第31話

「こんなに早く着くものなんですね。これがあれば、新幹線とかいらないんじゃあないんですか?」

「高砂少年、それ本気で言ってます? 京都と東京までどれくらいの距離があると思っているんですか。流石の私もそれは無理です。と、いうかですね。電車を使っての移動の代わりにすることは無理です。せいぜい家からコンビニ程度の距離しか適応していないです」

「……まぁ、さすがにそうですよね。異能力って万能みたいに見えるけど、そうではないんですね。甘羽さんのその能力が、空間転移とかであればもっと便利だったのかも」

「空間の切り貼りが出来るのであれば、それだけ保持してS級レベルですよね。はぁ、私もそんなかっこいいのが欲しかったですよ」


 二人は風の通り道から抜け出す。馨が指を軽く鳴らすと、風の通り道はそっと風となり消えていく。理玖は、ここでようやく馨の持つ二つ目の異能力が風を操る程度のものであると理解する。それを口に出して確認することをしないのは、愚問であると結論付けたからなのか。

 数秒すると、馨の腹部から聞くに堪えないほどの地鳴りが聞こえ始める。否、腹の虫の音だが、あまりにも酷いので地鳴りではないかと錯覚しそうになるのだろおう。

 これには理玖も驚いたのか、訝し気に馨の腹部を見つめる。


「……まさか、甘羽さんのカロリー消費は全て異能力が」

「私の場合は、異能力を使えば使うほどに空腹になるだけなので可愛いものですよ。食費はかさみますが、その分給料も弾みますので。人によっては、使うたびに正気を失ってしまったり、視力が衰えていく場合もあります。万能であればあるほどに、デメリットも大きくなるということですね。何かを得るには、何かを刺しださなければいけない。いわば、等価交換のようなものですが分かりやすくて結構ではないですかね」


 それだけを言って、機嫌が良いのか鼻歌交じりで扉を開けては中へと戻っていく。二人が朝食を食べたのが七時であり、その後の準備や収穫のなかった聞き込みを行った結果現在の時間はちょうど昼時だ。馨の腹の虫が鳴ったのは、確かに異能力を使ったからというのもあるが単純に昼前であるということも関係しているのだろう。

 なんともまぁ、正確な腹時計である。


「甘羽さん、さっきの御手洗親子の話なんですけど」

「高砂少年の部屋、と言いたいのですが。ついでに色々としたいこともありますので、私の部屋でしましょう。今、部屋が散らかっているので片してきます。その間に、佐倉さんに昼食は私の部屋に二人分を運んでほしいことを伝えてきてください」

「はいはい。……分かりましたよ」


 どっちが異能官で監視官なのか。

 経験の差、というものもあるのだろうがまるで傍から見ると馨も監視官のように見えてしまうことだろう。ただ、彼女の髪の毛や瞳の色で異能官であることが一目瞭然である。あとは、時折見え隠れしている首輪と腕輪の二つで嫌でも異能力者であると再確認できてしまう。

 理玖は、自身の額を軽く押さえては深くため息をつく。何がしたくて、これから監視官になろうとしているのかはまだ分からない。でも、理玖はまずは馨の首輪と腕輪を外せるならば外したいと確かに思っていた。


 ――せめて、もっと。異能官の人たちが人間らしく居られるように。


 そう考えてしまっている時点で、人間ではない何かと無意識に思っていることに彼は気づかない。彼らを人間であるとはっきりと思っていれば、人間らしくと言う言葉を浮かべることはないだろう。同じ意味合いとして、もっと個人を出せるように自由に、と言う言葉を浮かべるに違いない。

 馨に言われたとおりに、厨房まで足を運んで季楽を探す。すぐに彼女を見つけて、理玖は二人分の昼食を馨の部屋に運んでほしいことを告げては再び部屋へと戻っていく。襖の前までやってきては軽く声をかけて、返事があったことを確認してから中に入る。


「……あの、それは一体、なんですかね」

「え、何って普通にパソコンですけど。……まぁまぁ、深いことは気にしに出ください。あまり気にし過ぎると将来禿ますよ」

「は、はげっ!?」

「えっと、ところで。なんの話でしたっけ? 高砂少年が若禿になるかもしれないと言う話でしたっけ?」

「鶏もびっくりな速度で忘れていますね? いや、三歩以上は歩いているから鶏と同じくらいということなのか? ……あと僕が若禿になるかは関係ないでしょう!」


 理玖の言葉に眉一つ動かすことはせずに、欠伸をしている馨。彼の返答が面白くなかったのか興味がなかったのか。はたまた、反応するまでもないものなのか。おそらく全て当てはまっているのだろうが、理玖は無反応な馨に少しだけ不気味さを感じながらも彼女の目の前に座っては机の上に広げられている資料を手に取り軽く目を通す。


「それにしても、よくまぁこんな短時間でここまで調べることが出来ましたね。ある意味関心ものですよ」

「私は高砂少年と違って優秀なので。いやぁ、仕事が出来過ぎるというのもある意味では考えものですよ。優秀であるが故の悩みと言いますか。……まぁ、事実ですがこれらの資料に関しては普通に異能課でストックしているものですので。権限があればすぐに閲覧可能ですよ」

「僕はまだ閲覧権限がないんですよね……。いつになったら、権限付与されるんですか?」

「さぁ。そこは、戻ってから伊月室長にでも聞いたらいいんじゃないですかね。閲覧権限なくてデータベースにアクセスできなくて業務に支障が出ているとか言ってしまってもいいかもしれないですよ」


 冗談なのか本気なのか分からない言葉に対して、理玖は無難に「考えておきます」と苦笑交じりで答えるだけに留める。馨は、自身で自画自賛をするようなことを言っておきながらしっくりと来なかったのか、器用に片方の眉を下げては首を傾げてしまっている。

 そっと、気を取り直すようにしてわざとらしく咳ばらいをしてから説明をし始めるためにパソコンを操作しながら理玖にも見えるように調整する。

 馨の言う通り、彼女のパソコン上に出ている情報は全て異能課が保持しているデータであり資産そのものだ。異能課は、様々な異能力者についての情報を集めては保存している。これらのデータは、伊月が全てを管理しており彼の許可がなければ同じ警察内部の人間や上層部の人間であっても閲覧することは出来ない。


 ――思っていたけど、この人。上司への対応が、まともじゃない。


「では、さっそく情報の整理を行いましょうか。はい、何が知りたくて何が困っているのか私に簡潔に分かりやすく伝えてください」

「まさかの!? いや、甘羽さんで調べたことや知っていることを普通に報告してくださいよ。なんで、そこで質疑応答形式を取ろうとするんですか……」

「ッチ。……はいはい、分かりましたよ。では、あの高台で話していた御手洗親子についての情報といきましょうか。でもまぁ、あまり聞いていていい話とは言い難いと思いますよ。むしろ、高砂少年からしてみれば胸糞悪い話というか」


 珍しく馨が少しだけ言いよどむ。

 別に言いたくない、というわけでもなければ目の前にいる理玖のことを気遣っているわけでもない。ただ、客観的に見ても後味の悪い話であるために前置きをしているだけにすぎないのだ。理玖は、眉を顰めてから肩を竦めてため息をつく。

 口に出していないが、態度が「何をいまさら」と出てしまっている。


「では、まずどちらから行きますか」

「……そうですね。まずは、原因を知る必要があると思いますからね。御手洗円香さんについてお願いできますか」

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