第19話
小鳥のさえずりさえも煩わしく聞こえる早朝。
自身の腕が重く痺れていることに違和感を感じて目を開ける理玖。ゆっくりと腕に乗せていた自身の頭を上げては欠伸をする。わずかに感覚がなくなっている何処か重い腕を視界に入れては、小さく苦笑をしていた。
「今日、使い物になるかな、僕の腕は」
ツンツン、と自身の腕を触るも完璧にしびれきっており感覚さえも麻痺しきってしまっている。そっと、ぶらぶらと肉塊へとなりつつある自身の腕を見ながらゆっくりとできうる限りで指を動かす。わずかであるが、感覚が戻ってきているのだろう。
部屋の中にある時計を見ると、まだ朝早い。時計の針は五時を指している。
「……今の時間でも、お風呂って入れるのかな」
結局夜まで馨について調べていたこともあり、風呂を入るタイミングを逃してそのまま眠ってしまっていたのだ。かろうじて閉じられているパソコンを開いては、そっとパスワードを打ち込みロックの解除を行っては再度画面を見つめる。
画面に映っているのは、異能官としてやってくる前に馨が起こした事件の数々。まだ、監視官としてのアクセス権が全て揃っているわけではないために調べられる範囲はメディアでも取り上げられた程度の誰でも知っているような事件の概要しか見ることはかなわない。アクセス権が正式に付与されたさいには、もっと詳しい資料を確認することが出来る事だろう。
「それにしても、本当に。……住んでいる世界が違うよなぁ、色々と」
元より異能力者と非異能力者は生きる世界が違うようなものだ。
それが、異能力の階級が高ければ高いほどに生きている世界が違うと思えてしまうものだろう。パソコンの画面を見つめて、大きく何度目かも分からないため息をついてから何もなかったかのようにパソコンの電源を落としては鞄の中にしまい込む。
彼女が元死刑囚の犯罪者であろうが、今は大事な仕事の相棒であることもまた事実。理玖は何処か眠そうに、ようやく感覚が戻って来た手で目を擦ってから着替えを持って大浴場まで歩いていく。お湯はなくともシャワーくらいなら使えるだろうと考えた結果だった。
――あれ、でも。佐倉さんは普通に甘羽さんに接していたし、僕も気づかなかった。あれだけ大きな事件を、気に留めていなかったし忘れていたのか?僕はともかく、佐倉さんまで?
ふと思った疑問は、解消されることなくそのまま沈殿する。
考えたところで結果は見えない。季楽に直接聞くことも可能であるが、それを自覚して仕事に滞りが出てしまうのは理玖としても避けたい自体だ。覚えていないならば、今はそれを存分に利用するのが一番の得策である。
それに、疑問は後でいくらでも解消する術は存在しているだろう。
「……一応、ロビーに顔を出して佐倉さんが居れば挨拶をして、シャワーをしても大丈夫か確認しておこうか」
少しだけ足早に、バタバタとせわしなく見えるような素振りで足を動かしていく。一瞬、馨にも声をかけるべきかと考えがよぎった理玖であったが昨日の早朝の彼女の様子を思い出してまだ眠らせておいた方がいいと懸命な判断をする。
仮に声をかけて、無理にでも起こしてしまったあかつきには理玖が機嫌取りをする羽目になることは火を見るよりも明らかである。新幹線ではやむを得ずに起こしているが、それでも嫌そうな表情を隠すことはしなかった。彼女は、仕事であろうが何だろうが自身の眠りを妨げられることを極端に嫌うのだろう。
「あら。……随分とお早いんですね、高砂さん」
「佐倉さん! ……あ、おはようございます。佐倉さんこそ、早いですね。まだ五時半ですよ?」
「あはは。朝食の仕込みもありますからね。それに、早く起きていて損はありません」
「そうですね。……あ、すみません。シャワーをしようと思ったのですが、使っても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。お湯は張っていないので、シャワーだけになってしまいますが……」
少しだけ申し訳なさそうな表情をしながら、それだけを告げて季楽は会釈をしてから朝したくのためにその場から立ち去っていく。理玖は、そそくさと脱衣所まで向かって足を進めていく。
少し離れたところで、季楽は何かを思い出したのか足を止めて理玖のいるであろう報告を振り向くともうそこに理玖はいない。
「……もしかすると、甘羽さんが居るかもしれないって伝え忘れちゃったな」
まぁ、行けば気づくかな。
小さく呟いてから苦笑をして、そのまま足を厨房へと向けて歩いて行った。
一方、脱衣所までやってきていた理玖は少し鼻歌交じりで服を脱いでは上機嫌で扉を開けてから伸びをしてシャワーのところまで歩いていく。
「人が入っているときに入ってくるのはどうかと思いますけど。あれですかね? とりあえず、交流を深めるには裸の付き合いからっていうやつですかね。私、皆から何故か「馨くん」と呼ばれていますけど生物学的には一応女なのですがね」
「……甘羽さん!?」
「おはようございます、高砂少年」
季楽の話とは大きく異なり、お湯の張られた浴槽の中で縁に腕を乗せてはその上に顎を乗せてシャワーを持って固まってしまっている理玖を、無表情に近い表情で眺めては欠伸をしている。恥じらいもなく、ぼんやりと見つめ続ける馨に対してまるで年ごろの少女の様に近くに存在していた桶を手に取り思い切り馨に投げつける。
勿論、そのようなものに当たることもなく馨はそっと指を鳴らして投げられた桶を風で包んでは固定してからゆっくりと床へと戻す。
「何で、甘羽さんが居るんですか!?」
「何故って。普通に朝風呂ですが。私、知らない場所で寝ると早くに目覚めてしまうんですよ。なので、ついでにお風呂でもと思いまして。まぁ、佐倉さんには言っていないので高砂少年が知らなくともしょうがないと言えばそうですね」
浴槽の中で伸びをしてことにより、腕が伸ばされて隠されていた傷がさらけ出される。
普段はまとめられている髪の毛が胸の下まで下ろされており、髪の毛も洗っていたのか水が滴っている。普段であれば、多少の色気を感じる光景かもしれないが首元や腕に存在している見るに堪えない生傷に意識が向いてしまいそのような気が起こることもないのだろう。
寝起きで何処かぼんやりとしていた思考が、彼女の生々しい傷を見てしまった影響もありはっきりとしてきたのかrくはそっと視線を背けて床に座ってはシャワーの蛇口をひねってはお湯を出す。
「そんなじろじろ見てくるだなんて。……盛りのついた犬ですか?」
「言い方。……その傷は、異能官になる前の殺しでついたものですか?」
「いえ? 私は殺しは全て異能力を使っていますので、傷なんて出来ませんでしたよ。風というものは盾にもなりえますし、剣にもなります。常に自身にまとわせることにより触れることが出来ないようにすることだって可能なんですよ」
「じゃあ、その傷は一体」
夜中に季楽にも聞かれたことを平然と包み隠すこともなく質問をする理玖に、何処か満足そうに口角を上げては微笑んで口を開く。基本的に、聞かれた質問に対しては余程のことがない限り回答するのが馨である。自ら、自身のことを話すほど安い女ではないのだが、聞かれて回答が出来ない人生を彼女は歩いていない。
むしろ彼女の性格上、聞かれれば答える。それも、まるで自慢話のように。たとえ、その質問の内容が自身の過去の事件についてでも。彼女は喜々として何人殺した、とまるで自慢をするように得意げに告げるのだ。なぜならば馨は、それらに対して一切の感情を持っていないから。
「この傷は両親につけられました」
「……え!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます