第130話 我を忘れて

 戦いながら高速道路から場所を変えて、俺とレーヴェは近くにある山で戦闘を繰り広げていた。


 私有地だったら申し訳無いと思いながらも、そんな事を気にしている余裕も無いくらいにレーヴェの攻撃は|熾烈(しれつ)であった。


 速く、強く、堅い。


 黒奈のように圧倒的な速度を持っていたり、蛛形さんのように強力な毒を有していたりはしない。


 ただ、強いのだ。しかし、だからこそ小細工は通用せず、真っ向勝負でしか勝ち目はない。


「ふっ、その程度かクリムゾンフレア」


「っそ……!!」


 悪態を吐きながら、俺はレーヴェの攻撃を|捌(さば)く。


 出し惜しみしてる余裕は無いか……!!


臨界点突破オーバーフロー!!」


 俺は即座にフォルムチェンジを使い、クリムゾンフレア・不知火型ホワイトフラッシュへと変身する。


「ほう」


 感嘆したような声。しかし、そこに驚愕は無い。在るのは余裕だけだ。


「余裕ぶってられんのも今の内だ!!」


 接近、即座に拳を打ち込む。


「――ッ!!」


 先程よりも格段に速くなった俺の拳を、しかしレーヴェは意図も容易く防ぐ。


 けど、そんなの関係無い。防がれるなら、防御の上から押し込むだけだ!!


「お、らぁっ!!」


「――ぬっ!」


 防御の上からレーヴェを吹き飛ばす。


 相手が油断していて、余裕ぶっている今がチャンスだ。


 追いすがり、怒涛の連撃を叩きこむ――が、初撃で拳が掴まれる。


「――なっ!? がっ!?」


 次いで、お返しとばかりに拳が返ってくる。


 何とか反応をして防いだけれど、勢いそのままに後ろに吹き飛ばされる。


「くそっ!」


 着地し、体勢を立て直すも、即座にレーヴェが攻めてくる。


 レーヴェの繰り出す連撃を防ぎ、捌き、時折カウンターを繰り出す。


 打ち合えているように思えるけれど、実際は俺の方が押されている。明らかに、レーヴェの方が攻撃の手数が多い。


 強い。今まで戦ってきたどの敵よりも、圧倒的に強い。


 練り上げられた技。鍛え上げられた肉体。圧倒的天賦の才。こいつは……レーヴェは戦うために生まれてきたような男だ。


 俺も鍛えている自負はあった。強いと言う自信もあった。けれど、所詮は高校生。学校もあれば、モデルの仕事もある。戦う事だけに時間は取れない。


 打ち合いは続く。レーヴェは強く、自分が押されていくのが分かる。


 不知火型ホワイトフラッシュを使っても差は縮まらないのか……!!


「ふむ……期待していた以下だな」


「なんだと!」


 レーヴェの言葉に噛みつくけれど、今の俺はただ吠えているだけだ。実際、レーヴェに手も足も出ていない訳なのだから。


「……彼が気になるか? 技に焦りがある。その程度では――」


「がぁっ!?」


「――俺を倒す事は出来ないぞ?」


 反撃をした拳を軽くいなされ、レーヴェの拳が深く鳩尾みぞおちに突き刺さる。


 衝撃、直後に轟音と共に吹き飛ばされる。


 木々を巻き込み、地面を抉り、数十メートルも無様に転がる。


「ぐっ……がはっ……」


 変身が保てず、鎧が霧散する。


 嘘だろ……あんな腰の入ってない拳で、この威力かよ……!!


「ふむ……やはり期待を下回る」


 レーヴェも変身を解き、俺の前に立つ。


「もう少しは楽しめると思ったが……ふむ、その体たらくではそれまでなのだろうな。とても残念だ」


 言って、レーヴェは俺に背を向けて歩き出す。


 行くのだろう。黒奈と碧のところへ。


「待……て……っ!!」


「待たない。悔しければ、お前が追いつけ」


 言って、レーヴェは木の上に飛び乗り、そこから軽い足取りで跳んで行った。


「……っそ……!!」


 立ち上がろうとしても、脚に力が入らない。


「くそっ……くそぉッ!!」


 無様に地面に拳を打ち付ける。


 負けた。呆気ないほど、簡単に。


 立ち上がれない。足に、手に、身体に、力が入らない。


 駄目だ……意識、も……。


「正義のヒーローってその程度なの? だったら、お姉さんちょっとがっかりだなぁ」


 意識が無くなりかけたその時、誰かの声が聞こえた。聞いた事のある、いつまでも聞いていたいけれど、もう聞く事の出来ないあの人の声。


 俺は思わず顔を上げる。


「――っ」


 思わず、息を飲む。だって、そこに居たのは――


「やぁ、しんちゃん」


 ――俺の初恋の人であり、もうこの世にはいない人物。廿楽つづら緋日あけひだったのだから。





 廿楽緋日。


 彼女は俺達の幼馴染。姉さんと同い年で、いつも姉さんと一緒に俺達の相手をしてくれた。俺達は、緋姉って呼んでた。


 俺が小学生の時に転校してしまい、一度は離れ離れになったけれど、中学二年の時に再会を果たした。


 その時は黒奈との折り合いが悪かった事もあって、幼馴染として、初恋の人としての再会とあって凄く嬉しかった。


 けれど、彼女は俺に会いに来た訳じゃなくて、自身の父を死に追いやった奴らに復讐するためにこの町にやって来ていた。当時、ちまたを騒がせていた連続殺人犯だった。


 最後のターゲットを殺そうとしていた彼女――ヴァーミリオンフレアと俺は戦った。


 彼女は元々ヒーローだったらしく、その力を使って復讐をしていた。


 力をそんな事に使っているのは間違えている。そして、それは緋姉の父は望んでいない事で、なにより、俺が緋姉にそんな事をしてほしく無くて、俺は戦った。


 緋姉は強く、土壇場で覚醒した不知火型ホワイトフラッシュでようやく勝つ事が出来たのだけれど、変身が解けた彼女を最後のターゲットであった男が所持していた銃を発砲。当たり所の悪かった緋姉はそのまま帰らぬ人となった。


 そう。帰らぬ人となったのだ。それなのに、なぜ……。


 俺の疑問などお構いなしに、緋姉は俺の前に立つ。あの時と変わらぬ、綺麗な笑顔を浮かべて。


「な……んで……」


「んー? なんでとかどうでも良くない? 今はそれどころじゃないでしょう?」


 緋姉は俺に近付き、無様に寝そべる俺の上に座る。


 座られてるはずなのに、まるで体重を感じない。いや、そもそも感覚が無い。ふわふわ浮いているような、そんな浮遊感がある。


「しんちゃん、なぁに、この体たらく? 天下のクリムゾンフレアとは思えないなぁ」


 笑みを浮かべながら俺を責める緋姉。そこに罵倒の色は無い。ただただ、事実を俺に突きつけてくるだけだ。


「このままだと、わたしの時みたいになっちゃうよ? さっきのあれ、確実にくーちゃんよりも強いよ? みーちゃんだって勝てない。あれには、しんちゃんが知ってる限り、だーれも勝てない。ディフェンドもシュティアもユングフラウもスコルピオンもクレブスも……もちろん、くーちゃんの大事な大事な妹分のチェリーブロッサムも」


 ……分かってる。あれは真っ向勝負でしか勝てない。搦手からめても、小細工も通用しない。真っ向勝負でしか勝敗を決められない。


「勝ち目が在るのはただ一人。しんちゃんだけ。なのに……あーあ、しんちゃん、負けちゃったぁ」


 倒れる俺に緋姉が覆いかぶさる。そして、耳元で囁く。


「奥の手の不知火型ホワイトフラッシュも通用しない。地力でも負けてる。ねぇ……しんちゃんはどうやったら勝てると思う?」


「それは……」


「分からないでしょ? 不知火型ホワイトフラッシュが通用しなかった時点で、しんちゃんの頭の中は真っ白だもんね」


 くすくすと、おかしそうに笑う緋姉。


「教えてあげようか? しんちゃんがあれに勝つ方法」


「勝つ、方法……」


「そう、勝つ方法」


 勝たなきゃいけない。黒奈を護るには、勝たなきゃいけない。あれを止めなきゃ、黒奈を護る事も、連れて帰る事も出来ない。


 黒奈には……あいつには幸せでいて欲しい。あいつだけじゃない。碧もそうだ。なんだかんだ言ったって、あいつは幼馴染なんだ。俺を厳しくしかってくれる、俺と対等な友人。


 護る。皆を護る。俺に関わる人、俺を大切にしてくれた人、俺が大好きな人、俺を信じてくれた人。全部、全部護る。


「……教えてくれ、緋姉。俺は、どうしたら良い?」


 俺の言葉に、緋姉は一層笑みを深める。


「わたしを受け入れて」


 緋姉がそう言った直後、緋姉の身体が黒く燃え上がる。


 黒い炎はいつか俺が対峙したヴァーミリオンフレアが纏っていた炎と同じで、悲し気な、復讐と憤怒の色をしていた。


憤怒わたしを受け入れ、復讐わたしを自覚して。しんちゃんはね、いつだって勝ってきた。でも、その勝利には相手をおもんばかる気持ちしか無かった。それだけじゃ、あいつには勝てない。しんちゃん。正義われを忘れて」


 黒い炎は緋姉から俺に移り、俺を燃やす。


 いや、違う。この炎は……。


「そう。これは貴方の炎。貴方の、怒りの炎」


 黒い炎は緋姉を燃やす。もう緋姉は俺の上には乗っていない。


 黒い炎が俺を焦がす。


「さぁ、しんちゃん。怒りをぶつけて。理不尽を壊して。暴れて暴れて暴れて、貴方を阻む全てを壊して」


 緋姉はもういないはずなのに、何処からか緋姉の言葉が聞こえてくる。


憤怒わたしを、復讐わたしを、哀切わたしを、毀損わたしを――」


 声が響く。どこで? 緋姉は、もういないのに……。


「――廿楽緋日わたしを、燃やして」





「……っ、つう……」


 いつの間にか意識を失っていたのだろう。


 俺は目が覚めると、どうにか動くようになっている身体を持ち上げる。


「――っ……そうだ、黒奈……」


 風防ふうぼうの割れた腕時計を見れば、レーヴェと戦ってから一時間程しか経過していない。そんなに長くは寝ていなかったようだ。


「……護る。待ってろ、黒奈……」


 立ち上がり、俺は外れていたベルトを着ける。


「イグニッション」


 いつも通り変身をするけれど、これからどうやって黒奈の元に向かえば……。


 そう考えていると、目の前にやたら大きな蜘蛛が現れる。


 敵……ではないだろう。恐らく、蛛形さんのペットだ。


「案内してくれるのか?」


 俺がそう問いかければ、蜘蛛はきぃと甲高く鳴く。


「そうか。頼む」


 きぃともう一つ鳴いてから、蜘蛛は走り出す。そこそこの速度だ。これなら、今からでも追いつく事が出来るかもしれない。


「待ってろ、レーヴェ……」


 俺は蜘蛛の後を追った。


 一瞬、俺の身体から溢れる炎の先が黒くくすんでいるように見えたけれど、構う事は無かった。

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