第28話

 最悪のパターンを想定していないわけではないのだが、まさか本当に最悪のパターンになるかもしれないということになって本格的に焦りだす。焦ったところで、何か状況が変わることもないのだが、馨に堂々と指示を行い本日の方針を告げていた手前何か自身も手柄を上げたいと思っていたのだろう。


「いやいや、ここで諦めるわけにはいかないだろう。僕には、……失うのは職業くらいだし。いや、失ったら食い扶持がなくなるから困るんだけど」


 簡単に言っているが、職を失うのも大きい。それも、伊月に声を掛けられる前までは何社も面接をしては毎回の如くに落とされている理玖からしてみれば今の職業までも失うことになれば、確実に次の職にありつけるまでが時間がかかってしまうことだろう。

 それでも、そう思えてしまうのは。きっと彼なりの意思を持って異能官として財政している馨を見てしまったからだ。事故であったと言えども、朝の風呂での邂逅がなければ異能力者へ何も思うことなどなかったことだろう。


「……まだまだ時間はある。ガンバレ、僕」


 次の家へと向かってはチャイムを鳴らす。

 居留守をされることはもう承知の上だ。一々、気にしていればきっと仕事にもならない。最初は、社会人一年目の人間がすることではないと思いながらも頑張っていたが、何処かで吹っ切れてしまったのだろう。

 性懲りもなく、その様子をドローンを通してみている馨も何処か満足そうに口角を上げて微笑んでいる。

 この程度でへそを曲げて何処かへ行ってしまうようなものであれば、速攻コンビ解消を馨の方が告げていることだろう。


「根性だけは、いっしょ前にあるってことですかね。……おっと、あれは朱鳥さんですね。見られたらヤバイのでちょっと隠れておくか」


 視界の先で、朱鳥の姿をいち早く発見した馨はドローンを操作して彼女に見えないように影へと移動させる。このドローンは、非異能力者であれば見ることは出来ないが異能力者であれば問題なく目視が出来てしまうのだ。


「あの、お兄さん。ちょっと良いですか?」


 突然声を掛けられた理玖は、ピクリと肩を震わせてからそっと後ろを振り向く。そこに居たのは、僅かに頬が赤く腫れあがっている一人の少女。特徴からして、馨に渡されたメモに書かれているものと多くが一致していることから目の前の少女が御手洗朱鳥であると推測する。

 そっとかがんでは、朱鳥と目線を合わせて首を傾げる素振りを見せる。不安がらせないように、という彼なりの配慮なのだろう。理玖には父親が違うが妹がいるので、年下の少女の扱いはそれなりに心得ているのだろう。


「どうしたのかな?」

「えっと、……その。……あの、調査ってなんの、調査ですか?」


 朱鳥の目は何処か彷徨っており、胸の前で祈るように握られている手はわずかに震えている。方も震えていることが分かり、何処か異変があることに嫌でも気づいてしまう理玖。ゆっくりとかがんでいたのを止めて、立ち上がっては周囲を見渡す。

 だが、いくら見渡しても人はいない。

 理玖の目には、誰かむ村の者が朱鳥に理玖のことを探ってくるように言ったように思えたのだろう。彼女の怯えよう、そして。頬に着いている赤く腫れているそれ。


「そうだね。最近、ここら辺で窃盗被害が相次いでいてね。だから、ここの村はまだ被害が来ていないかの確認だったんだよ」


 ゆっくりと子供に聞かせるような酷く優しさを孕んだ声色は、ぞっとするほどに完璧な仮面をつけられている。

 仮面の裏では、目の前の子供に暴力をあげただろう見ず知らずの者へと憤りを隠して。必死に耐えるようにして拳を握りしめることにより、何とか冷静さを維持することをつとめる。


「窃盗、ですか」

「そう。ものが盗まれる被害が最近増えているようでね。君は、何かしっていたりするのかな?」


 ドローンからその光景と会話をしっかりと聞いていた馨は「おお」と感嘆の声を上げている。馨でも直接踏み込んだことを言うことはしなかったが、どうやら理玖は直接踏み込んだことをあっけなくやってしまったらしい。

 思い切りが良いのか、手柄を焦ったのか。


「ううん、知らない。初めて聞きました」


 目を合わせることもせず、目をそらしたまま震えた声で告げる朱鳥。勿論、理玖も目の前にいる朱鳥が今回の事件に全くの無関係ではないことを知っている。それでも、まるで知らないような素振りで話しを始めるものだから、ある意味役者でもあるのかもしれない。

 片手でドローンの操作、もう片手で頬杖をつきながらことの成り行きを見ていた馨は昨夜のことを思い出す。昨夜、気まぐれに夜の散歩としゃれこんだその時にばったりと出くわしたあの光景。


 ――あの頬、昨日殴られた際に出来たやつなのかな。


 逐一、理玖に報告をしていることをしないために昨夜のことは理玖が知る由もない。


「そっか。……ほかに知っている人とか、至りしないかな」

「どうだろう。……誰かは知っているかもしれないけど。でも、この村にそんな被害はないから多分だけど誰も知らないと思うし初めてしったという人も多いんじゃあないかな」


 目は、依然として合わない。

 震えた声は、震えたままだ。理玖は少しだけ考えるような素振りを見せてから、ニコリと微笑んでは「ありがとう」と告げてから次の家へと向かって足を進めていく。そんな理玖を止めるようにして朱鳥は再び走り出して理玖の前に立ちはだかる。

 首を傾げては何も知らない表情で、少女を見下ろす。


「……っ」

「えっと。とりあえず、どいてくれないかな。もしかすると犯罪の話だから、子供にしていないだけなのかもしれないし。大人の人は知っているかもしれないからね」

「で、でも」


 中々目の前から退くことをしない朱鳥に、どうしたものかと眉を顰めては息をつく。ここまでかたくなに邪魔をされてしまっても、乱暴に扱うことが出来ないのは理玖が持つ優しさなのか、もしくは面倒ごとは避けたいという心理なのか。

 刹那、片耳につけていたイヤホンから声がする。


『おそらく朱鳥さんは、村人に脅されて高砂少年を追い出すように言われています』


 目の前の朱鳥がいる手前、声の主である馨に対して返答をすることが出来ない理玖。この光景を見られていることをなど知らない理玖は、どうやって返答をするべきなのか目の前の朱鳥をどうするべきなのかと同時進行で考えるも、普段使わない脳みそをフル回転で平行して使っていることもあるのですでに彼の脳内はキャパオーバ寸前である。


『朱鳥さんが実行犯と分かっていながらも、平然と会話を続けたその度胸を買って一つヒントを差し上げましょう。……あまりしたくはないと思いますけど、痛いところをついていけばいいんですよ』


 朱鳥にとって、今一番触れられたくはないことはおそらく腫れてしまっているその真っ赤な頬だろう。理玖もその頬に関して、分かっていながらもデリケートな問題の可能性があるためにあえて見て見ぬふりをして話を振ることはなかった。

 だが、ここまで聞き込みの邪魔をしてくるのであれば触れざるを得ないのだろう。


「ねぇ、君」

「は、はい」

「その頬、どうしたんだい? 真っ赤になって、酷く腫れている。冷やしたほうが良いよ」


 少しだけ冷たく言い放つ。

 朱鳥は、目を見開いて自身の腫れてしまっている頬を隠すように軽く押さえて一歩後ろに引き下がってしまう。馨の言う通り、彼女にとって頬の腫れはこの村以外の、外部の人間には指摘されることは避けたかったことなのだろう。

 口を一文字にして言いよどむ。

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