第12話
異能課執務室。
そこには、いつものように朝のニュースを確認するために休憩コーナに設置されているテレビをつけてソファに座ってコーヒーを飲んでいる伊月の姿があった。彼は、異能課が存在している警視庁地下ではなく普通に地上に家があるのだが滅多に帰ることはなく基本的に仮眠室で過ごしてこの場所に戻ってくる。余談であるが、伊月は姉である花月と共に住んでいるので彼女からの用事がある場合は基本的に帰るようにしている。
「焼死体か。……昨日の今日でこれ、となると面倒なことになるな、確実に」
「僕たちが監視カメラをのぞいた、という痕跡は消せるだけ消しているんでまぁ、そこは大丈夫と思うんだけど。僕たちが動く前に何か消したかったのか。もしくは、捜査一課を引き摺り出して何かカモフラージュをしたいのか。ボスはどう思います?」
「今の段階で何かを言うのは軽率だろう。だが、後者である可能性を俺は考えているよ。何せ、各務早咲は元異能力者研究所の研究員だ。ならば、彼女にしか知らない情報や抜けてから続けた独自の研究などがあるはず。そして、それらは特大の価値があり彼女にとってすぐに消してもいいものではないだろう」
のんびりとコーヒーを飲んでいた伊月の隣に、これまたわずかに湯気が出ているコーヒーの入ったマグカップを片手に持った莉音がやってきては当たり前のように座って目の前にあるテレビを見つめている。この異能課は、基本的には各々が好きに考えて好きに調べて最終的に照らし合わせて解決する場合が多いが一番知識を持っている莉音と伊月が意見をまとめることも多い。
意見の取りまとめ、要約は莉音が行い正式に指示として伊月が出す。
そうすることで、この異能課は個性的なものたちが多く集まり衝突しかねないのにも関わらず問題なく運用することができている。
「異能力者研究所に、ねぇ。まだ生きているってことは、馨くんの事件とは入れ替わりかな。随分と運が良かったようだね」
「いや、この場合はその時に死んでいれば良かったのかも知れないけどな。見方によっては、死んでいない今の方が地獄な可能性もある。馨はこちら側の人間だから、勝手に人を殺すことはしないが。フラフラとしていたら確実に殺されていただろうな、馨に」
頬杖をつきながら苦笑をして言葉を紡いでいく伊月を横目に、「死ぬも地獄、生きるも地獄ね」とどこか納得したような声色でつぶやいては目を細めて口角を上げる莉音。それから何を思ったのか、莉音はカラカラと喉を鳴らして小さく笑っていた。彼らからしてみれば、何も変わらぬ日常でしかないのだろう。それを改めて口にしたことにより面白さが出てきたのか。
伊月は少しだけ呆れたように肩をすくめてため息をついてから、そっと再び視線をテレビへと向ける。すでに、現場はブルーシートが張り巡らされており数名見知った顔が見え隠れしている。
「前回のことといい、今回といい。まるで、僕たちに捜査一課と仲良くするようにって言っているみたいだね」
「確かにな。だけどまぁ……あっちの考え方が変わらない限り、一生仲良くすることはできないんじゃあないか? 莉音は何も思わせるようなことをさせずに平然と接しているが馨は常に噛みつきにいく狂犬だし、羽風もまるで汚物を見るような目であいつらを見るからな……」
「まぁ、馨くんはさておき。羽風に関しては仕方ないんじゃないですかね。彼女は、大の男が嫌いですし。いや、語弊がありますね。見た目でしか判断ができない能無の男が嫌い、でしたっけ」
何かを思い出すように自身の顎に片手を添えて、器用に片眉をあげては得意げに話す。
ここにいる異能力者たちは、皆どこか問題を抱えている。いな、それは異能力者に限った話ではない。人間、誰しも何かしら問題を抱えてどのように消化するのかを考えて今を生きている。伊月は、彼らをスカウトした時の当時を思い出しては口角を上げてしまう。問題児だらけ、と言われている異能課が抱えている問題は何も簡単なことではない。
だが、それは今テレビで行われている問題とは関係のないことである。関係のない問題であるならば、先送りにしたところで何も影響は今のところは発生することもない。発生してしまった場合は、その時はその時で適切な対応を実施すればいいだけのことなのだから。
「さて、捜査一課となると情報をなかなか共有してくれないからな。私は中に探りに行って来るよ。何か必要なことが起きたら、いつものグループチャットでメンションをつけてくれ」
「はいはい。ボスも大変ですねぇ。……今度は誰の弱みを使うんです?」
「弱み? はは、莉音は面白いことを言うな? 俺は適切な時に適切な武器を使用しているに過ぎないさ。じゃあ、今日もよろしく」
楽しそうにクツクツと喉を鳴らして笑ってから、伊月は空になったマグカップを簡易台所に置いては片手を上げて執務室から立ち去っていく。
「適切な時に適切な武器、ねぇ。全く、敵には回したくない人物だけれども。味方にいてもこれほど厄介な人は、あなた以外にそうそういませんよ、ボス」
足を組み直して静かにテレビを見つめる。
テレビの中では、最近入ったのか見るからに新人と思われるキャスターがマイクを握り現場について説明をしている。どこか緊張しているのか、声は硬く言葉はまるで棒読みに近い。そんなキャスターに苦笑をしてから莉音は静かに写っているブルーシートの塗れた現場を見る。この場所、角度からは何一つとして情報は入ってこない。この場においての情報は、テレビ局がつかんだ情報だけでしかない。
そして、そんな情報はすでに莉音も把握済みなのだ。彼は、画面に映る周囲を見つめては何かを思いついたのかにこりと機嫌よく口角を上げては立ち上がりテレビを消した。テレビ局が用意する情報が満足のいくものではないのであれば、周辺の監視カメラから情報を照らし合わせればいい。
――一瞬映った提供に、研究所の名前があったな。すでに手を回しているならば、テレビの情報も信用ならない。
必要最低限しか放映をしない。
時として、そのような判断は確かに正しい。全ての情報を与えて暴動でも起きて仕舞えば、それこそ収めるのは大変である。だからこそ、このような場合はある程度の情報を開示しておきながらも重要な核の部分を自ら触れることはない。触れられた際には、一度確認します、情報をありがとうございますと言ってその場を逃げるつもりなのだろう。
今の時代、果たしてそれがどれだけ通用するのかは莉音には不明であるが。
「おはよーございますー」
「随分と間延びした言い方で眠そうだね。おはよう、羽風」
「寝る前にいい漫画を見つけちゃって。思わず全巻購入して読んだらこんな時間でびっくりしちゃったぁ。……あれ、室長は? まさかニュースの真偽を確かめに捜査一課にカチコミに行ったの?」
「カチコミって。全く、羽風は馨くんと仲良くなるたびに変な言葉を覚えてくるね。まぁ、あながち間違いではないから訂正をするにできないんだけど。……カチコミというよりも、圧力をかけに行ったっていうのが正解に近いと思うけど。まぁ、真偽は僕にもわからないから僕たちにできることはあくまでも推測と妄想くらいさ」
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