第21話
「なんか、あんまり聞きたくはなかったんですけどね。……確かに、ここでうだうだ言っていても何も始まることはないですし。佐倉さんが食事を運んでくるまでの間、作戦ではなくて少しだけ話をしても良いですか」
すん、と真面目な表情に変えては息を吸い込んで馨の前に座る。
彼女をゆっくりと見据えてる理玖の表情は、真剣そのものだ。その表情、声色でどのような話をするつもりなのかを意図をくみ取らなくともすぐに察してしまった馨はニコリと微笑んで机に肘をついては頬杖をすく。まるで、それは漫画やアニメでよく見る答えを待つ探偵のような。
理玖は意を決したような表情をしてから、鞄の中に入れていたパソコンをそっと取り出して電源をつけては机の上に置く。勿論、馨にも見えるように設置している。
「甘羽さんは。……あの、世間を揺るがした大犯罪者の甘羽さんですよね」
「ええ、その通り。実はその件で一つだけありまして。……数年前といえども大々的にメディアにも取り上げられていましたし、何より私の顔も割れているんですよね。というか、割れているはずなんですよね。今のままで、どうして高砂少年は気づかなかったのですか?」
馨の言った疑問は、理玖自身も思っていたことの一つだった。それについても彼は、馨に話して確認するつもりではあったのだが、どうやら彼女から切り出してくれたようだった。
理玖は静かに頷いては話し出す。
「正直、僕は興味のないことに関しては本当に知らないタイプなので別に良いんです。ですが、季楽さんまでそうなのは個人的におかしいと思っていたんです」
「……なるほど。普通に考えて、公共機関を使っているんですし晒しものにされても不思議じゃあない。なのにも関わらず、誰も私をみて騒がない。はぁ、面倒ですね。この件に関してはまた後で考えるとしましょうか」
馨は難しそうな表情をして飽きえたように肩を竦めて告げる。
数年前であろうとも、連日メディアに取り上げられてその顔なども晒されたことがある馨。そんなある意味で有名人でもある彼女のことを、理玖はさておき誰も注目することもないという事実。
言ってしまえば、理玖の無関心もここまでくるとかえって異常に映ってしまってもおかしくはないものがあるのだが。
「一応、自覚済み課は分かりませんけど。その無関心な癖は多少は治したほうがいいでしょうね、この業界でやっていくなら、の話ですけど」
「そうですね。周りからも異常なほどに無関心な癖は治したほうがいいと言われているので、治そうと思ってはいるんですけど中々」
「まぁ、……自覚しているならば何よりということにしましょうか。他人を不愉快にさせる、というのもあるとは思いますが……何より無関心と無理解というものは時に刃になって傷つけることもあります。他人も、自分自身もね」
たしなめるように告げられる言葉に、反論の余地もないのか苦笑をしては頬を軽く掻いているだけの理玖の姿。馨の言っていることは、事実でありそれを理解しているからこそ何かを言い返すということが出来ないでいるのだろう。
もしくは、言われているが特に自分から何かアクションを起こす気は今のところは存在していないのか。
「肝に銘じておきます」
「いうだけは自由ですので。……さて、話を続けましょうか? 一応、私は自分から話すことはしない方針を取っているので何か気になる事があればどうぞ質問を。堪えられる範囲であれば答えましょう」
先ほどまでの微笑みとはうって変わり、次はどことなく悪人のような表情で心底愉快そうに笑っている馨の表情を見て頭を抱えたくなったのか理玖は深くため息をついてから肩をなでおろしていた。対する馨は、そのような反応をする理玖が面白かったのか頬杖をつきながら楽しそうに笑っている。
理玖はそっと眉間にしわを寄せては、何かを考えるように渋った表情をするが特に質問内容も浮かばないのだろう。何処か釈然としない表情で口を開いて話し出す。
「正直、別にっていうところなんですけど……」
「おや? 意外ですね。大抵の人は、私の素性を分かった瞬間から怯えてコンビ解消を告げて自ら辞めていく人が多いと伊月室長から嘆かれるのですけど」
理玖の発言に驚きを隠せないのか、数回瞬きをして不思議そうにしている。
幼い顔つきと、純粋そうな表情はまるで二十を超えている元死刑囚の面影はなく首を傾げてしまいそうになるほどだ。ある程度、理玖の思考は分かっている馨であるが、どのような言葉を紡ぐのかピンポイントでわかるわけではないのだ。
あくまでもわかるのは、本質が分かるだけであり彼女の有する能力の中に「未来予知」などの類は存在しない。彼女がまるで未来予知をしているような素振りを見せているのは、あくまでも読み取った本質や思考から様々な起こりえる事象を脳内でシミュレートを行い推測しているだけに過ぎない。
――いや、いっそうのこと所持している異能力を申告してもらうのも? いや、でもそれはなぁ。僕自身で楽しみがなくなるようで、ちょっと嫌だ。
ふと、彼女の持つ異能力について質問しようと考えた理玖であったがある意味それは面白くないということになったのだろう。そっとその考えを振り払うようにして、軽く首を左右に振っては目の前にいる馨をじぃと見据えて口を開いて彼女のことを調べた結果の自分なりの感想を告げるために言葉を紡いでいく。
「確かに辞表は出す気は今のところはないですけど。ですが、姉妹揃って世間を騒がす犯罪者だなんてさすがに驚きを隠せないですけどね。そういう血筋なんですか?」
「私は元死刑囚なんですけど。あと、そういう血筋ではなくてたまたま私たちの代がそうだっただけにすぎません。偶然ですよ」
「偶然にしては、あまりにも凄い一致だからですよ。……あと、甘羽さんが「元」なのは分かっています。甘羽さんの記事を探しているのと同時に、貴方の妹が引っ掛かって来たんで。ネットでは双子だなんて言われているようですが、本当ですか?」
昨日見つけたネットの記事をパソコンの画面上に表示させては告げる。
理玖にとって、馨がどのような答えを言おうがそれが事実であり真実であることには変わりはない。勿論、事実が全て真実であるとは限らない。馨が、理玖に気づかれない程度で嘘をつく可能性だって十二分に存在している。
それでも彼は、今は馨の言い分を信じると決めていた。仕事を円滑に進めるため、もあるがそれと同じくらいに自身の相棒である彼女のことをちゃんとわかろうと理解をしているということもある。
「一卵性の双子ですよ。見目は異能力者と非異能力者ということもあり随分と違いますけど、顔つきはそっくりでしょう?」
「言われてみれば、って感じですけどね。言われないと、パッと思わないとも思います。……ちなみにですが、妹さんはどうして?」
「知りません。私が十五歳の頃、両親が妹を研究室に売り飛ばしてからのことは何一つとして知りません。まぁ、予測はできますけどそれは私の推測でしかありません。だからこそ、私は今、この場所に居る」
自嘲気味に告げられる言葉。
きっと、一般人であれば元死刑囚である馨の言葉は全て虚偽であると大声をあげて聞く耳を持つこともしないのだろう。たとえそれが、監視官であったとしても。通常の形で雇われることになった監視官であれば、相棒になる異能官が多くの人を殺してきたと知ればさじを投げる。自身のキャリアに、評判に傷がつくかもしれないということを思って、未知なものに恐怖する。
そういうものなのだ。
いつだって、わが身が可愛くてしょうがない。力がないからこそ、力のあるものを恐れる。自分では理解できないからこそ、それらは全くの異物として本能的に排除しようと動いてしまうのだ。だからこそ、異能力者と非異能力者には埋めることのできない絶対的な溝が存在しており取り壊すことが出来ない絶対的な壁が存在している。
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