第131話 天之加久矢

「やぁっと……見付けたぁぁぁぁあああああああっ!!」


 碧に担がれてなにがしかから逃げている最中、背後からそんな怒号が聞こえてきた。


 振り返って見れば、見た事ある人が三人と、まったく知らない人が一人追って来ていた。


 乙女と美針ちゃん。それと、……ツヴィとリングの保護者の人? だよね? なんで一緒に居るんだろ。ていうか、頭から角生えてる……。もしかして、彼女もファントム? んで美針ちゃんの隣にいるのは……なんか前走りしている大きなカニに乗っている少女。え、カニって前に走るの?


 美針ちゃんも大きな蠍に乗ってるから、多分美針ちゃんのお友達だと思う。


「ちっ……もう見つかった」


 碧が苛立たし気に舌打ちをする。


「これだから、数が多い奴は……くーちゃん、ごめんね。ちょっと乱暴になる」


「もうすでに乱暴だと思うけど」


 今朝、訳も分からず起こされて、訳も分からずに必要最低限の物を持って移動させられているこの状況。それに、口に|猿轡(さるぐつわ)噛まされてるし……結構乱暴だと思うよ。


 碧はいつの間に取り出したのか、クロスボウを片手で持ち、背後に放つ。


「あっぶな!? あんた!! それやじり普通についてんじゃないの!! そんな危ないもんこっち向けんじゃないわよ!!」


「なら、大人しく帰ると良い」


「そんな事出来るはずありませんわ!! お姉様ぁ!! 今、貴女の美針が御救いしますわぁ!!」


 ん~まっ、ん~まっと投げキッスを飛ばす美針ちゃん。彼女一人でだいぶ緊張感薄れるなぁ……。


 背後から迫る乙女たちに、碧は変わらずクロスボウを撃ち続ける。


「ちまっちま……鬱陶しい!!」


 角の生えた人が一足跳びで俺達の元へ接近、碧に向けて踵落としをす――って、これ俺も直撃コースなのでは!?


「ちっ!! 脳筋女が……!!」


 跳躍し、踵落としを回避する碧。


 角の生えた人の踵が落ちた場所は深く陥没し、土塊つちくれが四方八方に飛び散る。


「危なっ!? ちょっとシュティア!! あんたこっちにも気ぃ遣いなさいよ!!」


「あぁ? うるっせぇなぁ。お前らでどうにかしろ」


「なんでフレンドリーファイヤーに怯えなくちゃいけない訳!? そこはあんたが気を遣いなさいよ!!」


「というか、お姉様に直撃コースでしたが!? お姉様変身してないんですけど!?」


「あー……めんどくせ……」


 面倒臭そうに頭を掻く角の生えた人はどうやらシュティアと言うらしい。出来れば、面倒くさそうにしていないで俺にも気を遣って欲しいところだ。


「……バカどもが、ぞろぞろと……」


 苛立たし気に碧が吐き捨てる。


 今朝から思っていたけれど、今の碧には余裕が無いように思える。雰囲気も刺々しいし、相手に向ける眼も厳しい。


 昨日、帰ってきてから様子が変だったけど、何かあったんだろうか? 目元も、赤かったし……。


 俺が考え事をしている間に、乙女の怒声が届く。


「馬鹿はあんたでしょうが!! 勝手に黒奈連れて行って、なんの連絡もしないで!! 花蓮ちゃんや和泉くんがどれだけ心配してるのか分かってんの!? 和泉くん学校も行ってないんだからね!?」


「え、深紅学校行ってないの!?」


「そーよ!! ていうか、あんたらだって欠席扱いなんだから!! このままだと留年よ、留年!!」


「え、留年!? それはそれで……お姉様と、同じクラスに……!!」


「馬鹿美針!! 今はそんな事言ってる場合じゃ無いでしょうが!! とーにーかーくー!! 黒奈を返してもらうから!!」


「返す? はっ、くーちゃんはお前のものではないユングフラウ。それに、くーちゃんを脅していた分際で、良くもぬけぬけと言ってくれたものだ」


「脅す? 乙女先輩、お姉様を脅していたのですか?」


「ぎくっ……い、いや、ね、美針? それは、後で。あーとーで、話すわ」


「……分かりましたわ」


「分かってくれた? よし、それなら一緒に黒奈を――」


「悲しいですわ。乙女先輩も敵だったなんて……」


「――分かってない!? み、美針!! 今はね? 今は協力し合いましょう? 後で全部話すし、ちゃんと謝るから!!」


「ぐすんっ、乙女先輩。草葉の陰に埋めて上げます……」


「だーかーらー!! 私達が争ったら本末転倒でしょうが!!」


 わーぎゃーと騒ぐ二人。そんな二人に心底冷めた目を向ける碧と、呆れた目を向けるカニの少女とシュティア。


「茶番は結構よ」


 言って、碧はクロスボウを周囲に・・・向けて連続で放つ。


 矢が着弾すると、爆発が起こる。そして、ぎぃぎぃと悲しそうに泣きながら小さな蟹やら蠍やらが吹き飛んでいく。


「「下僕ペット達ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」


 美針ちゃんと蟹の少女が悲しそうな声を上げる。


 どうやらペットを使って攻撃を仕掛けようと準備していたらしい。そのための茶番……では無いだろう。美針ちゃん目がマジだったし。


「その程度、見抜けないと思った?」


「ぐぬぬ……! なら、正攻法ですわ!! 真っ向からぶっ飛ばして、お姉様を取り返しますわ!!」


 言って、美針ちゃんの姿が変わる。赤く綺麗な髪の毛を一本で結び、フリルがたくさんついた改造和服を着た少女――スコルピオンへと。


「儂は愛しのお姉様を助けるのじゃ!! 覚悟せいよ、シュツェ!!」


 だっと駆けだすスコルピオン。


「あっ、こら!! 足並み揃えなさいよ!! あぁ、もうっ!!」


 戦さんもユングフラウへと姿を変え、援護の準備をする。


「シュティア、スコルピオン!! あんたらは前衛!! 私が援護するから、ガンガン攻めちゃって!!」


「言われなくともそのつもりじゃ!!」


「はぁ……やっとこ戦闘パートかよ……」


 スコルピオンは蠍の尻尾の形をした槍を手に、碧に迫る。


 シュティアは素手だけれど、その膂力が驚異的である事は先程の踵落としで分かっている。


 片手。俺を担ぎながらでの対処は難しいだろう。


 そう思ったけれど――


「ふっ、このっ!」


「らぁ!! んのやろ……!!」


 ――碧は十二分に二人と渡り合っていた。


 俺を担いでいる左腕を後方へ下げ、右半身を前へ出し、スコルピオンの槍をクロスボウを使っていなし、シュティアの攻撃を身体捌きと手足で受け流す。


 時折出来た隙を利用して、ユングフラウへと牽制を飛ばす。


 それだけではなく、シュティアやスコルピオンにも容赦なく至近距離から矢を放っている。


 身体捌き、技術、どれをとっても一級品である。


「くっ……! まさかこんなに強いだなんて……!!」


「嘗めるなユングフラウ。アタシはのうのうと生きてきたお前達とは違う。くーちゃんを護るために、アタシは準備を進めてきたんだ。身体を鍛え、技術を培い、知識を養い、逃げ場所・・・・も選んだ。お前達とは、戦っていた年月が違うんだ!!」


「のわっ!?」


 碧はスコルピオンを蹴り飛ばし、容赦なく連続で矢を放つ。


「んのっ!!」


 攻撃をするつもりだったのなら、出来ていただろう。


 けれど、シュティアは反撃よりもスコルピオンを護る事を選んだ。


 放たれた矢の二本は掴み、他は腕で弾く。


「ふっ――!!」


「なっ!? くそがっ!!」


 矢の対処に追われていたシュティアに、碧が|怒涛(どとう)の蹴りを繰り出す。


 寸でのことろで防いでいたシュティアだったけれど、最後の一発はくらってしまい、大きく吹き飛ばされる。


「そこっ!!」


「そんな訳無いだろう」


 ユングフラウが大きく隙の出来た碧に、無数の魔弾を放つ。けれど、碧は一つ一つ丁寧にクロスボウで撃ち落とす。


「~~~~~~っ!! なんっなのよその武器!! クロスボウで連射とかずるじゃない!?」


「無数に魔弾を飛ばしておいて良く言う」


「いーんですー! 魔弾は一杯飛ばせるもんなんですー!!」


 言いながら、ユングフラウは体勢を立て直すために魔弾を放ち続ける。しかし、その魔弾もまた、碧は撃ち落とす。


「弱い……弱い弱い弱い弱い弱い弱い!! 弱すぎる!!」


 クロスボウの連射が止まる。


 魔弾は身体捌きだけで避け、クロスボウに魔力を集中させる。


「――っ!? ……皆、後ろへ……!!」


 今まで観戦者気分でいた蟹の少女が、焦った様子でユングフラウの前に出る。


「射抜け、天之加久矢あめのかくや


 直後、クロスボウから極光が放たれる。


 ――っ!! 待って碧!! その威力は……!!


「――っ!! ……蟹の甲羅クレブスガード!!」


 蟹の少女の前に大きな蟹の甲羅が現れる。


 真正面から、碧の矢と蟹の甲羅がぶつかり合う。


 蟹の甲羅には魔力的な防御が施されており、見た目以上に頑強だけれど、それでも碧の込めた魔力の方が多かった。


 蟹の甲羅は砕け、極光が四人に襲い掛かる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」


「のじゃぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?」


「ぐっ、のあっ!?」


「……ぐ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 余波で・・・三人は吹き飛ぶ。シュティアだけはあえて後方に飛んでいたけれど、ユングフラウとスコルピオンは完全に衝撃で吹き飛ばされている。


「……ふん、よくやる。けれど……」


 蟹の少女が慌てて出した二枚目の蟹の甲羅を貫く事は敵わず、極光は威力を弱めて消え去る。一枚では足りないと思った蟹の少女がもう一枚蟹の甲羅を出して、防ぎ切ったのだ。


 それでも、完全に防げてはいなかったのか、蟹の少女の服はところどころが焼け焦げ、ぼろぼろになっていた。


 碧は一撃放って壊れてしまったクロスボウを捨て、新しいクロスボウを出現させる。


「弱い……弱すぎる。その程度で、よくもくーちゃんの隣に居ようと思ったものだ」


 吐き捨てるように、碧は言う。


「お前達ではくーちゃんを護れない。お前達ではくーちゃんの足手まといにしかならない。そんなお前達は、くーちゃんの隣にいる資格は無い」


「ほう、ではお前は彼の隣にいる資格が在ると言うのだな、シュツェ」


「――っ!!」


 聞いた事のある声。


 見やれば、そこには一緒にニャンニャンパラダイスを回った人物、獅子王さんが立っていた。


「……レーヴェ……!!」


 碧の声に緊迫の色が込められる。


 それも、無理からぬ事だと思う。あの時には感じなかった威圧感が、獅子王さんからは放たれているのだから。


「久しぶりだな、如月くん。ああ、返事は結構。猿轡を噛まされては、喋れないだろうからね」


 威圧感を出しながらも、その対応は紳士そのもの。


「さて、シュツェ。大人しく渡してくれさえすれば、誰も傷つかずに済むのだが?」


戯言ざれごとを……!! お前がそれだけ威圧感を放ってるという事は、誰かと一戦交えてきた後だろうに……!!」


「ほう……ご名答。今しがた、クリムゾンフレアと一戦交えてきたところだ。いささか、期待外れだったがな」


「そんな……!」


 獅子王さんの言葉に息を呑んだのは、碧ではなくユングフラウ。けれど、俺だって同じ気持ちだ。


 まさか、深紅が敗れるなんて……。


「ふむ、お前が戦うと言うのなら、それしか無いのだろうな。では、戦おうやろうか」


 突如、威圧感が膨れ上がる。


 そして、魔力が獅子王さんを包み込む。


 魔力が晴れれば、そこに立つのは黄金の獅子。


暗黒十二星座ダークネストゥエルブが一人、獅子座のレーヴェ。まいるぞ」

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