第106話 いつか話さなくてはいけない嘘

 花蓮と美針ちゃんがファッションセンス勝負をし、桜ちゃんと戦さんが楽しそうにショッピングをしている間、俺は一階にあるタイ焼き屋さんにて、詩織さんと向かい合いながらタイ焼きを食べていた。


 まぁ、食べてるの詩織さんだけだけどね! 気まずすぎて食べ物が喉を通らないよ!


 四人にはちゃんと断りを入れてから、俺は詩織さんとタイ焼き屋さんまで来た。理由としては、俺が男子生徒の制服を着ている理由をちゃんと説明しなくてはいけないからだ。


「それで。どうして黒奈ちゃんはそんな恰好をしてるの?」


 声音的に責めている訳ではないのだろうけれど、状況からして責められているように感じてしまう。


「え、えっと……」


 俺はきょろきょろと店内を見渡す。店内には幸いと言って良いのか分からないけれど、俺と詩織さんしかいない。あ、いや、後ツィーゲがいる。まぁ、タイ焼き焼いてるだけだけど。


 ともあれ、ここで喋る事に問題はないだろう。


 俺は、ふぅっと一つ息を吐いてから詩織さんに言う。


「あの、驚かないで聞いてほしいんですけど」


「うん、なに?」


、男なんです」


「うん………………うん?」


 頷いた後、訳が分からないと言った顔で小首を傾げる詩織さん。


「うーん……あっ、そっか! ふふっ、もう黒奈ちゃんったら。エイプリルフールはとっくに過ぎてるよ?」


「いえ、嘘などではなく。本当に男なんです……」


「嘘じゃなくても冗談なんでしょう?」


「真面目な話なんです……」


「はは、またまたぁ……」


 笑う詩織さんだけれど、俺が真面目な顔をすればすっと笑顔を引っ込めて窺うように尋ねる。


「え、本当に……?」


「はい……」


 俺がしかと頷けば、詩織さんは心底驚いたといった顔をする。


「嘘……全然見えない……」


「一応、生徒手帳です」


 すすっと詩織さんの前に生徒手帳を差し出す。


 詩織さんは生徒手帳の性別のところを見ると、生徒手帳の写真と俺を見比べる。


「実は双子の弟だったとかは?」


「俺には一つ下の妹しかいません」


「従姉とかは?」


「両親とも一人っ子なので、従姉は一人もいません」


「……本当に君が、如月黒奈ちゃんで、あのブラックローズなの?」


「はい」


「あらぁ……」


 納得したのか、詩織さんは頭を抱える。


「ちなみにこの事知ってるの人は他にもいます。そこの店員さんと」


「そこの店員さんが知ってるレベルで周知の事実なの!?」


 ツィーゲを指差して言えば、詩織さんが驚愕する。た、確かに、詩織さんにとってはたまたま入ったお店だ。そのお店の店員さんが知っていたら驚くだろう。


「すみません、言い方が悪かったですね。あの店員さんは俺の知り合いなんです」


「あ、ああ、そうなの。びっくりしたぁ……」


「すみません……」


「ううん、良いの。それで、他には?」


 首を振って、優しい笑みを浮かべて詩織さんは続きを促す。


 大丈夫、かな……?


 思っていたよりも柔らかい対応に戸惑いながらも、俺は続ける。


「深紅……クリムゾンフレアと、あとはアイドルの星空輝夜さん。上の階に居た俺の妹とそのお友達のチェリーブロッサム、後はEternity Aliceの榊さんと、あの場に居たスタッフの半数ほどが知ってます」


「そう……ちなみに、雨音ちゃんには?」


「教えてません。その、Eternity Aliceのイメージに関わる事なので……」


「まぁ、そうよねぇ」


「それに、皆ブラックローズの正体が男だって知ったら、気持ち悪いって感じると思うので、あまり積極的には……。東雲さんも、俺の事を妹のように可愛がってくれてるので……言ったら、傷付くかなって……」


「そう……」


 詩織さんは頷き、自身の中で考えや情報を整理しているのか頬に手を当ててテーブルを凝視している。


 その間、俺は何も言葉を発することが出来ず、ただ詩織さんの考えがまとまるのを待つことしかできなかった。


 詩織さんの言葉を戦々恐々としながら待っていると、すっと俺と詩織さんの目の前にアイスコーヒーが置かれる。


「サービスだメェ」


 ツィーゲはそれだけ言うと、カウンターの方に引っ込んでいった。


 なんか、ツィーゲも丸くなったよなぁ……。


 なんて思いながら、俺はコーヒーにミルクとガムシロップをたくさん入れて飲む。ブラックでは飲めないのだ。


 ツィーゲがコーヒーを持ってきてくれたので、少しだけ気が紛れた気がする。……うん、気がするだけだけど。


 気が紛れたと思い込むようにして、俺はくぴくぴと甘ったるくなったアイスコーヒーを飲む。


 俺が詩織さんからの沙汰を待っていると、詩織さんはうんと一つ頷いてから俺を見た。


 ごくりと、思わず喉が鳴る。


「一つ聞いても良いかな?」


「あ、はい」


「黒奈ちゃんは、女の子のふりをして、雨音ちゃんに何かした?」


「し、してません! 誓って! あ、でも……」


「うん?」


「……言い合いになって、その、お互いにビンタしました……」


「それだけ?」


「はい……」


 多分、俺の記憶違いとかが無ければ。


 俺が頷けば、詩織さんはそっかぁと納得したように言葉を漏らす。


「うん、それなら、私は黒奈ちゃんを信じるよぉ」


「え、本当ですか!? 俺東雲さんにビンタしちゃいましたけど……」


「うん。ビンタの件はわたしも知ってたし、雨音ちゃんも反省してたしさ。当人の間で解決してることに、わたしはとやかく言わないよ」


「でも、東雲さんや東堂さんを騙してたわけですし……」


「わたしが食中毒にならなかったら、騙す必要も無かったわけでしょ? わたしのせいでもあるし、その責任を黒奈ちゃんだけに押し付けたりはしないよ」


「けど……」


 言い募ろうとする俺の口に人差し指をあてて口を噤ませる。そんな年上のお姉さんっぽい仕草に、少しだけドキッとしてしまう。


「騙してた事を申し訳ないと思う黒奈ちゃんの考えは正しいし、騙していた事を正当化しようとしない黒奈ちゃんの気持ちは美徳だと、わたしは思うよ。けどね、それで他人の意見を聞けなくなったら、それはただの意固地だよ。今の黒奈ちゃんは、意固地になってるだけ」


 すっと、指を離す詩織さん。


「わたしは全然気にしない。黒奈ちゃんが男だろうと女だろうと、わたしにとってはもう大切なお友達だからね」


「東堂さん……」


「まぁ、驚きはしたけどね。あっ、安心してね? 誰にも言ったりしないから」


「それは、お願いします。Eternity Aliceのイメージダウンになってしまうので……」


「そこで保身じゃないあたり、黒奈ちゃんの人のさが出てるよねぇ」


 ふふふと笑みを浮かべる詩織さん。え、だってEternity Aliceからの仕事なんだから、Eternity Aliceの評判を気にするのは当たり前でしょ? 俺だけの事じゃないんだしさ。


「ああ、でも。決心がついたら雨音ちゃんにも教えてあげてほしいな」


「東雲さんに、ですか?」


 それは、ちょっとハードルが高い……。自分がブラックローズですってばらすのにも勇気がいるのに、貴女を騙していましたなんて言うのは、なおさらに難しい。いや、でも、騙してるのは、事実だし……。


「ああ、すぐじゃなくて良いの。決心がついたらで。黒奈ちゃんにとっては、大切な事なんだしさ」


「すみません……」


「ううん、いーのいーの。黒奈ちゃんが優しい子だって言うのは、雨音ちゃんによーく聞いてるから。だから、わたしは黒奈ちゃんを信じるよ」


 東雲さんがいったい俺の何を詩織さんに話しているのか知らないけれど、なんだか少し気恥ずかしい。それと同時に、まだ直接話した回数が少ないにも関わらず、友達である東雲さんの言葉だけでこれほどまでに俺を信じてくれている詩織さんを、裏切れないとも思った。


 それに、当たり前だけれど、東雲さんの事も裏切れない。だから、早く本当の事を話すべきなんだろうけど……。


 そこまで考えて、ふと思う。俺って、誰かに嘘ついてばっかりだなって。


 俺がブラックローズである事を知っている人は増えたけれど、それはブラックローズを知っている人の割合からすると、ごく少数だ。俺は、ブラックローズを知っている人達を、応援してくれている人達を、ずっとずっと騙してる。


 花蓮だって、桜ちゃんだって、今年に入るまでずっと騙してたんだ……。


 こんな事、いつまでも続くわけが無い。いつか、どこかで全部話さなくちゃいけない時が来る。その時俺は話せる? 自分がブラックローズですって。毎回、こんなに居心地が悪くて、こんなに怖いのに……。


「大丈夫? 顔色悪いけど……」


「あ、は、はい。大丈夫です」


 にこりと笑って、なんとか誤魔化す。


 俺がブラックローズでいられる時間は、多分そんなに長くはない。いずれ限界が来る。だって、俺は少女じゃない。俺は、少年なのだから。


 深紅は、歳を重ねても格好いいヒーローだろう。桜ちゃんや輝夜さんも、歳を重ねても綺麗なままだろう。少女じゃなくても、例えば魔女になって後輩たちを導く先輩になれるだろう。


 けど、俺は? 俺は男で、魔法少女だ。そんな俺はこの先魔法少女ではいられない。


 いつかどこかで、人知れず魔法少女達の中からフェードアウトしていくのだろうか? ふとした事で自分がブラックローズだとばれてしまうかもしれない。そんな不安を抱えたまま、俺は笑顔で生きていけるだろうか?


「ねぇ、本当に大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


 心配そうに俺の顔を覗き込む詩織さん。


 世界中の、俺を知っている人達の全員が全員、俺に対して優しいわけじゃない。俺がブラックローズであることを受け入れられない、騙されたと思う人だって、傷付いたと思う人だってきっといるはずだ。


 その人達に、俺はただひたすらに謝る事しか出来ないだろう。だって、騙していたのは事実なのだから。


 その後、俺は詩織さんと何気ない話をした。けれど、その内容はまったくもって憶えていない。


 詩織さんが用事があるからと退席した後、俺は少しだけその場で先程の続きを考えてしまう。


 そうして俺が考え込んでいると、俺の前の椅子がかたんと音を立てて引かれる。


 そこには、片眼鏡モノクルを付けた山羊の目をした青年――ツィーゲが座っていた。


「少し休憩だメェ」


 言って、ツィーゲは自分の分のタイ焼きを食べながら緑茶を飲む。


「……困ってるメェ?」


「困るというか、悩んでる」


「ふーん……」


 気のない返事をして、ツィーゲは黙々とタイ焼きを食べる。


 少しして、ツィーゲは口を開いた。


「お兄さんが何を悩んでいるのか、メェは知らないが、お兄さんにその顔は凄く似合わないメェ」


「その顔って?」


「悩み顔だメェ。そういうの、凄く似合わないメェ」


「それ、俺が悩んでるのがおかしいって言いたいわけ?」


「そうじゃないメェ。単純に、お兄さんにはそういう表情は似合わないってだけメェ」


「……馬鹿にしてるって訳じゃないんだね?」


「してないメェ。まぁ、能天気そうには、見えるけどメェ」


「それはさすがに馬鹿にしてるって俺でも分かる!」


「さぁ? 褒めてるかもしれないメェ」


 にっと少しだけ笑ってからコーヒーを飲むツィーゲ。


 ツィーゲは見た目が良いから、そういう仕草も様になっているので、なんかムカつく。


 っていうか何さ、人の気も知らないで……。


「まぁ、相談があるならいつでも乗るメェ。メェはここで働いてるとき以外は、たいてい暇だメェ」


「いーよ。その必要があったら深紅とかに相談するから」


「それならそれでも良いメェ。お兄さん、一人で抱え込むの苦手そうだからメェ」


「むっ……」


 確かに、自分だけで抱え込んでるとろくな事が無い。水着撮影の時もそうだったし。


「メェはいつだってここにいるメェ。暇なときにでも、来ると良いメェ」


「……なんか、本当に丸くなったね」


「メェは元からこんなんだメェ。悪役ヒールとか、完全に向いてないんだメェ」


「それ多分悪役ファントム向いてないと思うな……」


 俺がそう言えば、ツィーゲはふっと笑みを浮かべて言った。


「メェもそう思うメェ。こうしてたい焼きを作ってるのが、性に合ってるメェ」


 付き物が落ちた、と言うよりは、本来の自分に戻った。何故だか分からないけど、俺には今のツィーゲの表情が本来のツィーゲなのだと分かった。

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