第22話

「僕は……」

「はい」

「……昨日、甘羽さんに言われたことを僕なりに色々考えてみたんですけど。結局、分からずじまいです。何がしたいのかとか、今まで考えることもなく流されるようにして今もここに居ます。甘羽さんに言われたときに、なんで僕が就活で落ち続けていたのが分かった気がしました。僕が面接官だったら、僕のような人間を雇いたいと思いませんから」


 視線をパソコンから落としては机を見つめる。

 机の上に置かれている手は、何かに耐えるように握られており強く握ら得ているのかわずかに拳が赤くなっている。それを興味もないような瞳で見つめながら、止めることもしない馨。しまいには欠伸をしては、どこか眠そうにしている始末だ。

 だけど、二人を纏っている雰囲気はわずかに重くはあるが昨日ほど酷いものではない。もっとも馨はそこまで気にしてもいないので理玖だけが深く考えて重くしているのだが。


「今でも、まだ模索中です。でも、一つだけ言えることがあるので、それは先に伝えておこうかなって」


 握られた拳は解かれている。

 視線も彷徨っておらず、何かを決意しているのだろう。凛とした、それでいて何処かまだ、何かに迷っているような何かを瞳の奥に忍ばせながらも理玖なりに考えた言葉ではっきりと告げる。


「コンビ解消を、する気はありませんから」


 その言葉は、今まで馨が一度も聞いたことがなかった言葉。

 誰もが「解消してほしい」「辞めたい」と嘆いていた。離れていくことも、特に何も思わずに知らぬ存ぜぬを貫いていた馨からしてみれば、理玖のような存在はある意味で異質である。

 伊月がスカウトをしてくるのだから、何処か思考がおかしくて当たり前であることは変わりはない。今までの監視官に関して、埋め合わせで臨時監視官であったということもあるのだがまっとうに試験を受けてきた監視官の多くは、何処かで担当異能官のことを畏怖して家畜と見ている者も多い。しかし、試験に受かるだけの実力や指揮官としての能力は存在しているのだ。


「甘羽さんが、今を時めく特別S級犯罪者の片割れだったとしても。元死刑囚だったとしても、僕には全く関係ありませんので」


 原則として、異能官は監視官に手をあげることは出来ない。ちょっかいをかけることや、いたずらで頬をつねったり照れ隠しで背中を叩いたりすることはよくある話だ。手を上げることが出来ない、というのは異能官は監視官へ生命活動が危惧させるような攻撃は許されていない。

 流石の馨でも、これはしっかりと守っている。守らなければいけない制約、というものも存在しているのだ。彼女は目的のために、異能官になったのだから自らそれらを手放すだなんて愚かな行為をするわけもない。


「へぇ? ……私の機嫌を損ねたら、死んじゃうかもしれませんよ?」

「あはは、ないですよ」

「何故、そう言い切れるのか聞いても?」

「だって、甘羽さんって何かしたいことが会って異能官になっているんでしょう? ならば、自らそれを手放すような莫迦な真似はしないと思うんです。確かに、言動に関しては突飛で破天荒気味なところもありますし、猫もびっくりな気まぐれでムラっけも酷く自由人ですけど」


 馨は興味深そうに眼を三日月に細める。

 言葉にすることはないが、無言で話を続けろと目線だけで告げている。


「……ちゃんと、自分ってやつを持っている人ですからね」


 確かな、自分というものを持っていない理玖からしてみれば馨は眩しく映るほどにまっすぐな性格をしている。たとえその手が、見て居られてないほどに赤黒く染まっているものだとしても。歩いてきた道の後ろには、息絶えた無惨な死体しか存在していなくとも。

 それでも、彼は。

 目の前にいる元死刑囚が、理不尽な世界でも必死に息継ぎをして生きているようにしか見えなくてそれがあまりにも羨ましく映っていたのだ。


「……っふ。そうですか」


 まっすぐとして、凛とした瞳。

 振り回されているようにして、実際振り回しているのは果たしてどちらなのか。


 ――今回の監視官は、実に面白い。果たして、何処までついてこられるのか。見ものですね。


 人によっては、理玖のことを怖いもの知らずの無謀ものと指をさしてひそひそと笑っているのだろう。だが、何も恐れずにはっきりと馨に物言いをするところは彼女からしてみれば非常に好感が持てるところだった。二人は仕事で命を預けあう相棒になる予定なのだ。

 変に気を使われて怪我でもしてしまえば、意味がない。


「お料理をお持ちしました」

「あ、どうぞ!」


 二人を数秒間の沈黙が包んだのちに、扉の外で声が季楽の声がする。馨は自身の腹部を抑えてはわずかに鳴っている腹の虫に苦笑をしてしまっている。

 空腹で我慢も出来ないのか、理玖に視線だけで「早くしろ」と言っているのが分かる。当たり前だが、彼女は言葉に出すことはしていない。理玖は苦笑をしてから、いそいそと扉を開けて料理を持って来た季楽を手伝いながら机の上に朝食を並べていく。一通り並べ終わった季楽は、会釈をしてそのまま部屋から出て立ち去っていく。馨は、キラキラと目を輝かせながら目の前に並んでいる料理を見つめている。

 余程、お腹が空いていたのだろう。


「さて、では」

「いただき……え?」

「今後の方針について、お聞かせ願えますかな。高砂少年。……あ、私は食べているので作戦をどうぞ喋ってください」

「はぁ!? いや、僕だってごはん食べますから……ああもう! そういう人の話を聞かないのは、どうかと思いますけど!?」


 理玖の言葉を右から左に流しているのか、もとより聞く気がないのか。

 もしくは、その両方なのか。

 馨は何処か満足そうに箸を持っては、まるで吸い込むようにしてもくもくと食べている。その手つきは普通で、至って普通に食べているのにも関わらず彼女にかかれば料理がみるみるうちに消えていく。

 掃除機により吸い込まれている、というよりも。文字通り、いつの間にか姿を消しているというほうが的を得ている言い方に近い。


「……甘羽さんって、結構大食らいなんですね。なのに、そこまで太っているわけでもないですし。何処で消費されるんですか?」

「レディに体形の話をするのは良くないですよ、高砂少年。まぁ、別にどれだけ食べたところで異能力を使えばすっからかんになりますからね。おそらくは、能力行使のエネルギーとして使用されているのでしょう。……ほら、作戦は」


 ジトリ、と不満げに目の前にいる理玖を睨みながらも食べる手を止めることをしない。

 このままでは話が進まないということで、自身の食事は後回しにすることを決めてゆっくりと本日からの動きについて話始める。


「正直なところを言うと、攻撃をするにも武器がないような状態です。……宵宮さんより頂いた資料を読み返してたんですが、今回の窃盗犯についてはおぼつけられていなかったので完璧に情報がありません。佐倉さんは、……その」


 ゆっくりと目を背けては、どこか言いづらそうに言いよどむ。

 一度、落ち着かせるようにして自身の胸に手を当てて息をつく。気まずそうにしながらも、そっと口を開いた理玖は推測であるが、と前置きをしては話し出す。


「何か、知っているような気がして。いや、僕の使えないでたらめな勘でしょうけど!」

「……なるほど。現状はなんとなく理解できました。で、どうするのですか」

「そうですね。甘羽さん、昨日散歩に行っていましたよね? 何か、情報がありませんか? 電話をした時に、何か子供の声が聞こえたような気がしたんですけど村人に会っていたとか? ……いや、えっと。会ったときに何か話したりしましたか?」

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