第29話
『もう少し、攻撃をしてみましょうか』
――攻撃って。……でも、可哀そうだけどそれしかないようだし、仕方ないのかもしれないな。
「もしかして、この村の人に殴られたのかな」
疑問符なんて感じさせない言い方。何処か、確信めいた言葉と口調に声色。それらに何も言うことが出来なくなり朱鳥は、とうとう表情を隠すようにうつむいてしまう。直接的に言葉に出すことはしていないが、その行動はある意味で肯定を示しているようなものだ。
ふっと小さく微笑んでから、理玖は再びしゃがみこんで朱鳥の顔を見てまるでたしなめるように告げる。
「痛いことを我慢する必要はないと思うよ。僕は、そういうのをされたことがないから君の気持も我慢をする理由の一つも察することは出来ない。でも、泣きたいときに泣いて、痛い時には痛いって声を上げないといつか君が壊れてしまうよ。……それじゃあね」
酷く優しいその声色に対して何も言えなくなってしまう。
朱鳥は、自身の顔を覆ってはその場に蹲り嗚咽交じりの音を意味だしてしまう。皮層に、と思いながらも後ろで聞こえたそれを聞こえないふりをして彼女を慰めることなど一切せずに足を進めていく。否、可哀そうだなんて思うべきではないのだろう。
異能力者は、基本的に家族に疎まれて畏怖されて。挙句に暴力を振るわれる場合が多いほどだ。それを可愛そうと思うのは、少しだけ話が違う。自分はそれらを味わうことがないからこそ、可哀そうに見えているが何処か他人事のように。
口でいうだけでは自由であり、思うだけで行動に移すことをしないのはただのお飾りだけの言葉で保身でしかない。
『思ったよりも、はっきりと言うんですよね。……まぁ、曖昧に濁されるよりもいいとは思いますけど。小学生相手でも、容赦しないところは私的には好感が持てます』
言葉は返さない。
どこで誰が見ているのか、聞き耳を立てているのか分からないからこそ、今この村の中に居る理玖は手はな動きをするべきではないのだ。
少し離れた家について、中からわずかに声をすることを確認してチャイムを押す。もt論、カメラから顔を離すことを忘れてはいけない。ただでさえ、よそ者であるがゆえに警戒されている状態なのだ。威圧感を与えて、余計に警戒されるわけにはいかないのだ。
「どちら様ですか」
「突然すみません。最近、京都で窃盗被害が頻発しておりまして。こちらの村で被害が出ていないか調査に参りました。少しでもいいので、お時間いただけませんか」
居留守をつかわれることはなく、声が聞こえる。どこか不機嫌そうな声に対して、小さく苦笑をしてからはっきりと臆することもなく用件を告げる。
「窃盗被害? この村では知りませんけど、うちは被害がないので話すことはありません。他を当たってください」
酷く冷たく突き返されたが、居留守をつかわれるよりもマシだろう。
『この調子で無意味な聞き込みを続けるつもりですか』
「……あと一件回って無理だったら、諦めますかね」
独り言のようにも思えるそれは、無線機から聞こえた馨への返答。額を抑えて、ため息をつく。まさか、ここまで非協力的であるとまでは思いもしなかったのだろう。いっそうのこと、出口や逃走経路を全て潰してから監視官として調査の依頼に来た方が応じてくれたのではないかといまさらになって思い始める程だ。
しかし、いくら特異的な異能課であれども大がかりな立ち入り調査をする際はそれなりの手順を踏む必要がある。誰も言い逃れできないような異能力による証拠がある場合においては、特に令状なども不要であるがそれ以外の場合は基本的に令状が必要になる。
『……じゃあ、あと一件回り終わったら後ろにある高台まで来てください。そこで期待はしていませんが、何か情報があれば報告をお願いします。では』
その言葉を最後に、通信がプツリと切断される。
遠慮もなく切ったために、耳に変に残る音がしたのか理玖は眉をしかめて耳を軽く押さえる。これ以上、馨から何か連絡がくることもないのだろう。諦めることなく理玖は、次の家まで足を運んではチャイムを鳴らす。チャイムを鳴らして少し待つも出てくる気配はてんで存在しない。どうやら、三件目も一件目と同じ居留守を使っていたらしい。
不機嫌で非協力的であったが、居留守をつかわれなかっただけ二件目はまともだったな、と乾いた笑みを浮かべて少しだけうなだれながら馨に指定された高台まで歩いていく。
馨により指定された高台まで何とかやって来た理玖は、寝転がっている彼女の姿を見て唖然としてしまっている。
「甘羽さん、まさかずっと寝ていた……?」
「そんなわけないじゃないですか。ちゃんと、データ収集をしていましたとも。ドローンで村の地形を確認して映像をパソコンを贈っているので後で確認しておいてください。で、そっちはどうだったんですか? まぁ、分かり切ってますけどねぇ」
理玖に声を掛けられて、馨は欠伸をしながら腹筋だけを使って上半身を起こしては髪の毛に着いた草などを振り払っている。他にも、腕や背中に着いた草も振り払っている。彼女の口から出てきた「ドローン」という言葉に対して首を傾げてそれを探す素振りを見せる理玖。
それに気づいた馨は、楽しそうにクスクスと笑っては話し出す。
「非異能力者には目視不可の特殊なドローンですから、高砂少年には見えないでしょうね。ほら、そっちの報告ですよ」
器用に肩眉の眉だけ下げて、挑発するように笑っている。
理玖はゆっくりと馨の隣に腰を下ろしては、まるで膝を抱えるように三角座りをしてはこれでもかというほどの大きなため息をついてから結果を話し出す。
「どこから見ていたのか分かりませんけど、全滅でしたよ」
「それにしても、朱鳥さんと普通に話をするあたり。高砂少年は、結構役者なんですね」
「褒められてもうれしくないですよ、本当に。僕。言っておきますけど甘羽さんみたいに図太くないんですから」
それにしても、結構酷いことを普通に言っていたような気がするが。
そのようなことを思いつつも、あまりにもへこんでいるのでさすがに傷口に塩を塗り込むような真似は控えたほうが良いと判断した馨は言葉を人知れずに飲み干して胃に収める。
「三件回って、二件は居留守。一件は協力してくれず。行く手を阻んできた、御手洗さんには酷いことを言うし。僕って、メチャ最低な男じゃないですか」
「だから、そういう仕事なんですって。言ったじゃないですか。私は、異能官や監視官以上にクソみたいな仕事は知りませんって。ある程度、頭のネジが数本はじけ飛んでいるかイカレていないと続かないんですよ」
慰めに近いその言葉に対して、返答はない。
意気込んで気合を入れていた分、ここまで酷いものを目の当たりにして打ち砕かれそうになっているのだろう。たとえ、このパターンを多少は想像していたとしてもだ。
想像と現実は、重さや冷たさは思ったよりも慣れて居なければ酷く感じるものだ。
「御手洗さんも、ご両親に暴力を振るわれているんですかね」
「朱鳥さんに両親はいませんよ。もう、朱鳥さんの母親は数年前に死んでいます。いや、ちょっとこれには語弊がありますかね。……父親は不明ですが、母親に関しては政府より殺されています」
膝をうずめていた顔を、勢いよく上げては隣に居る馨を見つめる。
理玖は、最初は異能力者故に両親に暴力を振るわれているのだろうと安直に勧化ていたのだろうが、実際はそうではないらしい。彼がそう考えていた理由は、朝の風呂場であった馨との会話が大きいのだが。
「それって、どういうことですか」
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