第20話

「何も驚くことはないでしょうに。異能力者に暴力を振るわない者のほうが圧倒的に少ないんです。異能力者の多くは、親に暴力を振るわれては育児放棄されることが多いでしょうね。決して、珍しい話ではありません」


 まるで遊ぶようにして、指で水面をぐるぐると動かしては子供の様な手慰めをする。ぽちゃぽちゃと音が響くこの空間は、理玖からしてみれば酷く重たく感じるのだろう。そっとお湯を身体に掛けながらも、背中を向けたまま馨へと話を続ける。


「それは、……とても」

「酷い? ……そう思える高砂少年は、きっと両親に愛されて育ったのでしょうね」


 シャワーの音でもかき消されないほどに凛とした声色は、静かな浴場の中で反響しては理玖の耳に届く。二人の距離はそこまで離れていない、というのもはっきりと聞こえる要因の一つではあるのだろう。

 馨の言葉に対して、理玖は頭を濡らしながら自嘲するように口角を上げてからお湯を止める。


「愛された、だなんて。……そんなことはないと思いますよ。父親は、僕が生まれる前に蒸発。まぁ、離婚したと聞いていますけどね。血のつながった父親の顔なんて見たこともない。母親は、彼氏をしょっちゅう変えては凝りもせずに結婚。結果、父親が違う妹が二人いるくらいですよ。……でも、甘羽さんから見れば、僕のろくでもない現状でも愛されているようにみえるのでしょうね」


 馨からしてみれば、彼が「愛されている」のか否は大して興味もなく重要でもないのだろう。ただ、自身がそう思ったからこう言葉にしただけである。否、もっと正確に言えば。馨からしてみれば、理玖のそう考えれるに至った思考に対しての適切な言葉が存在しなかったために、両親に愛されたからそのような平凡な思考なのだな、ということに行きつき結果そのような言葉に収まっただけに過ぎない。

 何処か、皮肉を込めたように笑った理玖の思考をそっと読み取っては目を細めて笑う。


「もしかして。両親を殺したのは復讐ですか」


 しばらくして理玖は、再び質問をする。

 自身の正体も、過去に犯してきた様々な罪でさえも知っているのにも関わらず臆することなく気になることをぶつけてくる。その図太くも見えるそれが、馨からしてみれば「面白い」という部類に入るのだろう。

 何せ、今までの監視官は。ここまでに至ることなくやめて行った。彼女自身も、軟弱なものに任せることは出来ないということもあり遠慮も容赦もなく監視官にはっきりとものを告げる。それゆえ、馨にあてがわれていた監視官は全て。伊月がスカウトで理玖を見つけてくるまでの間は代替えとして組織内の人を使っていたのだ。むろん、彼らは全員組織からも消えて行った。


「私個人の恨みだけであれば、良かったのですがね。……まぁ、色々なものが積み重なった結果というやつです、きっと。それに、よく言うじゃあないですか。親殺しは、独り立ちするための通過儀礼ってね」

「それと同時に、親殺しは最も重たい罪とも言われていましたけどね」


 えへん、と何処か得意げな表情で楽しそうな声色で告げる。

 決して褒められるようなことでもなく、明るい声色で告げるような内容でもない。しかし、あまりにも自信をもって楽しそうに言うのだから理玖は思わず首を傾げて呆れてしまっている。本当に褒められることをしたのでは、と間違った認識を彼女の態度一つで植え付けられそうになる。

 堂々としているからこそ、それが正しいのではないかと思わせてくる。

 そのような思考を追い払うようにして、自身の額に手を添えてゆっくりと深呼吸をしている理玖を見て馨は指を鳴らしては器用に指を動かす。刹那、思い切りお湯が頭にかぶせられる。


「わぷ!?」

「そんなに思い悩むことはないんじゃあないですかね」

「誰がそう思わせているとっ!」

「人間、悩みが尽きないんですから。一々、悩んでいたら時間の無駄でしょう。生きているだけで大変なんですから」

「……それは」


 理玖はそっと目を伏せて馨の言葉の意図などをくみ取ろうと思考をフル活動する。いくら思考が動くようになってきたと言えども、まだ寝起きに近い。やはり、彼女の言いたいことの意図が上手くくみ取れないのか肩を落としてそっと視線を上げて馨に話しかけようとした刹那。


「お先に。お腹空いたなぁ……あ、高砂少年。朝ごはんの時に、作戦を聞く予定なんでよろしく」

「分かった! わかったんで前を隠してくださいぃいいっ!!!」


 目の前にあったのは、何も恥ずかしがることなくさらされている馨の裸体。思わず顔を覆っては叫んでいる理玖に対して、面白かったのかクツクツと器用に喉を鳴らして笑いながら片腕を上げて浴場から出て行く馨。

 ガチャリ、と扉が開いては閉まった音を確認してようやく理玖は顔から手を離した。


「それにしても、……あの傷。普通の、虐待とかでつくレベルじゃないですよね。それに、虐待の事実があったとしても数年前のはず。ならば、あんなにも生々しく残っているだなんて、……まさか、甘羽さんの異能の一つ?」


 実のところ、理玖は事前に馨の異能についての情報を渡されていない。

 どうやら馨のやり方らしく、実地試験を通して実際に探って自分で当ててみろという方式らしい。事前に異能力を複数保持しているということだけは情報として聞かされていた理玖は、はぁと深いため息をついては頭を抱える。


 ――甘羽さんの異能力は三つ。一つは、本質を読み取ること。二つは、物を浮遊させる? いや、本当にそうか? 三つは、傷が残っていたことから。治癒が遅い?


「はぁああ、謎解きゲームって昔から苦手なんですよね、僕は」


 このような事でも「ゲーム」と称して嫌悪感も文句を抱かない理玖も、大概な性格をしているのだろう。彼はそのまま、身体を洗ってはそそくさと風呂場を後にして朝食までに髪の毛などを乾かすことを行う。

 朝食に遅れたら高確率で馨の機嫌を損ねる、と本能的に察知してしまったのだろう。否、朝食を一緒に取るとは言っていないので彼女は勝手に食べているかもしれない。しかし、去り際の言葉が理玖の中で不安要素として残り続けているのだろう。急いで服を抱えて、あてがわれている客室へと戻る。


「……何で甘羽さんが、ここに居るんですか」

「先ほど佐倉さんに会ったので、食事をこっちに運んでほしいと伝えたので。それに、どっちにせよこちらで作戦会議なのでしょう? 高砂少年は着替えて準備をしてから戻ってくるだろうと予測していたので、私がここに居ても問題はないでしょう」

「いやいや? もしかすると、部屋で着替えるかもとか考えなかったのですか? 後は部屋が散らかっているとか……」


 唖然としながらも言葉を紡いでいく理玖に対して、自身の顎に手を添えてわずかに何かを考える素振りを見せては眉を器用に動かして人を小ばかにしたような表情で鼻で笑う馨。そのまま手を上げて、「やれやれ」と言わんばかりの態度と雰囲気をする。

 彼女からは何一つとして言葉が紡がれていないのにも関わらず、何が言いたいのか手に取るように分かってしまったのだろう。理玖は、口角をぴくぴくと動かしながらも目の前にいる馨に何か文句を、と考えるが言ったところで大した意味をなさないであろうということも同時に理解してしまい、額に手を当てて息を吸い込むだけで留める。


「あと、先ほどの言葉ですが。……すみません。高砂少年は、私のストライクゾーンには一切かすりもしていないので欲情することもないので安心してください。そもそも、基本的にそのような欲情のステータスは私には割り振られていないようですのでご安心を」

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