第101話 周囲の反応

 碧の家で戦さんのお化粧のお勉強会をした翌日。


 今日も学校があるので、俺達は五人で学校に向かう。


 青崎さんと白瀬さんも途中まで一緒だったけど、方向が少し違うので途中で別れてしまった。前に比べて二人とも元気な様子だったから、ちょっと安心した。今度、他の三人の顔も見たい。


 花蓮と桜ちゃんが並んで歩き、戦さんと碧が並んで歩く。その後ろを、俺は昨日の夢の事を考えながら着いて行く。


 少しずつ、少しずつだけど、思い出してきた。


 あの部屋の事。自分を守ると言った碧の言葉。後、何か大切な事が幾つかあるような気がするのだけど、それ以上は思い出せなかった。


 けど、あの出来事が俺の感じていたものと違う真実があったのだとしたら? もしその真実があるのなら、俺はそれを知る必要があるだろう。


「それで? 戦の意中の相手って誰? アタシの知ってる人?」


「お、教える訳無いじゃない! あんたに教えたらろくな事にならないわ!」


「え~、いーじゃんおせーてよー!」


「い・や・よ! ていうかそのにやけづらやめなさいよ! あんた実は察しついてんじゃないの!?」


「ついてない事も無いけど、戦の口から直接聞きたいんだよー」


 きゃっきゃうふふと楽しそうにお喋りをする碧と戦さん。


 昨日、俺は碧に隠し事をしているかと聞いた。けれど、碧は何も無いと言った。


 ……ごめん、碧。分かるよ、俺。碧が嘘ついた事。碧が俺に何か隠してるのも、ちゃんと分かったよ。碧が俺の嘘を分かるみたいに、俺も碧の嘘が分かるんだ。


 碧は、俺に滅多に嘘をく事は無い。それは碧が俺を特別扱いしているからとかではなく、碧が嘘を嫌うからだ。


 そんな碧が俺に嘘を吐いたという事は、俺には話したくない事、隠しておきたい事なんだろう。


 本当なら父さんに聞くのが早いんだろうけど、父さんは今何をしているのか全く分からない。向こうから手紙が来るけど、いつも場所が点々としててどこに送れば良いか分からない。


 弓馬さんや美弦さんに聞くことも考えたけど、二人とも多忙だ。俺個人の事に時間を割いてもらう事は申し訳ない。


 ……ううん、違う。多分、俺は……。


「くーちゃん、どうかした?」


 いつの間にか俺の目の前に立っていた碧が、俺の顔を覗き込む。


 碧が目の前に立っている事に気付かない程ぼーっとしながら歩いていたからだろう。突然碧が目の前に現れたと思って、ちょっとびっくりした。


 なんとか立ち止まったけど、もう少しで碧の胸にダイブしてしまうところだった。幾ら幼馴染とはいえ、そんなハプニングは碧も嫌だろう。


「ううん、なんでもないよ」


「うーそ。なんか考えてたでしょ?」


「本当に何でもないよ。ちょっとぼーっとしてただけだから」


「本当に?」


「うん、本当本当」


「なら、良いけど」


 少しだけ心配そうな顔をしながらも、俺の言葉に頷いてくれる碧。


「あんた達ー、置いてくわよー」


 戦さんに急かされ、俺達は歩く速度を少しだけ速めて三人の元へと向かった。


 戦さんに追いつけば、碧はそのまま俺達を追い越して花蓮と桜ちゃんの会話の輪の中に入って行った。


 その様子を見ていた戦さんは怪訝な顔をしながら俺に尋ねる。


「あんた達、なんかあったの? 昨日の夜から変だけど」


「特には何も無いよ」


「ふーん……ま、あんたが私にちゃんと協力してくれるなら、私にはどうでもいい事だけどね」


「大丈夫、戦さんの恋路こいじはちゃんと応援するよ」


「なら良いわよ」


 心底興味なさそうな戦さんの、いつも通りと言えばいつも通りな様子に、俺は思わず苦笑を漏らしてしまう。


 戦さんと他愛のない話をしながら、俺達はいつもと違う通学路を歩き、無事に学校にたどり着く。


 学校にたどり着き教室に向かう途中、何やら視線を感じたけれど、その視線には大体予想がついているので疑問に思う事は無い……んだけど、なんだろう? 俺も見られてる?


 視線の大半は俺ではなく戦さんに向いている。その理由は戦さんがイメチェンしたから、ではない。以前の戦さんを知る人物は少ないし、そもそも今の戦さんを戦乙女として認識している者がいるかどうかだって怪しい。


 彼らが戦さんを見ているのは、単純に戦さんが美少女だからだ。あの美少女は誰だ? あの美少女可愛いな。いったい何年なんだ? なんて、戦さんを見ながら話しているに違いない。


 それが、視線の大半。次に碧を見ている者が多い。碧だって、まごう事無く美少女なのだから。


 けれど、少数は何故だか俺を見ている気がする。しかも、誰だか分からないけれど、すっごく熱烈な視線を送られている気がする……。


 戦さんが居心地悪そうに視線を彷徨さまよわせているのとは真逆に、俺は視線の主を探ろうと視線を彷徨わせる。


 けれど、視線の主は見当たらない。誰かに見られているという事は感じ取れるけど、誰が見てるのかまではまったく分からないのだ。このぽんこつレーダーめ。


「ね、ねぇ如月。なんか私見られてるんだけど……」


 密かに俺を見ている人達に視線を向けていると、戦さんが若干緊張した声音で俺にそう言ってきた。


 人に見られるのに慣れていないのだろう。その面持ちはとても居心地が悪そうだった。


 分かるよ、俺もそうだったもん。ていうか、今もそんなに慣れてないし。


「そりゃあ、戦さんが美少女になったからね。あの美少女は誰だ? ってなってるに違いないよ」


「び、びしょっ!? あ、あんた! 本当にそういう事臆面おくめんもなく言うの止めなさいよ! 勘違いされるわよ!?」


「でも、戦さんは勘違いしないでしょ? だって好きな人いるんだし」


「そ、それはそうだけど……っていうか、好きな人が居るってこういうところで言うな! は、恥ずかしいじゃないのぉ!」


「あ、ごめん」


 確かに、皆の前で好きな人が居るんでしょと言われるのは、思春期の女子からしたら気恥ずかしい事かもしれない。


「本当に、気を付けなさいよ……」


 じとっとした目を向けてくる戦さん。そんなに警戒しなくても大丈夫だって。もう口を滑らせたりしないから。


「ふふふのふー! 戦、照れてるんだー」


「て、照れて悪い!? こ、こんなに視線浴びるだなんて思ってなかったんだから!」


「別にー? ただ可愛いなーって思ってさーあ?」


「あんた馬鹿にしてるでしょ!?」


「してないよー」


 にやにやと悪い笑みを浮かべる碧は、くるくると回りながら俺の背後に回り込み、後ろから俺をきゅっと抱きしめる。


「まーあ? いっちばん可愛いのは、くーちゃんだけどー」


 ねーと言いながら、碧は俺の頭の上から同意を求めてくる。


「俺よりも碧の方が可愛いよ」


「えー? くーちゃんの方が可愛いよー。アタシよりも小っちゃいしー」


「それ、男である俺にとっては屈辱的な言葉なんだけど……」


 残念なことに、俺よりも碧の方が身長が大きい。


 碧は百六十後半で、俺は百六十前半だ。ちなみに深紅は百八十を超えている。本当に、十センチ程分けてほしい。


 文句を言う俺に、しかし碧は笑みを浮かべながら言う。


「くーちゃんは小っちゃくていーの。だって、くーちゃんだから」


「そんな言葉じゃ誤魔化されなんだけどー」


「誤魔化してないよー。くーちゃんの魅力は、身長なんかじゃないんだよ?」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺としては出来れば身長が欲しかったよ……」


「じゃあ星に祈るしかないね」


「俺の身長ってそこまでしないと伸びないの?!」


 そこまでしないとこれ以上の身長を望めないとは……。


「神様……百八十なんて贅沢ぜいたくは言いません。せめて百七十はください……」


「あんたもあんたで切実ね……」


「男にとって身長ってかなり重要なんだよ」


「まぁ、自分より小っちゃい彼氏は嫌よねぇ」


「うぐっ……」


 戦さんの正直な言葉が心に刺さる。


 俺の周りで俺よりも背が小さい女の子と言えば、花蓮と桜ちゃん、青崎さんに白瀬さんに……あ、あとは輝夜さんも小さい。だ、大丈夫。俺の方が、まだ大きい。


 まぁ、元より誰かと恋仲になりたいとは思ってないけど。輝夜さんはアイドルだから恋愛は御法度ごはっとだろうし、花蓮は妹だし。


 それに、特に誰が好きだとか、そういった恋愛感情を抱いた事が無い。多分、小っちゃい頃に幼稚園や保育園の先生を好きになる、って事ならあると思うんだけど、それ以外に誰かに強い想いを抱いた事は無い。


 付き合いたいとか、デートしたいとか、キスをしたいとか、その先をしたいとか……。


 自分には、まったく分からない。だから、他の人の恋バナを聞いてもいまいちピンとこないし、共感も恋心的観点からのアドバイスも出来ない。


 ま、それ以前に俺にはまったくもってそういう事に縁が無かったんだけど。


 誰かに告白された事も無いし、必要以上に好意を持たれた事も無いし。


 そんな俺が、深紅の事を心配するのもおかしいけれど、誰かに好意を向けられている中で、誰も好きにならない深紅は、恋に対して反応が麻痺してしまっているのではと思ってしまう。


 結構可愛い子もいたし、美人だなぁって思う先輩だっていた。まぁ、たいていは玉砕覚悟だったり、もしかしたらと可能性にかけたりしてる人だったりするけれど。


 でも、深紅は誰とも付き合わないんだよなぁ……。


 いったい深紅はなんで誰とも付き合わないんだろうか? ヒーロー活動とかモデル活動が忙しいから、とか? でも、普通に俺達とは遊んだりするし……。


 そもそも同年代に興味ないのかな? いやでも、大学生から告白された事もあるし……。


「ちょっと、あんたなにそんなに考え込んでんの? 私が小っちゃい彼氏は嫌とか言ったの気にしてんの?」


「え? ああ、いや、それは気にしてるけど、大丈夫」


「そこはしっかり気にしてるのね……」


「そこは気にするよ。だって男だし」


「あんたの今の姿見てると、説得力皆無よね……」


「失礼な。どこからどう見ても男の子じゃないか」


まったく。制服だってちゃんと男子用のやつ着てるじゃないか。俺が女の子に見える事なんてありはしないよ。


 ……嘘、ごめんなさい。今朝鏡見た時女の子っぽいって思いました。


「その顔は自覚があるって事ね?」


「はい……」


「まぁ、くーちゃんはくーちゃんだよ。アタシはどんなくーちゃんでも大好きだよ?」


「あんたよく臆面もなく大好きって言えるわね……」


「ありがとう碧。俺も碧大好きだよ」


「あんたもか……」


 呆れたように溜息をもらす戦さん。


「戦さんは本番で及び腰になっちゃダメだよ?」


「わ、私の事は今は良いでしょう!? そ、そんな事よりも! さっさと教室行くわよ!!」


 さっさか歩いて行ってしまう戦さんの後を、俺と碧はくすりと一つ笑いあった後で追いかけた。


 さて、深紅の反応やいかに。

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