第14話

 苦笑をしながら莉音は静かに息をつく。

 馨は欠伸をしてから、そっと視線をモニターに向けながら手元ではスマホをいじっている。器用に仕事をしているようにみえて、良い感じにサボっているという図にも見えなくはない。そっとスマホのメッセージアプリを開いては、理玖からの返信を見ながら口角を上げている。


「うわぁ……。ワープは無理なのでニュース見ました、今すぐ行きますって。高砂って、なんだか真面目ちゃんなんだね」

「本当に真面目な人は良い感じに伝えて相手を半殺しにすることを許容したりはしないよ、羽風。まぁ、物は言いようっていうのも言葉としてはあるほどだからね」


 羽風の言葉に苦笑をしながら莉音は先日の出来事のことを言葉にする。

 本当に真面目な人であれば、きっとあの時理玖の言ったようなことはしないだろう。直接的に言って仕舞えば、植物状態になっても死んでいないから問題ないと堂々と馨に告げてその場から一時撤退をしていたのだから。そのことを思い出しは羽風は、「それもそっか」とにんまりと口角を上げて机の上に陳列しているお菓子の一つを手に取りのんびりを食べていた。


 ――焼死体、はどうでもいい。各務早咲は絶対に生きている。自分の死を偽装してまで、そうする必要があった理由は何かあるはずだ。


 馨は眉間を皺を寄せて、顎に手を添えては目を細める。

 考えろ、考えろ。脳内で何度も反復させたその言葉は、所詮は暗示をかけるのに大した効力もなくただのそこら辺に落ちている小石と同じような言葉というものでしかない。彼女に、自己暗示をかけるものや他者に暗示をかけるように異能力は備わっていないので当たり前と言えば当たり前なのだろう。

 そんな中、莉音はそっと何かのデータを業務パソコンで使用しているチャットのグループへ投下する。


「これは……」

「昨日、僕が見つけた監視カメラがあまりにも出来すぎていてね。確かに、突破は安易ではないが無理ではなかった。つまり、入り込もうとすればそれができる人は問題なくできてしまう程度のセキュリティだった、ということだね。で、この映し出された研究所は今日燃えていた研究所なんだけど」


 その映像は、昨日どうするかと皆で話し合った時に出てきた映像。そして、燃え盛る研究所内をしっかりと映しているデータだった。あの後も莉音は、この監視カメラを注視していたのだろう。本人が監視していなくとも、勝手に映像はパソコンに転送して録画されるように設定をしてこの執務室を出ていたのかもしれない。

 もしくは、その映像の中で燃え盛る研究所を横目に呑気にコーヒーを飲んでいたのかもしれないが、それは彼らにとってはどうでもいいことである。どうせ、それを見ていたところでこの異能課に所属しているメンツであれば余程のことがない限り通報も何もしないのだから。


「ちゃんとモニタリングをしているところが、莉音さんらしくて安心しましたよ」

「気になることは全て調べ尽くさないと気が済まない性格でね。この性格の影響で、色々と苦労もあったけどそれはどうでもいい。で、僕が言いたいのは昨日も言ったかもしれないけどこれはあまりにも出来すぎているんだ。もしかすると、この映像を見たのが僕たちであるということを博士は察していたのかもしれないね」


 あちらがどれほどの技術力があるのかは、莉音には知る由もなければ知ることもないだろう。彼は、あまりにも単純すぎるその仕掛けに対してまるでわざと設置された罠に噛みついてしまった、と思っていることだけは確かだった。これに関しては、現在執務室にいる二人も同じことを考えているのか静かに頷いて同意を見せている。

 はめられたならば、それ相当の仕返しをする。

 やられたままでは、気が済まない。それが、彼らである。この場に、唯一の異能課の良心と名高い夏鈴がいれば彼らの行おうとしているやり返しを止めることはあるかもしれないが、残念なことに異能課には夏鈴以外に彼らのやり返しを止めようとするものは存在していない。


「羽風。流石に映像からの未来予知はできないですか?」

「ちょっと無理があるかも。できたとしてもそれは確定事項であり、ちょっと違う扱いになるかな。回避することができない事象は、今までもしっかりと観測できたことはない。私は、不確定事項しか観れることがないと思っている」


 はっきりとした口調で否定をする羽風に対して、その言葉は分かりきっていたのか頷くだけの馨。現在、彼女は普段使うことはない頭をフル活用してはさまざまな推測を立てて思考を行なっているのだろう。きっと漫画などで記載されていれば、目はぐるぐるとなっていたのかもしれない。

 莉音はそんなことをぼんやりと、頬杖をつきながら考えては目を細めて笑う。


「今重要、ってほどでもないけど。僕たちが調べるべきことは、各務早咲の居場所。彼女についての詳細なプロフィールだろうね。できれば、捜査一課がつかむよりもこっちで掴んでおきたい。色々制限がかけられる前に調べておかないと、本格的に動きづらくなるだろうからね」


 莉音が現在調べるべき事柄を簡潔にまとめては、息を吐く。

 刹那、タイミングよく開かれる執務室の扉。中に入ってきたのは、わずかに息を切らしては肩で息を整えている理玖の姿。メッセージであった通り、ワープはできないからできるだけ急いでここまでやってきたのだろう。馨にいいように使われている理玖に対して、少しの哀れみを込めた視線を向けた羽風。そんな視線に気づくこともなく、理玖は息を整えてから自席にやってきては鞄を静かに机の上に置く。


「甘羽さん、何か」

「進捗は無しですよ」

「あんなに急いで来たのに、進捗はなし!? というか、それならメッセージに入れてくださいよ! あれから何もメッセージが入らないものだから急いで来たんですけど!」


 はぁ、はぁ……とところどころ息を切らしながら文句を言っているその姿は目の前にいる莉音と羽風からしてみればどこか笑ってしまう何かがあるのかクスリと小さく笑ってしまっている。笑われている当人は、それどころではない。


「頼りがないのはいい知らせっていうじゃないですか」

「いや、情報連携は大事っていう言葉もあるの知っています?」

「まぁまぁ、二人とも。馨くんは基本そういうことだから高砂監視官も落ち着いて。いい運動になった、程度に思っておけばいいんじゃあないかな。実際に、急いで来てくれたことはありがたいからね。百瀬監視官と内海監視官はこういう時には逆にのんびりきたり、寄り道をしたりしてくることも多いから」

「それはそれでどうかと思いますけど」


 正確にいうと彼女たちが怠慢だから、というわけではなく。何か事件があった場合は、それに巻き込まれて基本的に時間ぴったりにくることが多い二人は引っかかってしまうだけの話なのだが。数分前から事務所に行こう、という考えは二人の中では異能課に配属されて数ヶ月で消え去ってしまったのだろう。

 実際、何か急ぎの用事があれば電話をすればすぐに繋がるので誰一人として問題視をしていないのだ。ただ、出退勤の問題で伊月が操作が必要になる程度でそのほかは何も影響していない。


「あれだけ公になったら、絶対にぶつかりますよね……。ところで、甘羽さん」

「今日は状況整理と、現場を見に行く程度ですね。明日は蝶屋敷に行く必要があるので今日は早めに切り上げる予定です。ああ、切り上げると言っても私の家はここなのであれですけど」

「おや、現場に行くのかい? てっきり、今日は一日膨れて折り紙だと思ってたよ」

「正直それでも良かったんですけど、高砂少年が現場に行きたそうにしていたので。後、現場の写真屋ある程度のことを確認しておかないと後でクソ情報を持ってこられた時に反論できるでしょう? あいつら、一部は嫌がらせのようにクソみたいな情報とか古い情報を平然と持ってくるんですから。はぁ、一回捜査一課が解体されないかな」

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