第35話

「燃やさせませんよ!?」

「それは残念です。もし、燃やしても問題がないならば急遽グレネードランチャーを支給してもらおうかなと思っていたんですがね」

「グレネードではなくて、グレネードランチャーなんですね」

「ちなみにですが、私。グレネードランチャーだけではなく、ロケットランチャーも扱えるんですよね」


 得意げに告げられるも、どう反応を示せばいいのか困る言葉だったのだろう。理玖は適切な言葉が思いつくこともなく、とりあえず苦笑をするだけで留めておく。会話だけを聞いていると、まるでゲームの話をしているのではないかと思わせる内容であるが、馨の何処か真剣な声色と表情から冗談ではなくて事実であることは疑う余地はない。

 いくら、異能官の異能力階級が高ければそれなりに危険な任務に入ることも多いと言えども、今まで平和の中で戦いなども関わることなく生きてきた理玖からしてみれば想像することも難しいのだろう。日本ではあまりないが、通常であれば異能力者が引き起こす騒動の多くは死傷者が出てしまう規模になることも多い。

 少数の事件など、被害者が出ている時点で言うものではないがある意味では可愛いものでもあるのだ。


「まぁ、私に限らず異能官であれば基本的に武器であれば何でも扱えると思いますよ。武器でないものも、まるで武器の様にして使うことも可能ですからね」

「……なんか、話が逸脱してしまったような。えっと、何を話していたんでしたっけ」

「仮に、何か村人をしょっぴいたとしても森に逃げられてしまえば面倒だ、という話をしていましたよ、さっきまでは」


 そうだった。

 あまりにも話が良くない方向へ逸脱していくものだから、頭を抱えたくなる衝動をぐっと堪えては視線を机へと向ける理玖。彼はその際、初めて自身の料理が跡形もなく消えていることに気づく。


「甘羽さん……? また、僕の昼食を食べましたね……?」

「気づかないのが悪いんですって。……さて、どうするべきなのか。ほら、頭を使って」

「こんのっ!」


 手をパチパチと叩いては、まるで煽るように言葉を紡いでいく。

 否、確実に馨は理玖を故意的煽っている。そんな安い挑発に理玖も乗ることはないが、うっすらと首筋には青筋が見え隠れしてしまっている。一度にならず、二度も同じことをされてしまえば理玖としても文句があるのだろう。


「じゃあ、聞きますけど!? 甘羽さんは、何か良い意見があるんですか!?」


 食事に対する文句は口から出ることはなかったが、二度も自身の食事をとられたことにより機嫌は悪くなったのだろう。机を思い切り叩きつけては、吠えるように告げる。馨から見れば、理玖のそれはまるで小型犬の威嚇の様に可愛いものに映るのだろう。本人はそのようなつもりは一切なく、本気で起こっているのだろう。

 少しだけ考える素振りを見せてから、目を細めて口角を静かに開ける。

 欲見る、悪人がするような悪い笑顔であることが理玖でも分かるほどだ。


「私であれば、そそくさに目的である朱鳥さんを狙いますね」

「逃げられたその時は?」

「問答無用に手刀をかましますが」


 何を言っているんだ、こいつは。

 馨の声色や目を見る限り彼女が冗談で居ているわけではないことを嫌でも理解してしまう。それは本気で告げている、彼女なりの考えの一つであることを理解した理玖は思わず目を見開いて固まってしまう。言葉にしなかっただけ、褒められるべきなのだろう。

 きっと彼が箸を持って伊r葉、行儀悪くも箸を思い切り落としてしまっていたに違いない。馨はのんきに欠伸をしており、まるでどこ吹く風のような態度を取っている。数秒唖然としては、ようやく意識が戻って来たのか理玖はぐっと口を一文字にしてから手を握りしめて抗議をするような口調で反論する。


「さすがに、子供相手に手刀だなんて酷いと思いますよ」

「……へぇ? 物理的な暴力はダメで、言葉のナイフは良いと? ……子供だろうが何だろうが相手は異能力者。異能力者が相手だった場合に、痛めつけても合法的に構わないということです」


 理玖は黙りこくったままであるが、ひしひしとその瞳は何かを訴えるように馨をずっと見ている。彼にとって、異能力者であっても空いては子供。子供には手を出すことは出来ない、可哀そうであるという考えがどうしても勝ってしまう。

 そして、馨の告げた言葉のナイフという言葉に対して何も言えなくなる。

 仕事の邪魔をしてきて、退かせるためと言えども彼女に指摘されたくないことを指摘したのもまた事実であるのだ。それをそそのかしたのが例え馨であったとしても、それを考えて実行して言葉をぶつけたのは理玖自身である。


「別に殺せと言っているわけではないんですよ。酸素を吸って、二酸化炭素を吐いていれば生きていると考えますし。高砂少年は、色々と気にしすぎなんですよ。気にするな、と言ってもおそらく意味はないんでしょうね」


 肩を竦めては頬杖をついて、意味もなく指をくるくると回して机をなぞっている。子供じみたその行動と、言っている残酷さに脳内が一瞬おかしくなりそうになる。言動や、見た目はまるで子供のよう。だけど、言っていることはあまりにも。

 あまりにも、酷いのだ。


「私は何度も言っていますよ。監視官や異能官という職業以上に、胸糞悪いものはありませんよと。そして、意味も理由もなく続けて居られるほどに優しくもないとね。……どれだけ才能があっても、自ら立ち去っていくものも多い職業ですから」


 すでに馨の興味は、理玖から違うところへと移ってしまっている。

 この調子の理玖と話していても、計画も収穫も何一つとして得ることは出来ないと早々に見切りをつけてしまったのだろう。だからと言って、馨自身が計画をして理玖に指示することもしない。それをしては、この仕事の裏で設けている実施試験の意味がなくなってしまう。


「辞めるのも続けるのもどうぞ、君の好きにすればいい。……ある程度、イカレていないと続けるのは大変でしょうね。異能官でさえ、耐えかねて止める人もまれにいるらしいので。ですが、そう考えると元犯罪者を起用するという伊月室長は的を得ているのかもしれないですね」


 ある程度のイカレ具合。

 それが、どのようなところまでイッている状態なのかは人による主観だ。だが、確実に言えることは一般人の殻にこもったままの正論だけでやっていけるようなものではないということ。ある程度、自分というものを持って挑まなければいけない。

 そして、少し自己中心的にいるほうが向いている仕事でもあるだ。世間一般的に必要になるものは、確かに必要ではあるが異能課においてはそれはあくまでも付属品にしか過ぎない。一番大事なのは、自分が今何をしたいのかという意思なのだから。


「……食器を片づけてきます」

「ああ、そうですか」

「……失礼、します」


 何処か、やるせないような表情をして理玖は空になった食器を持って部屋から出て行く。馨はそんな彼を一瞥することもなく、パソコンの画面を見て何かを操作をしている。


「……それにしても、この村。なぁんか、造りがおかしいような気がするんですよねぇ」


 じぃと睨むように画面を見つめる。

 何がおかしいのか説明しろ、と言われてしまえば彼女に説明することは出来ない。だが、馨は直感的に何かがおかしいということだけを感じていた。地図や、ドローンで撮影したその映像を何度も見つめては見比べる。間違い探しの様に何度も見るが、何も変なところは一つとして存在していない。

 何一つとして、変なところが存在していない。

 それが馨の中の、違和感を倍増させていく。

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