第3話 妹の友人

 入学式はつつがなく進み、来賓紹介のさいに俺も紹介されたり、なぜか壇上に立って挨拶することになったりと、思わぬ事態があったりもしたが、何の問題も無く進んだ。


 最後に校長室に通されて校長先生に挨拶をされたり、あやめ先生と校長先生とツーショットをとったりもした。俺とのツーショットなんてあまり価値あるモノではないだろうけど、恐らくは、記念程度のものだろう。


 ブラックローズの写真なんて、必要無いと思うけど。なにせ、この学校にはブラックローズとは比較にならない程の有名人が居るのだから。


 人気の無いところで変身を解いて、家に帰るころには入学式が終わってから随分と時間が経っていた。


 入学式は午前中で終わりなので、今日のお昼ご飯を作るのは俺の当番であった。校長室に通されて長々と話してしまったため、お昼の時間はとっくに過ぎている。


 ううっ……花蓮お昼ご飯が無いって怒ってるだろうなぁ……。


 俺は少しだけ憂鬱な気分になりながら玄関の扉を開ける。


「ただいま」


 帰ってきたことを知らせるが、声は帰ってこない。


 ううっ……やっぱり、相当怒ってる? いつもなら不機嫌ながらも返してくれるのに……。


 悪いことをしてしまったと思い、直ぐに謝ろうとリビングのドアを開ける。


 リビングには花蓮がおり、ソファに座ってスマートフォンをいじっていた。


「た、ただいま、花蓮」


「……お帰り」


 花蓮は、俺を一瞥するとすぐに画面に視線を戻す。


 あ、あれ? あんまり怒ってない?


 常のような表情の花蓮に、思わずそう思ってしまうが、内心を隠していると言う可能性も考えて言葉を紡ぐ。


「ごめんね。ちょっと用事があって遅くなっちゃった。お昼ご飯、もう食べた?」


「……食べた」


「ご、ごめんね。連絡、入れれば良かったね」


「……」


 返事もせずに画面にだけ目を向けている花蓮。


 やっぱり、相当怒ってるのかな?


 これは話しかけても花蓮を苛立たせるだけだと思い、俺は黙って自分の分のお昼ご飯を作ることに決めた。


 キッチンに行き、冷蔵庫を開けて食材の確認をする。


 俺が花蓮に背を向けたところで、背後から声をかけられる。


「……ねぇ」


「ん、なに?」


「……今日、入学式、来た?」


 良かった、機嫌悪いわけじゃないみたいだ。


 花蓮が話しかけてくれたことにほっとしながらも言葉を返す。


「行ったよ。ちゃんと見てた」


「……」


 きちんと答えたのに、返ってきたのは痛いほどの沈黙だけ。


 どうしたのだろうと思っていると、花蓮が咎めるような声音で言ってくる。


「嘘でしょ。今日、いなかったよね?」


「え、いたよ?」


「どこに?」


「どこにって、らい……」


 そこで気付く。俺がいたのは来賓席で、保護者席じゃない。ましてや俺は「如月黒奈」として行ったのではなく、「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ」として出席していたのだ。


 だから、どこを見渡しても俺の姿など見つけられるはず無いのだ。


「……保護者席にいたよ?」


「嘘。捜したけどいなかった」


「いたよ。俺、背が大きい方じゃないから、気付かなかったんじゃないかな?」


「保護者が入ってくる時間からずっと見てた。けど、兄さんは入ってこなかった」


「あ、う……」


 言葉に詰まる。


 そんなに見られていたのであれば、嘘のつきようがない。


「……嘘よ、そんなに見てない。そんなに見てたら、私が変な目で見られるし」


「え?」


 嘘? なんで嘘なんて……。


「でも、来たって即答できないってことは、来てないってことなんでしょ?」


「そ、それは……」


 なるほど、ブラフだったわけか。よく頭の回る子だなぁ……って、感心してる場合じゃない! どうにかしてうまい言い訳を……。


 しかし、もともと口の回る方では無い俺では、とっさにうまい言い訳を口にすることができなかった。


「……はぁ……もういい」


 言い訳をする間も与えてくれずに、花蓮は乱暴に立ち上がるとリビングを出て行こうとする。


「ま、待って!」


 呼び止めるが、キッと鋭い視線で睨まれ、思わず閉口してしまう。


「来たくないなら、最初からそう言えばよかったじゃない……!」


「ま、待って花蓮! 俺は行けなかったけど、行きたくなかったわけじゃ……!」


 引き留めようと慌てて声をかけたが、花蓮は聞く耳を持たずにリビングから出て行ってしまう。


 乱暴な音を立てて閉められる扉。


 俺はただ、呆然と立ちつくす他なかった。





 翌日。今日から二年生としての授業が始まる。皆新しい環境に一喜一憂するところであろうが、今の俺はそんなことに気を割いていられるほどの余裕が無い。


 新しいクラス割りが張り付けられている掲示板を見て、自分と、とある人物の名前を見つけるや否や上履きに履き替えて新しいクラスに急いで向かう。


 新しいクラスに着き、新しい環境に入って行かなくてはいけない状況に戸惑う余裕すらなく、乱暴に扉を開け放つ。乱暴に開けたため、少しばかり注目を集めてしまったがそれすらも最早気にならない。


「おー、お早う黒奈。どうした、そんなに慌てて」


 扉を開けた俺にそう声をかけてきたのは、俺の小学校からの友人で幼馴染の内の一人である、和泉いずみ深紅しんくであった。


 俺は深紅を見つけると早足に近づく。


「し、深紅~~~~!」


「ど、どうした? なに泣きそうになってんだ?」


 気付かないうちに目に涙を溜めていたのか、深紅が指摘してくる。が、それも今はどうでもいいこと。


「か、花蓮に……」


「花蓮ちゃんがどうかしたのか?」


「花蓮に嫌われた!」


「……はぁ?」


 僕が慌てた様子でそう言えば、深紅は何を言っているんだこいつはと言った顔で俺を見る。


「いや、何言ってるんだお前?」


 実際に言われてしまった。


「だから、花蓮に嫌われちゃったんだよ! どうすれば良い!?」


「待て待て、一旦落ち着け。順を追って説明してくれないと、何があったか分からない」


「う、うん。そうだね」


 確かに、ただ結果だけを聞かされてもなんとも言えないだろう。


 俺は順を追って説明しようと口を開きかけたが、タイミング悪く予鈴が鳴ってしまう。


「とりあえず、放課後にするか。今日は半日だけだしな。黒奈ん家で飯でも食いながら聞かせてくれよ」


「分かったよ」


 約束をして話を切り上げる。何気に、お昼ご飯を俺の家で食べることになったけれど、相談に乗ってもらうのだから、それくらいは良いだろう。


 先ほども言った通り、深紅とは小学校の頃からの付き合いだ。家には何度も遊びに来てるし、ご飯も一緒に食べてる。こちらとしては、最早慣れてしまっているのだ。


 ともあれ、相談に乗ってくれるのなら良かった。


 俺はあまり友達の多い方じゃないから、こんなことを相談できるのは深紅くらいしかいないのだ。


 早く放課後にならないかなと思いながら、俺は黒板に貼ってあった席順の描かれた紙を見たあと、自分の席に着いた。


「放課後、早く来ないかな……」


 どうにかしてこの事態を早期解決したい。


 家では花蓮と二人きりだから、空気が悪いままだと居心地が悪いのだ。


 俺は焦りと、気落ちした気分のまま半日を過ごした。気付けば授業――と言っても、初日なのでロングホームルームだけだ――は終わっており、放課後となっていた。


「上の空って感じだったな」


 気付けば、近くに帰りの用意を済ませた深紅が来ていた。


「自己紹介の時もお前上の空だったから、一年の頃クラス一緒だった連中が心配してたぞ?」


「自己紹介? そんなのしたっけ?」


 まったくもって記憶にない。


「こりゃあ重症だな……」


 呆れたように肩をすくめる深紅。


「まあいいや。とりあえず行こうぜ」


「あ、うん」


 俺は鞄をひっつかんで席を立つと、深紅と共に我が家に向かった。





 ここで、一度俺と深紅の関係性を説明しておこうと思う。


 小学校の頃からの幼馴染で友人。それは先ほども説明した通りだ。しかし、それ以上もっと重要な内容がある。


 深紅は仲間であり同業者、つまり、ヒーローなのだ。


 ヒーロー名『クリムゾンフレア』。容姿端麗であり、実力も申し分ない若手ヒーロー。中高生からご婦人方まで、幅広い層に人気を博している超売れっ子ヒーロー。


 しかも、深紅は一般人だけでは無く、同業者にも人望がある。俺みたいに一人で活動している奴とは大違いだ。たまに深紅と一緒に戦うこともあるけど、逆に言えば深紅以外とは共闘したことが殆ど無い。そのため、俺はお高く留まっていると思われることも多々ある。ただコミュ障ボッチなだけなのに。


 そんなこともあり、正直、ブラックローズよりも名が売れているし、人気も人望もある。一度、ヒーロー系の情報を取り扱う雑誌で特集を組まれていたのを、深紅本人に見せてもらったことがある。


 そこには、『次代を担う若手ヒーロー』とか、『世代最強イケメンヒーロー』とか書かれていた。雑誌の売れ行きも好調だったようで、次のオファーの話も来てるとかなんとか。


 ともあれ、深紅は俺と同業者であり、ひょんなことから俺の秘密を知った唯一の人物である。学校一の人気者で有名人。当然、校長先生はツーショットを撮っているし、なんなら学校のパンフレットに写真も載ってる。


 そんな深紅だからこそ、ブラックローズ絡みの相談事をすることができるのだ。


「それで? なんで嫌われたんだ?」


 家に向かう道中、深紅はなんともなしに訊ねてくる。そこまで深刻そうに捉えて無さそうな深紅に、頼もしさを覚えるとともに、少しの訝しさを覚える。


「ここじゃ話せない。どこに耳があるか分からないし」


「なるほど。そっちの話か」


 簡単に言葉を交わすだけで、ブラックローズ絡みの内容だと理解してくれる深紅。


 そこから、深紅は喧嘩(?)の内容を詮索してくることはせずに、他愛もない話題で会話を繋げてくれる。こういう気づかいも、仲間内で人気がある理由の一つなのだろう。頷くだけのマシーンと化した俺とは大違いだ。


 深紅と他愛の無い会話をしているうちに、今は居心地の悪い我が家に着いた。


 俺は玄関の扉を開けてみる。すると、扉はなんの抵抗も無く開いた。どうやら、花蓮が先に帰ってきているらしい。


「ただいま」


「お邪魔します」


「あれ?」


「どうした?」


 僕らは玄関に足を踏み入れる。と、そこで、靴が一足多いことに気付く。


 新品で見慣れない靴であったが、片方は花蓮のものだと言うのは分かる。が、もう片方は、誰のなのだろうか?


「靴が二足……」


「花蓮ちゃんが友達でも呼んだんじゃないか?」


「……そうかも」


 花蓮はあまり家に友達を呼ぶような子じゃない。どういうわけか分からないけれど、俺の知る限り花蓮は一度も家に友達を呼んだことは無い。


 つまり……それほどまでに俺と二人きりが嫌だと言う事だ……。


「おいおい、なに勝手に落ち込んでんだよ。勘ぐるのもいいけど、勘違いだけは止めろよ? それですれ違ったら余計こじれる」


「……うん」


 深紅の忠告を受け、考えることをいったん止める。


 そうだ、真意がわからない以上、全ては俺の想像でしかないんだ。


 俺たちは靴を脱ぎ、リビングに向かう。とにもかくにも、まずはお昼ご飯からだ。時間的にも良い時間だしね。


 俺たちはリビングに向かう。俺の後ろを、深紅が慣れた足取りで付いて来る。


 リビングの扉を開けると、そこには花蓮と見知らぬ少女が――


「――っ!?」


 ――いや、知っている。俺は彼女を知っている。俺は、正確にはブラックローズだが、ともかく、俺たちは一度会っている。


「た、ただいま」


「お邪魔しまーす。花蓮ちゃんお久~」


 俺は動揺を押し殺しながら、常の顔を装ってただいまを言う。


 二人は俺たちの方を向くと、花蓮はむくれながら、少女は元気溌剌に口を開いた。


「……お帰り。深紅さん、いらっしゃい」


「お邪魔してます! お二人とも、初めまして! わたし、甘崎あまさきさくらって言います」


「ど、どうも……如月黒奈です」


「どうも、初めまして。俺は和泉深紅。よろしくね」


 麻栗色の髪に整った顔立ちの彼女。見覚えがあり過ぎるその顔と姿。彼女の可愛らしい顔はそうそう忘れられるものでもないし、そも昨日強烈な出会いかたをしたばかりの人物を、そうそうに忘れられるはずがないのだ。


 そう、彼女は昨日ブラックローズが助けた少女その人なのである。


 はてさてどういう経緯か。ボロが出ないようにしなくちゃ……。


「……あ、そうだ。お昼、作っちゃうね。深紅、座って待ってて」


「りょーかい」


「えっと、甘崎さんも食べてく?」


「もともとそのつもりで呼んだから」


「ですです」


「分かったよ。じゃあ、ちょっと待ってて」


 料理を作る前に、俺は一度部屋に向かう。料理を作る前に着替えとかないとね。


 ぱぱっと部屋着に着替えて、直ぐに下に降りる。


 リビングに戻ると、三人は仲良くお喋りをしていた。


 美形三人がお喋りをしていると、なんだか絵になるなぁ……。


 そんな、誰しもが思う事を心中で思いながら、俺はキッチンに向かう。


 今日のお昼ご飯は四人分作らなくちゃいけないし、皆を待たせるのも悪いから、簡単なものでもいいかな?


 俺は献立を頭の中で立てると、冷蔵庫から材料を取り出して調理を始める。


 今日の献立は焼きうどんだ。材料を切って焼いて、冷凍のうどんをレンジで解凍して具材と一緒に焼けばあっという間に作れるお手頃料理だ。


 お手軽で美味しいから、俺は結構気に入っている。


 手早く二十分程で調理を済ませると、焼きうどんを盛りつけたお皿を二枚持つ。


「深紅、もう二つあるから持って行って」


「ん、了解だ」


 俺が深紅に頼めば、深紅は話を切り上げて手伝ってくれる。


「はい、お待たせ。簡単なものだけど、ごめんね?」


「い、いえ! そんなことありませんよ!」


 わたわたと手を振って否定する甘崎さん。花蓮とは反応が正反対だから、見ていて新鮮だ。


「ほいっと、お待ち~」


 深紅が残りの二皿を持って来て全員分が出そろう。


「それじゃあ、いただきます」


「「「いただきます」」」


 俺が手を合わせていただきますと言えば、三人が揃って続ける。別に、音頭をとったわけではないので、少し恥ずかしい。


 俺は恥ずかしさを誤魔化すべく、さっさと焼うどんに手を付ける。


「さっきの話の続きだけどさ、二人っていつからお友達なの?」


 深紅が焼きうどんを食べつつ、二人に話しかける。


「中学一年の頃からです」


「たまたま席が隣同士になったんです。それで、お話ししているうちに仲良くなりました!」


「そうなんだ。二人とも、性格は全く正反対っぽいけどなぁ」


「正反対だからかも。桜と一緒に居ると退屈しないし」


「ワタシも、花蓮ちゃんと一緒に居ると落ち着きます!」


「ははっ、仲良しで良いなぁ」


 お互い顔を見合わせて照れたように微笑む二人に、深紅が微笑まし気な表情をして言う。


「仲良しと言えば、お二人も仲良しに見えますよ? いつ頃お知り合いになったんですか?」


「俺たちは小学生の頃からだな。いわゆる腐れ縁ってやつだ」


「そこは幼馴染で良いだろうが」


「ばーか。そんな可愛らしい関係でも無いだろ俺達。殴り殴られ、時には蹴りも飛ぶ」


「そりゃ、組手の一つでもすればそうなるでしょ」


「普通の幼馴染は組手なんてしないんだよ。俺達は誰がどう見ても腐れ縁だよ、うん」


「うーん……言われてみれば確かにそうかも。なんか、俗に言う幼馴染って言う感じはしないね、俺達」


「そうだろうそうだろう」


 俺たち二人のやり取りに、目の前の二人は小首を傾げるばかりである。まあ、俺たちにしか分からない話題なので、仕方ないと言えば仕方ない。置いてけぼりにして申し訳ないと思うが、この会話の意味を理解していないのであれば、俺にとっては都合がいい。


 俺は何も無かったかのように焼うどんを食べる。深紅も焼うどんを食べる。


「つまり、幼馴染じゃないんですか?」


「二人の世界に入ってるから何言ってるか分からないけど、正真正銘幼馴染よ」


「なる、ほど……?」


「そんな事より、桜。話したいことがあるんじゃなかったっけ?」


「あ、そうだった! お兄さんたちも聞いてくださいよ! ワタシ、凄い体験したんですよ!」


「へぇ、どんな?」


「なんと、あのブラックローズに助けてもらったんです!」


「――げほっ、ごほっ!」


 ブラックローズと言う単語に反応してしまい、思わずむせてしまう。


「え、だ、大丈夫ですか?」


「ご、ごめん。大丈夫……ちょっと、咽ただけだから……」


「こいつ食べるの下手なばぶちゃんだから、たまに咽るんだよね。気にしないで続きをどうぞ」


 深紅がそれっぽいフォローをしてこれ以上詮索されないようにしてくれる。


 ……フォローしてくれるのは良いけど、もっと違う言いようがあったんじゃないかな……。


「あ、はい。えっと、ワタシ、昨日入学式に寝坊してしまって、急いで学校まで向かっていたんですよ」


 なるほど、だから俺が学校に向かう時間にあそこにいたのか。入学式の開始時間の事しか頭に無かったから、新入生の集合時間が入学式の前にあったことを忘れていた。


「それで、運悪くファントムに遭遇してしまったんですけど、ブラックローズが颯爽と助けてくれたんですよ! その時のブラックローズと言ったらもうかっこいいのなんのって! 背中にワタシを庇ってくれて、少し離れててって! むしろ一生離れたくなかったですけど、ブラックローズに迷惑をかけるわけにもいかないので泣く泣く離れました! でも! でもですよ!! ファントムを倒した後に、ブラックローズに頭なでなでしてもらったんですよ!! 怖かったよね、もう大丈夫だよって!! それだけでも昇天しそうだったのに、更にはお姫様抱っこで学校まで向かってくれて――――」


 目をキラキラと輝かせながら力強く語る甘崎さんのマシンガントークは止まることを知らず、お姫様抱っこされたときの感想を事細かに説明してくれた。


 花蓮はまた始まったと言った顔で、深紅はお前そんなことまでしたのかと少しばかり呆れた顔で俺に少しだけ視線を向けてくる。そして、話題の当人である俺はと言えば、恐らく盛大に顔を赤くしていることだろう。


 自分のしたことを、これほどまでに嬉しそうに語られるなんて誰が思うだろうか? これで照れない人間は自信過剰か、それが当然になっている人間だけだ。勿論俺はどちらでも無く、また世間的にはマイナーな魔法少女である俺のそう言った話は聞かないので耐性もまったくないため、羞恥で顔を赤くしてしまっているのだ。


 赤くなった顔をばれないように少し俯きながら甘崎さんの話を聞く。


「――それで、入学式には間に合ったんですけど、その頃にはもう入学式に出なくてもいいから一緒にお茶とかしたいなって思ったりしたんですよ!」


 「入学式」と「出なくてもいい」と言う言葉に、あからさまに花蓮が反応を示す。それに甘崎さんは気付かない。けれど、深紅はそれに目ざとく気づくと一度俺を盗み見る。


「でも、せっかくブラックローズに送ってもらったんだから、出なきゃって思いまして出席したんですけど、なんとそこでも思わぬことが起きたんですよ! なんとなんと、ブラックローズが入学式に出席してくれたんです!」


 その言葉を聞いた瞬間、深紅がジト目で俺を見てくる。


 うっ……わ、分かってる。分かってるから。後で経緯とか全部話すから……。


 けれど、聡い深紅ならもう俺が話そうとした内容をすべて理解していることだろう。まあ、俺の方の事情と心境もちゃんと話さなくちゃいけないから、この後きちんと話すけどさ。


 そんな深紅の様子に気付いた様子も無く、甘崎さんは饒舌に話を続ける。


「もう、感無量でした……! 一生の思い出に残る入学式でした! 壇上に立って挨拶をする姿は、もう凛々しくて凛々しくて……! 流石はブラックローズです! あ、でも、校長先生と南里先生とツーショットを撮ってるのは嫉妬しました! ワタシだって取りたかったです!」


「え、なんで知って……」


 俺は思わず声を上げてしまう。だって、あれは校長室で行われたのだ。それを、校長室に居なかった甘崎さんが知っているはずがないのだ。だからこそ、なぜ甘崎さんがそれを知っているのかが不思議でならなかった。


「え? 校長先生も南里先生もSNSに載せてますよ?」


「え?」


「……あ、本当だ」


 深紅が携帯の画面を見て頷いているのを見て、急いで深紅の携帯の画面を覗き込んだ。


「なっ、ほ、本当だ……」


 そこには、にっこりと微笑むブラックローズの姿と、でれっと鼻の下を伸ばした校長先生のツーショットが写っていた。


「こっちがあやめ先生のだな」


 そう言って、深紅が画面を操作すると、今度は、校長先生よりも大分近い距離でブラックローズの隣に立ち彼女からは想像できないくらいだらしない笑みを浮かべたあやめ先生と、先ほどと変わらない微笑みを浮かべているブラックローズのツーショットが写っていた。


 って言うかあやめ先生が見たことも無いほどいい笑顔してる!? 学校では微笑んでいるところくらいしか見たことなかったから、本当に意外な表情だ……。


「ずるいですよね! ワタシもツーショット撮りたかったです! 今度会ったら絶対にツーショット撮ってもらいます!」


 ぷりぷりと怒る甘崎さんだが、正直俺はそれどころでは無かった。


 結構な勢いで画像が拡散されており、コメントも大量に投稿されていたからだ。


「おお……結構拡散されてるな……」


「それはそうですよ! なにせあのブラックローズですよ!? メディアへの露出は無いし、たまたま撮影された写真だって少ないのに、そのミステリアスさと美貌も相まって人気はトップアイドルクラス! 出会えただけでも幸運なのに、今まで殆ど撮った事の無いツーショットですよ!? もはやツチノコを捕まえたみたいなもんですよ!」


 ごめん、褒めてるんだろうけど、その例えはあまり嬉しくない。


 って言うか! え、ブラックローズってそんなに人気だったの!?


 俺は確認の意味を込めて深紅を見る。深紅は俺の視線を受けると、こくりと頷く。


「知らなかったのか? ブラックローズは人気高いぞ?」


「小さいお友達から大きいお友達まで、幅広い層の支持を持っています!」


「そ、そうだったんだ……」


 知らなかった。ブラックローズがそんなに人気だったなんて……って言うか、そんなんじゃあ余計に正体を明かす訳にはいかないじゃないか! 皆、あのブラックローズの正体がこんな目つきの悪い男だなんて知ったら傷つくに決まっているし、夢を壊された気分になるはずだ。なんとしても、正体は隠し通さなくては……!


 ……でも待てよ? 見たところ、甘崎さんはブラックローズのファンだし、深紅にいたってはブラックローズの正体を知ってるわけでしょ? ということは、甘崎さんはブラックローズを持ち上げていて、深紅は俺に気を遣ってるんじゃないか?


 そうだ。そうに違いない。深紅は気遣いができて優しいし、甘崎さんは熱狂的なファンみたいだから、少しでもブラックローズの知名度を上げようと売り込んでいるだけだろう。


 なんだ、そう言うことだったんだ。納得納得。


「まーた曲解してるよ……」


「ん? 何が?」


「別に……」


 俺の顔を見てため息を吐く深紅。


 む、失礼な奴だ。


「かく言うワタシも、ブラックローズのファンです!」


 それは見てれば分かります。


「ぜひともお姉さまと呼ばせていただきたいほどです!」


 それだけは勘弁してください!


 思わずそう口に出しそうになり、慌てて口を閉じる。


「って言うか、ブラックローズも良いけどよ。お前はもっと気にすることあるだろ?」


「え、なにを?」


「ん」


 俺は深紅が顎で指し示す方を見る。そこには、酷く仏頂面をした花蓮がいた。


 あ……完全に忘れてた……。


 ど、どどどどどどうしよう!? さっきまで少し機嫌が悪いだけだったのに、かなり不機嫌になってる!


 俺は助けを求めて深紅を見る。


「あれ、花蓮ちゃんどうしたの?」


 しかし、俺たち二人の様子を見た甘崎さんの方が早く、花蓮に声をかけていた。


「別に。入学式に来てくれなかったとか、そんなこと全然根に持ってないから」


「う~ん? どうしたの急に?」


「別に」


 機嫌が悪いのか甘崎さんの言葉に、ぷいっとそっぽを向く花蓮。


「ううん? 変な花蓮ちゃん」


 しかし、甘崎さんはなにも気づいていないのか、そう言葉をこぼすだけであった。


「っと、飯も食い終わったし、俺たちは退散するかね」


 唐突に深紅はそう言うと、食器を持ってキッチンに向かう。


 恐らく、俺の話を聞くために俺の部屋に移動しようということなのだろう。


「う、うん!」


 慌てて深紅の言葉に乗っかり、食器を流しに置く。


「あ、二人とも、食器は流しに置いておいてね。後で洗っとくから」


「あ、はい! ご馳走様でした!」


「……ん」


 甘崎さんはぺこりと軽くお辞儀をして愛想良く、花蓮はぶっきらぼうに一つ頷くだけ。


 そんな花蓮の反応に悲しくなってしまうけれど、俺が撒いた種だから今は甘んじて受け入れる。


 俺たちはリビングから出て、俺の部屋に向かった。


 部屋に入ると、俺はベッドに、深紅は床にドカッと座った。


「それで、早速話してもらおうか? なんでお前入学式に出たんだ?」


「それは――――」


 俺は一から昨日起こったことを説明する。甘崎さんを助けたこと。甘崎さんを学校まで送ったこと。あやめ先生に、入学式に参加してくれないかと頼まれたこと。学校に着いた時には入学式の開式まで時間が無かったこと。急いで元の姿に戻っても、入学式には間に合わなかったこと。結果、如月黒奈としてではなくブラックローズとして入学式に出席せざるをえなかったこと。


 全てを説明し終えると、深紅は「はあ」と盛大に深いため息を吐いた。


「……結論から言うと、間が悪かったとしか言いようがないな……お前は困ってる人を放っては置けないし、時間も無かったし……けど、それを花蓮ちゃんに説明は出来ないし……」


 うーんと頭を悩ませる深紅。


「どうすればいいかな?」


「難しいなぁ……どっちかが悪いなら、どっちかが謝れば済む話なんだが、今回はどっちも悪くないしなぁ……」


 深紅の言った言葉に、少しだけ安堵してしまう。良かった、やっぱり俺は間違ってなかったんだ。


 俺は自分のしたことを間違いだとは思っていなかった。俺が助けなかったら、花蓮の友人である甘崎さんが感情を奪われていた。そうすれば、花蓮はとても悲しんだと思う。冷たく見えて、その実優しい花蓮は、感情を無くした友人を見て心を痛めて涙することだろう。


 だから、結果的に俺は花蓮のために行動したことにもなる。


 けれど、俺が甘崎さんを助けたことで、今度は俺が花蓮の入学式に参加できずに、花蓮を怒らせてしまっている。


 甘崎さんを助ければ入学式には参加できず、入学式に参加すれば甘崎さんを助けられずに花蓮が怒る。


 どっちをとっても、結局は花蓮が割を食うのだ。


「まぁ、起きちまったことをあーだこーだ考えるのは止めよう。今は、どうやって花蓮ちゃんの機嫌を取るかだ」


「どうすればいい?」


「間髪入れずに他力本願だなぁ、お前」


「うっ……」


 呆れたように漏らす深紅。


 だって、仕方ないじゃないか。女の子のご機嫌取りなんてやったことないんだから……。


「まあいいさ。う~ん、と言っても、そこら辺俺も良く分からないからなぁ」


「意外だね。深紅は女の子にモテるから、そう言うの慣れてると思ってた」


「俺の場合は逆だな。俺じゃなくて、向こうがご機嫌を取ってくるんだ」


 なるほど。深紅は奉仕される側ということか。モテ男め!


「じゃあ、俺はどうすればいいのさ?」


「……不本意だが、あいつに頼るしかあるまい」


「あいつ?」


みどりだよ」


 その名前を聞いた瞬間、自分でも分かるほど血の気が引いて行くのを感じた。


「み、みみ、碧はダメだよ! ダメ、絶対ダメ!」


「じゃあ訊くが、お前他に頼れる奴いるか?」


「うっ、それは……」


 確かに、交友関係の狭い俺には頼れる友人は数えるほどしかいない。その中で、女の子のことを分かって言いそうな人物となると、その数は更に限定される。と言うか、碧しかいない。


「それに、花蓮ちゃんと仲直りしたいんだろ? だったら、少しくらい我慢しろ」


「う、ううぅ……」


 確かに、花蓮と仲直りするためなら、少しのことは我慢するしかない。


「わ、分かったよ。明日、碧に訊いてみる」


「おう」


「で、でも! 深紅も付いてきてね!」


「まあ、流石にお前一人で行かせるなんて酷いことはしねぇよ」


 深紅の返事を聞いて、安堵をする。


 碧は悪い子じゃないのだけど、ちょっと苦手なのだ。本当に、少し、ちょっと、ちょびっと、苦手意識がある。良い子だし、仲が悪い訳では無いけれど。


 ともあれ、次は碧に相談をしなくてはいけないようだ。


 俺は少しの憂鬱さを胸の内から追い出すために、小さくため息を吐いた。

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