第137話 黒奈の特異点
「魔法少女になれないって…………どういう事……?」
わななく唇を制御する事が出来ず、放った言葉までもが震えてしまう。
「言葉通りメポ。黒奈はもう、魔法少女になれないメポ」
「ちょっと、そんな言い方!!」
「事実だメポ。どんなに言い繕ったところで、現実は変わらないメポ」
「だからって、もっと言い方があるでしょう!? こいつはあんたの契約者じゃないの!?」
「そうだメポ。だからこそ、黒奈には濁した言い方をしたくないメポ」
乙女と言いあっている間も、メポルは俺から視線を外さない。
メポルの目は真剣で、だからこそ、メポルの言っている事が本当だという事が分かる。
「メポル、ブレスレット……」
「意味が無いメポ。ブレスレットはメポルと黒奈の――」
「良いから出してよ!!」
思わず、声を荒げる。
「……分かったメポ」
メポルは、ポケットから俺のブレスレットを取り出す。
俺はそれをひったくるように受け取り、乱暴に左腕に通す。
「マジカルフラワー・ブルーミング!」
いつも通りの魔法の言葉。けれど、何も起こらない。
姿が変わる事も無ければ、自分の内側から力は溢れてくる事も無い。
「マジカルフラワー・ブルーミング! マジカルフラワー・ブルーミング!!」
何度唱えても、変身が出来ない。
「なんで!! なんで変身できないのさ!?」
感情に任せて、ベッドに乱暴に拳を振り下ろす。
「くーちゃん……」
抱き着いたままの碧が心配そうな顔をするけれど、今はそれどころではなかった。
「魔法少女の変身は、精霊との契約と本人の資質が関係してるメポ。メポル達精霊が黒奈のような人間の資質を開花させて、魔法少女に変身させているメポ」
「今更そんな事言われなくたって分かってるよ! だから、俺はなんで変身できなくなったのさ!!」
「良いから聞くメポ。今それを話してるメポ」
ぽふっとぬいぐるみのように柔らかな手で顔を押さえつけられる。
「魔法少女の変身の原理はそんな感じメポ。けど、それは最初だけメポ。開花した力はそのまま黒奈達の中にあるメポ。一度開花すれば、変身なんてしなくても、魔法とか使えたりするメポ」
「え、じゃあ今も使えるって事なの?」
メポルの説明に、桜ちゃんが
「本来ならば、使えるメポ」
「本来なら?」
「封じてるのよ。黒奈と桜ちゃんならブレスレット、和泉くんならベルトっていう鍵を作ってね」
桜ちゃんの疑問を、乙女が答える。
乙女の答えにメポルは頷いて、その答えが合っている事を示す。
「そうメポ。開花した力が正しい事に使われればメポル達も嬉しいメポ。けど、それが悪用される事はあってはならないメポ」
「そのために、契約者の身体に鍵をかけてるの。
「力の制御は難しいメポ。黒奈や深紅は優秀だから慣れるのにそう時間はかからなかったけど、他の人はそうもいかないメポ。ふとした弾みに力が暴走する事もあるメポ。鍵をかけているのは、悪用されない事もあるけど、力の持ち主やその周囲を護る意味合いもあるメポ」
「つまり、ブレスレットは私達の力を封じる鍵であって、力の源ではないって事ですか?」
「そうなるメポ。黒奈、これは最初にメポルが黒奈に説明した事メポ」
優しい声音。けれど、今はその声音が俺の心を
「だから、鍵を使ったとしても変身は出来ないメポ。中身が何も無いなら、鍵を開けたとしても何も出てこないメポ」
「――ッ!!」
容赦の無いメポルの言葉。
「黒奈の力は、花蓮への愛情と一緒に、あの時ヴァーゲに奪われてしまったメポ。黒奈は、もう変身できないメポ」
言いながら、メポルは俺の顔を覆った手を離し、優しく俺の顔を抱きしめる。
「すまなかったメポ。メポルに力があれば、黒奈にこんな思いをさせる事も無かったメポ」
堪えきれず、涙が溢れる。
花蓮を失った。花蓮への想いを失った。その上、魔法少女としての力を失った。
花蓮を思う事も出来なければ、助けに行く事だって出来ない。
俺は、何も出来ない……。
何も気にせず、声を上げて泣いた。
ただ悔しい。奪われた事が、失った事が、ひたすらに悔しい。そして、それに対して何も出来ない事が、ただただ悔しかった。
〇 〇 〇
泣き疲れたのか、静かな寝息を立てる黒奈をベッドで寝かせてから、私達は部屋を出る。
浅見と桜ちゃん、美針の三人は黒奈が心配らしく、そのまま病室に残る事にした。
「ねぇ、メポル。なんで黒奈の力は奪われたの?」
黒奈の病室を後にし、院内に設けられているカフェスペースでメポルに訊ねる。
ここに来たのは私とメポル、フィシェの三人だ。あの三人は黒奈の事が心配で話が頭に入らないだろうから、私が詳しい事情を聞かなければいけない。
私だって心配だし、この先不安だけど、ここで
「薄々察しているとは思うけど、黒奈は特異点メポ」
「……はぁ……なるほどね。あいつが欲しがるわけだ……」
特異点。他とは違う、特別な力を持った存在を、私達はそう呼ぶ。
「ですが、何故黒奈さんの力を奪う事が出来たのですか? ヴァーゲは相手の感情エネルギーを奪う事は出来ても、力そのものを奪う事は出来ないはずです」
正確には、ヴァーゲはどちらかに
他人に対して無かった事にする力を使えば、相手の偏った感情を奪う事が出来る。その代わり、その対極に存在する感情は喪失する。何せ、なかった事になってしまうのだから。
下位のファントムが人から感情エネルギーを奪う事が出来るのは、奪う力だけをヴァーゲが貸しているからだ。その力を使って、人々の感情エネルギーを奪ってきた。
けれど、特異点は特別な力に与えられる名称だ。力は感情ではないはず。フィシェが疑問に持つように、私もそれは疑問に思った。
「力というのは感情に左右されやすいメポ。特に、黒奈の原点は妹を笑顔にしたいという思いメポ。その思いと共に特異点の力も開花してしまったから、黒奈の力は花蓮への兄弟愛と強く結びついているメポ」
「なるほど。その結びつきを利用して感情と共に力を奪う事が出来た、という事ですか」
「そうなるメポ」
「特異点の力さえあれば私達の計画も一気に進む、か……」
他人の感情を奪う事には特に何も感じなかった。けど、黒奈の感情が奪われたと分かった時、そんな資格も無いのに、私は悲しくなった。
友達が感情を奪われて、初めて自分達がしてきた事の重大さに気付くだなんて……本当に、救いようが無い馬鹿ね、私……。
「いえ、特異点の力があったとしても、そう簡単に計画は進みません。無作為に見せながら、私達は慎重に奪う感情を選んできました。その特異点の力が何であれ、偏ってしまっては意味が無いのですから」
「お前達の計画はおおむね聞いているメポ。だからこそ、断言できることがあるメポ。黒奈の特異点としての力はお前達の計画の
「なら、その黒奈の特異点としての力ってなんなの?」
「これも薄々気付いていたと思うメポ。お前達は、黒奈を見ていて違和感を覚えなかったメポ?」
「違和感……?」
特には、無いはず。…………いや、有る。慣れ親しんでしまって気付くのに少し時間がかかったけど、黒奈はおかしい。
「男なのに、魔法少女な事でしょ?」
「それもあるメポ。いや、それが力としての大々的な部分メポ」
「力としての大々的な部分……?」
という事は、それが全てではない。けれど、それが答えとなっているという事になる。
「……なるほど、そういう事ですか」
「え、なに、分かったの?」
「ええ。確かに、言われてみればおかしな話です」
納得したように何度も頷くフィシェ。
「もったいぶってないで教えなさいよ」
「教えなければ分からないですか? 黒奈さんの友人なのに?」
「はぁー!? 分かりますけどー!? もう百二十パーセント分かってますけどー!?」
嘘。本当はちっとも分かってない。でも、そう言われるとムカつく。黒奈の友達としての日数は少ないけれど、少なくともフィシェよりはずっと近くに居た。それなのにフィシェが分かって私が分からないなんて事があっていいはずが無い!
腕を組んで、目を閉じて考える。
黒奈のおかしなところ。黒奈の変なところ。いや、そもそも男なのに魔法少女になってる事も変なら、男なのにめっちゃ可愛いのも変だし、モデルやってる事だって変だ。
今思えば、黒奈は変なところばかりだ。それこそ、幅広く変な事が多……い……。
「まさか……」
「気付きましたか?」
「嘘、でも、有り得ないでしょ? 仮にそうだとしても、限度が無さ過ぎるわ!」
「けれど、それ以外ありえないのです。彼の現状を考えれば、それ以外の説明がつかないのですよ」
「でも! あまりにも魔法少女の範囲を逸脱してるわよ! なんでも有りじゃない!」
「だからこその特異点メポ。基本、特異点はなんでも有りメポ」
ずずっと、メポルはストローでオレンジジュースを吸い上げる。
「もう明言する必要も無いと思うけど、あえて言うメポ。黒奈は、『可能性の特異点』メポ」
可能性の特異点。その者の可能性を広げる力。それは降って湧いた力ではなく、その者が元々持つ素質だ。
「本来、男は魔法少女になれないメポ。男が女になるのは、容易な事じゃないメポ。性別を変えるという事は、かなりのエネルギーを消費する事メポ。ゆえに、仮に魔法少女になれたとしても、並みの魔力なら数分間の変身が限界メポ」
「けど、黒奈はそれを一日単位でやってのけたわ。ちょっと疲れるくらいらしいけど」
「可能性の特異点の力メポ。それに、黒奈の魔力量は尋常じゃないメポ。ちょっと疲れるくらいで済むのは、黒奈だからメポ」
「フォルムチェンジが多いのもそういう事ですか」
「それになれる可能性が一パーセントでもあれば、可能性の特異点の力で可能に出来るメポ。けど、可能性の特異点を持っていれば誰にでもできるなんて簡単な話では無いメポ」
「黒奈の力の根源が、魔法少女が好きな花蓮ちゃんのためだから、か……」
「そうメポ。フォルムチェンジが出来れば、色んな姿の魔法少女を花蓮に見せる事が出来るメポ」
「妹想いの良いお兄ちゃんだったのね、黒奈って……」
だからこそ、花蓮ちゃんと花蓮ちゃんを笑顔にするための力を奪われた事が
「どうにか出来ないの?」
「それを模索するために事情通のフィシェと話をしたかったメポ」
「なるほど。言いたい事は分かりました。ですが、先に結論を言わせていただきます」
まだメポルから何も聞いていない。それなのに、フィシェは答えを返す。
「無理です。奪い返す事は出来ません。黒奈さんの力は、すでに使われてしまっています」
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