第30話
「朱鳥さんの母親は、御手洗円香。私と同じく、異能力者収容所に居ました。言っておきますが、円香さんは何か犯罪をおかしてその場所に居たわけではありません。旦那の家の者に売られて収容所に居たんですよ」
「……なんで、どうして」
「円香さんが、異能力者であったからです」
平然と言われているその理由が、理玖からしてみれば平然と言えるようなものではなく受け入れられないのだろう。
理玖は、異能力者は全て狂暴であり異能力者であれば暴力を振るっても良いと思っている思考の非異能力者とは相いれない。彼は、もとより異能力や異能力者に興味はない。だが、彼らがどうであろうとも生きている限りは同じ人間であるという考えを持っているのだ。
少し人より、凄い能力を持っているだけの普通の人。だからこそ、異能力者であると言う理由だけで殺されるのはいまだに理解が出来ないのだ。
「高砂少年、どうしましたか?」
「……僕は、よくわかりません。なんで、異能力者だからっていう理由だけで殺されるんですか。そんなの、横暴じゃないですか」
悲痛を煮詰めたような声色で。
ぎり、と奥歯を噛みしめながら告げられた言葉は紛れもない本心と心からの疑問。誰もがそうであると疑問に思うこともなかったことを、疑問に思う理玖は傍から見れば頭のおかしい男に見えることだろう。
「さぁ、どうしてでしょうね。……それが当たり前になっているから、誰も疑問に思うことがなくなったからじゃあないですかね。せめて、食事として食べるために殺すとかだったら理由があるんですけどね。私たち、異能力者は家畜以下の存在ですからね」
主人の気分一つで、殺処分だって可能性がある危うい立場。だからと言って、異能官は誰かに媚びることはない。勿論、生きるために媚びを振舞いて従順に飼育されているだけの異能官だって一定数で存在している。
思考も何もかもを放棄して、言いなりになることは奴隷と同じだ。
「どうして、声を上げようとしないんですか……?」
「さぁ、どうしてでしょうね」
理玖の疑問に、回答はやってこない。
回答をしたくないのか、もしくは馨でも分からないからヒントの一つも与えることが出来ないのか。二人を包む空間は、重くなる一方だ。
「あの子は、自分の母親が死んだってことを知っているんですかね」
「さぁね。……多分、知らないんじゃあないですかね。なんで、朱鳥さんがこの街に居るのかも不明ですけど、もしかすると」
「あの子は、自分の母親が死んだことも知らずに。いつか迎えに来てくれると信じて今も生きているんですか? ……そんなの、報われなさすぎますよ」
馨の言いかけた言葉は、理玖も推測してしまったのだろう。
言葉に嗚咽が混じり、泣いているのが分かる。馨はそんな理玖を横目に、何も言わずに息をつく。決して、呆れているわけではない。ただ、その純粋すぎるものがかつての片割れを思い出せるには充分だったのだろう。
誰かのために流す涙ほど、美しく果敢なくて綺麗なものは存在しない。それは、何よりも価値があり、どのような宝石にも劣ることのないものが確かに存在している。誰かのために泣くことが出来ない馨は、昔からそう考えていた。
――だけどそれは、諸刃の剣だ。誰かのために泣いて、笑って。自分のことの様に、他人を喜び、悲しむことは精神をすり減らすだけだ。
「甘羽さんは、知っているんですよね。御手洗親子の異能力について。……僕に、教えてくれませんか」
瞳を涙の膜で覆っては、鼻をすすり震える声で告げられる。
表情はあまりにも決まっておらず、不格好そものだ。だが、それでも馨からしてみれば何よりも素晴らしいものに映っている。理玖が、馨のことを「自分」を持って真っすぐに進むことが出来る点を羨み輝くものであるであると思っているのと同時に、馨は理玖のその興味がないくせに一回でも自分が関われば他人のために想うこが出来るそれが輝いて見えるのだ。
だからこそ顔所は、求められたものをしっかり返そうと思えるのだろう。
「良いですよ。……では、これ以上ここに居ても意味はないでしょうから。そろそろ佐倉さんのところまで戻りましょう。詳しい話は、そこでご飯を食べながらでも」
「……今度は僕のところから取らないでくださいよね。ところで、どうやって帰りますか? やっぱり地味に歩いていくのが一番なのか……」
「あ、それはお構いなく。面倒なので、私は私の異能力を使用して戻ります。それが一番、安全でかつ早くに戻れる方法ですからね。高砂少年は歩いて帰るなら、どうぞお好きに歩いて行ってくださいね。運動は大事ですもんねぇ」
先ほどまでのしんみりとしていた雰囲気はどこへやら。
理玖はパチパチと数回瞬きをしてから、口をあんぐりと開けてしまっている。そのまま、抗議をするように片手を上げて口を開けては言葉を紡ぎ出す。
「ちょ、それはないんじゃないですかね!?」
「おや、先ほどまでの泣き虫監視官は何処へやら。仕方ありませんね、私は優しいので? 高砂少年も一緒に運んであげますよ」
得意げに笑っては指を鳴らす。
刹那、風が集まってはまるで人を運ぶのにちょうど良いホースのような風の通り道が出来上がっていく。馨は、僅かに涙の痕が頬に残っている理玖の腕を遠慮なく掴んでは彼女が「風の通り道」と呼んでいるそれに思い切り投げ入れる。
投げ入れたから、自身もその通り道の中に飛び込んでは座り込むような素振りを見せる。
「……っうわ!?」
「身構えないで、リラックス、リラックス」
「な、何なんですか、これは!?」
「私の異能力の一つですよ。あーあ、本当はクイズ形式にしようと思っていたのに残念です。これを私は、風の通り道を呼んでいます。まぁ、流れるプールの中に居るようなものだと思っていただければ、ほら身体を楽にしてくださいよ。この中では重力はあってないようなものなので、思う存分変な態勢で居ても骨はきしみません」
「いや、……流石に骨はきしむと思いますけど……」
もう理玖の顔に、涙も悲哀も存在していない。
馨に言われた通りに、身体の力を抜いてゆっくりと態勢を整えては彼女と同じように座るような仕草をする。傍から見れば、まるでそれは空気椅子をしているように見える光景であるが、実のところ全く二人に負担はなく本当に椅子に座っているような感覚で居る。
「不思議な感覚ですね、これ」
「慣れればなんてことないですよ。……いや、慣れというのは一種の麻痺になるんですかね。殺しに慣れれば、最初に感じていた冷たさも罪悪感も何も感じなくなると言いますし。それにしても、高砂少年って単純なんですね。しゃっくりとか驚かせばすぐに止まりそうな人だなと思います」
「莫迦にしていますよね?」
「いいえ、褒めていますとも」
「こんなに、けなされている気分になっているのに褒めている、だと……?」
まるで理解が追い付いていないのか、唖然としながらも固まってしまっている理玖。褒めていると馨は口では言っているが、半分くらいは莫迦にしているのも事実である。しかし、本文は確かに褒めているのも事実なのだ。故に、馨は平然とした表情で褒めていると何食わぬ顔で告げているのだ。
理玖はいまいち、納得が出来ていないのか眉をしかめてはボソボソと何かを言っては首を傾げることを繰り返している。そのようなことをしていると、あっという間に季楽の家までたどり着く二人。
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