第9話

 馨にはどうやっても、その人の隠している本質が見えてしまう。見えるだけならまだしも、ひどい時には内心などの思っていること。俗にいう心の声というものさえも聞こえてしまう。それゆえに、時折読み取っては先回りすることもあるのだが彼女の能力を知らない異能課メンツではない。彼女には全てが筒抜けであるということを、皆理解をしている。

 その上で、平然と接しているのだ。

 秘密を握るにはそれ相当の覚悟と代償がいいる。それを使役するのにも、もちろん代償が存在している。ノーリスクでハイリターンを狙うだなんてことは虫のいい話であり、そのようなことは滅多に存在していない。


「確かに蛾は毎回怪しいからなんともだな。あいつは、御堂ちゃんのためにしか動かない。伊月と何か契約をしているならば、それも考慮しているかもしれないがあの伊月がガチガチに縛るような契約をすることはありえない。なら、今回この資料を持っていくように蛾が言ったということは異能課を巻き込めば御堂ちゃんの安全が確立するもしくは安全でいることができる確率が上がるからと考えるべきだろう」


 異能課には、所属している彼らでさえも知らない思惑が多く存在している。

 組織というものは、得てしてがんじがらめになってしまうほどに様々な思考が錯綜としているものである。しがらみが存在して、それゆえに人の立場を利用する。自身が動きやすいように操ることだってできる。何も、そのしがらみは悪いことだけではない。しがらみを把握すれば、それをどう使うかも全てその人次第。だが、使うことができる立場であるからと言ってその人物が安全ということでもない。

 誰かを使役するということは、また自身も誰かに使役されるということと同じなのだ。


「いずれにせよ、蝶梨さんを上手くこちら側に深く関与させれば問題はなさそう、ですかね」

「まぁ、そうすれば必然的に嫌でも蛾は全面協力せざるを得ない。だけど、残念だよ。あの各務博士の研究がどうなるかっている時にこういうことを見てしまったのはね。救いなのは、まだこれが一般的に公表されていないことだろう」

「うちから公表する気は無いので、それは大丈夫ですよ。メディアがつかんだり、深層ネットワークの住民がおもちゃにし始めたらどう出るかわからないですけどね」


 人の情報をおもちゃにする。

 言い方は良く無いかもしれないが、そのような人物たちが深層ネットワーク、否。インターネット上には多く蔓延っているものもまた事実であるのだ。鳴無は思い当たる節が少しでもあるのか、眉を下げて口角をあげては困ったように苦笑してしまっている。そんな鳴無の表情を横目で確認した馨は、目を伏せてから立ち上がり伸びをする。

 そろそろ執務室へと戻るのだろう。

 足を進めて扉に手をかけようとした刹那、彼女の後ろ姿を見ていた鳴無が静かに話しかける。


「甘羽ちゃん」

「まだ何か言いたいことが?」

「蝶屋敷に行く時だけど。……蛾にあっても、君の妹については聞いてはいけないよ。たとえ、彼が何かを知っているとしても」

「それは伊月室長と交わしているルールの一つです。それに、妹の情報は自分で探して掴み取る。……蛾が味方である限りは、そのルールを破ることはしませんよ。蛾が敵になったその瞬間は、殺す勢いで聞き出しますけど。それだけならば、もう行きますよ。私も暇じゃ無いので」

「はは、暇じゃ無いって言っている人は業務中必死に干支を作ったりしないんだがな。まぁ、そういうことにしておこう。……気をつけるんだよ、甘羽ちゃん」

「お互い様」


 片手をあげて返事をしてから、馨は振り向くことひとつもせずにそのまま歩いていく。

 ばたり、としまった扉をぼんやりと眺めながら鳴無は少しだけ遠くを見つめては息をついて机の上に突っ伏する。


 ――各務早咲が、異能力研究所の関係者だとしれば彼女はどうなるのだろうか。


 きっと悲惨なことになるのだろう。だが、その地獄のような光景であったとしてもきっと表沙汰になることはないのだろうなという謎の確信を感じては鳴無は瞳を閉じた。



「もう議論は終わったんですね」

「うん。ボス含めた監視官組は全員帰ったよ。ちなみに、羽風も眠いと言ってさっさと自室に帰っているよ。医務室から戻って来たならば、すれ違わなかったかい?」

「タイミングが良くなかったようですね。一つもすれ違いませんでしたよ。それにしても、そこまで長居をしたつもりはなかったんですが。結構解散間際で私が出て行ったのかもしれませんね」


 馨は少しだけ苦笑をしながら、未だに電源がついている自席に設置されているパソコンの元へと向かい電源を切る。執務室には、コーヒー片手に何か調べ物をしている莉音と戻って来た馨の二人だけだ。異能官は全員、この地下に存在している部屋を拠点としているので職場が家という状態である。そのため、少し歩けば自室ということもあり調べ物があればギリギリまで執務室に居る場合も多い。

 普通、最後に執務室を出る者が施錠をしては鍵を共通の管理場所に戻す、ということが必要になるのだがそもそもこの地下に入るのに様々な認証が必要になり関係者以外は入ることができないので施錠なども特に行っていない。


「莉音さんは、何を調べているんですか」

「そうだね。……まぁ、調べているというよりも。情報収集かな? 深層ネットワークには様々な情報が存在しているからね。それが嘘か本当かはさておき、だけど。残念なことに、蔓延っている情報の八割が嘘であることが多いのだけどね」

「最近は手の込んだ嘘情報も多くなっていますからね。今一度、ネットを使う人はどの情報を獲得するべきなのか、また安易に情報を信じることはせずにソースを自分で調べるなどをする必要が出てきそうですね。それは私には関係のないことですけど」

「馨くんの言う通りだ。……今日はもう稼働終了かい?」

「はい。私も眠いので今日は寝ようかなって。どうせ、何も分かっていない状態で手探りで調べていくことになりますし。でもそれって、私たちからしてみればまぁ大体そうだよねって話でもあるので、いまさらですね。では、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。良い夢を」


 パソコンの電源がしっかり切れていることを確認して、馨は自身の所有物を手にしては軽く莉音に手を振って挨拶をして眠そうに表情を歪めながら執務室から出て行く。今回の執務室を最後に出るのは莉音になったようだった。

 のんびりと扉が閉まる様子をぼんやりと眺めていた莉音は、肩をすくめて深いため息をつく。彼の視線の先には、先ほどの話し合いで出ていた自身が見つけた各務早咲の姿が映った監視カメラの録画映像が映し出されていた。


「目に見えていることだけが真実とは限らない。……そうだろう? ――」

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