第4話 昨日の今日で
翌日。今日も今日とて学校だ。皆が新学期に心を躍らせている中、俺の心は沈みきっている。
今朝、花蓮と話そうとしたら、あからさまに無視をされてしまった。二日目だが、もうすでに心が折れそうだ。
どんより気分で通学路を歩く。こんな調子でずっと続いて行くと思うと、心が重い。なにより、花蓮に無視されるのが辛い。こうなる前は、冷たい声音ではあったけれど、ちゃんと応答をしてくれていたのだ。
花蓮が俺をどう思っているのか知らないけれど、俺は花蓮を大切な妹だと思っている。両親が家を空けがちなもんだから、花蓮とは仲良くしたいと思っている。だって、ただでさえ二人しかいない家が、冷めきった空気と言うのも耐えられない。
それに、昔は花蓮とも仲が良かったのだ。だから、また仲良くなれるのではないかと思っているのだ。いや、なれるではなく、なりたいのだ。妹と仲良く過ごして、仲良く暮らしたい。それだけできっと、毎日明るく過ごせると思うのだ。
だからこそ、今の状況は俺にとっては辛すぎる。せめて、前のような関係くらいには修復しないといけない。それには、今日の相談が重要になってくる。花蓮と同じ女の子からの意見が聞けるのだ。参考にならないなんてことにはならないだろう。多分。
けれど、その相談が俺の心をさらに重くさせる。
いや、相談が嫌なわけでは無いのだ。ただ、相談相手に少しだけ苦手意識を持っているから気が重いだけなのだ。
「はぁ……」
思わず、溜息が出る。
『溜息を吐くと、幸せが逃げるって聞いたことあるメポ』
「絶賛不幸の最中なんだから、無い袖は振れないよ……」
今俺の中に幸福と不幸は同居していない。不幸だけが居座っているのだ。家出をしてしまった幸福が帰ってくるかどうかは、この後の相談にかかっている。
『いつにも増して後ろ向きメポ。もういっそ、全部話したらいいじゃないかメポ?』
「それはダメ。小さい頃はそれでよかったけど、今は絶対ダメ」
それこそ、小さい頃は頻繁に魔法少女に変身して花蓮と遊んでいたけれど、今はもうそれは出来ない。俺はもう完全に男の子だし、なにより、花蓮がそんな俺を見てどう思うかが分からないからだ。
昔は中性的だから良かったけれど、目つきの悪い男の子になった俺が魔法少女にでもなったら、花蓮はきっと嫌がるに決まってる。て言うか、男の子が魔法少女になること自体珍妙なことなのだ。その時点でまず受け入れられないだろう。
「男の子が魔法少女になるなんて、受け入れられないに決まってる」
『見た目的にそんなに変わらないメポ』
「むっ。メポルまで深紅みたいなことを言って!」
心外な評価をするメポルに、ちょっとむっとしてしまう。
以前、深紅にも花蓮に魔法少女であることを明かせない理由を話したのだが、今のメポルと同じようなことを言われた。まあ、その時は更に二言三言多めに言葉があったけれど。
「俺のどこをどう見たら女の子に見えるんだか」
『黒奈は一度鏡を穴が開くほど見た方が良いメポ』
「毎朝見てるし……」
『なら、自己評価の低さを改めるメポ』
「妥当だと思うけどな」
『妥当じゃないから言って――――メポッ!』
言葉の最中に、メポルは張り詰めた声を上げる。
「どうしたの?」
『ファントムメポ!』
「昨日の今日で!?」
『そう言う日もあるメポ! 昨日と同じで、近くに同業者の気配はないメポ!』
「また俺が行かなくちゃいけないの?! まったく間が悪いなぁ、もう!」
文句をこぼしながらも駆け出す。誰かがやらなきゃいけなくて、けれど誰もいないと言うならば俺が行くだけだ。
「メポル!」
『はいメポ!』
空を飛びながら俺に追従してくるメポルからブレスレットを受け取ると素早く右手に付ける。
「近くに人は!?」
『居ないメポ!』
「ならこのまま……マジカルフラワー・ブルーミング!!」
走りながら変身の呪文を唱える。
走る脚を踏みかえる間の一瞬で変身が完了すると、そこには如月黒奈ではなく、魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズの姿が現れる。
「メポル、案内!」
『了解メポ!』
俺の前をメポルが先行して飛んでいく。俺はその後を全速力で追いかける。
住宅街の屋根や塀を足場に飛び跳ねてショートカットをする。昨日のように空を駆けてもいいのだが、メポルが低空飛行を繰り返すから空を駆けるよりも走った方が早いのだ。
やがて、誰かの悲鳴が聞こえてくると、ややあってからその姿を捉えることができた。
黒ヤギをモチーフにした着ぐるみのような見た目のファントムと、そのファントムに襲われている花咲高校の女子生徒が居た。
今の状況に既視感を覚えながらも、俺は地面を強く蹴りつけると、ファントムに肉薄する。
「せあっ!!」
『へブフッ!?』
問答無用で鉄拳制裁。
相手に言い訳や弁明の隙さえ与えずに顔面を思いきり殴りつける。
「昨日の今日でこれか。なに、白ヤギさんに頼まれたの?」
『挨拶も無しに殴りつけてくるなんて、なんて野蛮な魔法少女メェ!! 因みに白ヤギとは犬猿の仲だメェ!!』
「野蛮で結構。一般人の安全が第一だからね。て言うか、あなたたち仲悪かったのね……」
無駄な情報を得てしまったと思いながらも、俺は背で女子生徒を庇いながら、ファントムを睨み付ける。
「昨日白ヤギさんにも言ったけど、今なら見逃してあげる。帰るなら今だよ?」
『メェ! そう言うわけにもいかないメェ! メェはその子を襲うように言われてるメェ!』
「へぇ、あなたには上が居るんだ」
『しまったメェ! これ話しちゃいけないやつだメェ!』
慌てて口を押さえるファントム。
何度か戦って分かっていることだが、ぬいぐるみ型のファントムはあまり頭がよろしくない。なので、情報をぽろりと話してしまうことがある。だからこそ組織立った行動の時は、彼らには最低限の情報しか教えられないので、あまり尋問などは意味が無いのだけれど。
けど、今回の場合は少しだけ役に立った。このファントムには少なからず協力者か、上の怪人が居るということだ。
「さて、きりきり吐いてもらおうか?」
『だ、誰が吐くかメェ!』
「あなたの上の人のお名前は?」
『ヴァーゲ様だメェ!』
「そう、ありがとう」
『しまったメェ!?』
本当にお馬鹿だこの子。過去類を見ないほどのお馬鹿さんだ。
「それ以外に何か知ってる?」
『残念だったメェ! もうメェの知っていることはないメェ!』
質問をした俺に勝ち誇ったように言い放つファントム。うん、本当にお馬鹿だ。
「あなたが何も知らないっていう情報が手に入ったわ。つまり、あなたにはもう用が無いっていうことね」
『………………確かにメェ! お前頭良いメェ!』
なるほどそうかと何度も頷くファントム。
なぜか酷く感心されてしまった。本当にこの子の今後が心配になるくらいにお馬鹿だ。ちょっと可愛く見えて来た。
ともあれ、相手はファントム。引き出せる情報がこれ以上無いのであれば、最早問答は無用である。
それに、登校時間も差し迫っている。
「感心してるところ悪いけれど、時間が無いの。早々に片付けさせてもらうわ」
『そうはいかないメェ! メェは命令を遂行するメェ!』
叫ぶと、跳びかかってくるファントム。
俺はそれを真正面から迎え撃つ。
腰を据えて、右手を引き絞るようにして、左腕を狙いをつけるように前へ前へと伸ばす。
跳びかかるということは空中に居るということで、つまり身動きが取れないということに他ならないわけだ。
右手に黒の光が凝縮していく。
「鉄拳制裁!!」
そして、拳を放つ。
左腕で付けた狙いを違わず、拳はファントムの腹に吸い込まれていく。
『メゲエェ!?』
吐く直前のような声を上げてファントムが吹き飛んでいく。
吹き飛んでいった先では、準備良くメポルがゲートを開いていた。
メェと悲鳴を上げる余裕も無くゲートに吸い込まれていくファントム。これにて、お仕事終了である。
しかし、黒ヤギのファントムが言った、ヴァーゲ様とはいったい誰の事なのだろう? ファントムが組織、もしくは集団でことを起こすのは珍しいことではないけれど、俺は集団でことに及ぶファントムと相対したことが無い。
これは注意が必要かもしれないね。しばらくは警戒しておかないと。
ともあれ、今直ぐにどうこうなる話では無い。今は、後ろに庇った女子生徒の方が優先だ。
「ふぅ……大丈夫で、した…………か?」
俺は一息つくと後ろを振り返り、背に庇っていた女子生徒に声をかけた。しかし、言葉を最後までしっかりと言うことができなかった。
俺が後ろで庇っていた少女は、俺が一昨日助けた女の子で、昨日家に遊びに来ていた女の子――つまり、甘崎桜だったのだ。
よくよく、妙なタイミングで出くわすものだと思う。
混乱する心中を無理矢理に宥めすかして、なるべく平静を装って声をかける。
「えっと、一昨日ぶり、かな?」
「は、はい! 一昨日ぶりです、ブラックローズ!」
俺が声をかけると、嬉しそうに返してくる甘崎さん。昨日、ブラックローズのファンと言っていたから、思わず出会えて喜んでいるのだろう。
「元気そうで良かったよ。それと、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「大丈夫です! ブラックローズに守ってもらったので、傷一つありません!」
「そう。良かった」
やたら嬉しそうに報告してくれる桜。
……そんなに、ブラックローズに会えたのが嬉しいのだろうか? 俺としては、自分の客観的価値が分からないので何とも言えないところだ。まあ、自分自身に会えて嬉しいかと訊かれているようなものなので、誰でも答えは出せないだろうけれど。
「一応忠告しておくけど、一人歩きは危険だから、出来るだけ登下校は友達と一緒にした方が良いよ?」
「はい、明日からそうします! あ、でも、ブラックローズと一緒に登下校したいな、なんて……」
元気よく言った後、後半は恥ずかしそうに顔を赤らめながら言う。
この子、ブラックローズのことどんだけ好きなんだ……。
俺は思わず苦笑を浮かべながら、甘崎さんの頭を優しく撫でる。
「それは出来ないかなぁ。これでも忙しい身の上でね」
まあ、実際は身バレのリスクを減らしたいだけなんだけどね。
「い、いえ! 冗談です、冗談! このなでなでだけで満足です! ふ、ふへへ……」
だらしない笑顔を浮かべながら言う甘崎さん。
結構しっかりした子だと思っていたけれど、ブラックローズの前だと残念過ぎる子だなぁ。それに、結構現金な子かもしれない。
俺は最後にぽんぽんと軽く頭を叩くと手を放す。甘崎さんは名残惜し気な顔をしたけれど、ずっとこのままと言うわけにもいかない。
「それじゃあ、気を付けてね」
そろそろ俺も学校に向かわないといけない。流石に新学期早々遅刻する訳には行かない。
「あ、待ってください!」
踵を返そうとしたところで、甘崎さんが慌てて声をかけてきた。
俺はどうしたのかと振り返ると、甘崎さんが顔を赤くして照れたような顔を浮かべながら携帯を取り出していた。
「あの、一緒に、写真撮ってもらっても良いですか?」
彼女のそのお願いに、昨日のことを思い出して俺は思わず苦笑してしまった。
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