第34話
しれっと、犯罪紛いなことを平然と告げる馨に対して感覚がどんどんと麻痺してきたのか理玖はそれが普通なのかもしれないと思い始めてしまう。勿論、馨たちがやっていることは一歩間違えれば犯罪も良いところであるが本人たち曰くは足がつかなければ問題ない、とのことだ。
いくら殺人事件が起ころうとも、死体が出てこない限りは名探偵も警察の出番がないように。そもそも、事件さえ起こらなければ何も始まることはないのだ。一部はこれを、完全犯罪と言っているが果たしてそのようなことが可能なのか。
「豆知識のようなものというか。私たちの業界では分かり切っていることなんですけどね。相伝異能で異能力者になった者のことを総じて、後天性異能力者と呼びます」
「なんだか、病名みたいなんですね」
「実際、本人からしてみれば病気みたいなものでしょう。それはもう、身体を蝕む癌のように厄介なものでしょうから」
ずず、と静かに音を立ててはお茶を流し込んで焼き鮭を綺麗に箸で突いては骨を取り食べる。物騒な物言い、破天荒な行動とは異なりあまりにもその手つきは上品だった。
これが、ギャップというものなのだろうか。
内心でそう思いながらも、馨の所作を見ては息をつく。仕事においても、この鮭をつつくように上品でいればとも思わなくもないがそれはそれで何処か違うものを感じてしまったのかゆっくりと首を傾げてから否定するように左右に振る。
「宵宮さんは、朱鳥さんを捕獲して何をするつもりなんでしょうか。……やっぱり、罪をあがなわせるのですかね」
「いえ、それはありませんね」
「どうしてですか? もし、盗みを強要されていたとしても犯罪は犯罪でしょう。確かに、事情が事情なので情状酌量の余地はあるかもしれませんが」
「あのねぇ。……子供であろうが、相手は異能力者ですよ? まともに法律が機能するわけないでしょうが。強要されていただけであったとしても、異能力者であれば確実に良くて終身刑。悪くて死刑とかになることだってあります」
まだ小学生くらいの子供であったとしても。
それが、周りの大人に強要されたことであったとしても異能力者ということを理由に公平な裁判を受けることもなく。情状酌量の余地もなく、無罪などありえない。それが例え冤罪であろうが世界はそれを冤罪とは認めない。子供だろうが、異能力者の犯罪、彼らに対して待っているのは施設での非道な実験台になることか終身刑。そして酷くて死刑しか存在していない。
表向きには、日本は死刑制度は廃止されている。だがそれは、非異能力者に限った話であり異能力者に対する死刑執行は今も変わることなく続けられている。
「……誰のための、法律なんですか」
「非異能力者のための法律ですよ。ま、法律なんて所詮はそんなものです。万人が法の下では平等だなんてほざいていますが実際は違う。元より異能力者は人ではないので、法律による保護を受けることはないという話になるのかもしれないですね」
明らかになっていく、異能力者と非異能力者の圧倒的な違い。
どうすることも出来ないことを理解していながらも、それらの話を聞くたびにどうにかできないのかと考えてしまうのは。これらの話がもう「他人事」ではなくなくなっているからなのかもしれない。
「円香さんは、収容所に入れられる前に朱鳥さんをあの村に預けたということなんでしょうか」
「普通に考えてそうでしょうね。……もしくは、逃げる途中で別れたとか。で、朱鳥さんがこの村に落ちたって村人にこき使われているとかですかね。何故、という点に関しては実際に本人に問い詰めるのが手っ取り早いでしょうね」
いつの間にか空になっている器に、手を合わせて挨拶をする馨。
まだ料理が残っている理玖は、あまりにも静かに吸い込むようにして消えて行った料理と馨を交互に見てはため息が出てしまう。同じくらいに話をしていたはずなのに、何故彼女のほうが早く食べ終えているのだろうか、だなんて。
「で、これからの方針はどうしますか。今日、何一つとして収穫のなかった高砂少年」
「その言い方、地味に傷つくのでやめてくれませんかね……」
「事実でしょうに」
「事実だから余計にへこむんですって。……えっと、そうですね。正直、聞き込みもくそもないこともわかりましたし、なんかあの村態度も悪いのでそこらへんどうにかしたいのも事実ではありますし」
理玖は箸を机の上に置いては、顎に手を添えて目を閉じては「うぅむ」と唸り声をあげて首を傾げている。結局、文句を言われながらもない頭でしっかりと考えをひねりだそうとしているのだろう。
「そういえば、甘羽さんはドローンで村全体を撮影していましたよね? どんな感じに周りがなっているのか見てみたいです」
「ああ、そうですね。はい、これです」
畳の上に置かれていたパソコンを再び机の上に置いては、画面を立ち上げて彼女がのんびりと鼻歌交じりでドローンを操作して撮影していた村の全体映像を映し出す。時折、彼女が独自に気になった場所も映し出されていた。
「あ、井戸は普通の井戸なん……ぁあぁあっ!!」
「何ですか」
「あのカラスと悲鳴って、甘羽さんが原因だったんですか!? めちゃくちゃ怖かったんですからね!?」
「やっぱり? いやぁ、私もですね。これ、入り口で遭遇したらメチャホラゲー感半端ねぇなぁとか思っていたんですよね。来る前に、そういう話を一方的にしていたこともあったので、きっと高砂少年なら勘違いするかなって。あ、一応言っておきますけど偶然ですので」
「故意であってたまるか!」
勿論、そうは思っていても本人が言う通り故意に行ったわけではない。
たまたま操作していたドローンにカラスがぶつかってきて。たまたま、カラスが一斉に飛び立ってしまっては、さらにたまたまカラスの一羽が墜落してしまい、これまたたまたまその下に女性が居て悲鳴を上げただけなの話なのだ。
ここまでたまたまが重なると、最早運命なのではと思わせるには十分すぎる。流石に、馨がわざと出来たとしてもカラスにドローンをぶつけた後は限度がある。
「……うーん、見た感じは。普通に森の中を開拓して作ったって感じなんですね」
「はい。何処か気になるところでもあれば、自分で見てくださいよ」
「分かりました。こういうのって、井戸に隠し通路とかあるようなものじゃないですか。なんだか、あまりにも普通の井戸過ぎて逆に拍子抜けなんですよね」
真っ先にそのようなことを考えてしまうあたり、馨だけではなく理玖も大概ゲームをよくする部類なのだろう。二人とも、森に囲まれている辺鄙な森の中にある村の井戸に対する偏見がひどすぎる。
理玖は画面を操作しては、全体的に見ながら伊月に託された地図を広げて確認をすることに集中している。一度集中し始めると、周囲の音も気にならなくなるのだろう。馨は、そっと箸を持ち直しては理玖の目の前にある皿を取っては料理を食べ始める。残念なことに、理玖はそれに気づくこともない。事前に注意しておいて、このザマである。
「もしも突撃したところで、隣接している森に逃げられると厄介で面倒ですね」
理玖の分の料理を気づかれることなく食べ終えては、馨は何食わぬ顔で画面と地図を交互に見比べて頬杖をつきながら独り言を言うような。それでいて、何処かわくわくとしているということを隠すこともなく物騒なことを笑顔で言う。
「燃やしますか、森」
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