第145話 黒花繚乱

 メポルと共に移動したのは、戦闘真っただ中の精霊の世界。


 ヒーローと魔法少女がファントムと必死に戦闘を繰り広げている。


「居た……!!」


 ファントムが護るようにして戦っているその中央に浮いている巨大な皿。鎖はぴんと張り、虚空へと伸びている腕が支えも無いのに皿を支えている。


 その皿の上。そこに、花蓮はいた。


「花蓮!!」


 俺の声が届いたのだろう。花蓮は俺の方を見ると、花が咲いたように微笑む。


「あら、お兄ちゃん!! 会いに来てくれたの?」


 その喜びようは、不安からでは無いだろう。純粋に、俺が会いに来たのが嬉しいのだろう。


 そう、目の前の少女は俺が今まで連れ添った妹じゃない。本物の妹だと自称する、俺にとってのもう一人の花蓮。


 もう一人の花蓮が陽の花蓮である事は分かっていた。だから、ヴァーゲが陽とする精霊の世界に来れば、彼女に会えることは分かっていた。


 けれど、少しだけ不安だ。だって、今の俺には花蓮への想いの感情が無い。想いの無い空虚な俺に、いったい何が出来るのか。どこまで、出来るのか……。


 激戦の真っただ中。ただ一人の普通の人間。吹けば飛ぶような力しかない俺に、いったい、何が……。


 話す言葉に迷った俺の手を、メポルが力強く握る。


「大丈夫メポ。黒奈の想いのままに言うと良いメポ。黒奈の花蓮への想いは、一度奪われたくらいで無くなったりしないメポ」


 力強い眼差しで、メポルが言う。


 ……そうだ。臆するな。助けるって言った。助けるって誓った。


 一度は護れなかった。護れなかったのなら、今度はちゃんと助け出せ。それが、お前に出来る事だろう。


「ありがとう、メポル」


「気にするなメポ。黒奈の思いの丈をぶつけると良いメポ」


「うん」


 メポルの言葉に、俺は一つ頷き、もう一人の花蓮に向けて言う。


「花蓮、迎えに来た!! 一緒に帰ろう!!」


 俺がそう答えれば、もう一人の花蓮は嬉しそうに顔をほころばせる。


「嬉しい!! でも、まだダメなの。まだ、私達は一つに戻ってないわ。だから、もうちょっと待ってて!! 絶対にお兄ちゃんのところに行くから!!」


 心底嬉しそうに、花蓮は言う。


 感極まったのか、花蓮は目尻に涙を浮かべている。


 ……ごめん。俺は多分、君の想いにそぐわない事を言うと思う。けど、どうか、最後まで耳を傾けて聞いて欲しい。


 心中で一つ謝って、俺はもう一人の花蓮を見据えて言う。


「いや、帰ろう。こんな事、しなくて良い。一人になんて、ならなくて良い」


 俺がそう言えば、もう一人の花蓮は一瞬の内に笑みを消し、全面に無を貼り付ける。


「……どうして?」


 その声に困惑は無い。あるのは、純粋な問いと苛立ち。


「お兄ちゃん、私、一人になるよ? だって、私が本物だもん。あっちが偽物だもん」


「……確かに、君が先に生まれたのかもしれない」


「君だなんて言わないで!! 昔みたいに、花蓮って言って!!」


 駄々っ子のように振舞う少女……ううん、違う。花蓮だ。つい最近まで一緒に居た花蓮じゃ無いけど、目の前の少女だって、れっきとした花蓮なんだ。


「そうだね……ごめんね、花蓮」


 そうだ。この子も花蓮だ。うん、そうだ。そうなんだ。


 真正面から見据える。顔も、声も、体系も同じだ。


「聞こえてたと思うけど、帰ろう。父さんと母さんが待ってるよ」


「だから、それは私が一人になったらだよ、お兄ちゃん。一人にならなきゃ……花蓮は、二人もいらないんだから」


「違う。違うよ、花蓮。一人になろうとしなくて良い」


「いいわけ無いよ!! 元々は私が花蓮なんだもん!! お兄ちゃんと一緒に居られなかった分、ずっとお兄ちゃんと一緒にいるんだから!! だから花蓮は二人もいらない!! お兄ちゃんは、私だけ見てればいいの!! もう一人の花蓮なんて、見なくて良いんだから!!」


 拳を握り締めて、目に涙を溜めながら花蓮は言う。


 けど、ごめんね、花蓮。俺は、どうしてもそうは思えないんだ。


「ごめんね、花蓮。ずっと、寂しい思いをさせたよね……」


 この九年間。花蓮は、家族と一緒にはいられなかった。それは、とても寂しい事だと思う。俺だったら、寂しさに心を押し潰されてしまうだろう。


 家族からの愛情を貰おうと思う気持ちも分かる。一身に注いで欲しいと思う気持ちも分かる。


 でも、ごめんね。花蓮一人に愛情を注ぐことは出来ない。だって、俺はもう決めたから。


「でも大丈夫。これからは、俺が傍に居る。皆が居る。父さんも母さんも、深紅も碧も、これから出来る友達も、これから出来る仲間も、ずっと花蓮の傍に居る。勿論、花蓮も花蓮の傍に居る」


「違う!! 違う違う違う違う違う!! 花蓮は二人もいらない!! 花蓮は私一人で良い!! なんで、なんで分かってくれないの!? お兄ちゃんの妹は私一人だけなんだよ!?」


「そうだね。昔はそうだった」


「これからもそうだよ!!」


「ううん、違う。これからは、俺の妹は二人だ」


 だって決めたんだ。花蓮を助けるって。花蓮が二人いるなら、二人とも助けなきゃいけない。だって、俺は花蓮のお兄ちゃんだから。


「俺は!! どっちも助ける!! 妹が二人居るからなんだ!! 良いよ二人居たって!! 俺はすっごい嬉しいよ!! 二人居るって事は可愛さ二倍じゃないか!! 俺にとって損なんて全然ないね!!」


 俺は、あらん限りの声を張り上げて、花蓮に想いを届ける。


 もう一人の花蓮にも、聞こえてるはずだ。それどころか、これを聞いてる皆に聞こえてるはずだ。けど、それがどうした? 俺の想いに、一片たりとも恥ずかしいところなんて無い。だから、もっとだ。もっと堂々と、はっきりと言ってやれ。


 じゃなきゃ、この駄々っ子には届かない。


「学費が足りないなら俺がバイトする!! 部屋が足りないなら俺はリビングで寝たっていい!! 友達が出来ないなら俺の後輩だって紹介する!! 皆良い子だから安心して!!」


 桜ちゃんも、美針ちゃんも、青崎さんも白瀬さんも、きっと仲良くしてくれるはずだ。だって、花蓮と仲良くしてくれたんだから。きっと、もう一人の花蓮とも仲良くしてくれるに違いない。


「甘えたいなら好きに甘えたらいい!! 俺は嫌がったりしないから!! 母さんも父さんもきっと喜ぶよ!! だって、自分の可愛い娘が二人になるんだもん!! 喜ばないはずがないよ!!」


 だって、俺が嬉しいんだ。今までずっと花蓮のために動いていた父さんと母さんが、花蓮が一人増えたくらいで嫌がるはずが無い。


「一人で良い? 良いわけあるか!! どっちかが消えちゃう未来なんて俺は望まないよ!! だって、二人とも俺にとっては大切な妹なんだから!! 家族がいなくなって、悲しくないわけないじゃないか!!」


 もう二度とどちらかの花蓮と出会えないなんて、そんなのは嫌だ。それは、花蓮への想いを失う以上に辛い事だ。


「俺は、どっちにも消えてほしくない!! 皆だってそう思ってる!!」


「……皆って誰? 私、知らない……!! 知らない人の想いなんてどうでも良い!! 私は……私は……!! お兄ちゃんと二人で……!!」


「二人でも、きっと楽しいと思う。けど、もっと欲張って良いと思う!!」


「え……?」


「俺と一緒に遊んだり、過ごしたりするのも楽しいと思う。俺は楽しいし、花蓮だって笑ってくれてた。けど、きっと俺には言えない事があったり、たまには女の子二人で買い物に行ったりしたい時だってあると思う」


 多分、花蓮のそう言った悩みは桜ちゃんが聞いていてくれていたのだと思う。けど、一番近くにそれを聞いてくれる人が居るって言うのは、とても恵まれている事だと俺は思う。


「そんな時、姉妹がいるってとても良い事だと思う!! だって、一番身近な同性だよ? 気軽に遊びに行けるし、悩み事だって相談しやすいと思う!! 二人居るって、それだけで心強いと思うんだ!!」


「いらない……いらないよ、お兄ちゃん……!! 私の兄妹は、お兄ちゃんだけで……!!」


 俺の言葉を拒むように首を振る花蓮。


 散々言ったのは、二人居る事の利点。けれど、これではどうにも花蓮はなびいてくれないらしい。


 今までの事は全部本心だ。嘘偽りなんて無い。花蓮が二人になる事が嬉しい。花蓮が一人消えてしまうのは悲しい。


 父さんも母さんも花蓮が二人居たって困らないだろう。姉妹が居るってそれだけで心強いと思う。


 お金が足りないなら俺がバイトする。友達が出来るかどうか不安なら、皆を俺が紹介する。


 今まで言った事、全部本心だ。


 だから、多分揺らいでるんだと思う。


 だって、花蓮は羨ましかったんだ。もう一人の花蓮が家族と一緒に居る事が。それと同時に、不安だったのだ。後で現れた花蓮自分が愛してもらえるのかどうか。


 だから一人になろうとした。花蓮が一人になれば、家族は自分だけを愛してくれるから。


 ふんっだ!! 嘗められたものだよ本当に!! そうだ、さっきメポルも言ったじゃないか!! 俺の花蓮への愛は、一度奪われたくらいじゃ無くならない!! 


 愛が無くなったのなら、上っ面だけの言葉しか出てこないはずだ。けど、俺が今まで言った事は全部まごう事無く俺の本心だ。


『耳を貸してはいけません!! そいつの感情は私が奪いました!! そいつの言葉は上っ面だけです!!』


 空に広がるディスプレイからヴァーゲの声が聞こえてくる。


 こうしてヴァーゲが介入してきたという事は、花蓮の心は揺らいでいるのだろう。


 ていうか、今のは本当に聞き捨てならない!!


「上っ面で愛を語れるか!! 上っ面で家族を語れるか!! 上っ面だけでここまで来るか!!」


 ずんずんと、俺は足音荒く皿へと近付く。


「く、黒奈!? 危ないメポ!!」


「危なくない!!」


「いや普通に危ないメポ!?」


「危なく無いったら危なく無い!!」


 慌てるメポルを無視して、俺は皿へと近付く。


 けれど、皿は宙に浮いているから今の俺では花蓮の真正面に行く事は叶わない。


『――誰でも良い!! そいつを止めろ!! 装置と特異点に近付けさせるな!!』


 ヴァーゲの指示を受け、ファントムが俺に殺到する。


「お兄ちゃん!!」


 花蓮の慌てた声が聞こえてくる。その声は、涙で震えていた。


 大丈夫。安心して、花蓮。


 俺の想いはいつだって変わらない。


 俺の誓いはいつだって変わらない。


 俺の約束はいつだって変わらない。


 俺の護りたい者はいつだって変わらない。


 なら、俺のすることはいつだって変わらない。


「メポル」


 ただ一言。俺はメポルに手を向ける。


 それだけで俺のやろうとしている事を理解したのか、メポルは慌てた声で言う。


「む、無理メポ!! 黒奈はもう――!!」


「無理じゃない。花蓮が泣いてる。止めに行かないといけない。大丈夫だよ、メポル。俺が変わらなければ、俺はきっとまた変身できる」


 うじうじした、負け犬黒奈はお終いだ。


 ここからは、新しい妹にうきうきした喜び黒奈だ。


「メポル。信じて」


「――っ。そ、その言い方はずるいメポ!!」


 言いながら、メポルは俺にブレスレットを渡す。


 俺が変身する、魔法のブレスレット。


 思いの丈はぶつけた。後は、行動で示すだけだ。


「ありがとう、メポル」


 魔法のブレスレットを嵌める。


 あの時は変身できない事に絶望してた。感情が無くなってしまった事に絶望してた。


 けど、今は違う。助けるべき相手が目の前に居る。


 もう一度、俺は俺に問う。


 如月黒奈。お前は、何のために魔法少女になったんだ?


 答えは単純明快にして唯一無二。


 胸を張って、前を見据えて、俺は答える。


「俺は、花蓮のために魔法少女になったんだ!!」


 魔力が、体中から溢れてくる。


「マジカルフラワー・ブルーミング!!」


 魔法の言葉を唱えれば、俺の身体は黒色の魔力に包まれる。


 その魔力に阻まれ、殺到していたファントムは吹き飛ばされる。


『――ッ!? ば、馬鹿な!? 力の源は私が奪ったはずだぞ!?』


「奪われたって無くならない。俺の――私の想いはそんな簡単に消えはしない!!」


 黒色の魔力が弾けるように霧散する。


 そうして現れたのは、一人の魔法少女。


 黒色の、ちょっと露出度の高いゴシックロリータの服を身に纏い、黒く艶やかな髪をたなびかせるのは、そう――


「――魔法少女・マジカルフラワー・ブラックローズ。愛しの妹の笑顔のため、戦います」

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