第135話 欠落

 二人の喧嘩が終わったところで、俺は声をかけようとした。


 しかし、その直後。場違いな拍手が響き渡る。


「いやいや、素晴らしい。これぞ友情ですね。いや、本当に素晴らしい」


 弛緩した空気が一気に張り詰める。特に、碧の緊張はひと押しだった。


 俺は咄嗟に声のした方に身体を向けながら花蓮を庇うように立つ。


「皆様お揃いで、私としてはとても都合がよろしい。あぁ、初めましての方もいますね。では、ご挨拶を」


 突如現れた青年は、慇懃いんぎんな態度で礼をする。


暗黒十二星座ダークネストゥエルブが一人。天秤座のヴァーゲ。どうぞ、お見知りおきを」


「ヴァーゲ……!!」


 ヴァーゲに対し、碧が尋常ならざる敵意を向ける。しかし、その表情は今までにないくらいに険しく、そして、恐怖を前面に押し出していた。


「いやはや、こうも上手く事が運んでくれるとは、正直思いもよりませんでしたよ。良く働いてくれましたね、シュツェ」


 敵意を向ける碧に対して出てくるのは労いの言葉。そこに嘘偽りはなく、だからこそ薄ら寒い。


「……桜ちゃん、花蓮をお願い」


「はい!」


 花蓮を桜ちゃんに任せ、俺は変身をする。


「マジカルフラワー・ブルーミング」


「おや、私と戦うのですか、ブラックローズ」


「そのつもりは無い。けど、貴方が戦おうとするなら、話は別」


「私は、穏便に事を運ぶために来ただけですよ。むしろ、私もお話しで終わるのならそれに越したことは無いと思っています」


 そう言ったヴァーゲは余裕の笑みを浮かべている。


 話で終わらせたいとは思っているけれど、荒事になったとしても一向に構わないと言った態度だ。


「要件は?」


 警戒をしながら、ヴァーゲの要求を聞く。


「なに、簡単な事ですよ。貴方の力と、貴方のいもう――」


 直後、俺は何も考えずにただヴァーゲに肉薄した。


 一足でヴァーゲの元へたどり着き、その顔面に拳を叩きこんだ。


「――ッ!?」


「――とさんを貰いに伺ったのですが……どうやら話し合いでは解決できなさそうですね」


 直後、俺の身体は吹き飛ばされた。


「ぐっ……!!」


 なんだ!? 今何を……!!


 何故吹き飛ばされたのかまったく分からない。


 慌てて体勢を立て直している間に、他の皆が動いた。


「――ッ!!」


「っしゃあッ!!」


 乙女が魔弾を放ち、美針ちゃんが蠍の尻尾でヴァーゲを貫こうとする。


「やっぱりダメか……!!」


 聞こえるのは乙女の悔し気な声。


「ふぅ……無駄な事を。貴方達は知っているでしょう? 私の能力がどんなものであるのかを」


 ヴァーゲの呆れたような声。


「なに、それ……!!」


 自分の攻撃がまったく食らった様子が無かった理由が離れて二人の放つ攻撃を見てみれば分かった。


 二人の攻撃はヴァーゲに当たる前に、目に見えない何かに防がれている。


 乙女の魔弾も、美針ちゃんの針も、俺の拳もだ。


「どういう事……?」


 今までの相手は、攻撃を避ける、防ぐなどして戦っていた。それは純粋な強さの戦い。自分が弱ければ相手の攻撃は食らってしまうし、相手が弱ければ自分の攻撃は当たる。


 しかし、ヴァーゲの能力はそんな理外のものだ。確実に、別格。


「おや、貴方は初見でしたね? では、サービスでお教えしましょう」


 攻撃の雨霰あめあられを一身に受けながら、ヴァーゲは余裕の笑みを浮かべて俺と向き合う。


「私の能力は相当そうとう。つり合いを保つ能力です」


「つり合いを保つ……?」


「ええ。例えば、今私が受けている最中のこの攻撃達は、私に対する悪意がある。善と悪は表裏一体。どちらかが強ければ、どちらから弱くなるのは自然のことわりです。ですので、悪意の強い攻撃は私には通じない。何せそれは相当ではないのだから」


「おっ、らぁッ!!」


「ふんっ!!」


 左右から、再度変身した深紅といつの間にやら起き上がっていたレーヴェが攻撃を仕掛ける。


「もちろん、善意の強い攻撃も食らいませんけれど」


 ヴァーゲがパチンッと指を弾く。


「ぐあっ!!」


「ぐっ……!!


 途端に、二人は吹き飛ばされる。


 疲弊しているとはいえ、あの二人の攻撃を意図も容易く弾いた事に戦慄する。


「能力なら……!!」


「使用させて疲弊させりゃあ良いだけだ!!」


 クレブスとシュティアが攻撃に加わる。


「貫けッ!!」


 碧も、強弓を構えてヴァーゲを撃つ。


「無駄ですよ。私の能力は私の存在に依存意義そのもの。つまり、私が存在する限り、相当は発動され続ける」


 ヴァーゲは一歩ずつ歩みを進める。


「ブラックローズ!!」


「――っ。うん!!」


 チェリーブロッサムが俺の隣に並ぶ。


 初めてだけど、チェリーブロッサムとならきっと出来るはず。


 俺が左手を、チェリーブロッサムが右手を背後に向ける。


 二人の手に黒色と桜色の魔力が溜まる。


「「ツイン・ストライク!!」


 勢いよく、後ろに下げた腕を前へ押し出す。


 黒薔薇と桜の二色の花吹雪がヴァーゲに迫る。


「勢い任せだなんて」


 二色の花吹雪はヴァーゲに直撃をする。が――


「下品な戦い方ですね。スマートじゃない」


 ――無傷。ヴァーゲは傷一つ負った様子は無い。


「こんなの、どうやって……」


「フォルムチェンジ!! ガンスリンガー・ローズ!!」


 弱音を吐きかけたチェリーブロッサムに被せるように叫ぶ。


 ガンスリンガー・ローズにフォルムチェンジをした俺は、二丁の拳銃を連射させる。


「数撃てば当たるとでも? いやはや、全弾命中は素晴らしいですが、私には当たらないですよ?」


 俺が放つ魔弾も、全てが弾かれる。


 誰も、何の攻撃も通らない。


 でも、それでも……!!


「余裕ぶってんじゃねぇぞ」


 背後から、クリムゾンフレアが迫る。


 背後からの奇襲。それは、本来ならば当たるはずの一撃。けれど、ヴァーゲの能力の前では、まったくもって無意味なものになる――


「学びませんね、君も。私には無意味だと……ッ!?」


 ――はずだった。


 破砕音が響き、ヴァーゲの見えない均衡きんこうが砕ける。


 慌てて回避をするヴァーゲ。しかし、クリムゾンフレアの拳はヴァーゲの頬をかすめた。


 全員が、何が起こったのか理解できないと言った顔をする。特に、ヴァーゲのそれは顕著けんちょだった。


「なんだ。届くじゃねぇか」


 余裕ぶってクリムゾンフレアが言う。


 けれど、実際に余裕なんて無いはずだ。変身して立っているだけでもしんどいだろうし、変身も長くは続かないだろう。


 だから、自身の能力が破られた事で慎重になって退散してくれると嬉しい。


「まぁ、そんな訳にもいかないよな……」


 自身の頬を抑え、圧倒的な怒気を放つヴァーゲを見てクリムゾンフレアは呟く。


「……崩したな、私の相当を……!!」


 直後、ヴァーゲの姿が掻き消える。


「――ッ!? がぁッ!?」


 突如として姿を現わしたヴァーゲの拳をクリムゾンフレアはもろに受けてしまう。


 そこから、ヴァーゲの連撃が繰り出される。


「――っ!! 和泉くん!!」


 乙女が魔弾で援護をするけれど、放たれた魔弾はヴァーゲに当たる前に弾かれる。


「どうなってんのよ!? 怒り狂ってるなら相当は発動しないでしょ、普通!!」


「言ったでしょう? 相当は私の存在意義。私の存在証明。私の怒りが重くなれば、それを許す心も自然と重くなる。私の相当は絶対。私の天秤は傾かない」


「なにそれ!? なんてチートよ!!」


 文句を言いながら、乙女は攻撃を仕掛ける。


 けれど、微塵もヴァーゲには当たらない。


 そうこうしている内に、クリムゾンフレアが上空へ蹴り上げられる。


 そして、一瞬で上空へ移動したヴァーゲが、がら空きになった深紅の胴体に踵を落とす。


 豪速で地面に落ちるクリムゾンフレア。限界が来たのだろう。地面に力無く横たわるのは深紅そのもの。変身は、すでに解けていた。


「まずい……!!」


 ようやく、止まっていた身体が動き出す。


「潰れなさい、クリムゾンフレア」


 上空から急降下してくるヴァーゲと深紅の間に入り込む。


「フォルムチェンジ!! ブラスター・ローズ!!」


 即座に、全ての砲門から魔砲を放つ。


「無駄ですよ」


 全て当たっているはずなのに、聞こえてくるのは余裕の声。


「貴方の攻撃からは恐怖を感じます」


 黒色の魔砲の中から、無傷のヴァーゲが現れる。


「その感情だけでは、私に届かない」


 直後、腹部に衝撃。


「ぅぐっ……!!」


 錐揉みしながら身体が落ちる。


 無理矢理空中で体勢を整え深紅の横に落ちる。


「ぐっ……」


 しかし、威力までは殺せなかった。


 強化されているはずの身体に激痛が走る。


 四つん這いになって立ち上がろうとした背中に衝撃。


「がぁ……っ……」


「まったく……無駄な事をぶちぶちと……鬱陶しい事この上ないですね」


 上から聞こえるのは、ヴァーゲの呆れた声。


「お姉様から離れるのじゃ!!」


「煩いですよ」


「のじゃっ!?」


 飛びかかった美針ちゃんがあっけなく吹き飛ばされる。


「人の上にいつまでも乗ってるんじゃないわよ!!」


「だから、煩いと言っています」


「きゃぁっ!!」


 乙女の放った魔弾が四方八方に跳ね返され、ヴァーゲに迫っていた全員に被弾する。


「ふぅ……これで邪魔者はいなくなりましたね」


「うっ……ぐぅ……」


 ヴァーゲは俺の上から退くと、俺の頭を掴み、そのまま身体を持ち上げる。


「ぐっ……ぁ……」


「では、貴方の力を貰いますよ。あぁ、安心してください。命までは取りません。ですが、二度と魔法少女にはなれませんけれど」


「な、にを……」


 答えは無かった。あったのは、全身を駆け抜ける激痛。


「ぐ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 耐え切れず、絶叫を上げる。


 一瞬にも、数十秒にも感じられた激痛が止めば、身体から力が抜けていった。


「ほう……素晴らしい。流石は特異点ですね」


 抜き取られた力はヴァーゲの手の中で煌々と輝く。


 力を抜き取った俺に興味が無くなったのか、ヴァーゲは俺を乱暴に落とす。


「さて。それでは撤収しましょうか。あぁ、もちろん、貴女も一緒にですよ?」


 にこりと、優し気な笑みを浮かべるヴァーゲ。


 その視線の先には、花蓮が怯えた顔をして立っていた。


「か、れん……逃げ……」


「さぁ、行きましょうか。あの方が貴女を待っていますよ」


「い、いや……」


 花蓮は助けを求めるように俺を見る。


 けれど、身体に力が入らない。俺は必死に手を伸ばす事しか出来ない。


「かれ……ん……!!」


 ヴァーゲがとんっと花蓮の額に触れる。魔法を使ったのか、花蓮は瞬く間に気を失う。


「それでは、失礼いたします。二度と会う事も無いでしょうが、どうかお元気で」


 ヴァーゲは笑い、一瞬で姿を消した。


「か、えせ……返せ……!!」


 俺は二人が消えた空間に向けて手を伸ばした。


 しかし、そこに二人はいない。俺の意識も限界だった。


 伸ばした手が力無く地面に落ちる。そのまま、意識も落ちていった。


 最後に心に残ったのは、何処か空虚な思い。


 ……なんで、花蓮を助けたいんだっけ……?


 その思いを最後に、俺の意識は完全に落ちた。


 心にぽっかりと空いた穴に落ちていく。深く、深く、落ちていく。

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