妹のために魔法少女になりました

槻白倫

第1章 俺は魔法少女

第1話 魔法少女

 なぜこの道を選んだのかと言われれば、愛すべき妹のためとしか言いようがない。


 この道を選んでしまったことに後悔は無いが、もう少し違う道でも良かったかも? とたまに思ったりする。けれど、妹の喜ぶ顔を見てしまうと、心に浮かんだその意見もすぐに遠く彼方へと吹き飛んでいってしまう。


 ――かっこよくて可愛いお兄ちゃん大好き!!――


 無垢なる笑顔でそう言われてしまえば、全ての疑問も吹き飛ぶと言うものだ。自然の摂理であり、この世の理でもある。これ絶対。


 だから、この道を進んだことにやはり後悔は無いのだ。


 ……そう思っていたのも最初の内だけであったが。


 年を重ねるにつれて、やっぱり違う道に進んでおけばよかったと思うようになってきた。


 思えば、あの頃の俺も無垢だったのだ。


 妹の願いを叶えたくて、なにも考えず、なにも疑わずにこの道を選んだ。純真無垢な俺の想いの結果でもある。


 けれどしかし、やはり迂闊であったと言わざるを得ない。もう少し思慮深ければ、こうなることは分かっていたはずだ。


 純粋と浅慮は紙一重なのである。

 

 ともあれ、俺は今、選択を間違えたと思っている。


 ああ、なんで俺はこんな道を選んでしまったのだろう。


 そろそろ語るべきだろう。俺が選んだ道のことを。


 俺が選んでしまった道。それは――――





 ――ピピピッ。ピピピッ。


 耳朶を刺激する不快な電子音に、顔を顰めながら音の発生源まで手を伸ばす。


 音の正体は、言わずもがな俺のスマホのアラームである。


 不快な電子音を止めたくて、手をあっちこっちに動かすが、どこを叩いてもスマホに当たらない。


「ん、んん?」


 ややあって、違和感に気付く。


 俺は別に寝相が悪いわけでは無い。それに、スマホはベッドの上部と一体となっている棚の上に置いてある。寝る前は必ずそこ置くようにしている。


 やたらめったらに手を動かしたとはいえ、一度も手に当たらないと言うのもおかしな話だ。


 俺は、心中で小首を傾げながら、寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こす。そうすれば、電子音が少しだけ近くから聞こえてきた。


「やっと起きた」


「んぉ?」


 たっというスクリーンを叩く軽い音と共に電子音が消える。その代わりに聞こえてきたのは、少しだけ不機嫌な声音の少女の声。


 その声を聞いて、俺はなぜスマホが無かったのかを悟る。


「……おはよう、花蓮かれん


「おはよう兄さん。朝ご飯出来てるから、さっさと降りてきて」


 俺の挨拶にぶっきらぼうにそう答えたのは、我が麗しの妹様――如月きさらぎ花蓮かれんである。


 きりっとした切れ長の綺麗な目に、スッと綺麗に通った鼻筋。潤いを含んだ瑞々しい唇。綺麗な黒髪を腰あたりまで伸ばしており、どこか良いとこのお嬢様のようだ。


 花蓮はスマホをベッドの棚に戻すと、さっさと部屋から出て行く。こういうあっさりした対応が冷たいと思われ、周囲に人間を近づけさせないのだが、高嶺の花のような態度と雰囲気も花蓮の魅力の一つとなっている、らしい。


 と言うか、やっぱり花蓮がスマホを持ってたのか。なんで起こしに来たんだ? いつもなら俺が寝てようが起きてようがお構いなしなのに……。


 疑問が鎌首をもたげたが、結局答えは見つからず、俺は諦めることにした。


 疑問の答えは見つからなくても、スマホの所在ははっきりしたので、俺は眠気を飛ばすために、一度身体を伸ばす。


「ダメだ。眠い……」


 伸びをしてみたはいいものの、眠気はまったく取れてくれない。


 俺は眠気を取ることを諦め、潔くベッドから降りる。


 こういう時は、ベッドにいるから眠くなるんだ。さっさと着替えよう。


 そう決めると、俺はすぐに高校の制服に着替えようとしたが、俺が通っている高校が今日は休校であることを思い出した。そして、なぜ休校なのか、その理由も一緒に思い出すと、今日に限って花蓮が俺を起こしに来た理由にも思い当たった。


「そうか、今日は花蓮の入学式の日だ……」


 そう、今日は花蓮の入学式の日。花蓮は俺と同じ高校に今日から通うのだ。


 どの道着替えることには変わりないと、制服に伸ばしかけていた腕を再度動かし、制服に手をかけて着替えを開始する。


 今日は入学式だが、在校生は休みだ。新入生と、その保護者のみの登校となる。


 我が家は、両親がともに海外に行ってしまっているので、兄である俺が入学式に保護者として参加することになっているのだ。


 両親には、入学式の日くらい帰ってこられないのかと訊いてみたのだが、仕事が山場に差し掛かっていて帰ってこられないらしい。いったい何の仕事をしているのか知らないが、せめて入学式の日くらい花蓮に会いに来てやってほしいものだ。


 まあ、それが俺の我が儘だってのも理解してるから、直接は言わないけれど。俺には俺の心情があるけれど、両親には両親の事情があるのだ。どうしても都合のつかないことだってある。


「兄さん、早く!」


 考え事をしながら着替えていると、一階から花蓮の不機嫌な声が聞こえてくる。


「今行くよ!」


 少し声を大きくして返して、急いで着替える。


 ネクタイを持ち部屋を出て、洗面所に向かう。


 鏡を見ながらネクタイをし、寝癖を整える。


 鏡の中を覗き込めば、何度も見たことのある顔がある。


 少し長めの髪に、切れ長の目。ともすれば、目つきが悪いとも言われるような目だが、友人には綺麗な目だとなかなかに好評だ。泣き黒子がセクシーだと言われたが、それを男に言っても仕方がないと思う。


 ともあれ、いつも通りの俺の顔がそこにはあった。


「よし、完璧」


 見てくれを整え終わると、花蓮の待つリビングに向かう。


「遅い、早く食べて」


「ごめんごめん」


 リビングに入るなり不機嫌に言い放つ花蓮に、苦笑をしながら返す。


 椅子に座り両手を合わせて、いただきます。


 今日のご飯はトーストに目玉焼き、サラダに味噌汁である。


 うちでは、汁物はなにが出ようと味噌汁だ。なにか特別な日でもない限り、毎日味噌汁だ。何故だかは知らない。


 このことに、特に文句はない。だって、味噌汁美味しいし。


 俺は、いつもよりも気持ち早めにご飯を食べる。


「それじゃあ、私もう出るから」


「え、一緒に行かないの?」


「ヤダよ。兄妹で登校なんて。それに、保護者は私たちよりも遅めの時間だから」


 花蓮に言われ、テーブルに置いてあった入学式の案内のプリントを見る。


「あ、本当だ……」


「じゃあ、そう言うことだから」


 そう言うと、さっさかと家を出て行ってしまう花蓮。


 ばたんと玄関の扉が閉じられる音を聞くと、俺は思わず溜息一つ吐いてしまう。


 先に出るのなら、なんであんなにご飯を急かしたのだろうか……。


『相変わらずツンツンした妹だメポ』


 花蓮がいなくなった途端聞こえてくる声。普通であれば驚き、誰何の一つでも投げかけるところなのだろうが、生憎と俺はこの声に慣れてしまっている。


「難しいお年頃なんだよ。仕方ないさ」


『その割には、がっかりしてるように見えるメポ』


「がっかりもするよ。折角一緒に登校できると思ってたのに……」


『はぁ……黒奈のシスコンも相当メポ……』


 処置無しと言ったような声に、少しだけカチンと来てしまう。


「メポルには分からないよ。一人っ子だもんね」


『メポルは綺麗な姉が欲しかったメポ!』


「知らないよ……」


 少しの意地悪を込めて言ったのだが、メポルに効いた様子はない。むしろ、自然な話題転換だとでも思っているのだろう。


 メポルの姉が欲しかったと言う話は前も聞いたことがある。理由がとてつもなくしょうも無かったので、二度も聞く気はない。


 テレビのリモコンを手に取り、テレビを点ける。まだ時間があるから、ニュースでも見てよう。


 ちょうどニュース番組がやっていたので、チャンネルをそのままにして朝ご飯を食べ進める。


 テレビの中で、アナウンサーが元気溌剌な声で今日のトピックを紹介している。


『昨夜現れたファントムを、通りすがりの無名のヒーローが撃退しました。近隣住民から、ヒーローに賞賛の声が上がっております』


 アナウンサーが読み上げる今日のトピックの中に、興味深い単語が混じっていた。


 数十年前から世間を騒がせている存在がいる。それが、ファントムである。


 ファントムは、闇の世界の住人らしく、負のエネルギーを求めてこの世界にやってくるらしい。憎悪、嫉妬、憤怒、エトセトラエトセトラ。様々な負の感情を、ファントムは自身のエネルギー源にするらしい。


 負の感情を奪ってくれるのだから、それは良いことだと思うかもしれないが、実際はそうではないのだ。


 例えばの話だが、人間の感情が秤だったとする。その秤が『憤怒』と『寛容』と言う皿を持っていたとする。そして、たまたまその人の秤が憤怒の方に傾いていたとする。その傾いた感情である『憤怒』をファントムに奪われたとする。


 そうすると、その人間は『憤怒』と一緒に『寛容』と言う感情も持っていかれてしまうのだ。


 感情と言うのは、プラスとマイナスが表裏一体になっており、どちらか片方が奪われるということは無いのだそうだ。


 つまりは、感情の乗った秤ごと奪われてしまうのだ。


 そうなってしまえば、その人間はその感情を失ってしまう。その感情だけを忘れてしまうのだ。


 そんな理由があり、ファントムと人間は敵対しているのだ。


 当初は、ファントムが出てくるたびに警察とか自衛隊が出動していたらしいけれど、ファントムが使う負のエネルギーの前になす術が無く、逆に負の感情を奪われて、ミイラ取りがミイラになってしまっていたらしい。


 しかし、ほどなくしてファントムを倒せる存在が現れた。


 負の感情を力にするファントムとは違い、その存在は正の感情を力にした。人は彼らを『ヒーロー』『超能力者』『魔法少女』『ホルダー』『ESP』などと呼んだ。決まった呼び方は無いけれど、『ヒーロー』が一番多いだろうか。名が売れてくると、変身後の名前、いわゆる『二つ名』で呼ばれたりする。


 今回みたいな無名のヒーローだと、ヒーローと呼ばれるだけだ。


『結構近いメポ』


「そうだね」


 事件現場は家からそこまで離れていないところであった。


「気を付けないと……」


『そうメポ。黒奈は特に気を付けないといけないメポ』


「分かってるよ。俺だって、面倒ごとはごめんだもの」


 なんにせよ、関わらないに越したことはないのだ。それが一番無難で被害が無い。


『それより、時間良いメポか?』


 メポルに言われ、俺は時計を確認する。時計の針は、家を出ても良い時間を差していた。


「え? あっ!」


 俺は慌てて朝ご飯を口に突っ込み、味噌汁で流し込む。


 食器を重ねて流しに置くと、財布と携帯とカギを持って家を出る。今日は保護者として行くだけだから、鞄とかは必要ないのだ。


『まったく、ニュースに集中しすぎメポ』


「仕方ないじゃん! 職業病みたいなものだよ!」


『まあ、商売敵・・・のことを気にするのは良いことメポ』


「商売敵だなんてそんな事思った事も無いよ。ただばったり鉢合わせたくないだけ。って言うか、外では話しかけないで。誰に聞かれてるか分からないんだから」


『そうだったメポ』


 お口チャックメポと言って黙るメポル。


 俺は時計を確認しながら歩く。


 うん、このペースなら余裕を持って学校に着くことができる。家を出る前は焦ったけど、余程のことが無い限り、入学式に遅刻することは無いはず。


 そう思ったのがいけなかったのか、それともタイミングが悪かっただけなのか。ともあれ、こういう時はえてしてハプニングと言うものが起きるのは、古今東西のお決まりと言うやつなのだろう。


『黒奈! ファントムの反応メポ!』


「――っ!」


 なんでもうこんな時に!!


『近いけど、直ぐに鉢合わせることは無いメポ!』


「他のヒーローは?」


『近くにはいないメポ!』


 つまり、戦えるのはこの場にただ一人と言うわけだ。


 俺は考える。このままでは、入学式に間に合わない。けれど、ファントムを放置しておくわけにもいかない。


「うぎぎぃ…………っ!」


 唸り声を上げながら考える。


 花蓮の入学式をとるか、ファントムをとるか。


『黒奈、早くするメポ!』


 悩む俺を、メポルの余裕の無い声が急かす。


「ああ、もう! 分かったよ! 五分で片づける!」


 速攻で片づけて、速攻で向かう。俺が出した答えは、タイムトライアルである。


『それなら早く変身するメポ!』


「こんなところでできるか!」


『大丈夫メポ! 今なら周囲には誰もいないメポ!』


 確かに、この時間にしては珍しく周囲に人影は無い。それに、どこか隠れられる場所も無い。更に言ったら時間も無い。場所を選んでいる余裕も無い。


「もう! 今日は踏んだり蹴ったりだなぁ!!」


 俺はやけくそ気味に叫ぶと覚悟を決める。


「メポル!」


『了解メポ!』


 俺が呼びかければ、今まで姿を隠していたメポルが姿を現す。


 ぽんと言う軽い音ともに現れたのは、ずんぐりむっくりした白クマのぬいぐるみのような奇怪な生物。


 この白クマのような生物が、今まで俺に話しかけてきていた声の正体――メポルである。


『使うメポ!』


 メポルが手渡してきた可愛らしい装飾のされたブレスレットを一瞬だけ逡巡したあとに受け取る。


 やはり、これを付けるのは抵抗がある。が、付けなくては何も始まらないし、何も終わらせられない。


 俺は諦めてブレスレットを右手首に付けると、ブレスレットが胸元に来る高さまで持ってくる。


『さあ、変身するメポ!』


 メポルのノリノリな言葉が恨めしい。


 出来ることなら、これは使いたくない。


 ああ、やはり、この道を選ぶべきでは無かったと言わざるを得ない。


 もうお気づきだと思うが、俺も世間がヒーローなどと呼ぶうちの一人である。けれど、俺は胸を張ってヒーロー活動をすることができない。


 なにせ、俺はヒーローであってヒーローではないのだから。


「マジカルフラワー・ブルーミング!!」


 掛け声の直後、高校指定の制服がどういう原理か消え去り、淡い黒の光に体が包まれる。


 黒の光が体の部位を覆い、収束するとぽんと弾けて、その部位に黒の衣服が現れる。


 ぽんぽんぽんと、次々に衣服が現れ、最後に首と腰に大きなリボンがポンと現れる。


 髪の毛が伸び、衣服と共に現れたリボンによって止められる。


 体は、元々の細かった線が更に細くなり、女性的になっていく。


 全ての変身の工程が終わると、俺は閉じていた目を開く。


 そこには誰がどう見ても文句のつけられない美少女がいた。しかし、ただの少女では無い。


 衣服はふわりと柔らかな印象を与えながらも、おへそや肩が露出していることから、艶やかな印象も与える。大人の女性になりかけの少女。そんな危うい魅力を持った少女は、ゴシックロリータな衣装に身を包んでいた。


 どこかのイベントでしか見られないような恰好であるが、その格好を伊達や酔狂でしているわけでは無いことを、彼女を知るものは理解している。


 鏡を見ないでも分かる。俺が、彼女になってしまったと言う事実。


 俺が変身したくない理由。俺が、この道を選んだことを少しだけ後悔している理由。それは――


「魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ!」


 ――俺が魔法少女だからだ。

 

 自身の二つ名を名乗り、ポーズを決める。


 そこには、誰がどう見てもまごうことなき、魔法少女が立っていた。


 そう、俺は魔法少女なのだ。


 これが、俺が変身したくない理由。この道を選んだことを少しだけ後悔している理由。


 男、如月きさらぎ黒奈くろな。選んだ力は――魔法少女。


 俺は、男でありながら、魔法少女なのだ。

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