第146話 シュバルツ・チェリーブロッサム

「馬鹿な!! 有り得ない!!」


 ヴァーゲが動揺した様子で声を荒げる。ヴァーゲの見つめる先は、上空に映し出された魔法少女となった黒奈だった。


 戦いの最中、よそ見をしていれば命とりだ。けれど、ヴァーゲには関係ない。


「っそ……!!」


 俺が幾ら攻撃したって、ヴァーゲには通らない。相当の力が、俺の攻撃を掻き消す。


 不意打ちは無意味。ならば、俺もいったん手を止めて上空を見上げる。


 そこには、やはり変身したブラックローズが映っている。


「奴の力は根こそぎ奪い去ったはずだ!! 変身なんて出来る訳が無い!!」


「丁寧な口調はどこへやら、だな。その程度で焦んなよ。黒奈なら……ブラックローズならそれくらいやって当たり前だ」


うるさい!! 当たり前な訳があるか!! 力の根源は私が奪い去った!! それなのに変身出来る訳が無いだろう!!」


「出来るから変身してんだろ? ていうか、力奪ったからなんだよ。その程度で、あの妹大好きな黒奈が止まると思ってんのか?」


 なんて言いながらも、黒奈の答えを聞いて、正直俺はほっとした。


 もう一人の花蓮ちゃんの処遇について、元々一人だった者が二人になった事について、どう答えを出して良いか分からなかったからだ。


 けれど、黒奈は言った。


 妹が二人居て嬉しい、か。馬鹿だなぁ、黒奈は……。


 けど、その黒奈の回答が黒奈らしくて、俺は嬉しかった。


 どっちも助ける。良いね、俺好みの回答だ。そうだよな。兄貴なら、それくらい言ってやらなくちゃな。


「お前が奪ったのは、黒奈の上辺だけだ。そんなもん奪ったってな、あいつは止まりやしないんだよ」


「黙れ!! 私が奪ったのは力の根源だ!! 決して上辺だけではない!!」


「それが上辺だけってんだよ。あいつの根源は馬鹿みたいに大きい妹への愛だ。力の根源? そんなの、黒奈の中にある訳無いだろ。あいつが頑張る理由は、全部あいつの外にあるんだからよ」


 言って、俺は街を、人を、仲間を見る。


「あいつが頑張る理由は、いつだって誰かのためだ。自分が助けたいと思った誰かがいるなら、あいつは戦う事を選べる人間だ。その助けたいと思った奴らが、助けられた奴らが黒奈の周りにはたくさんいる」


 桜ちゃん、星空さん、アトリビュート・ファイブの皆、碧に、戦さんに、東雲さん……そして、俺。それ以外にだって、黒奈に救われた人達は大勢いる。


 戦う理由を誰かに依存するなんてことはしない。黒奈は、誰かが困っているから戦う。それが、例え困っている本人だったとしても、真正面からぶつかっていける。


「力なんて無くたってな、あいつは戦うんだよ」


「それじゃあ説明になって無いだろう!!」


「なってるさ。可能性の特異点だっけか? そんなもん無くてもな、あいつは多分幾つもの姿を見せてくれたさ」


 ガンスリンガー、ブラスター、アリス、マーメイド。それ以外にも、あいつのフォルムチェンジは見てきた。


 あいつはいつだって、誰かのためにその姿を発現してきた。


「黒奈は、特異点の力がなければ戦えないような、そんな安い奴じゃない。力が無くたって、力を振り絞って戦える、そんな格好いい――俺の最高のヒーローだよ」


 だから、そろそろ俺も格好いいとこ見せないとな。


「ふざけるな!! そんな事が有り得るか!! 力が無いなら、振り絞ったってカス程度だろう!! そうだ、カス程度だ!! 全員、ブラックローズを狙え!! そいつは搾りカスで戦ってるだけだ!! 叩けばすぐに戦えなくなる!!」


 ヴァーゲの号令のもと、ファントムが何体も黒奈に殺到する。


『させません!!』


 しかし、そのファントム達は黒奈に近付く前に一人の魔法少女に吹き飛ばされた。


『行ってください、ブラックローズ!! 道はわたし達が作ります!!』


 チェリーブロッサムが黒奈の前に立ち、猛然とファントムを蹴散らす。


『一人で行くなメェ! まったく、ブラックローズの事になると、本当に見境無いメェ……』


 呆れたようにツィーゲが言葉を漏らしながら、向かい来るファントムを軽々と蹴散らす。


『『お姉ちゃんから離れろー!!』』


『お前等も先行くな!! ったく、有象無象が群がるんじゃねぇよ!!』


 ツヴィリングとシュティアもそれぞれブラックローズのために道を開ける。


「……この、裏切者がぁ……!!」


 彼等が戦う姿を見て、ヴァーゲが憎々し気に言葉を漏らす。


 しかし、次の瞬間には落ち着き払った態度で視線を天秤の支柱に移す。


「……もう良い。予定通りだ。誰も私を止められない。装置を起動する。それだけで、この世界は一つになる」


 パチンっと、指を一つ鳴らす。


 直後、天秤の支柱から膨大な魔力が溢れ出す。


 そして、世界が音を立てて震える。


「絶望の淵に見せてやろうと思ったが、止めだ。何も出来ない絶望を味わいながら、一つになる世界を見届けろ」


 世界が震える。


 分かる。世界が、近付いてきている。


 けれど、俺の中に焦りは無い。


「させるかよ。お前は、俺が止めてやる」


「やってみろ、クリムゾンフレア。お前程度に、私の相当は崩せまい」


「はっ! 相当が何だよ。覚悟しろよ、俺がヒーローの神髄を見せてやるよ」


 言ったは良いものの、俺の攻撃は全て奴には届かない。


 ヴァーゲには、均整の取れた攻撃しか通らない。


 今の俺には、黒奈に言った世界を救うという使命感しかない。いや、大切な人達を害されたという怒りや、自分が負けた事の悔しさもあるけれど、世界を救う使命感には届かない。


 俺の攻撃は、明らかに善に偏っている。


 メポルがヴァーゲを俺一人に任せたのは、俺に勝算があったからだろう。あの時、俺だけが唯一ヴァーゲに攻撃を届かせる事が出来た。


 その理由を紐解かない限り、俺の攻撃はいつまで経ってもヴァーゲには届かないだろう。


 けれど、その時間をヴァーゲは与えてはくれないだろう。


 戦いながら答えを見つけるしかない。


「さて……戦いの中で進化して見せますか」


 それこそがヒーローの神髄。


 黒奈が格好いいとこ見せたんだ。俺も見せなきゃだろ。


 炎を燃え上がらせ、俺はヴァーゲに迫る。


 振り抜いた拳は、まだヴァーゲには届かなかった。



 〇 〇 〇



 皆にカバーされながら、俺は花蓮の元へと向かう。


 変身できた。とはいえ、俺の魔力はすっからかん。姿をたもつので精一杯だ。


 けど、少し浮くくらいなら出来る。


「花蓮」


「お兄ちゃん……」


 花蓮の元まで上がり、俺は花蓮を真っ直ぐに見据える。


 泣いている花蓮を見て、近付こうと手を伸ばしたけれど、見えない壁に阻まれる。


 この装置も天秤だ。相当の力が働いているから、俺では手を届かせる事が出来ない。


 戦えない俺は、皆がこの装置を破壊してくれるのを待つしか出来ない。


 この世界も、音が鳴るほどに震えている。三つの世界が近付いてきているのだろう。


 けど、ごめん。世界よりも、俺は目の前の大切な人を優先しちゃう。


「一緒に行こう……ううん、帰ろう、花蓮。皆、待ってる」


「やだ……やだよ……」


 しかし、花蓮は泣きながら駄々をこねる子供のように首を振る。


「だって、花蓮だけのお兄ちゃんだもん……あの子のじゃないもん……!!」


 泣きながら、花蓮はいやいやと首を振る。


 随分と、寂しい思いをさせた。そりゃそうか。何せ、九年だ。九年も、花蓮は一人だったのだ。


 自分だけを愛して欲しいと思ったって、仕方ないだろう。


 その想いを否定する事を、俺は出来ない。俺だけは、否定しちゃいけない。


 だって、俺は花蓮のお兄ちゃんだから。何があったって、花蓮の味方なのだから。


「そうだね。私は、花蓮だけのお兄ちゃん。だから、花蓮は私に目一杯甘えて良いよ」


 見えない壁に手を当てる。拒むような強い反発があるけれど、構うもんか。届かないなら、せめて近くに居てあげなくちゃ。


「どっちも、私に好きなだけ甘えたらいい。私は嫌がらないし、困らない。私はその分二人を目一杯甘やかすよ。それが、お兄ちゃんの役目だから。だから花蓮。そんなところに居ないで。そんなところに居たら、花蓮を抱きしめてあげられない」


「やだぁ……!! 一人になるんだもん……!! 花蓮は、私一人で充分だもん……!!」


「違うよ。充分なんかじゃない。私にとっては、二人が私の妹。どっちが居なくなっても、私は凄く悲しい。私は、そんな想いしたく無い。だから、ごめんね、花蓮。これは、私の我が儘だ……」


 一人になりたいと望んでも、それが、正しい形なのだとしても、俺はそれを望まない。


 だってそれは、俺にとって正しい答えじゃ無いから。


「私は、何があっても二人を連れて帰る。花蓮が嫌がっても、譲らない。だって、私は花蓮が大好きだから。どっちかを失うくらいなら、私は花蓮が泣いてでも一緒に連れて帰る。それも、お兄ちゃんの役目だと思うから」


 花蓮は声を上げて泣く。


 自分の思い通りにいかないからか、自分だけを受け入れてくれないからか。


 違う。多分、違う。花蓮は、不安なんだ。


 一人になりたいのは、怖いからだ。自分に俺の目が向けられないのが、怖いからだ。


 ずっと、俺はもう一人の花蓮の方しか見ていなかった。その視線が、二人になってももう一人の花蓮にしか向けられない事が怖いのだろう。


 憶測でしかない。自惚れかもしれない。花蓮の気持ちを、俺は少しだって理解していないのかもしれない。


 でも、今まで寂しい思いをさせてきたことは事実だ。


 だから、他人頼りでごめん。この壁を、この装置を誰か壊して。もうこれ以上、花蓮を一人にはしておけないから。


 だから――


「チェリーブロッサム!! お願い!!」


 ――花蓮を閉じ込める檻を、壊して!!


「まっかされましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 答えながら、チェリーブロッサムが装置をぶん殴る。


 しかし、見えない壁に阻まれ、チェリーブロッサムの拳は装置には届かない。


「だから、一人で行くなメェ!!」


 次いで、ツィーゲが装置を攻撃するも、同じように見えない壁に阻まれる。


「チッ!! チェリーブロッサム!! 同時攻撃じゃなきゃ意味ないメェ!!」


「分かってます!! 行きますよぉ!!」


「だから!! 勝手に動くなメェ!! あぁもう!! お前ブラックローズに頼られたからって、テンション上げすぎだメェ!!」


 先行するチェリーブロッサムにツィーゲが追いつき、今度こそ同時に攻撃する。


 しかし、まだ均整がとれていないのか、二人の攻撃は通らない。


「まだまだぁ!! 何千何万回だろうが、何度でもやってやりますよ!!」


「お馬鹿!! そんな悠長にしてられないメェ!! 次で決めるメェ!! メェが合わせるから、お前は最大出力で攻撃するメェ!!」


「分かりました!! ですが、私のブラックローズへの愛は天井知らずですからね!!」


「今更言われなくても分かってるメェ……」


 元気溌剌としたチェリーブロッサムとは正反対に、酷く疲れた様子のツィーゲ。


 しかし、二人はまったく同時に動き出すと、目視では同程度の魔力を纏って装置へと迫る。


「フォールン――」


「シュバルツ――」


 二人は魔力を拳に込め、同時に放つ。


「――チェリーブロッサム!!」


「――フーフ!!」


 黒色の魔力と、桜色の魔力が見えない障壁と衝突する。


「出力を上げるメェ!! お前の力は、その程度じゃないはずだメェ!!」


「分かってます……よぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」


 二人は主力を上げる。


 二人の魔力は同程度。それでも障壁を破れないという事はまだ差があるのだろう。


「……これ以上……花蓮ちゃんを泣かせてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!」


 桜ちゃんが叫ぶ。


「もっとだメェ!! もっと上げるメェ!!」


 言いながら、ツィーゲも自身の放出する魔力量を上げて行く。


 ピシリ。何かにヒビが入る音が聞こえてきた。


「――ッ!! そのままだメェ!!」


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「話しを聞くメェ、この青天井あおてんじょう!!」


「どうせなら、もっと派手に行くんですよぉ!! 全身全霊、全力全開で行きますよ!!」


「ああ、もうっ!! ほんっとうにお前はっ!!」


 文句を言いながらも、ツィーゲは諦めたように出力を上げる。


 ヒビはどんどんと広がっていく。


 際限無く、二人は魔力の出力を上げる。


「いい加減にぃ……!!」


「壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」


 叫びと共に、二人が拳を振り抜く。


 瞬間、盛大な破砕音を立てて相当の力が打ち消される。


 俺は即座に花蓮に近付き、花蓮を皿の上から退避させる。


「もういっちょ!!」


「やってやるメェ!!」


 二人はそのままの勢いで装置へと肉薄する。


 拳から、今度は蹴りの構えに。


「シュバルツ――」


「――チェリーブロッサム!!」


 黒と桜色の魔力が交わり、装置を突き抜ける。


 地面に落ちた二人は勢いを殺しきれずにそのまま十数メートルも地面を抉ってから止まる。


 天秤の腕と皿を繋ぎとめる鎖の部分が消失。数瞬の間を置いた後、装置が暴走気味に自壊した。

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