第17話
欠伸をしては、部屋から出てゆっくりと宿から出て外に出る。監視官である理玖にも何も言うことをしなかったのは、すでに彼は眠っているだろうと思ったからということ。そして、彼女自身一々報告をしてから出かけるような性格をしていないからだ。馨は基本的には、バレなければ何をしても構わないという思考の元で動いている。たとえバレたとしても飄々としているのだが。
外に出ては、「ほう」と小さく息をついてから雲一つなく無数の星が広がっている夜空を見上げて満足そうに微笑む。
「流石田舎、といったところでしょうか。ここまで星が綺麗に見えているなんて、本部がある場所と同じ日本なのか疑わしいほどですねぇ。ええ、本当に」
街灯が全くないこと。そして家などのわずかな光を発するものがほとんど存在していないこともあり、空にはあふれんばかりの星で埋め尽くされているのが分かる。物心ついた時から、ずっと都会に居た馨からしてみれば天然もののプラネタリウムだなと思わせるほどの絶景。
馨の生まれや育ちは東京ではないが、それなりに都会に住んでいたこともありここまで綺麗な夜空はそうそう見たこともないのだろう。併せて、彼女の場合はゆっくりと夜空を眺めるような暇もなかったというのもあるのかもしれない。
ゆっくりと手を空に向かって伸ばす。
届くはずもないと理解しているが、それでも。何故だか、今なら星の一つでも掴めるのではないかと思ったのだ。
「……正義の味方、ねぇ」
空にかざした手を握る。
まるでそれは、星野一つでも掴んだような仕草。実際には何も、掴んでいるものはなく掴めたとしても空気だけだろう。静かに足を進めては、季楽の家から離れていく。向かう先は、駅の方向でもなく昼前に迷いかけた村に近い場所。今の時間は、夜中の一時。
流石の村も、静まりかえっているだろうという彼女の考えだ。たとえ、静まりかえっていなくとも簡単に見つかる馨でもないのだが。
村のある方向は、ほとんど光と呼べる光もないことから寝静まっているのだろうという彼女の安直な推測はあながち間違いでもないのだろう。
「せっかくだから。……あの村が一望できる高台でのんびりするのもいいかもしれないな」
馨が軽く指を鳴らすと、まるで道のように長く一本の風の通り道のような不思議なホースのようなものが出来上がる。勿論それは、通常の人には見えることもない不思議な軌道。馨は自身で作り出した風の通り道に足を踏み入れてはそっと座る仕草をする。
しかし、実際に椅子などは存在していないために空気椅子のような光景が出来上がる。だが、彼女の作り出した風の通り道の中は重力は存在していない。つまり、どのような態勢で居ても全く苦痛に感じることはないのだ。
「本当に便利ですよね、これ。まぁ、瞬間移動系統には負けますけど」
この風の通り道は、馨の持つ異能力の一つである「風を操る程度の異能力」からきている。彼女は風邪を自身が思い描くように使役することが出来る。その一つとして、今使っているように道の様に風を集めては目的地まで移動する風の通り道というものが存在しているのだ。
この中に入るだけで、自然と目的地まで楽に到達することが出来る彼女が持つ便利な移動手段の一つでもある。この中に居る感覚は、馨曰くは流れるプールの中に居て自然に流れていくようなものに近いらしい。
「それにしても、嫌になるほどに静かすぎやしませんかね。……あーあ、ホント。ここから見える星も、嫌になるほどにキラッキラ。ホント、嫌になる」
小さく自嘲気味に笑っては、掴めることはないと理解しながらもこりもせずに空に手を伸ばしては星々を掴む素振りを見せる。それを意味もなく数回繰り返しながら、馨はそっと両手を空に伸ばしては何かに想い耽るように目を三日月に細める。
「隠したいならば、文字通り消せばいい」
幼いころの雪の中でのやり取り。
そのやり取りは、いまだに馨の脳裏に記憶として残り続けている。そして、守るべき存在を助け守ることだけが。彼女の行動原理であり、彼女を彼女たらしめる全てとなる。
そのようなことを考えていると、目的地にたどり着いたのかピタリと流れていたものが止まる。それに気づいた馨は、そっと態勢を戻してゆっくりと足を地面につけては再び指を鳴らす。それを合図に、ここまで彼女を運んできた風の通り道は文字通り風邪となり姿を消す。
やって来たのは、村を一望することが出来る高台。その高台に建っては何かを考えるように空気中に指で文字を笑顔ては、時折何が楽しいのか口角を上げてボソボソと独り言をつぶやく。
「まぁ、これくらいでしょうね。ここから見ればわかりますけど、本当に森に囲まれた村って感じですね。森の中を開拓して作った、と言ってもいいかもしれない」
見渡し限りあるのも森。
幼少期から花粉症を患っている馨は、心底嫌そうに表情を歪めて森を似た見つけてから首を振って芝生の上に寝転がりぼんやりと夜空を眺めて息をつく。あまりにも静かなので、この世界に自分ひとりしかいないのではないかと思わせる。
実際はそうではないのにも関わらず、どこか感傷的な。
きっと、馨がそう感じてしまうのはここに来る前の大浴場での季楽との会話の影響も少なからずは存在しているのだろう。
「……怒鳴り声?」
うつらうつらと夜空を見つめながら、意味もなく星を探しているとわずかに聞こえる怒号に眉をしかめる馨。ゆっくりと上半身を起こしては、意識を集中させて怒鳴り声のした方向へと本質を探り始める。
基本的には、自動で聞こえてくる本質であるが気候と意識をすればするほどに恐ろしいほど全てを筒抜けになって聞こえてくる。本質も、聞こえてくる実際の音となって発せられている言葉も全て。
理玖にはあえていていないが、彼のことを分かっているようで実のとこと馨は深層心理までは知ることはしていない。だが、彼女が呆れながら言っていた通り理玖は単純な部類に入るため人よりも本心が分かりやすいだけである。
「いうことを聞かないか!」
「誰がここまで面倒見てやったと思っているの? 無駄に食費がかかってしょうがないわ。自分の分くらい、盗むなりなんなりとしてまかなってもらわないとねぇ?」
――男と、女の声か。もっと、もっと何かわかれば。
そっと気配を消しては、声の聞こえた方向へと向かって足を進めていく。勿論、立って歩いてしまえば最悪見つかってしまう可能性があるのでしゃがみながら器用に移動している。傍から見れば不審者極まりないが、この場には馨しか存在していないので見られる心配もない。
近づけは近づくほどに、声はかっきりと鮮明に聞こえてくる。
「異能力者であるのに、のけ者にしていないだけありがたく思ってほしいわね」
「あぁあ、本当にやあね。でもまぁ、異能力者も使いようによっては中々に使えるじゃないの。府警異能課は本当に使えない連中ばっかり」
聞こえた言葉に思わず引き出してしまいそうになるのを必死でこらえる。
息を整えてから、眉間に皺を寄せて思考を巡らせる馨。先ほどまでの、笑いを堪えていた表情と雰囲気からは一変する。この場に、仮に理玖がいたならばどのような行動をしていたのだろうか、と少しだけ考えて思考を止める。とられば、などを考えたところで時間の無駄だ。
そんな「もしも」の話は、酒の席ですればいい。
「ご、ごめんなさい。でも……」
「でもも何もない。さっさと盗んでこい! ……でなければ、今日はもう家に帰ってくることはするな!」
横暴な男の怒号は止まることがない。
姿をなくとも、男が酷く興奮状態であることは想像に難くない。馨は、深くため息をついてからうっすらと出てしまっている首元の青筋をなぞっては目を閉じる。もし、彼女が異能官ではなくただの異能力者としてこの場に居たとすれば。
きっと、この村は一夜にしてすべてがなくなり地図からも消えていたことだろう。そして報道されるのだ。異能力者に潰された村、と大々的に。
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