第8話

 伊月との会話をあらかた終えた莉音は、いつの間にか馨の自席にある椅子に座っては理玖の隣に移動して話しかける。いきなり気配もなく話しかけられた理玖は、寸で声を上げることを抑えては平然とした素振りで話を進める。このカメラは、インターネットと接続するタイプで外から入り込もうとすればできてしまうタイプだ。どれほど、強力なセキュリティを設けていたところでそれらを突破する連中は一定数で存在している。

 それこそ、莉音は突破したし彼が突破したということは彼が定期的に潜っては監視している深層ネットワークにも突破するものがいることだろう。そこにいるものたちは、純粋に腕試しで入り込むものもいれば情報を公開して脅すためのネタとして入り込むものもいる。この世界には、残念なことに善意で動く人間の方が少ないのだ。


「一応、僕が入り込んだ後には早々入り込めないように仕掛けをしておいたから晒されることはしばらくないよ。まぁ、これも時間稼ぎでしかないのだけどね」

「僕はそういう方面は明るくはないのでなんとも言えないですけど……そういうの、すらっとやっちゃうだなんて浅海さんってかっこいいですよね。漫画とかアニメに出てくるイメージするセキュリティ監視者って感じで」

「あはは、それはありがとう。実際に、そういうところはほぼ寝ることもないしシフトなんてあってないようなものだろうから現実は君が思っているよりも華やかではなくて真っ黒に満ちてそうだけどね」


 にっこり、と音がつくような笑顔を見せてから莉音は視線を理玖からパソコンへと戻す。

 そこに表示されていたのは、先ほど異能課に所属するメンバに展開された蝶梨が持ってきた死体についての資料と莉音が見つけ出して映像保存を行なった監視カメラの映像と写真。至って普通のそれらに対して、どうしてか胸騒ぎがする違和感を感じるのだろう。理玖は眉を顰めては、首を傾げるもその違和感の正体を突き詰めることはできない。

 後少しが、届かない。


「まぁ、いずれにせよ今はまだ全てが推測だらけだ。あまり推測を出しすぎると無意識にそれらに縛られて大事なものを見失ってしまうなんてこともあり得るからね。大事なのは、その君が感じた正体不明の違和感じゃないかな。それを感じながら、事実を理解して調査していく。異能課なんて、そんな仕事ばかりなんだ」

「何かと、いろんな場所に連れまわされているような気がするので……。僕のイメージとしては、とりあえず現場に行ってみようスタイルなのかなって思っていたんですけど。確かに、浅海さんたちはここで調べ物をしたり指示をしたりすることのほうが多いイメージですね。いや、イメージで物事を判断して話すのもどうかと思うんですけど……」


 一通り話してから、苦笑をして肩をすくめる理玖。

 そんな彼に対して、少しだけ意外そうな表情を見せて莉音は数回瞬きをしてから楽しそうに目を蛇のように細めて口角を上げる。どこか不気味そうな表情でも、纏う雰囲気からそのようなことは一切感じさせない何かがある。それらを口にしたところで、目の前の男はあいまいに微笑んでは言葉を濁して答えることはないのだろう。

 理玖はそっと時計を視界に入れて時間を確認する。

 就業時間まで、後三十分ほどだ。



「いつ見ても彼女の資料は完璧だ。本当に、助手として雇いたいレベル!!」

「鳴無先生って、蝶梨さんのことをいつもそう評価してますよね。まぁ、彼女の両親は医者だったようですし大きい医療施設で様々な実験を行なっていたし、娘は優秀な標本師だしでそういうのが完璧なのはわかりますけど」


 異能課が世話になっている医務室にて、蝶梨の作ったオリジナル資料を手にして誰かの予想通りによだれを垂らしては興奮しながら資料を読み込んでいる鳴無と、そんな彼を呆れたような表情で見ている馨の姿がそこにはあった。彼女がきて、かれこれ二、三分ほどしているが彼はその資料から目を離すことなく時折手の甲でよだれを拭う程度で何も変わらない。

 この異様な空間も馨からしてみれば慣れたものなのか、異常な興奮の仕方をしている鳴無を見ても普通に会話をしているほどである。他の異能課メンバでも、彼女と同じ行動をとるだろうがその声色は呆れが見え隠れしておりどうしようもないその感性に対して肩をすくめて深くため息をついていることだろう。


「さて、それはさておき。甘羽ちゃんは何しにきたんだっけ」

「鳴無先生が、蝶屋敷に行くと聞いたんで私と高砂少年も一緒に行こうかなって。流石に別日でセッティングして蝶梨さんに無駄に二倍の労力を課すようなことは避けたいですし、蛾からクレームの嵐が来そうな気がするので。できる限り、一気に終わらせてしまいたいな、と」

「それは一理あるな。全く、あの男は彼女に甘々ちゃんだから仕方ない。恋人じゃなければ、気でも狂ったストーカーだぞ。……まぁ、それはいい。わかった。日程調整をする際には、二人を追加した合計三人で行くことを伝えておくよ。それにしても、甘羽ちゃんのことだ。それ以外にも話したいことがあってきたんじゃあないか? 本当に日程調整だけなら、君は面倒くさがって高砂くんを連れてくるはずだからな」


 数回瞬きをしてから、目を細める。その細められた目は、蛇のようでゾッとするほどに感情はない。しかし、それも一瞬の出来事ですぐにいつもの飄々とした表情に戻ってはベッドに腰をかけて伸びをして口を開く。

 事実、馨は他にも話すことがあったからこそ日程調整など他の誰でもできるようなことに対して自ら名乗りをあげてやっているのだ。彼女であれば、そのような面倒なことくらい誰かに難癖つけて任せている。


「蝶梨さんは嘘をついていない、それは私が断言することで証明しましょう。その上で話を聞きますね。先生から見て、あの写真の人物は本当にあの指名手配犯であると断言できますか」


 自身の太ももに肘を乗せては頬杖をつく。

 ジィと鳴無を見ているその視線は、まるで何かを射抜くには十分すぎるほどに鋭く感じる。彼女と初対面だったり、付き合いが短ければきっと畏怖して言葉を失うであろうその視線に対しても臆することなく肩をすくめてはため息をつく鳴無。彼にとっては、馨一人の視線はとるに足らないことなのだろう。たとえ彼は、別の凶悪と言われている犯罪者や死刑囚などが目の前にいて自身を視線で射抜いたところで畏怖することはない。

 なぜならば、興味がないからだ。興味がないのだから、畏怖することだってない。


「写真を見ただけでは断言はできないよ。これは、甘羽ちゃんもわかっていることだろう」

「そう、私を含めて異能課のメンバはみんな理解している。……まるで状況証拠と言わんばかりに、莉音さんが各務早咲の所有するラボの一つのカメラでこの写真と同一人物と思われる男の姿を見つけました」

「浅海ちゃんを疑ってるのかい?」

「まさか。莉音さんを疑っていないですよ。そもそも、異能課に所属している人は疑いようがありません。彼らがいくら、心を無にしようともに透明にしようとも私は全てを見透かしてしまう。それを理解していますからね。わざと何か違うことを言う、と言うことはそれだけの理由があると言うこと。毎回そうですから。……今回、疑っているのはその写真の人物と各務早咲と言う人物。そして、蝶梨さんにこれをここに持ってくるように助言した蛾ですかね」

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