第134話 護りたいモノ
深紅が言い放った直後、碧が容赦無く魔力の矢を放つ。
それを深紅は軽快な身体捌きで
深紅も深紅で容赦は無く、碧へ向かって拳を振るう。
しかし、碧も近接戦が苦手な訳では無い。深紅の拳をいなし、いつの間にか弓とは逆の手に持っていたクロスボウで至近距離から深紅へ撃ちこむ。
碧の放った矢を、最小限の動きで回避し、深紅はカウンターで蹴りを放つ。
「兄さん!!」
「黒奈さん!!」
二人の喧嘩を見守っていると、背後から聞きなれた声が聞こえてくる。
俺が二人の姿を確認する前に、二人は俺に飛びつくように抱き着いてきた。
「っとと……」
何とか勢いを殺して踏み止まる。ていうか桜ちゃん、君変身したまま抱き着いてきたね? 今めっちゃお腹痛いんだけど?
お腹の痛みを我慢しながら、俺は二人を安心させるように頭を撫でる。
「久しぶり、二人とも」
花蓮はぐりぐりと俺のお腹に頭を押し付けて、涙声で言う。
「心配した……」
「ごめんね」
優しく、花蓮の頭を撫でる。
「わたしも心配しました! もっと撫でてください!」
「うん」
素直に、俺は桜ちゃんの頭を撫でる。
「感動の再会のところ悪いけど、あれ、ほっといて良いの?」
足音荒く俺達に近付いて来たのは、乙女、美針ちゃん、クレブス、シュティアの四人だ。
「うん」
乙女の問いに、俺は軽く頷く。
「和泉くんもそうだけど、浅見も本気で戦ってると思うんだけど?」
「うん。でも、俺には止められないから」
「あんたが一番消耗が少ないでしょうが」
「そうじゃなくて」
視線を戦ってる二人から、乙女に向ける。
「碧って、俺の言う事は基本的に聞いてくれるけど、こうと決めたら俺でも止められないんだ」
今回の事が最たるものだろう。俺は何度か家に帰ろうと言ったけれど、碧はそれに頷かなかった。
「俺、喧嘩とかあんまり出来ないんだ。基本的には俺が折れれば良いって、すぐ思っちゃうから。今回の事だって、碧には何か考えがあるんだなって思った。だから、少しずつでも話してもらって、それで二人で解決しようとしてたんだけど……」
「こんな事になれば、そうも言ってられないわね。あんた、もうこっちが確保してるし」
「確保じゃー!」
どさくさに紛れて、美針ちゃんが俺に抱き着いてくる。三人も抱き着いて来るととても動きづらい。
俺に抱き着いてくる美針ちゃんに呆れたような顔をしつつ、乙女は言う。
「それで? あんたがあれを容認する理由って、喧嘩が出来ないから? それって本当に友達って言えるの?」
少しだけ、怒ったような声音。
確かに、俺が力づくで止めていれば、もう少し早く事態は終息しただろう。
「俺が碧を倒したとして、そんな簡単な方法で終わる話だとは思わなかった。碧、いつもより思い詰めてたし、何より俺を護る事に固執してた」
「だから倒せなかった?」
「うん」
「呆れた。良いのよぶっ倒してから話聞けば。理由の説明も無かったんだから」
「あはは。乙女相手だったらそうしてたかも」
「どういう意味かしら?」
「一回喧嘩したから喧嘩しやすいって事。他意は無いよ」
「どーだか」
言って、不満げに腕を組む乙女。
「……意固地な碧をどうにか出来るのって、多分深紅だけなんだ」
乙女から視線を戦っている二人に向ける。
「碧や深紅にとって俺は庇護対象で、友達なんだけど、少し扱いが特別なんだ」
日々接しているから分かる。
俺達三人は友達だけど、二人は俺を護るべき存在だと思ってる。
友人同士でも、そういうポジションの人はいると思う。けど、二人はなんとなく俺を護ろうと思ってる訳では無い事は分かる。
詳しい理由は知らない。それは、二人からは語られて無いから。
「何かあれば、もちろん俺も二人を助けたいって思ってる。助けられてばっかりは嫌だからさ。でも、俺が幾らそう思ってても、二人の認識はずっと変わらない。俺は友達であって、護るべき存在」
少し寂しく、少し悔しい。けれど、それだけ二人に思われているのは嬉しい。だからこそ、俺も二人の力になりたいと思うのだ。護られてるだけじゃない。俺だって、二人を護りたい。
「だから、こういうやり方は深紅にしか出来ないんだと思う。お互いがお互いを認めてるから、本音も引き出しやすいんだと思う」
「……あんた達三人にしか分かんない事ね。……じゃあ、終わるまで待ってましょ。あーあ、つっかれたー!」
一つ呟いて納得したのか、乙女はその場に足を放り出して座り込む。
「長引きそうなら俺が止めるよ」
「そーしてちょうだい。早く帰ってお風呂入りたいんだから」
「うん。疲弊した二人なら、ブラスター・ローズで一発だし」
「こわっ!! え、もっと穏便に止めないの?」
「こうなったら逃避行も終わりだしね。あんまり皆に迷惑かけたくないし、手早く済ませないと」
「うわぁ……そうなったらマジで喧嘩してる二人が不憫だわ……」
「早く決着着けられないんだからしょうがない」
長期的に解決を計ろうとした俺が言えた事じゃ無いとは思うけれど。きっと方々に迷惑をかけたろうから、あまり時間をかけるのは好ましくは無いだろう。
抱き着く三人と共に、俺はゆっくりと地面に腰を下ろす。
願わくば、二人の喧嘩が無事に終わりますように。
〇 〇 〇
碧の放った矢が頬を掠める。
こいつ、躊躇いも無く顔面狙ってきやがった……!!
直撃をすれば怪我では済まない。それは、碧も分かっているはずだ。
当たれば喧嘩では済まないだろう。ファントムという事も考えれば、立派な傷害になりえる。
まあ、当たればの話だ。当たる気は毛頭無い。当たらなければ、これは喧嘩の範疇だ。
なぁ、そうだろ、碧。
必死の形相で俺と戦う碧。その顔を見れば分かる。こいつはこれを喧嘩だとは思ってない。こいつは本気だ。本気で黒奈を護るために、障害となる俺を排除しようとしてる。
何必死になってんだよ。黒奈に何が起こるんだよ。お前は、何を知ってるんだよ。
言えよ、言わなきゃ分かんねぇだろ。お前はいつもどうでも良い事はすらすら言えるくせに、なんで大切な事はずっと黙ってるんだよ。
「そんなに」
「――っ!!」
「そんなに俺は信用ならないか?」
「ならない!」
俺の問いに、碧は即答する。
「お前は、甘いんだ! レーヴェを倒したところで終わりじゃない! まだあいつがいるんだ!!」
「なら全部教えろよ。お前の知ってる事、俺らの知らない事、全部教えろよ」
「言ってどうなる!? お前にくーちゃんは護れない!! 誰もくーちゃんを護る事は出来ない!!」
「なんだよそれ。矛盾してんだろ。ならお前はどうなんだよ。お前は黒奈を護れるのか?」
「護れないから逃げてるんだ!! 誰もあいつには勝てない!! レーヴェに勝ったお前でも!!」
「だから、誰だよそれ!!」
放たれた矢を拳で弾く。
攻防が入れ替わり立ち代る。
「教えろよ! 言わなきゃ、知らなきゃどうにもなんないだろ!!」
「知ったところでどうしようもない!!」
「ならずっと逃げんのか?! 黒奈を連れて、日常を犠牲にして! ふざけんな!」
「ふざけてなんか無い!! くーちゃんを護るためなら、アタシはなんだってする!! 例え日常を捨てても、家族を捨てても、アタシはくーちゃんを護るんだ!!」
「それがふざけてるって言ってんだよ!!」
向けられたクロスボウを右手で弾く。矢はあらぬ方向に飛び、地面を穿つ。
「それで護ってるつもりでいるんなら呆れを通り越して滑稽だ!! いいか!! そんなの護ってる内に入んねぇんだよ!!」
時には逃げる事だって大事だろう。けれど、それは逃げる事が一時的な手段である場合だ。
ずっと逃げ続ける。そんなの、言葉通り逃げてるだけだ。護ってる訳じゃない。
「俺は、黒奈だけじゃない!! 黒奈の日常も護ってんだよ!! 黒奈に日常を捨てさせるような事なんて絶対にさせない!! 何が何でも、無理でも無茶でも無謀でも!! 黒奈と黒奈の周りの事全部護る!! その程度で護るとか大口叩いてんじゃねぇぞ!!」
「黙れッ!! 日常を捨てる勇気も無いくせに!!」
「そんなの勇気じゃないって事、ちょっと考えれば分かるだろ!!」
確かに、日常を捨てると言うのは大きな決断だろう。けれど、それは決して勇気じゃない。それは、諦めだ。
「お前は、一度でも黒奈とちゃんと話したか?! あいつが、日常を捨てて、花蓮ちゃんを捨てて、俺達を捨てる事に納得したのか?!」
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! うるさぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」
碧の攻撃が乱暴、より過激になる。
「いつまでも駄々っ子してんじゃねぇよ!!」
「くーちゃんはアタシが護るんだ!! 約束したんだ!!」
「なら逃げるな!! 最後まで護り通せ!!」
自棄になって放たれた拳を受け止める。
軽い。あの時殴られた拳の方が痛かった。
拳を掴み、反対側の碧の腕を掴む。
「離――」
「お前は、楽しく無かったのか?」
真剣に、碧に問う。
「学校に通って、遊んで、馬鹿やって……お前は、楽しく無かったのか?」
「――っ」
碧が息を呑む。
ああ、分かるよ。お前のその反応だけで、もう充分だよ。
でも、俺はお前の本音が聞きたい。そのための喧嘩なんだから。
「俺は楽しかった。黒奈と話して、友達と話して、学校帰りは寄り道して、カラオケ行ったり、ショッピングモール行ったり、休日には一日中ゲームしたり……俺は、毎日楽しかったよ」
もちろん、楽しくない日だってある。けど、そこに黒奈が、碧がいるだけでそんな日もマシに思えた。
「俺だけか、楽しかったのは? お前は、楽しくなかったのか? 捨てちまえるほど、どうでも良い毎日だったのか?」
「あ、アタシは……」
碧の目が泳ぐ。
悩んでいる、迷っている。心が、揺らいでいる。
「俺は捨てたくない程楽しかった。お前はどうなんだ、碧?」
分かってるよ。知ってるよ。お前の笑顔は本物だった。お前の言葉も本物だった。何一つ疑いようが無いくらい、お前は毎日楽しんでたよ。
「あ、たし、は……」
碧の両腕から力が抜ける。
弱々しい顔。頬を、涙が伝う。
「……楽しかったよぉ……」
碧はそれだけ言うと、その場に泣き崩れた。
「分かってんじゃねぇか」
溜息を吐きながら、俺は変身を解いた。
「疲れた……」
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