第11話
のんびりとした口調で話す小町に対して、これまたのんびりと間延びした返事をする日葵。彼女は冷蔵庫の中に入れられている、日葵用の食事が入っているパウチを取り出してはチャップを取り外し口に含む。まるでその見た目は、どこにでも置いている栄養チャージができそうなものそのものだ。その実、その中に入っているのは鳴無が持てる技術を全て詰め込んで作り出した日葵専用の人肉パウチなのだがその中身を知るのは異能課関係者のみである。
一緒に住んでいる小町にもそれは伝えていない。
「はい、用意完了。じゃあ、食べましょうか、小町さん!」
「そうね。じゃあ、いただきます」
そっと手を合わせて、綺麗な所作で箸を勧めていく小町を横目に日葵は口にパウチの飲み口を咥えたままちゅうちゅうと吸い込んでいる。理玖はその中身のことを理解しつつも、彼女の体質もわかっているので顔色ひとつ変えることなくのんびりと朝食を食べている。
よほどのことがない限り、朝早くから呼び出しなどもないので本来ではこのようにのんびりと朝食を食べることだってできるのだ。日葵は飲み終わったのか、伸びをしてはそっとキャップをつけてゴミ箱に栄養パウチを捨てる。そのまま彼女は時計を見ては、少しだけ急ぐように学校へ行く準備を始める。
「私今日、委員会の仕事があるから早めに出ないと。じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね。……はぁ、僕ももうちょっとしたら仕事の準備しないとなぁ。そういえば、日中は小町さん何をされているんですか? 町内会、とか言っていたような気がするんで多分交流しているんでしょうけど……」
「そうねぇ。少し散歩をしたり、お買い物をしたりしているわ。後、ボランティアもね。内職もしているし、日葵ちゃんがあんなに明るくなってからはよく家にいないことも多いから、私一人でできることをしているのよ」
たおやかに微笑み、その目尻にはうっすらと皺ができる。
理玖は「そうなんですね」と笑って告げる。何か面倒ごとに巻き込まれていないのであれば、彼からしてみれば問題ないということなのだろう。職業柄、公にすることはできないがそれでも知られると危険がまとわりつくことになる。故に理玖は、警察署に勤めていることは話していても、異能力者と共に仕事をする監視官であるということは公言していない。小町は、一度馨と仕事で訪れたことがあるので言ってはいないが察してはいるのかも知れない。
それでも周りに広まっていないのは、彼女が周囲に理玖や日葵のことを安易に話していないからなのだろう。
「理玖くんは、お仕事は大変?」
「まぁ、波がありますけど。今は仕事が来たので大変って感じかも知れないですね。何もないところから始まるので、本当に大変ですよ……」
「ふふ、頑張ってちょうだいね。さて、と。片付けは私がしておきますから、理玖くんはお仕事に行く準備をしなさいな」
チラチと壁にかけられている時計を見ては、小町はにこりと微笑んで告げる。
理玖は少し考えた後に、せっかくの好意を無駄にするわけにもいかないと判断したのか小さく頷いてから食器はそのままにして軽く会釈をしてから鞄を取りに自室へと戻る。
自室に戻ってきた理玖は、なぜかランプが点滅している自身のスマホを視界に入れては頭を抱える素振りを見せる。この時間帯に、なおかつオレンジ色のランプが点灯しているということは十中八九誰かから電話が来たということを指す。そして、その誰かからの電話の九割は馨である可能性が高い。まさかの呼び出しなのだろうか、と思いながら少しだけ恐る恐るとスマホを手にしてスリープ状態を解除して画面を確認する。
『食事中ですか?ならチャットに切り替えます』
『ニュースを見るか、一瞬で事務所まで来い』
ポップアップのように出ていたのはそのメッセージ。おそらく、先日強制的に入ることになった異能課のグループチャットなのだろう。以前、莉音や馨たちが全体周知以外でも個人呼び出しで使うこともあると言っていたがそれは事実らしい。流石の理玖でも、この場所から一瞬で警視庁の執務室まで移動することはできないので鞄とスマホを手にして急いでリビングまで足を進める。
急いだ様子の彼に小町は不思議そうに首を傾げるも、呼び出しがあり急いでいくことになったのだろうと結論づけて食器の片付けに視線を戻す。
『続いてのニュースです。本日未明、ストレス分野で研究を進めていた各務早咲博士の所有する研究所にて火災が発生しました。この火災にて、中にいたと思われる研究員数名が焼死体で発見。今現在まで、各務早咲さんの所在を確認できておらず警察はこの焼死体の中に各務さんがいる可能性も視野に入れて捜査中です。では、次のニュースに移ります』
「は、はぁああ!?」
馨に言われてすぐさま電源を入れたテレビに映っていたのは、大きくて立派だっただろう焼けこげた研究所にブルーシート。詳細はあのチャットに書かれていなかったが、つまりそういうことなのだろう。理玖は急いで、スマホを起動して馨に確認をするため電話をかける。
「ちょ、甘羽さん!! これ、どういうことなんですか!?」
『うるさ……。朝から元気すぎません……? テレビを見たんですね。その報道の通りですよ。はぁ……警察まで動き始めちゃったらちょっと大変なことになるんですけどね』
「いや、僕たちも警察ですけどね……。ともかく、今から急いで執務室に向かいます。この件で何か話し合いでもする予定なんですよね、多分。瞬間移動は無理ですけど、なるべく急いで行きますから!」
『また捜査一課に邪魔される未来が見えた……』
それだけを残して馨から電話を切る。最後の聞こえた言葉が薫の現在機嫌がよくない理由なのだろう。他の異能課がどうなのかはわからないが、少なくとも彼女はあまり刑事課と関わることを良しとしていない。いな、それよりも見かけたら笑顔でオモチャにしに行っているがそれでも進んで会いたくはないのだろう。
仕事柄会うことがあれば仕方がない、というふうに割り切っているのかも知れない。
「ああ、その火事ね。朝からのそのニュースでいっぱいだったのよ。……なんでも、有名な博士さんが巻き込まれたかも、とか」
その言葉に対して頭を抱えそうになるも、必死で息を吸い込んでは深呼吸をして整える。理玖は、執務室に入った瞬間に面倒くさいことが起こることが予測できてしまい少し足が重くなるも仕事なのだから行くしかないと決めて鞄を手にする。
「今日からまた忙しくなりそうね?」
「はい……。はぁ……、甘羽さん、捜査一課が絡むと露骨に嫌がるんだよなぁ。揶揄う程度で終わればいいんだけど、それで終わらない未来しか見えないなぁ……」
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