第32話

「承知しました。……円香さんは、異能力者であるということは先に話していますよね。彼女の異能力は、自分以外の人の脳に干渉して認識を意図的に逸らすことが出来る程度の能力です」


 馨は説明をしながら、パソコンで御手洗円香の情報を表示させる。

 そこに書かれているのは、馨が告げたことと同じ内容。そして、名前の隣にはすでに死んでいることを示す「故人」という言葉が記されている。


 ――あれ、でも。確か、御手洗朱鳥も、認識をそらすような能力では?


 馨が意図的に本質を読み取ろうとしても、何故か気がそれてしまい読み取ることが出来なかった。その言葉を思い出して、理玖は脳内で一つの疑問が浮かび上がる。


「あれ、ちょっと待ってください」


 円香の持っていた異能力の説明を受けて、ふと何か違和感も覚えたのか理玖は続けて説明をしようとしていた馨の言葉に待ったをかける。普段であれば、話をさえぎられることにより不機嫌になりかけない彼女であるが、今回は特に不機嫌になることもなかった。

 むしろ、待ったをかけられることを何処かで期待していたような表情までしている。


「はい、なんでしょうか」

「これは、僕が無知なこともあるとおもいますけど。異能力というのは、重複するのですか? てっきり類似するものはあれども、全く同じ異能力は存在しないとばかりに思い込んでいたので」


 その言葉に、待っていましたと言わんばかりに得意げに笑っては軽く指を差す。その表情に、多少の伊r立ちを感じる理玖であったが、教えてもらっている立場でもあるのでそのいら立ちを表に出すことはせずにぴくぴくと眉を動かすだけに留めて文句は全てのみ込んで胃へと蓄積させる。


「はい、その認識で問題ありませんよ。異能力は世界に一つ。類似するものはあれども、全く同じ能力はこの世に二つと存在しません。一部例外を除いて、ね」

「その例外が、今回だということですか?」

「ご名答でありますが、別ケースもあるんですが。今は、別ケースは良いでしょう。では、続けますね」


 馨は、ゆっくりとパソコンの画面をスクロールしては隠されるようにsh手存在しているファイルを戸惑うことなく開きなにかの報告書を画面に表示させる。そこには、大きく太文字で強調するように「極秘」と書かれている。


「この世に二つとして存在しない異能力ですが、実は遺伝することがあります」

「だから、今回はその円香さんの異能力と全く同じ異能力を持つ朱鳥さんが居るということなんですね! ……それにしても異能力の遺伝だなんて。本当に、謎に包まれているんですね」

「全員が全員、遺伝することはありません。特殊な家系、血筋を持っている場合は稀に遺伝する程度です。そして、これを相伝異能と呼んでいます。分かりやすくいうならば、昔ながらの血統を大事にする頭の堅い古臭い一族の名残のようなものです」


 明らかに莫迦にしているのだろう。

 最低限、鼻で笑いながら馨は言い捨てる。今の時代、血筋や血統を大事にして一族を続けていかせる家なども少ないが決してなくなったわけではない。こと、この京都などの昔から存在している歴史の長い場所においてはその習慣が根強く残り続けて名残があるほどだ。

 朱鳥と円香の出身と思われる、御手洗家も元より京都に本家がある由緒正しい家柄だ。つまり、馨の言う言葉で言うならば血統などを重んじる頭の堅い古く臭い家柄ということになる。


「ま、私たちは東京本部に居るんであまり関わることはないですよ、こういう案件はね。府警異能課ですと、結構この手の話題が毎日のように降りかかってくるようですよ。もう、皆殺しにしませんかねって言いたくなるくらいには耳タコですよね」

「は、はぁ……」


 耳を軽く押さえて、聞きたくないというジェスチャーを見せる馨。

 表情が心底嫌そうに歪んでいるところから、彼女も何度かこの手の仕事を行ったことがあるのかもしれない。もしくは、彼女が犯罪者時代にそのような案件にかかわったことがあるのか。普段であれば、冗談交じりの声色で告げられる物騒な言葉が、比較的本気で思っていると思わせるトーンで言われたので返す言葉が困ったのだろう。

 理玖はなるべく竜の尻尾を踏まないように、細心の注意をしながら言葉を選ぶ。


「漫画とか小説だけの世界が、今目の前にあるんですよね……」

「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものでしょう? 意外に、近親相姦や一族での結婚などは探せばごまんと転がっているものです。奇形児と言われている者のルーツをたどるといういうところに行きつくこともしばしばあるのだとか」


 あまりそれに関して詳しいことは興味もないのだろう。

 彼女は、自分のことや自身の目的にかすりもしなければ基本的に興味を示すことはない。ただ、不機嫌な時であれば誰彼構わずに物を壊したり暴力を振るいそうになることは多くあるが、それは単なる規模の大きい八つ当たりである。


「相伝遺伝かぁ……。なんだか、大変そうだなぁ」

「想像以上に大変だと思いますよ。異能力者であること自体大変なのに、そのうえ相伝だなんてもっと大変です。相伝異能力者の場合は、大体一族に売られるか死ぬまで襤褸雑巾のようにこき使われるか、自殺をするかのパターンが多いですね」

「救いがないなぁ……」


 実際に目の当たりにしているわけではないので、理玖の言葉はあまりにも軽々しく聞こえてしまう。救いはない、と言っているが実際は言葉以上の重みが辛さがのしかかっていることだろう。そして、彼が思っているよりも。もっとひどくて、重たい枷になり、地獄を生きることになるだろう。

 死にたいだなんて、毎日のように思う日々なのかもしれない。

 生きる意味を見出すことも出来ないかもしれない。

 だとしても、それは当事者のみが分かる気持ちであり辛さである。当事者以外の者は、同情は出来てもそれを分かって理解することは到底不可能なのだ。理解した気だけ、なっているのだ。


「では、話を円香さんに戻しましょう。円香さんは、いわゆる異能力結婚です」

「あー、もう言葉で無知でも理解できますよ。優秀な異能力者を残すために、異能力者同士で結婚して子供を産ませるんですよね」

「はい。もっとざっくり言えば、政略結婚ともいうことが出来るでしょうね」


 おそらく、その中身を詳しく聞けば聞くほどに政略結婚のほうがきっとましであると思えるほどなのだろう。

 円香は、元々一般家庭の出であり異能力者であったが珍しく両親から愛されて育った異能力者だった。だが、悲劇は突然にやってくる。円香が異能力者とバレて、それを危惧し畏怖した周囲の者により殺されかけたのだ。当時、円香は意図的に自身への認識を背けさせるも彼女を守るためにかばった両親は命を落とした。

 そのあと、彼女は御手洗家に引き取られている。


「この御手洗家っていうのは?」

「クソの塊のような一族です。どれくらいクソかというと、便器に手を突っ込むレベル? ああ、ですが数年前に跡形も消えましたよ」

「没落したとかですか?」

「はい。私が消しました」

「……もう、驚きませんからね、僕は」

「それは残念。……他にも、有名なクソの塊の家は結構数年前に私自ら潰してきました。ちなみにですが、少しでも残っていると腐ったものとは結構生命力がゴキブリ並でして。全てきっちり皆殺し済みです」

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