第33話
言い終えた後に何故かもう一度「皆殺しです」と言うほどに、彼女的には大事なところだったのだろう。物騒なことを言っている割には表情はあまりにも清々しく綺麗な笑顔をしている。余程、酷い家柄だったのだろうと理玖は脳裏で思ってはそれ以上の思考を放棄する。
「御手洗家に引き取られたあとの円香さんは……」
「先ほどの話通りです。朱鳥さんを生まれて用済みになったのか、詳しい経緯は私にも不明ですが研究所へ送られて。……最期は毒ガス室で殺されました」
「毒ガス室って……」
まるで昔、戦争が頻発していた時の収容所の有様だった。
否、戦争は今では表面上ではなくなっているようなものであるが実際のところ各地で起こっている。異能力者が非異能力者を殺して回っているということだって存在している。そして、異能力者だけを集めた軍事集団が確かに世界各国で存在しているということ。
公表していないだけであるが、何処の国も武器を揃えては水面下でけん制しあって裏では殺し合いをしている。それが、今の世の中なのだ。
「まるで、本当に。戦時中の収容所みたいでしょう? ……きっと怖かったでしょうね。後悔もあったことでしょう。私には、分かりませんけれども」
理玖はそっと目を背ける。
しかし、それも一瞬の出来事で直ぐに視線を表情を歪めながらも馨と資料に戻す。これは、仕事なのだ。どれだけ過酷で、残酷なことが行われていようとも。それを知る必要が理玖にはあるのだ。否、知らなければいけないのだ。
それはある意味で、今まで無関心だったことへの罰の様にも思えてしまう。
「ここまでで何か質問は?」
「……相伝異能について質問です。その話で行けば、円香さんと朱鳥さんは全く同じ異能力を二人同時に使用出来たということですか?」
「いえ? 先ほども言いましたが、全く同じ異能力はこの世に二つと存在しません。それは、いくら相伝であろうとも同じ。全く同じ異能力は、同時に存在することは不可能なんです」
嫌に頭が冴えてしまっているのだろう。
その言葉だけで、相伝遺伝の酷さが分かってしまったのか理玖はぐっと拳を握りしめては口を一文字にしてそっと耐える。
「相伝の場合は、子供が高確率で何か異能力を保有しています。そして、どのような異能が遺伝しているのかを確認する方法は一つだけ」
「……子供の両親を、殺してしまう」
「そう。それしか方法がありませんからね。円香さんを直ぐに殺さずに収容所に送り込んだ理由は分かりませんが、御手洗家としてはどちらにせよ朱鳥さんの両親が死ねばどうでも良かった。円香さんは収容所の毒ガス。おそらく、旦那さんも何らかの方法で殺されているはずです」
事件になることはなっていないですが。
軽く舌を出しながら、何処か警戒に話す馨であったが話の内容は決して舌を出して話すような軽快なものではない。むしろ、胃もたれを時間差で起こしてしまうのではないかと思えるほどに何処か重く苦しいものだ。
「昼食をお持ちしました。中に入っても大丈夫でしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ。ほら、高砂少年。手伝ってさしあげなさい」
「言われなくとも分かっていますよ」
襖の向こうから季楽の声がしては、そっとパソコンを閉じて資料をまとめて机の下へと移動させてはそっと見えないように裏返す馨。彼女が持つ資料の大半は、一般人では知りえない情報が多く記載されているために取り扱い注意のものが多いのだ。
そそくさと扉を開けては、季楽の手伝いをしながら綺麗になった机の上に料理を並べていく理玖。まるでその慣れた手つきは、この宿でアルバイトをしている者のようにも思えてしまうほどだ。
馨は、軽く伸びをして首を鳴らしてはコップを手に取り水を一気に飲み干す。
「なんだか、本当にありがとうございますね、佐倉さん」
「いえ、問題ありませんよ。ちゃんと、事前に費用はいただいていますのでこれも仕事の内です。私の方こそ、何かと高砂さんが手伝ってくださっているのが申し訳ないくらいです」
「……え、そうなんですか? てっきり後ほど領収書を切ってっていう方法だと思ってた」
「何を言っているんですか。うちは、そこらの普通の一般企業とはわけが違うんですからね。事前に伊月室長により振り込みがなされていますよ。私たちは毎回無事に底場から撤退することもないので、ほら。仕事中にそのまま病院に搬送されて領収書きれませんでしたとかありますので」
馨の説明を想像して理玖は思わず口元をひくひくと動かして表情を引きつらせてしまっている。いつの間にか季楽は料理を並び終えたのか、そっといなくなっている。これ以上、会話の中に居ることは止めた方がいいと独自に判断をして持ち場に戻ったのだろう。
理玖はそっと思わず自身の手を見ては、ため息をついてしまう。
「そんなに、大けがをすることがあるんですね……」
「まぁ、そうですね。その人の不注意、だけで片づけることが出来ない案件も多いと思いますよ。私でもよく怪我をしてきますけど、病院搬送はまだされたことはないかな。同僚の一人はよく飛んで火にいる夏の虫になることも多いですけどね」
「……そ、そんな。いや、異能官だったら自分の能力などを考えてそういうリスクのなかに飛び込むこともあるのか?」
「ちなみにその人、監視官なんですけど」
「一番駄目なやつじゃないですか」
理玖はまだ、他の監視官にも異能官にも出会っていないので馨の言葉を聞いてどれだけ凄い監視官なんだ、と考えてはピタリと思考を止める。あまりにも想像してしまえば、ある意味それが失礼に当たるのではないかと考えてしまったのだろう。
馨は小さく口角を上げて笑いながら、並べられている料理を視界に入れて軽く舌なめずりをしてから箸を手に取り手を合わせて挨拶をする。
「まぁ、そんなこともありますよってことだけです。高砂少年は、自らリスクの中に飛び込むような性格には見えませんけどね。病的なまでの無関心で、自己犠牲とは程遠い性格の様ですし」
どこか白々しく話す馨の声色を聞いて、自嘲をするような表情をしてから「そうですね」と言葉を濁して理玖も手を合わせて料理に手を付け始める。
――いや、もしかすると。一度でもそれは違うのかもしれないけれども。今の私にはそれを言う義理はありませんし。
「ともかく、円香さんについての情報は先ほどの全てです。詳しい事務的な資料は、先ほど高砂少年の携帯に送っておきましたのでお手すきな際に確認を。ちょっと内容的にも限度があったので全てではないですが」
「分かりました。まぁ、本来であれば僕も見れていた資料ではあるんですけどね。……はぁ、では。いただきます」
「いただきまぁす」
何処か少しだけ間延びした言い方をしては、楽しそうに微笑んで箸を持っては吸い込むようにして食べていく。だが、不思議なことに音を立ててかき込んでいるわけではないのでみるみるうちに料理は消えているが決して下品ではなくむしろ上品に見えてしまう。
理玖は、どうしても彼女の食事風景が解せないところがあるのかムッとしてから焼き鮭を口に運んでは静かに咀嚼する。口の中のものがなくなってから、そっと言葉を紡ぎ出して話し出す。
「ちなみにですが、朱鳥さんのほうも情報があるのですか? 円香さんの場合は、収容されていたことによりあるのは分かるんですが……」
「うちの異能課には、素晴らしい洗脳ハッカーが居るのでね。彼にかかれば、どのような極秘情報でも手に入れることが出来てしまうんですよねぇ。凄いですよね」
「……凄いのかな、それは」
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