第99話 メーク講座

 戦さんと理容室に行った後、俺達は碧の家へと向かう。


「それにしても、戦さん本当に見違えたね」


「も、もう良いわよ。何回も言わないで、恥ずかしい……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる戦さん。そんな表情も可愛らしい。


「後はお化粧を憶えるだけだね」


「……なんであんたそんなに生き生きしてんのよ」


「最近は俺がコーディネートされるだけだったからね。誰かをコーディネートするのが楽しんだ」


「あぁ……まぁ、あんたはそうよね」


 納得したように頷く戦さん。そこで納得されるのも、俺としては納得がいかないけど。


「ていうか、あんたは……」


 言って、俺の顔をまじまじと見る戦さん。そして微妙そうな、それでいて苛立たし気な顔をする。


「相っ変わらず、本当に、どうしようもないくらい可愛いのがムカつくわ」


「それ俺褒められてる?」


「褒めてんのよ。あんた見てると、自信失くすわ……」


 はぁと溜息を吐く戦さん。


「戦さんも可愛いよ」


「だーから! もういいっての。あんた、よく恥ずかしげもなくそういう事言えるわね」


「だって、戦さんが可愛いのは事実だし。それに、こういうのって言葉で言ってもらった方が嬉しいでしょ? だから、俺も言葉にするんだ」


 口にしなくちゃ伝わらない事もある。俺と戦さんは友達になったばかりだ。なおさら、俺は自分の想いを口にする必要があるのだ。


「あんたって、本当に……」


 そこまで言って、戦さんは溜息を吐く。


「眩しい奴……」


「戦さんもキラキラだよ」


「やーめてってば。もう」


 こつんと軽く頭を小突かれる。


 ふふふっ、照れておる照れておる。


 その後、戦さんと他愛のない事を話していれば、俺達は碧の家に到着した。


「はぁー……話には聞いてたけど、本っ当に大きいわね……」


「うん。さ、こっちだよ」


「その大きい屋敷に慣れてるあんたもどうかと思うけどね……」


「友達の家だからね。何回もお泊りとかしたしね」


 子供の頃から来てたから、最初と大して印象は変わってない。大きな大きな友達の家ってだけだ。


 まぁ、とある部屋はあの時・・・からずっと慣れてないけど……。


 ともあれ、何度も来た浅見家だ。使用人さんも顔見知りだから、直ぐに玄関を通してくれた。


 使用人さんは俺を見て少しだけ驚いたような顔をしたけど……やっぱり、この髪型のせいかな? 


 気になって、少しだけ毛先を指で弄ぶ。


 碧の部屋の前に着き、俺は碧の扉をノックする。


「碧ー、俺ー」


そうすれば、扉の横にあるインターホンから返事が返ってくる。


『どーぞー!』


 碧から返答があったので、俺は扉を開けて室内に入る。


「来たよー」


「お、お邪魔します……」


 慣れた調子の俺と、緊張した様子の戦さんが碧の部屋にお邪魔する。


「くーちゃんいら……」


 おそらく、いらっしゃいと言いたかったのだろう。けれど、その言葉は途中で止まってしまう。


 部屋には碧だけではなく、花蓮と桜ちゃん、それにアトリビュート・ファイブの青崎さんと白瀬さんが居た。けれど、全員が全員、俺達を――正確には俺の方を見て驚いている。


 多分、髪型の事なんだろうなぁと思いながら、皆に見られて少しだけ恥ずかしかったので、ちょっと視線を逸らしながら落ち着かない様子で毛先をいじりつつ尋ねる。


「変、かな……?」


 俺がそう尋ねれば、即座に立ち上がった碧がもの凄い勢いで俺に飛びかかってきた。


「くーちゃーん!!」


「ぐわっ!? み、碧危ないんだけど!?」


 飛びかかってきた碧をなんとか抱き留める。しかし、碧は俺の文句も聞かずに俺の胸元に顔をこれでもかと押し付け、上目遣いで俺を見る。


「くーちゃぁん……無茶苦茶可愛い……もうお嫁さんにくる準備が出来たって事で良い? 良いよね? 答えは聞かないけど」


「答えくらい聞いてくれないかな!? それに、俺はお嫁さんじゃなくてお婿さんだから!」


「そっちはどうでも良いでしょう。あんた、そのままだと即日入籍させられるわよ」


「――っ! ま、まだ結婚できないから! 俺まだ十八歳じゃないから!」


「ま・だ?」


「じゅ、十八になっても、分かんない、けど……」


「じ――――っ」


「ひっ……」


 物凄い眼光で俺を見てくる碧。それが間近にあるからかなり怖い。その目のハイライト消すのどうやってるの? それずっと気になってるんだけど……。


「はーい、碧ちゃんそこまで。兄さん困ってるでしょ」


「ああああああああ」


 驚きから覚めた花蓮が碧の襟首を引っ張って俺から引き剥がす。


 引き剥がされた碧は名残惜しそうに俺に手を伸ばす。……可哀そうだと思ってしまうけど、正直助かった。ありがとう、花蓮。


 碧が退いたので、俺は戦さんと一緒に車座になっている桜ちゃん達に交じってふかふかな絨毯の上に座る。


 座って一息つけば、まずは後輩二人にご挨拶だ。


「青崎さん、白瀬さん、久しぶり。元気してた?」


「はい、お陰様で」


「と、とても元気です!」


「そう、良かった。ヒーロー活動の方は順調?」


「はい。和泉先輩にご紹介していただいた方に、とても良くしてもらってますし」


「じ、実戦も、何度か」


「凄いじゃん! 順調にヒーローとして戦えてるみたいだね」


 俺が心からの賛美さんびを口にすれば、二人は嬉し恥ずかしといった感じで微笑む。


 アトリビュート・ファイブが順調なようで、少しだけでも関わった身である俺は嬉しい限りだ。


「それで、兄さんその人は?」


「ああ、そうだったね。こちら、いくさ乙女おとめさん。俺のクラスメイトでお友達」


「戦……」


「あなたが……」


 俺が戦さんを紹介すれば、二人の空気が少し変わる。え、何? 俺何かした?


「そ・れ・で! くーちゃんは戦さんにお化粧を教えたいって事で良いのかな?」


「あ、うん。そうなんだ。実は、戦さん好きな人が居て、その人に告白するための前準備としてまずは女の子らしくお化粧をしてもらおうと思って」


「こ、こくはっ、告白だなんて……!! わ、私は、そんな……」


「でも、ゆくゆくは付き合いたいと思ってるんでしょ?」


「そ、それは、まぁ……」


「じゃあ告白する事も考えなくちゃ」


「まぁ、告白が嫌なら、告白されるような魅力的な人になるのも手だけどね~」


「どちらにしたってお化粧は必須だよ。さぁ、観念してお化粧を勉強する。良い?」


 ずずいと顔を寄せて圧をかければ、戦さんは不承不承ながらも頷いた。


「わ、分かったわよ……」


「よろしい。青崎さんも白瀬さんも、一緒にお化粧勉強しようか。二人もそういうの気になるお年頃でしょ?」


 俺がそう尋ねれば、二人は少しだけ恥ずかしそうにしながらも、こくりと頷いた。


「じゃあ、先生役は碧と花蓮と桜ちゃんだね。よろしく」


「え、私達も先生?」


「うん。こういうのは、お友達から教えてもらうのが良いんだよ。多分」


「多分て」


「二人だって花蓮達に教えてもらった方が気兼ねしないでしょう? 俺も実験台として手伝うからさ」


「二人がそれでいいなら、私は別に構わないけど……」


「おお! お化粧講座! なんだか女子会っぽいですね!」


「桜は乗り気ね……。二人はどう? 私達で大丈夫?」


 花蓮が尋ねれば、二人はこくりと頷く。


「はい。そ、その、よろしくお願いします、先生」


「お、お願いします!」


「先生って……私もそんなにお化粧上手じゃないんだけどな」


「花蓮ちゃんは元が良いからね」


「それを言ったら桜もでしょう? それに、青崎さんも白瀬さんも可愛い顔してるから、あんまり派手なメークは必要なさそうね」


「そ、そんな! 私なんて、全然……!」


「そ、そそそそ、そうですよ! か、可愛くなんか……」


 照れたようにわたわたと否定するように手を振る二人。その仕草がすでに可愛いという事に、二人は気付いていない。


「それじゃあ、二人をお願いね」


「うん、分かった」


「了解です!」


 花蓮は頷き、桜ちゃんはビシッと敬礼をする。


 やる気十分なようで良かった。


「さて、それじゃあこっちだけど」


 戦さんと碧の方を見れば、二人はまるで正反対な表情をしていた。


「うげ……」


「んふふっ」


 戦さんは嫌そうに、碧は心底楽しそうな笑みを浮かべている。


「ねぇ、如月」


「なにかな?」


「選手交代って出来る?」


「出来ないねぇ。俺、お化粧出来ないし」


「うぐっ……で、でも、よりにもよって浅見だなんて……」


「アタシじゃ不満かな、戦」


「不満も不満よ。あんたに任せたらピエロメークされそうで怖いわ」


「お望みならその通りにしてあげるよ? なんなら、某お殿様みたいにしてあげても良いし」


「ねぇ如月! こいつ本当にやなんだけど!? ちゃんとメークする気が感じられないんだけど!?」


 からかうように笑う碧を見ていれば、本気でそのメークにする事はないという事は分かるのだけど、碧なら途中で気が変わってやりかねない。でも、頼れるのは碧しかいないんだ。


「だ、大丈夫だよ。碧も、ふざけて言ってるだけだから。碧も、ちゃんとメークを教えてあげて? 多分、碧にとっても面白いものが見られるだろうから」


「面白いものって何?! あんた私を利用して何企んでるの!?」


「別に利用するつもりは無いよ。ただ、普段慌てない奴の慌てる顔が見たいだけだよ」


「それ面白がってるって事!? ねぇあんた面白がってるの!?」


「ううん、戦さんを本気で手伝う事に対してはおふざけな気持ちは無いよ。ただ、あいつの困った顔をするところが見たいだけなんだ」


 今まで、深紅に本気でアタックをかけてきた人はいない。あわよくば、もしかしたら、そういう気持ちでアタックを仕掛ける人はいても、心の底から深紅を好きになって、心の底から振られた事を悲しむ人はいなかった。


 いや、俺が見てないだけかもしれないけど、けど、俺が知る限り、そんな人はいなかったのだ。


 だから、戦さんが本気で深紅を好きになって、本気で深紅に振り向いてほしいと思う気持ちを茶化したりはしない。ちゃんと手を貸すし、全力でサポートもする。


 けど、それはそれとして、普段俺をからかう深紅が困った顔をする姿が見たいとも思う。深紅の困った顔超見たい。


 多分、深紅は本気でアタックされたら困った顔をする。適当な人は適当にいなし、本気の人には本気で返す。そんな深紅の本気で困っているところを見たい。


 たまには、本気で色恋に悩め。そうじゃないと、何が好きとか嫌いとか、分かんなくなっちゃうぞ。


 まぁ、少し深紅の困った顔を見て日頃の恨みを晴らしたいと思う気持ちが無いでもないけれど。


「それじゃあ、メーク講座を始めようか」


「ねぇ、今の聞いて私安心してその講座受けられないんだけど!? ねぇ!! ねぇったら!!」


 戦さんの文句を無視して、メーク講座は開かれる。頑張れ、戦さん。

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