第132話 クリムゾンフレア・赫怒型

 レーヴェの威圧感はやはり見掛け倒しでは無かった。


「くっ……!!」


 四人を圧倒していた碧がレーヴェ一人に押されている。


 もちろん、碧が俺を抱えているからというのもある。片手ではどうしても攻撃に制限が出来てしまう。しかし、それを差し引いたとしてもレーヴェの実力は碧を凌駕していた。


 レーヴェの猛攻に、先程まで何度も打てていた矢が打ち込めなくなっている。


 乙女達の連携が雑であった事も碧が優勢であった要因ではあるけれど、基本的な実力差が四人と碧にはあった。つまり、碧は四人を相手取っても勝てる程には強かったのだ。


 けれど、レーヴェはそれ以上だ。


 絶え間なく連撃が繰り出される。碧は俺を庇っているけれど、レーヴェだって俺に攻撃を当てないようにしている。俺を気にかけているという点では同じだけれど、そこにも技量の差が出ている。


「どうした? お前の力はその程度か、シュツェ」


「――っ!! 嘗めるな!!」


 碧がレーヴェに向けて連続で矢を放つ。


 しかし、レーヴェは碧の放った矢を簡単に避けてしまう。


「数撃てば当たるとでも?」


「数撃ってでも当ててやる」


「ほう? ――っ、なるほどな」


 レーヴェの体勢が一瞬崩れる。


 レーヴェからは見えない死角からの攻撃が、レーヴェを襲う。


 背中を向けていたレーヴェは見えていなかっただろうけれど、俺にはしっかりと見えた。


 碧の放った矢はレーヴェに躱された後、その軌道を大きく変えてレーヴェに目掛けて飛来したのだ。


 普通の矢ではありえない軌道。けれど、これが魔法によって放たれた矢ならばありえなくはない。


 けれど、それでもダメだ。


 なにせ、レーヴェは直前で矢に気付いたにも関わらず、避けずに受ける事を選んだのだ。


 つまり、受けても問題が無い。戦闘続行に支障が無いと判断したのだ。


 崩した体勢もほんの僅か。崩しながらも繰り出される鋭い一撃に、逆に碧の方が体勢を崩される。


「ぐっ!?」


 え?


 碧が体勢を崩したその瞬間、俺の身体がふわりと浮く。そして、まるでそうなる事が自然であるかのように、俺はレーヴェに抱えられていた。


 恐ろしく滑らかで、自然な動き。


「――ッ!! 返せ!!」


「そうはいかない。主命しゅめいであるからな」


 即座に攻撃を仕掛けてくる碧に、レーヴェは先程碧がしていたような戦い方をする。状況は先程とはまるで逆。にも関わらず、レーヴェは余裕を持って碧の攻撃を捌く。


「こ、んの……!!」


「お前は強い。が、酷く脆い。それに、お前のは戦いではない。ゆえに、今のお前は弱い」


「何を、訳の分からない事を……!!」


 レーヴェに向けたクロスボウ。その射線の先に俺が割り込まれる。


「――っ」


「ならば何故逃げる? 戦いというのであれば、お前は全てを打ち倒すべきだ。邪魔な者を、全て」


 レーヴェが一歩踏み込む。容赦なく、拳が碧に叩きこまれる。


「――かはっ……!!」


 轟音を上げ、碧が吹き飛ばされる。


 木をへし折り、地面を抉り、砂埃が上がる。


んむむ―――――――っ!!」


「お前のしている事は逃避行だ。それは戦いではない」


 レーヴェがそう言った直後、碧が吹き飛ばされた方向から極光が放たれる。


 俺を持っていない方を狙った、正確無比な極光。それも、レーヴェは容易く躱す。


「黙れ……」


 土煙を払った極光を放ったのは他ならぬ碧だ。


「黙れぇッ!!」


 たったの一撃でボロボロになった碧は、クロスボウでは無く長弓を一つ持ち、魔法の矢を撃つ。


 今までのような連射では無く、一矢ずつに相当な威力の籠った必殺の一撃。


 速度も今までの比ではない。そして、その精度も。


 しかし、その悉くをレーヴェは躱す。


 いや、それは当たり前だろう。今の碧の攻撃なら、俺でも簡単に躱せる。


 何せ、攻撃があまりにも直線的すぎる。いくら必殺の威力を持っていたとしても、端から射線が見えていれば避けるのは簡単だ。


 あれは多分、こんなに連射をするための技じゃない。相手を追い込んだ、最後の仕上げに撃つ技のはずだ。


 それを連射するという事は、そうとう切羽詰まっているのか、焦っているのか。


「ふむ、この程度なら……」


 言って、レーヴェは動きを止める。


 そこは極光が通るルート。しかも、完全に俺まで巻き込まれる位置だ。


「――っ!! くーちゃ――」


「ふんっ!!」


 レーヴェが右腕を前に突き出す。


 極光とレーヴェの掌が衝突する。しかし、俺達は極光に飲まれる事もなく、極光はレーヴェの掌に押し留められ、光の筋となって俺達の周囲を通って後方へと流れていく。


「ふむ、この程度か」


 極光が消え去った後、平然と立っているレーヴェ。極光と衝突させた掌も特に負傷した様子は無い。


「くーちゃん……」


 無事だった俺を見て、碧は安堵したように俺を呼ぶ。しかし、その顔は酷く青褪めており、完全に戦意を喪失していた。


 必殺の一撃を防がれたからではない。恐らくは、俺に攻撃を当てそうになった事が原因だ。


「冷静に見えて直情的。戦い慣れていないから予想外の展開に焦る。その体たらくで、よくもまあ守ろうと思ったものだ」


 レーヴェの言葉に、しかし碧は強気に言葉を返す事が出来ない。


 けれど、気丈にも矢をレーヴェに向ける。鏃の向く先は今の碧の心境を表すように揺れ動いているけれど。


「主命ゆえ、こいつは貰っていく。悪く思うな」


 勝敗は決した。俺を手中に収められた時点で、碧の負けである。


 まずい。このままだと今度はレーヴェに攫われる。メポルが居ないから変身できない。このままじゃ……。


「だから、貰ってくなっつってんでしょうがぁ!!」


 直後、幾つもの魔弾が飛来する。


 大量の魔弾を放ったのは他ならぬ乙女であり、その魔弾に紛れてレーヴェに接近するのはシュティアと美針ちゃんである。


「黒奈は私達と一緒に帰るのよ!! かっさらおうとしてんじゃ無いわよ誘拐犯その二!!」


「そうじゃそうじゃ!! 儂とお姉様の百合色のすくーるらいふの邪魔をするでない!!」


 百合色のスクールライフとは。


 美針ちゃんとシュティアが魔弾の合間を縫って接近。レーヴェに果敢にも攻撃を仕掛ける。


 しかし、相手は四人を圧倒した碧を更に圧倒したレーヴェだ。


 レーヴェは魔弾をいなし、美針ちゃんとシュティアの攻撃を難なく捌く。


 美針ちゃんとの毒性を持った攻撃も、シュティアの素早くも力強い攻撃も、レーヴェにはなんら脅威にはなり得ない。


「この! この! ええい、大人しく当たらんか!!」


「それで大人しく当たる者などいないだろう」


 美針ちゃんの毒を一応は脅威とみなしているのだろう。美針ちゃんの攻撃は受けずに避けている。


 しかし、いくら脅威であっても当たらなくては意味が無い。


 美針ちゃんの突き出した腕をレーヴェは捻りながら掴み、がら空きになっている胴を蹴り付ける。


「ぶぐっ!?」


「なっ!? んの!!」


 横薙ぎに放たれた蹴りの射線上にはシュティアもいた。


 美針ちゃんはシュティアを巻き込む形で吹き飛ばされる。


「美針!! シュティア!!」


「ふむ、万策尽きたか?」


「……んな訳……! ……かにかにハンズ!!」


 今まで様子を見守っていたクレブスが両手を地面に叩き付ける。


 直後、レーヴェの左右を挟むようにして二つの蟹のハサミが現れた。


 現れたハサミはレーヴェの両腕を挟んだ――その直後、破砕音を立てて砕け散る。


「この程度で俺を拘束できるとでも?」


 挟まれたはずのレーヴェの腕には傷一つついておらず、まるで何事も無かったかのようにその場に立つ。


「……ぐっ……」


 クレブスが悔しそうに呻く。


 圧倒的だ。あまりにも、レーヴェという存在は圧倒的が過ぎる。


 特別な要素は何一つない。レーヴェは、ただ単純に強いのだ。


「ふむ、これで本当に万策尽きたと見て良いかな?」


「くっ……!!」


 乙女は接近戦は出来ない。クレブスも同じく接近戦は苦手だろう。それどころから、おそらくは戦闘すらも苦手なのだろう。


 美針ちゃんとシュティアはレーヴェの蹴りの衝撃でまともに立ち上がる事すら難しいほどにダメージを負っている。これ以上の戦闘継続は不可能だろう。


 碧は……。


「だ、だめ……!!」


 弓を構えてはいるけれど、やはり矢の向く先はぶれている。碧らしくない口調も、今ではなりを潜めている。


 ここに、最早レーヴェと戦える者はいない。


 俺以外は。


めぽるへほる!!」


「はいメポ!」


 ぽんっと軽快な音を立ててメポルが虚空から現れる。やっぱり着いてきてはいたみたいだね。姿を見せなかったのは隙を伺っていたからだろう。


「ほう。戦うか、俺と?」


 レーヴェは愉快そうに言って俺を降ろし、猿轡さるぐつわと手枷を取ってくれる。


 無理やりにでも降りようと思っていたけれど、降ろしてくれるのならそれで良い。


 二、三歩後ろ跳び退り、メポルからブレスレットを受け取って装着する。


「マジカルフラワー・ブルーミ――」


 変身をしようとした、まさにその時。突如として上空から何かが飛来する。


 飛来したは俺とレーヴェの間に落ち、盛大に土煙を上げる。


「――っ!? 何!?」


「ほう……」


 驚愕する俺とは真逆に、レーヴェは感心したような声を上げる。


「まさか、もう追いつくとはな」


「うるせぇよ」


 土煙が一瞬にして晴れる。


 その者は拳をレーヴェに振りかざし、レーヴェはそれを両腕を交差させて防ぐ。


 それは、レーヴェが初めて見せた完全防御の姿勢。


「――ッ! ほう……」


 降り立ったのは赫灼かくしゃくの化身。


「……深紅……!」


 クリムゾンフレア。和泉深紅その人だった。


 けれど、いつもの深紅とは違う。そう、直感する。


 いつもなら、「待たせたな」くらいの一言は言っている。今の深紅は、どこか余裕が無いように見える。


「深紅、俺も一緒に――」


「黒奈は下がってろ。後は俺に任せろ」


 俺の言葉を遮って深紅は言う。いつもなら頼もしいその言葉。けれど、今の深紅からは危うさしか感じられない。


「でも、俺も――」


「良いから下がってろ。俺は、お前まで一緒に燃やしたくない」


 有無を言わせない深紅の言葉に、俺は胸騒ぎがするのに深紅の言葉に従ってしまう。


 深紅は俺が下がるのを気配だけで確認すると、構える。


「第二ラウンドと行こうか、レーヴェ」


「ああ、望むところだ」


 嬉しそうな声で答えるレーヴェに、しかし冷たい声音で深紅は言う。


臨界点突破オーバーフロー


 それは、深紅の使うフォルムチェンジの合図。そのはずなのに、そのフォルムチェンジがいつもと違う事を深紅の纏う雰囲気が知らしめる。


 深紅の身を包んだのは、紅蓮の炎では無く暗黒の炎。それはまるで、深紅の黒い感情が具現化したかのように揺らめく。


 黒い炎が深紅の身から霧散する。


 現れたのは、黒一色のクリムゾンフレアの姿。


 名づけるのであれば――クリムゾンフレア・赫怒型ブラックフラッシュ


「さぁ、ここからがデッドヒートだ」

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