第133話 喧嘩しようぜ
漆黒と黄金が激突する。
漆黒の炎が舞い、黄金の迅雷が駆け抜ける。
「ふ、フハハハハ!! よもや、よもやだ! ここまでとはな、クリムゾンフレア!!」
レーヴェが気色の声を上げる。
レーヴェが繰り出す出鱈目な威力を伴う拳に、クリムゾンフレアは真っ向から打ち合う。
威力と威力のぶつかり合い。拳一つ合わせるだけで、凄まじいまでの衝撃波が生まれる。
「あつっ……!」
「……や、焼きガニになる……!」
「退避ー! 退避じゃー!」
「ちっ……! あいつらマジで手加減してやがったのかよ! おら、あんたも行くぞ!」
「え、う、うん」
復活したシュティアが俺の手を引いてこの場所から離れようとする。
けれど、どうしてだろう。俺は今、ここから離れたくない。いや、違う。離れちゃいけないって、強く思ってる。
二人の戦いは俺には別次元過ぎて、正直勝てる気がしない。俺に出来る事なんて何もないはずなのに、この場所に留まらなくちゃいけないって思ってる。
「ま、待って、くーちゃん……!」
シュティアに手を引かれた俺の手を、碧が掴む。その声は、表情は、手は、先程よりも弱々しい。
「待ってじゃねぇ! お前も一緒に来んだよ!!」
シュティアは苛立たし気に言うと、おもむろに碧を担ぎ上げる。
そして、面倒になったのか、一緒に俺も担ぐ。
「え、お、俺は歩けるから大丈夫だよ!?」
「めんどくせえんだよ! おら、とっとと行くぞ!!」
シュティアは俺達を担いで走り出す。
「シュティア、二人を確保したわね!?」
「ああ!!」
「じゃあ撤退よ!! 全速前進!! 潔く逃げるわよー!!」
言って、乙女は美針ちゃんの召喚した
俺の疑問を余所に、俺達は全速力でその場所から退避する。
でも、なんでだろう。やっぱり、駄目な気がする。ここで退くのは、良くない気が……。
俺は背後で戦う二人を見る。
なぜか、先程から深紅の戦い方に違和感があるのだ。
殴り、殴られ。拳と拳がぶつかり合い、蹴りの応酬が繰り広げられる。
凄まじいまでの迫力と威力。余人が干渉する事の出来ない気迫。
俺から見て、二人の今の実力は互角……だと思う。お互い、本気で戦っている。
勝負は拮抗してる。どちらが勝つかなんて分からないけれど、俺は深紅を信じてる。信じてる、はずなのに……なぜだろう、深紅が
〇 〇 〇
けれど、
戦える。これなら、戦える。
力が溢れる。炎が溢れる。
自分の意思のままに、力のままに、レーヴェと戦う。
――そう、それで良いの。
怒りを、怒りを怒りを怒りを怒りを怒りを――――もっと、もっと……。
心を燃やすほどの炎が胸の内から湧き上がる。そのたびに、俺の炎は勢いを増す。
「ぐっ……!! 存外に、響くものだ……!!」
拳をぶつけるたびに、レーヴェから苦悶の声が漏れる。
でも、まだだ。まだ、こんなもんじゃない。俺の怒りは、こんなもんじゃない……。
黒奈は渡さない。黒奈を護る。誰も傷つけさせない。誰も奪わせない。二の舞にはしない。俺は、全部護る。
そのために――
「――邪魔なんだよ、お前は」
レーヴェの蹴りを左腕で弾き、一歩踏み込む。
肘鉄を鳩尾に叩きこむけれど、レーヴェの手にそれを阻まれる。
止められた。けど、それがどうした?
更に一歩踏み込み、そのまま押し込む。
「むっ!?」
勢いを殺すためにあえて後ろに跳ぶレーヴェ。
「逃がすか!!」
爆発的に炎を生み出し、レーヴェに迫る。
「――ッ!! 侮るなよ、クリムゾンフレア!!」
着地、直後に、雷光となってレーヴェが迫る。
瞬きの間に俺のすぐそばまで肉薄し、鋭い蹴りを放つ。
「――ッ!! お前こそ!!」
すかさず反応。頭を狙う一撃を少しかがんでやり過ごし、その体勢から蹴りを放つ。
レーヴェは俺の蹴りを、蹴りを放った方とは逆の脚で防ぐ。
「器用な奴……!!」
「お前もな!!」
間髪入れずに互いに拳を打ち込む。
漆黒が舞い、黄金が迸る。
足りない。もっとだ。もっと、もっと……!!
護る。護る護る護る護る!! 黒奈を、あいつの自由を、誇りを、意思を、日常を…………俺が……ッ!!
「おぉぉぉぉぉぉぉあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
吠えろ。
猛れ。
もっと、もっと強く!!
――そう。もっともっと。
打ち込む。打つ打つ打つ打つ打つ――――
「くっ……!!」
レーヴェの体幹が一瞬崩れる。
一瞬。それだけで、充分だ。
「――終わりだ」
右足に黒炎が集まる。
最小限の飛び上がり。そこから、レーヴェを鋭く蹴り付ける。
「――がっ!?」
鋭く突き出された蹴りはレーヴェの胸に突き刺さる。
――
黒炎にまみれ、レーヴェが吹き飛ぶ。
木々を薙ぎ倒し、地面を抉り、レーヴェはみっともなく吹き飛んでいく。
「ぐ……くっ……」
ようやっと止まれば、同時にレーヴェの変身が解ける。
俺はレーヴェの元へと歩み寄り、無様に寝転がるレーヴェを踏みつける。
「ぐっ……!!」
勝負は着いた。けれど、まだ終わっちゃいない。こいつは、こいつらは、
――そうよ。終わらせましょう。止めましょう。悪は根絶しなくちゃ。ねぇ、そうでしょ? 滅びなきゃいけないの。滅ぼしましょう。じゃなきゃまたくーちゃんが狙われるわ。いえ、くーちゃんだけじゃない。しんちゃんの大切な人も狙われるわ。倒しただけじゃ駄目。終わらせましょう。殺してしまいましょう。
レーヴェを蹴り上げ、木に当てる。
木を背にしたレーヴェの首を掴み、拳を握り締める。
相手が精霊だろうが、心臓貫けば終わりだろ。
黒炎を纏わせた拳を振り上げる。
「お前らが何考えてるか知らないが、俺が全部終わらせてやる」
黒奈を、皆を、護るために。悪は、全て滅ぼす。
確かな意思を持って、俺は拳を振り下ろ――
「ダメ!!」
誰かが、俺とレーヴェの間に割って入った。
「――ッ!!」
慌てて拳の勢いを弱め、黒炎を消す。けれど、振り下ろした拳はしっかりと振り切られてしまった。
「――っ」
そいつの頬を、俺の拳が強く打ち付ける。変身もしていない、生身の身体なのに。
ふらりと体勢を崩すのは、俺が護ろうとした人で、俺の大事な幼馴染の黒奈だった。
「な、んで……」
逃げたんじゃ。そう思った俺の顔に衝撃が走った。
何をされたのかを理解するのに、数秒かかった。
殴られた。俺は、黒奈に殴られたのだ。
「しっかりしろ馬鹿!!
黒奈は俺の顔を掴み、しっかりと俺と目線を合わせる。仮面越しだけれど、しっかりと、黒奈は俺の目を見る。
「
「――っ」
そ、うだ……そうだ……。殺したら、それはもう正義じゃない。ルールを守らない、無法の行いだ。
それをさせたくなかったから、俺は緋姉と戦ったんだ。それが間違っていると分かっていたから、俺は緋姉を止めたんだ。それなのに、俺は……。
忘れていた。我を、忘れていたのだ。
先程の拳に意思はあった。殺すという、意思はあったのだ。けれど、覚悟は無かった。目先の脅威を排除しようという答えを先急いだ焦燥だけがあった。それをしてしまう事への、覚悟が無かった。
「深紅、もう良い。もう終わったよ。もう、怒らなくて良い。怒るの、疲れたでしょ?」
言って、黒奈は笑う。腫れた頬が痛々しいその笑みに、俺は完全に毒気を抜かれた。あれだけ溢れていた黒い炎が、今や跡形もなく静まっている。
「……ああ、そうだな……」
俺は変身を解く。ずっと掴んでいたレーヴェの首も離す。
「ちょっと、疲れた……」
「お疲れ、深紅。けど」
「ん? ぶっ……!?」
顔に衝撃を受ける。
今度ははっきりと分かった。黒奈が俺を殴ったのだ。
「一回は一回だ」
言って、にっと悪い笑みを浮かべる黒奈。
そんな黒奈に、俺は思わず苦笑を浮かべる。
「さっき一回殴ったろ……」
「あれは仮面越しでしょ? 生身はこれで一回。なんなら、俺も変身しようか?」
「悪かったよ、勘弁してくれ……」
降参の意を示すために両手を軽く上げれば、黒奈は満足そうに頷いた。
ともあれ、これでようやく一件落着――
「――ッ!! イグニッション!!」
安堵しかけたその時、俺は悪寒を覚えて即座に変身した。
振り向きざまに、放たれた矢を叩き落とす。
放たれた矢の威力に、俺は肝を冷やす。
「おいおい……気絶じゃすまないぞ、この威力……」
言いながら、俺は矢を放った下手人を睨みつける。
「……碧……」
黒奈が、奴の名を呼ぶ。
そう、俺に矢を放ったのは他ならぬ碧だ。
「……黒奈、下がってろ」
「え、でも……」
「こんなおっきな駄々っ子宥めんだ。よしよし程度で済む話かよ」
言って、構える。
碧の目を見れば分かる。こいつは、まだ戦うつもりだ。
黒奈が今まで碧の自由にさせていた理由は、なんとなく分かる。けど、その理由以上に、ここまで事態がずるずる長引いた
「なぁ、碧。
緋姉との一件の際、俺は黒奈を毛嫌いしていた。その時、黒奈に手を上げた俺を碧はぶん殴った。
ああ、認めるよ。あの時は俺に非があった。殴られて当然だ。それくらい、最低な事をしたって分かってる。そんでもって、あの時の甘ったれた俺を殴ってくれたことに、俺は少なからず感謝してるんだ。
「今度は俺の番だ。お前のその
正直、体中が痛い。
もう早く帰りたい。
だから、手加減なんてしないからな。
「
間違えなかったのは、黒奈がいたからだ。
だから、使わない。俺が正しく使えるようになるまで、使わない。怒りは原動力になるだろうけれど、その怒りを、俺は制御が出来ない。
だから、今出せる最大最強でお前をぶん殴る。
クリムゾンフレア・
「さぁ、喧嘩しようぜ、碧」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます