第10話

 何も変わらない、自身の好きで多く満たされた自室の中。馨は椅子に座って、机の上に置いていた自前のパソコンを起動しては軽く調べ物をする。彼女のパソコンは至って普通のものなため、莉音が調べるような詳しいことを調べることはできない。誰でもアクセスできるような、フィエイクが塗れているネットワークの中で取捨選択して情報を見ることしかできない。


「表向きの情報はここで見るのが一番だけど」


 業務パソコンは、様々な情報を収集できるように莉音が色々と仕掛けを作っている。それと同じくらいに、情報を抜かれないようにという対策も彼が行なっている。いわば、彼は異能課のセキュリティ担当と言っても差し支えがないだろう。驚きなことに、そのような専門学科を出ているわけではなく独学と趣味だけでここまで高度なことができてしまっているのだが。

 このノリで、少しでも自分の興味があるゲームを進めればそれなりに協力プレイができるのではないかと考えたことは数知れず。いまだにそれらを実行していないのは、何度馨が莉音にゲームをプレゼンしても彼の興味を獲得することができなかったからである。


「各務早咲。……ストレスの可視化研究を第一線で実施、ねぇ」


 見えないものを見えるようにする。

 言葉にするとそれほど魅力的なものはない。だが、一歩扱い方を間違えれば人権ギリギリの問題に発達する可能性だって存在している。使い方の倫理観次第では、素晴らしくなるのか最悪なものができるのか分かり切っている。今回彼女たちがつかんだ情報が、本当であれば各務早咲は何かしら処置されてひどい場合は処分されることになるだろう。

 だがそれにしてはあまりにもレールに乗って進みすぎている。

 問題なくレールの上を走っているのであればいいのだが、それが誰かに誘導されているのであれば話は少しだけ変わってくるものだ。誘導されているということは、間違った方向へと誘われている可能性だって存在しているのだから。馨は、そっと眉間に皺を寄せては険しい表情をして頬杖をつく。

 彼女がここでどれほど頭を捻らせたところで、何もわかることはない。何せ、馨には人の思考や内心、本質を知る手段はあれども無機物から正確な情報を抜き出す手段は存在していない。興味はあるが、知識はないのだから当然することもできない。


「疑問点を一度洗いざらいまとめて莉音さんに依頼をするのが賢明かな」


 ぼんやりとしながら、画面を下へスクロールする。

 そこには各務早咲の経歴などが簡潔に書かれていた。ここに記載されていることが、本当であれ虚偽であれ馨は一つの言葉に目を奪われる。


「……異能力、研究所?」


 数年前に、異能力研究所。もしくは、別名異能力者研究所に所属していたことがある、とはっきりと書かれているのだ。

 異能力研究所、とはその名前の通りに異能力について研究をする公的な機関である。異能はどのようなことが原因で発現するのか、異能力者と非異能力者と脳のつくりはどのように異なっているのか、という違いを実験などを繰り返して研究している。その中には口には出すこともできないほどの非人道的な研究も複数存在している。

 非異能力者に対する扱いは、同意を取った上での被験者としての扱いなのだろうが異能力者は違う。彼らには人権は存在していないのだから、研究者たちがどのように扱おうとも問題がない。


「……数年前にあらかた潰したと思ったいたのだけど。生き残りなのか、もしくは私が潰す前に退社していたのか。いずれにせよ、とても運がいい。あと、とても運が悪いようだね」


 今でこそ警察関係者の異能官として働いている馨であるが、彼女はもとより多くの者を殺した大量殺人犯として死刑申告をされていた。死刑執行前に伊月に声をかけられて今のこの場所にいる。彼がどのようなことを言って、馨を連れ出したのかは彼女自身も知らないし、知る必要はないと思っているのだろう。だからこそ、今の今までそのことについて伊月に聞くことをしていないのだ、


「まぁ、いちいち殺した人のことを記憶しているわけないのだけど」


 当時のことを思い出したのか、楽しそうに目を細めては口角をわずかにあげて笑う。

 そっと指で画面をなぞり何かを思ったのか、楽しそうに微笑んで口を開いて一人呟く。


「異能官になる前にお前を見つけていたら殺せたのになぁ。ああ、残念。でもまぁ……何か知ってたら、それはそれで殺す勢いで情報を吐かせないとね。死んだところでどうでもいいし」


 その笑みはどこまでも純粋のようにも見えて、ひどく子供のようで。……無機質に並んでいるフィギアや人形よりも無機質でゾッとする何かを孕ませていたことを彼女は知る由もない。



 翌朝。

 少し遅めに帰宅した理玖は、朝くらいは用意しようという心意気があったのか随分と早く起きてキッチンで二人分の朝食を機嫌よく鼻歌を口ずさみながら作っていた。


「おはよ、理玖くん」

「あ、おはよう、日葵さん。随分と眠そうだけど、最近何か困ったことでもあったの?」

「ん、いや。特にはないよ。ちゃんと人らしく人の中に紛れ込んで楽しく学生生活をさせてもらっている。お昼ご飯とかちょっと最初の方は言われたことあるけど、鳴無先生から言われてるって言ったらみんな納得しちゃった。私はそこまで詳しくはないのだけど、鳴無先生ってそんなに有名人なの?」


 先日仕事で出会った、人肉しか食べることができない体質をもつ脛巾日葵の監察官として任命された理玖はその後以前まで住んでいたアパートから引っ越して彼女が老婆と住んでいた家に引っ越してきていた。もちろん、ことの顛末や理由、内容などを詳しく話しているわけではないがある程度この家の家主である老婆、佐保小町サホコマチに軽く説明した結果彼女に提案されたのだ。

 対して仕事場からの距離も変わることもなかったため、彼は一つ返事でその好意を受け取り今に至っている。


「ええ、とっても有名な先生なのよ。人気な先生で、滅多に予約も取れないくらいって町内会の人たちも言っていたもの」

「小町さん、おはようございます」

「おはよう、理玖くん、日葵ちゃん。あら、今日の朝食は理玖くんが作ってくれているのかしら」

「はい。昨日はお夕飯、美味しかったです! 日葵さんからの書き置きで、小町さんが作ってくれたとあったので。今日は朝は僕が作ろうと。また夜は遅くなるかもしれないです」


 苦笑をしながら丸めていた卵焼きを取り出しては、まな板に乗せる。そのまま流れるように、グリルを開けては焼いていたシャケを取り出して皿の上に盛り付けていく。今では匂いは大丈夫になったのか、食べることはできないが日葵が近づいてきてはキラキラとした顔をで理玖の用意している朝食を見つめている。

 もしも彼女が食べることができたならば、どれかはつまみ食いと称されて食べられていたことだろう。


「日葵ちゃん、ほら涎を拭きなさいな」

「おっと、思わず。見た目だけでも美味しそう……。理玖くん、お嫁さんに行くぶんには困らないね」

「それは何の冗談かな。……っと、とりあえず完成かな。小町さん、こっちは用意するので白米とお味噌汁の盛り付けを頼めますか?」

「お安いごようよ。ほら、日葵ちゃんはいつもの冷蔵庫に入れているからちゃんと飲んでいくのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る