第105話 開幕!ファッション勝負!
「ちょっと、兄さんから離れてよ。兄さん歩きづらそうにしてるじゃない」
「貴女こそ離れなさいな! 黒奈お姉様が迷惑がっていますわよ!」
「兄さんは私が居ても迷惑だなんて言いません~! そっちこそ、昨日今日知り合っただけの人が兄さんに引っ付かないでよ! 兄さん困ってるから!」
「困っておりませんわ! 黒奈お姉様は優しいお方ですもの! 貴女こそ、黒奈お姉様が優しさで何も言わない事につけこんだ身勝手な振る舞いは慎みなさいな!」
「身勝手じゃないわ! 兄さんと私は仲良しなんだから!」
「私だって、黒奈お姉様ととーっても仲良しですわ! 今日だって一緒にお昼ご飯を食べましたもの!」
「お昼ご飯くらいなによ! 私なんて一緒に住んでるんだから!」
わーきゃーと人目も憚らず言いあう花蓮と美針ちゃん。
場所は学校の昇降口から変わってショッピングモール。しかし、状況は学校を出る時と全く変わっておらず、むしろ悪化しているように思える。
俺の右腕に花蓮が引っ付き、反対の腕に美針ちゃんが引っ付いている。そして、互いに互いを牽制しあっているのだ。
今の俺の状況を見たモールのお客さん達は微笑ましいものを見る様な目をしていたり、騒がしいなと迷惑そうな顔をしていたりと様々だ。おおむね生暖かい目をしているのがなおの事恥ずかしい。
桜ちゃんと戦さんは俺を助けてはくれず、俺達の後ろでどんな服が良いのかなどの女子トークに花を咲かせていた。
二人とも、現実逃避してないで助けてよ……。
ともあれ、もうショッピングモールの中だ。あまり騒がしくしては注目を集めてしまうし、おたくの生徒がモールで騒がしくしていたと学校に連絡が入ってしまうかもしれない。そうでなくても、周りの人に迷惑だ。
「二人とも、そろそろ止めようね? 周りの人にも迷惑だから」
俺が二人に向かってそう言えば、二人は一瞬でぴたりと言葉を止めると、ふんっと互いに顔を逸らして言い争うのを止めてくれた。
聞き分けが良いのは嬉しいけれど、それなら仲良くしてほしいなぁと思ってしまう。
「それで、まずはどこから寄りますか?」
「そうね。目星付けないで、片っ端から入っていきましょうか」
二人が言い争いをやめたのを見計らって、桜ちゃんと戦さんが俺達と並ぶ。
終わったタイミングで話に入ってきてぇ……まったく。
「それじゃあ、花蓮ちゃんと桜ちゃん。アドバイスお願いするわ」
「あ、はい。分かりました」
「え、ちょっと乙女先輩! 私のアドバイスはいらないんですの!?」
「あんたのはいーわ。どうせゴスロリじゃないにしてもフリル目一杯付いた服になりそうだし」
「そ、そんな事ありませんわ! とってもキュートなお洋服を選んで差し上げますわ!」
「だから、キュートなのが私には似合わないんだって……」
呆れたように言う戦さん。確かに、戦さんは可愛いというよりは綺麗と言う言葉の方がしっくりくる美人さんだ。あまり可愛い系統の服は、似合うだろうけれど魅力減、といったところだろう。
系統的に言えば……そう、東雲さんとかと同じような感じ。あ、そうだ。
「戦さん、こっち向いて」
動かしづらい腕を頑張って動かしながら、俺は戦さんにスマホを向ける。
「なによ」
「はい、ちーず」
「は?」
怪訝そうな顔をする戦さんをぱしゃりと一枚写真を撮る。
そのまま、撮った写真を東雲さんに送る。そして、トークアプリで尋ねてみる。
『この子お友達なんですけど、どういう服が似合うと思います?』
俺がそう送れば、直ぐに既読が付いた。
『ちょっと待ってて』
東雲さんからはそんな返事とともに、ストップと言っているゴリラのスタンプが送られてきた。
なんなんだ、このゴリラのスタンプ……。
「ちょっと、写真撮らないでよ。金取るわよ?」
「ああ、ごめんね。でも、今強力な助っ人にどういう服が似合うか見立てて貰ってるから」
「助っ人? 誰よ」
「ふっふっふっ、秘密だよー」
戦さんは俺がブラックローズだという事を知っているけれど、美針ちゃんは知らない。そして、花蓮と桜ちゃんはブラックローズの正体が戦さんにばれてしまっている事を知らない。だから、俺が東雲さんの名前を出して、その名前で戦さんが何の疑問も覚えずに納得してしまうと、それだけで花蓮と桜ちゃんにとっては違和感になる。
ちょっとぽんこつっぽいところがある戦さんだから、下手に情報を出さない方が良いだろう。
ふっふっふっと悪役笑いをしながら、俺はスマホをポケットにしまう。東雲さんからの返信が楽しみである。
「それじゃ、行こっか」
「お、お待ちくださいまし、黒奈お姉様! 私は納得いきませんわ! 何故私が戦力外なんですの!? そこの無礼な女よりも、何倍もいいお洋服を選んでみせますわ!」
歩き出そうとする俺をぎゅっと腕を抱きしめて止める美針ちゃん。
そんな美針ちゃんに、花蓮はふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
花蓮の勝ち誇った笑みを見て、美針ちゃんはむっすぅーっと頬を膨らませる。
「しょ、勝負ですわ! 私と貴女でどちらが魅力的な服を選べるか!」
ビシッと花蓮に指を突きつけ、ついでに挑戦状を突きつける美針ちゃん。
美針ちゃんの挑戦状に、花蓮はふっと不敵に笑う。
「良いわよ。どうせ私が勝つでしょうけど」
「むきーっ! 絶対に吠え面かかせてやりますわ!」
火花を散らす二人を見ながら、戦さんがぼそりという。
「私の意思は……?」
急遽始まった花蓮と美針ちゃんのファッションセンス勝負。
あまりお店を移動しての勝負だと手間だし迷惑になってしまうので、一つのお店でしっかりと吟味する事に決めた。
そうして選ばれたのは、言わずもがな俺がポスターモデルを務めたお店、Eternity Aliceである。
店内やお店の外には俺と東雲さんのツーショット写真や、互いにピンで撮った写真が大判ポスターとしてでかでかと貼られている。俺だってバレやしないか冷や冷やするけれど、ここに映っているのは俺の従姉である如月奈黒だという事になっている。まぁ、実際にそんな人物は存在しないのだけれど。
十月にはこのポスターは全て東堂さんの写真に代わる。十月に入れば秋に入るし、東堂さんがここを飾るのは本当に楽しみである。
そんな最近何かと縁のあるEternity Aliceを選んだのは、単にここが一番服の種類が豊富でおしゃれだと思ったからだ。まぁ、せっかくだから売り上げに貢献しようと思ったのもあるけれど。
店内に入れば、早速花蓮と美針ちゃんは店内を練り歩き、戦さんに似合いそうな服を探す。
戦さんは戦さんで、二人に好きにやらせる事にしたらしく、桜ちゃんと一緒に洋服を見て楽しそうに話している。
それを、俺はぼーっと眺める。
まだ戦さんと出会ってそんなに日が経ってないけれど、出会った当初に比べて戦さんは笑うようになったと思う。
桜ちゃんと一緒に笑いながらお喋りをしている戦さん。
俺は戦さんがあんなに笑う人だとは思っていなかった。
というか、クラスメイトも俺と同じ意見なんじゃないだろうか? 戦さんは、学級委員長という役職柄、皆から名前を憶えられている。だからこそ、皆が戦さんを知っている。彼女のおおよその性格も、クラスでの様子も。
戦さんは、いつもクラスで一人でいる印象が強い。誰かに話しかけらればちゃんと答えるし、少し愛想は無いけれど、それでも意思疎通はしっかりできる。けれど、戦さんはいつも一人だ。
俺が言えた事じゃないけど、友人の一人もいないんじゃないかと思ってしまう。そう思ってしまう程、戦さんは一人でいる事が多い。
一人が好きなのかなと思ったけれど、今の様子を見る限り決してそういうわけでもないのだろうと思う。桜ちゃんとのお喋りを楽しんでいるし、花蓮とも楽しそうに喋っている。美針ちゃんとだって、なんだかんだ言いながらちゃんと話している。
ちょっときついときもあるけれど、悪い子じゃないのはこの数日で分かった。いや、俺脅されたわけだけど……。
まぁ、それを差し引いたって、戦さんは良い子なんだとは思う。俺を脅しはしたけど。
あの音源を使えば、俺にもっと酷い事だって出来たはずだ。もっと強く脅しかける事も出来たはずだ。
でも、俺に深紅と付き合うために力を貸してくれと言っただけだ。そんな、可愛らしいお願いだけだ。
不器用、とはちょっと違うと思う。何か理由があるのかな? それとも、切羽詰まってるとか……。
……ま、憶測だけどね。俺にとって、戦さんが深紅を思う気持ちが本物ならそれで良い。深紅を好きでいてくれるなら、それで良い。
多分、戦さんの恋は本物だ。いや、恋に本物も偽物も無いかもだし、恋をしたことも無い俺が偉そうに言えないけど、それでも、戦さんが深紅を好きでいてくれている気持ちは本物だと思う。
だから、俺が戦さんに手を貸す理由としてはそれで充分なんだと思う。
ま、楽しんでるみたいだし、それはそれで良いしね。
俺は近くのベンチに座って皆の洋服選びが終わるのを待つ。俺は戦力外だから、いたって仕方がない。ここで東雲さんからの返事を待つ事にしよう。
ベンチでのほほんと皆が奮闘する様子を眺める。
「あれぇ? 黒奈ちゃんだぁ」
独特な間延びした声が俺の名前を呼んだ。
俺は呼ばれた方を見る。そこには、俺にとっては意外な人物が立っていた。
「東堂さん!」
そこにいたのは、東雲さんの一番の親友であり、おれにとっても友人であるモデルの東堂詩織さんだった。
「やっほー。久しぶり」
にこにこと可愛らしい笑みを浮かべながら、東堂さんは俺に手を振る――けれど、直ぐにその可愛らしい眉を怪訝そうに歪め、俺を頭から|爪先(つまさき)まで見やる。
どうしたのだろうと思っていると、東堂さんが小首を傾げながら俺に尋ねる。
「どーして、黒奈ちゃんは男子の制服を着てるのかな?」
「あ」
言われて、俺は気付く。
俺は東雲さんの前では女性として振舞っていた。ブラックローズに変身した事もあり、東雲さんは俺を完全に女性だと思い込んでいるに違いない。
そして、それは東堂さんも同じであった。
どうしよう……。
ぶわっと、全身から冷や汗が流れた。
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