きついてくる碧。


「ちょっと碧、可哀想でしょ~? 放してあげたら?」


「ていうかお嫁さんって。お婿さんの間違いじゃないの?」


 碧と一緒にご飯を食べていた友人が笑いながら言ってくる。恐らく、彼女らは碧が言っていることを冗談か何かだと思っているのだろう。けど、俺と深紅、それに花蓮は知っている。碧のこの発言が、なんの冗談でも無いことを。


 碧は、明るく言ってはいるが、その実、目だけはまったく笑っておらず、まるで得物を狙う肉食獣のような目をしている。


 ハイライトを消したその目が俺を見据える。


「くふふっ、くーちゃんはお嫁さんで良いの! こんなに可愛いんだから、お嫁さん以外あり得ない!」


 目が笑っていなくても、碧は取り繕うことは出来る。常のような仕草と声音で会話を続ける碧。


「おい碧、それくらいにしてやってくれ。黒奈が固まっちまってる」


「あら? 本当だ」


 ここで、ようやく深紅が助け舟を出してくれる。


 俺は、碧のこの瞳を小さい頃から見ていて、それでいて、必ず俺にしか向けられないから、軽くトラウマになってしまっているのだ。


 彼女が初めてこの目をした時、俺たちはまだ小学生だった。


 一度彼女の家に遊びに行ったとき、碧に「二度と帰さないから」と言われ、俺はその言葉を冗談か何かだと思って阿呆なことに「いいよ」と言ってしまった。


 結果、俺は一週間家に帰してもらえなかった。


 碧は本気だったのだ。本気で、俺を家に帰すつもりが無かったのだ。


 結局、碧のお母さんに見つかり、俺は無事に我が家に帰ることができた。


 警察沙汰になったし、両親にも凄く怒られた。俺と碧のこの件は、子供のいたずらということで処理された。けれど、俺と深紅、花蓮は碧が本気だったことを知っている。


 そんなこともあり、俺は碧が少し苦手だ。だけど、嫌い、では無い。普段の碧は普通に優しいし、思いやりのある子だ。それに、俺は帰してもらえなかったけど、酷いことをされたわけでは無かった。


 けれど、時折向けられる光の写さないあの目だけが苦手なのだ。


 俺が返してもらえなかった一週間、ずっとあの目で見られていればトラウマにもなると言うものだ。


「おーいくーちゃん。大丈夫?」


 頭の上から声をかけられ、顔を覗き込まれる。


 碧の目は常と変わらない優し気な目だった。


 良かった、いつも通りの碧の目だ……。


「だ、大丈夫だよ。それより、降ろしてもらっていいかな? これじゃあお話ししづらいから」


「それは無理。休み時間の間はこうしてもらうからね。くふふっ」


 心底嬉しそうに微笑む碧に、深紅が処置無しと肩をすくめる。


「はぁ……話が進まないからこのまま続けるぞ。とりあえず碧。俺たちは、と言うか、黒奈がお前の力を借りたいらしい」


「いいよ。なにすればいい?」


「即答だ……」


「碧、ぞっこんだねぇ」


「首ったけともいう」


 即答した碧に、友人二人が合いの手のような茶々を入れる。


「ぞっこんで首ったけだよ! あたしにはもうくーちゃん以外考えられない!」


「はいはい、話し戻すぞ。あ、良ければ二人も相談に乗ってくれない? 意見は多い方が良いから」


 深紅が自然に方向修正をし、さりげなく碧の友人二人を巻き込んだ。


「いいよぉ。なんか面白そうだし」


「うちもだいじょぶよ~」


「ありがとう。そう言えば、自己紹介がまだだったね。俺の名前は和泉深紅。よろしくね」


「知ってる~超有名人じゃん!」


「天下のクリムゾンフレア様だもんね~」


 二人はからからと軽く笑う。深紅は素顔をさらしているので、変身をしていなくてもクリムゾンフレアだとばれてしまう。だから、顔を見られただけで結構騒がれることがある。


 だから、正直、二人のような反応は珍しい。大抵の者は、深紅に近づこうと前のめりになるのだが、二人は適度な距離を保とうとしているのだ。


 珍しいタイプの子たちだなと、少しだけ興味を覚える。


「あ、因みにわたしは美樹だよ」


「うちは沙紀だよ」


「了解。美樹さんに、沙紀さんね。ああ、因みに碧に抱きつかれてるのは如月黒奈。こう見えて男だから」


「どう見ても男だよ!」


 聞き捨てならん言葉が聞こえてきたので、一応反論しておく。


「よろしくね、くーたん」


「よろしくね~くーたそ~」


「よ、よろしく……」


 二人に変な呼ばれ方をして、困惑しながらも言葉を返す。


「それで、相談って何かな? 金銭的なこと? それとも、一日だけ彼女をやって欲しいとか? それともそれとも、式場はどこがいいか?」


「どれも違うし一気に飛躍しすぎだ。詳細は省くが、黒奈が花蓮ちゃんと喧嘩した。俺としては両方とも悪くないように思えるんだが……とりあえず、事情と経緯はどうでもいいとして、花蓮ちゃんの機嫌を良くしたい。どうすればいい?」


 俺の代わりに簡潔に事情を説明してくれる深紅。


「そもそも、花蓮ちゃんって誰? どういう関係?」


「黒奈の妹だ」


「なるほどぉ」


「つまり、妹ちゃんのご機嫌取りをしたいわけだね?」


「そう言うこと」


「どうにかならないかな?」


 俺が訊けば、三人は揃って小首を傾げる。


 やがて、美樹が一番早く傾げた首を元に戻す。


「くーたんと花蓮ちゃんって、仲良いの?」


「悪くは無いかな」


「休日に一緒に買い物とか行く?」


「たまに行くね」


「ふむ、なるほど」


 美樹が数秒考えるしぐさをする。なお、碧と沙紀は未だに小首を傾げている。


 協力してもらっている俺が言うのもなんだが、非常に頼りがいが無い姿だ。


 そんな頼りがいの無い二人とは対照的に、美樹はすぐに考えるしぐさを解く。


「くーたん、休日に花蓮ちゃんと一緒にショッピングに出かけるのだ」


「え、ショッピング?」


「おうともさ。どっちも悪くないってんなら、一緒に遊んで気晴らしでもすれば自然と元の関係に戻れるよ」


「そうかな……」


 今回の花蓮は結構怒っているように思える。いつもは早くて数時間、長くて一晩経てば許してくれたのだ。けれど、今回に限って数日が経過してしまっている。いつもとは怒り具合が違う気がするのだ。


「そもそも、俺が誘って、来てくれるかな?」


「それは桜ちゃんに頼めばいい。俺、連絡先交換してあるし」


「いつの間に……」


 いつの間にか甘崎さんと連絡先を交換していたことに驚くが、深紅ほどのイケメンで、話術や対人関係に優れているのであれば容易いことなのだろう。


「桜ちゃんって?」


「花蓮ちゃんの友達」


「なるほど……じゃあ、その桜ちゃんにも協力してもらうことにしようか」


「え?」


 ニヤリと良いことを思いついたと言った笑みを浮かべる美樹。


「二人っきりがダメなら人数を増やせばいいんだよ。桜ちゃんに、くーたんと花蓮ちゃんと一緒に遊びたいって誘ってもらえばいいんだよ」


「なるほど……」


「あ、じゃああたしも行きたい!」


 そこで考えることを止めたのか、ショッピングに参加したいと手を上げて意思表示をする碧。


「ノー! それじゃあ二手に別れることができちゃうでしょうに。奇数かつ少数の三人なら、二手に別れづらいの。だから、これ以上人数は増やさない」


「えー、そんなぁ……」


 美樹の言葉に、しょぼくれる碧。


 確かに、四人いれば二人ずつに分けられるけれど、三人だと、一人になってしまう人が出てしまうから自然と一緒に行動することになる。花蓮も甘崎さんも優しい子だから、誰かを一人にして別行動をしたりもしないだろう。


 それに二人ならば気まずいが、三人で居れば少なくとも二人よりも良いだろう。


 美樹の考えが理解でき、俺は思わず感嘆の声を上げる。


「美樹さん凄い。策士だ」


「ふふん! 知略の美樹って呼んでもいいんだよ?」


 さらりと恰好良く髪をかき上げる美樹。そんな美樹に、碧が忌々し気に吐き捨てる。


「暴虐の美樹め!」


「なんだと!」


 碧の言葉に、美樹が怒ったように腕を振り上げて碧の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。


「わー! 髪が乱れる!」


「乱雑の碧になるがいい!」


 わーきゃーと騒ぐ二人。


 ……どうでもいいけれど、碧の膝に座っている俺まで巻き込まれている。


 美樹は、片手で碧の頭を、片手で俺の頭を掻き乱しているのだ。


 俺は、碧に逃げられないようにと、両腕を抑えられながら抱きしめられているため、ろくな防御も出来ない。


 なすがままにされている俺を、深紅が苦笑しながら見ている。


「助けてくれてもいいんだよ?」


「女子の輪の中に入るのは苦手なんだ」


「俺は男だよ!」


 さらりと女子の一員としてカウントしている深紅に文句を言う。その間も、俺の髪はぼさぼさにされている。


 ともあれ、方針は決まったので後は実行に移すだけだ。まあ、実行に移すにも、甘崎さんの協力が必要不可欠なのだけど。


「甘崎さんの方、よろしくね?」


「任せとけ。良いエサ持ってるから、うまく釣ってやる」


「良いエサ?」


「ああ、特上のエサだ」


 エサ。いったい何のことなんだろうか?


 俺が頭に疑問符を浮かべているなか、深紅は自信満々な笑みを浮かべていた。


 良く分からないけれど、深紅がやると言っているのだから、うまくやってくれることだろう。俺は、深紅をただ信じるだけだ。


 そんな感じで、休み時間は過ぎて行った。


 なお、気付いた時には沙紀は眠っていた。至極、マイペースだと思った。

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