第103話 蛛形美針

「いや嘘ですわね。こんなに可愛いお姉様が男のはずがありませんわ」


 気絶から数秒ほどで息を吹き返した赤毛の少女は、真顔で俺を見ながらそう言った。


「いや、俺本当に男なんだ」


「いやですわ、お姉様。お姉様が男なわけがないじゃないですか。お姉様は素敵な淑女ですわ」


「どちらかというと紳士なんだけど……」


 ていうか、紳士一択だ。俺は自他共に……男だと、自認している。他は知らない。


「いえ、お姉様は女性です。それも、とびっきり素敵な女性ですわ」


「うーん、素敵って言われるのは嬉しんだけど……」


 できれば、教室でそういう事を言うのは遠慮してもらいたい。皆見てる中でべた褒めされるのは恥ずかしい。……ではなく。普通に俺は男だ。最近よく間違われるようになったけど、俺は男なんだ。


「まぁ、黒奈の性別はこの際置いておいてだ」


「いや置いちゃダメだ。持ってきて」


 そこかなり重要な部分だから。絶対に放っておいちゃいけない部分だから。


 しかし、俺の文句も聞かずに、深紅は話しを進める。


「それで、君は何しにここに来たのかな?」


「そうでしたわ! 私、お姉様と一緒にご飯を食べようと思っていましたの!」


 言って、どこからともなく重箱を取り出す赤毛の少女。


「お姉様、一緒にお昼ご飯を食べま――」


「悪いけど、こいつのお昼の相手は私だから。あんたは引っ込んでなさい美針みはり


 赤毛の少女の言葉を遮って、俺が断る前に赤毛の少女の提案を断ったのは、ジトっとした目を赤毛の少女に向けた戦さんだった。


「あら、なぜ乙女先輩がここに?」


 戦さんの言葉に、赤毛の少女は特に驚いた様子も無く言葉を返した。どうやら、二人は知り合いらしい。


 そんな赤毛の少女に、戦さんは呆れたように言う。


「ここが私のクラスだからよ。それよりも、こいつと一緒にご飯を食べるのは私だから。行くわよ、如月」


「え、ああ、う――」


「なら私もご一緒してよろしいですわよね? ね、お姉様?」


 赤毛の少女がにこーっと可愛らしい笑顔で尋ねてくる。


 別に、俺としては良いのだけど、戦さんが物凄く嫌そうな顔をしている。


「なんで私があんたとご飯食べなきゃいけないのよ」


「良いじゃないですの! それに、嫌なら私とお姉様だけで食べますわ! さ、お姉様、二人の花園…………学食にでも行きましょう?」


「待ちなさい、二人の花園って何よ。あんたどこに連れて行こうとしたわけ?」


「ど、どこだっていいじゃありませんの! そ、それよりも! お姉様! 私と一緒にお昼ご飯を食べませんか? お姉様のために腕によりをかけ、お金に物を言わせて作りましたの!」


「お金に物を言わせたんだ……」


 いったいどんな高級食材が入っている事やら……。いや、別に高級食材を食べなれてない訳じゃないんだけどね。碧の家にお邪魔する時に知らないうちに高級食材が出てきてる時あるし。


「……ねぇ、戦さん。この子も一緒じゃダメかな? せっかく来てくれたんだし」


「お姉様っ!!」


 赤毛の少女が嬉しそうな声を上げる。


 せっかく来てくれたのに突っぱねて帰しちゃうのはかわいそうだ。それに、この子の勘違いを正さないまま戻すのは後が怖い。俺が女だって噂でも広まったら大変だし、お姉様っていう呼称をどうにかしなくてはいけない。


「……まぁ、あんたが良いって言うなら」


 俺の意図が分かったのか、戦さんは不承不承と頷いてくれた。


「ありがとう、戦さん」


「ふんっ、別にお礼を言われる筋合いなんて無いわよ」


 少しだけ不機嫌そうに言う戦さん。


「じゃあ、俺の席使ってくれよ。俺は別のところで食べるからさ」


 今まで黙って事の成り行きを見ていた深紅が戦さんにそう言う。


「ふぇ!? え、あ、は、はぃ……」


 深紅に話しかけられた途端、戦さんは顔を真っ赤にしてもじもじとはっきりしない返事をした。


「それと、髪型変えたんだね。似合ってるよ」


「びぇっ!? ぁ、ぁぃがっ、とうございますぅ……」


 戦さんにとって深紅の誉め言葉は予想外の事だったのか、ゆでだこのように顔を真っ赤にしてお礼を言う。


 そんな戦さんに一つ微笑んで、深紅は自分の弁当を持って席を離れた。相変わらずのスマートっぷりだ。


「へぇ、乙女先輩、そんな乙女な表情も出来たんですのね~」


 にやぁっと底意地の悪い笑みを浮かべる赤毛の少女。


 そんな少女の表情を見て、戦さんは慌てたように表情を取り繕う。


「あ、あんたには関係ないでしょ」


 強がってそう言うけれど、深紅の椅子に座るとき、少しだけだらしのない笑みを浮かべてしまっては台無しである。


 赤毛の少女はそんな戦さんを面白いものを見る様な目を向け、近くの椅子を引いて俺の隣に座る。


 ……いや、隣に座らなくても良いんじゃ……。


「むふふー」


 嬉しそうににこにこと微笑む赤毛の少女を見て、俺は少し離れようかとは言えなかった。


「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね。俺は如月黒奈。正真正銘男だよ」


 俺がそう自己紹介をすれば、赤毛の少女はにこにこと愛らしい笑みを浮かべて自己紹介をする。


「私は、蛛形ちゅうけい美針みはりと申しますわ。一年生ですの」


「そうなんだ。よろしくね、蛛形さん」


「そんな他人行儀な呼び方ではなく、美針と呼んでいただけると、私は嬉しいですわ!」


 ぐぐいっと顔を近付けて言ってくる蛛形さん。


 いや、近いって……。


「わ、分かったよ、美針ちゃん……」


 俺が名前で呼べば、蛛形さん――美針ちゃんは嬉しそうにぱぁっと笑顔の花を咲かせる。


「私も、黒奈お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!?」


「え、いや、出来れば黒奈さんとか、黒奈先輩が良いなぁって……」


「では、黒奈お姉様とお呼びさせていただきますわ!!」


「この、話しまったくきいてなーい」


 さっき男だって言ったのに! 先輩って呼んでって言ったのに!


 しかし、にこにこと嬉しそうに微笑む美針ちゃんを見ると、それ以上は何も言えなくなってしまう。


「そういえば、二人って知り合いなの? 仲良さそうに話してたけど」


「ちょっと、やめてよ。こいつと仲良しなんて」


「そうですわ、黒奈お姉様。この方とはただの腐れ縁ですわ。私は黒奈お姉様一筋ですわ」


「そうなんだ」


 まぁ、先輩と後輩が知り合いっていうのはよくある事だ。それと、美針ちゃんの最後の言葉は聞かなかった事にする。反応すると後が怖そうだから。


 俺は二人とお喋りをしながら、自分のお弁当を広げる。


 戦さんはいつも通り総菜パン。美針ちゃんは見ただけで分かるほどの豪華なお弁当。


「今日は松坂牛のステーキを持ってきましたの! 保温仕様ですから、あったかいままですわ! さぁ黒奈お姉様、どうぞ食べてくださいまし! はい、あーんですわ」


 ナイフとフォークを使ってステーキを切り分けて、フォークで刺したお肉を俺の口元に運んでくる美針ちゃん。


「だ、大丈夫だよ、美針ちゃん。自分で食べられるから」


「私が食べさせたいんですの! はい、あーん!」


 にっこーっと良い笑顔を浮かべる美針ちゃんは、ぐいっとお肉を俺の口元へと更に近付けてくる。


 気持ちは嬉しいんだけど、美針ちゃん可愛いから、皆の目を引いちゃってるんだよなぁ。


「……食べてくださらないんですの?」


 俺が食べるのを躊躇っていると、しゅーんと眉尻を下げて悲しそうな表情を浮かべてしまう美針ちゃん。


 うっ、そんな顔をされると、魔法少女としては弱いんだぁ。


「あ、あーん……」


 恥ずかしいけれど、ぱくりと美針ちゃんが差し出してくるステーキを食べる。


 そうすれば、美針ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、俺が口にしたフォークを見ると、顔を真っ赤にしてからにやりと笑う。


「く、黒奈お姉様が舐めた、ふぉ、フォーク……」


 はぁはぁと息を荒げながらフォークを眺めてなにやらぶつぶつと言っている美針ちゃん。


 あれ、なんかまずったかな?


 少しだけ悪寒を覚えていると、戦さんがはぁと呆れたように溜息を一つ吐いた。


「美針、如月が引いてるわよ」


「はっ! く、黒奈お姉様! 今のは違いますの! ちょ、ちょっと興奮しただけですの!!」


「え、何が?」


 急に弁明をし始める美針ちゃん。俺としては、美針ちゃんが何をしていたのか全く分からなかったけれど……なんか、やましい事でもしてたの?


「そ、そそそそれよりも! 私は黒奈お姉様と乙女先輩が何故知り合いなのか気になりますわ!! だっていかにも真逆のお二人ですもの!!」


 俺が少しだけジトっとした目を向ければ、美針ちゃんは慌てたように露骨に話題を変えてきた。


 ……まぁ、良いか。


「別に、ちょっときっかけがあっただけだよ。ね、戦さん」


「え、ええ、そうね……」


 俺が戦さんに同意を求めれば、戦さんはバツが悪そうにそっぽを向きながら頷く。ちょっと、そんなに気まずそうにしないでよ。勘ぐられたらどうするのさ。


 勘ぐられたら痛いのは俺も戦さんも同じなはずだ。もっと上手く誤魔化してほしい。


「……なにかあったんですの? 乙女先輩?」


 疑わし気な視線を戦さんに向ける美針ちゃん。


「べ、別に何も無いわよ」


「なら私の目を見て言ってくださいな、乙女先輩」


 じーっと戦さんの目を見る美針ちゃん。


 このままじゃ戦さん絶対にボロが出るなぁ。


「ねぇ、美針ちゃん。こっちのだし巻き卵気になるんだけど、俺のおかずと交換しない?」


「はぁい、よろこんでぇ!!」


 俺が露骨に話を変えれば、美針ちゃんは目にハートマークを浮かべて俺の提案に乗ってくれる。っていうか凄いね美針ちゃん。どうやって目にハートマークを浮かべてるのかな? 


 ちょっと気になったりするけど、美針ちゃんが嬉しそうにだし巻き卵を差し出してくるので、特に考える事もせずにだし巻き卵を食べる。うん、すっごく美味しい。


「すごく美味しいよ」


「良かったですわ! 腕によりをかけたかいがありましたわ!」


 嬉しそうににまぁっとだらしなく笑う美針ちゃん。


「美針ちゃん、料理が上手なんだね」


「はい! お弁当は毎日自分で作ってますの!」


「ま、毎日重箱で作ってるの?」


「いえ! 今日は特別ですわ! 今日は黒奈お姉様と一緒にお昼ご飯を食べる予定でしたので、朝五時に起きて頑張って作りましたの!」


「そう、なんだ……」


 どうやら美針ちゃんの予定には、俺と一緒にお昼ご飯を食べる事はすでに組み込まれているようだった。断られるとは思ってなかったのだろうか? まぁ、この様子を見るに、思わなかったんだろうなぁ。


 嬉しそうににこにこ笑みを浮かべる美針ちゃん。


 ま、いっか。別に害がある訳でもないし。


 俺は考える事を止めて、美針ちゃん達と楽しくご飯を食べる事に専念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る