第13話

「カチコミじゃん」


 ケタケタと楽しそうに喉を器用に鳴らして笑っている羽風は、そのまま自席に着席してパソコンを起動する。眠そうに大きなあくびをしてはそのまま半目の状態で仕事の準備を始める。莉音はそっと部屋にある時計を視界に入れては、隣に座っている羽風に視線一つ向けることなく話しかける。


「君の予想では、馨くんはいつくると思う?」

「それ、わかって聞いてるでしょ。十分後には来るよ。不機嫌顔でね」

「不機嫌顔で? 今何かゲームのイベントでもしていたっけな。僕の記憶だと無かったはず。……ああ、各務早咲が研究所関係者っていうことで不機嫌なのかな。馨くんは、研究所には容赦ないから」

「研究所に容赦がないんじゃあなくて。……人工的に異能力者を造り上げることに容赦がないだけでしょ。でもまぁ、そうなるのかな。だって大事な双子の片割れが弄られちゃったんでしょ。たった一人の大事な家族がそうなったら、……誰でもきっと、そうなるよ」


 羽風はそっと目を伏せては告げる。

 彼女にも何か思うところはあるのだろう。大事な家族がそうなってしまうことを考えてしまったのか、軽く肩をブルリと震わせている。羽風にとって家族というのは彼女の母親しかいないが、それで考えてしまったのだろう。莉音は、頬杖をつきながら「そういうものなのかい」とどこか興味がなさそうな声色で告げている。

 家族というものが大事な人物もいれば、そうでない人物だって当然に存在している。羽風は前者で、莉音は後者だっただけの話なのだ。


「それにしても、マスコミはいいことしか伝えないね」

「ネットライターも同じく。……本当に、異能力者研究所に買収でもされてるのかってレベルでみんなどこも同じような報道をしないから嫌になってしまうよ。情報の統一をすることにより、一元管理を行うってやつかな。確かに、管理する方は楽でいいけどそれはある意味バレたら大変なことに発展しそうだ。今でさえ、深層ネットワークではそういう人物たちの巣窟となっているのだからね」


 この世界に出回っている情報は大体統一かされている場合が多い。誰もが好き勝手に情報を調べて載せる、ということはあまりない。多くの人物は提供される情報を鵜呑みにしてそれだけを信じて今を生きている。それがどれほど危険で危ういことなのか、ということさえもきっと彼らは知りもしないのだろう。

 便利であることと同時に、ある意味人間性がどんどんとすり減っていくのだ。自主性がなくなり、最終的に政府に飼い慣らされるだけの傀儡に成り果てる。果たして、政府がそのようなことを目論んでいるのかは莉音たちには知る由もなければどうでもいいことなので調べたり何かを発信することはないのだが。喰われていくものは食われるしかない。そこからどうあがこうとも、その人の勝手であるがそもそも足掻くという選択肢がないのかもしれない。


「おはようございます」

「ピッタリ十分」

「当たり前。一日とか長時間であれば誤差は発生するけど、これくらいならまだピッタリと当てることができるよ」

「なんです。私の出勤時間を羽風を使って聞いてたんですか? 多少の未来を見ることができる羽風にそれを聞くのはちょっと卑怯じゃないですかね、莉音さん」

「あはは、ごめんね。でもまぁ、不機嫌顔だけどそこまで狂犬ってわけでもないようだ。グループラインは心底機嫌が悪かったようだけど」


 馨がグループラインに理玖宛でメッセージを残したのは数十分ほど前の話である。文章しかなかったので、彼女の機嫌の真意は不明だが明らかに棘を感じる言い方であったことから機嫌は良くなかったのだろう。それがここまで回復している、ということなのだから彼女なりある程度機嫌を回復させてから出勤したのかもしれない。

 あまり人を気遣うことをしない馨が、珍しいこともあるらしい。


「で、あの焼死体について。莉音さんはどう見ますか」

「ボスとも話していたけど、今はまだなんとも言えないよ。鑑識、解剖が進めば何かわかるかもしれないけど。ここからは僕の勘なんだけどね。……焼死体は各務早咲ではないと思うよ」

「奇遇ですね。私もそう考えていますよ。……でもまぁ、焼死体が本当に各務早咲であれば私的には万々歳というか。一応、謎は残れども何も残らなかったということで冷凍庫行きですから」


 馨は不機嫌そうに膨れっつらで自席については、のんびりを伸びをしている。そのままパソコンの電源を起動して仕事の準備を始めていた。調べるのはもちろん、どこの部署がどこまで調べることができたのかという情報の回路を伝った情報収集。そして、現在捜査一課に在籍している玄への連絡である。

 異能課は、まるで蜘蛛の巣のように様々な場所に巣を張り巡らせている。その巣に落ちてきた獲物は骨の髄までくらい尽くすし使役しているのはとことん使役をする。使えるものは、親でも味方でも使い潰す。それが彼らのモットーでもあるのだ。故に彼らは同僚を使役し、同時に使役されることを理解して働いている。協力、と言えば言葉はいいかもしれないがそのような生ぬるい関係性ではないのは確かだった。


「冷凍庫にいっちゃったら、玄の管轄じゃなくなるよね。同じ捜査一課だけどちょっとそこは複雑そうだし」

「割と地上ではノルマだのお上だので結構しがらみが強いから。その中でも頑張って僕たちの情報源でいてくれる玄くんは相当優秀ということだね。まぁ、元々警察を監視するスパイくんだっただけある」


 各々で言いたいことを言いながら、うんうんと納得するように首を縦に振っている。

 馨は少しだけ目を細めて息をつく。全ての情報が自身の耳に入ってこれば、それほど便利なことはない。だが、入ってくる情報が多ければ多いほど処理しきれなくなりノイズと化してしまう。大事な情報であっても、全て雑音へと成り下がってしまう可能性だって存在している。故に、情報の取捨選択は大事な作業の一つになるのだ。

 ゆっくりと画面をなぞる。


「そういえば、蝶屋敷にはいついくことに?」

「明日ですよ。鳴無先生が明日で調整してくれたみたいですので。……それはそれで置いておくとして。伊月室長のことですから、早速捜査一課にカチコミでも行ってくれるんですよね?」

「君までカチコミって。はぁ、まぁ、もういいよ、それで。馨くんのいう通り、ボスはボスで裏から動いてくれるようだ。うちは表立っての捜査はあまりできないからね。異能課、というものじたい都市伝説のようなものになっているし。異能力者を良く思わない非異能力者からしてみれば自分たちの税金がって話に繋がるんだろうし」

「面白い話ですよね。私たちもちゃあんと払っているのにって思いますよ。そういうことを言う人たち、とりあえず全員殺して行けばなんか良さそうな気がするんですけど」


 きゅ、とまるで猫のように瞳孔が細くなり目を細める。彼女の言うことは脅しでもなく、事実思っている本音の一つなのだろう。そう思っているからこそ、馨は過去に大量虐殺を行ったことがあるのだが。このような考えを持つものが行動力も伴っているとどうなるのか、と言うことは想像に難くないだろう。

 莉音はにこり、と微笑むだけで何も言うことはしない。

 羽風はいつの間にか口に棒付きキャンディーを加えては話し出す。


「バカが一人死んだところで、次のバカが湧いて出てくるだけだよ。こっちの労力の無駄から、お勧めしない。痴漢犯をどれだけ取り締まっても痴漢が消えることがないのと一緒」


 心底嫌そうに表情を歪めて告げる羽風に対して「そうですね」と軽く流す馨。彼らは各々で思うことがあったのだろう。そんなか、静かにパソコンの画面を見つめていた莉音が「お」と小さく声を出す。


「何か面白いものでも発見しましたか?」

「いや、そうじゃないんだ。紛らわしくてごめんね。……もう深層ネットワーク世界では各務早咲についての話題でもちきりみたいで。彼らはこう言うことに敏感なのか、ただただおもちゃが足りないだけなのか。まぁ、どっちもか」

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