第7話

 楽しそうに笑っては、理玖の疑問に答える馨。彼が何も言わずしても疑問の内容に準じた回答をしたのはきっと彼女が何かを読み取ったからなのだろう。馨は基本的に、仕事での実力行使以外では異能を使役するようなことはないがこのような普段から使うものもあるのだろう。以前、仕事で京都に行った際には散々馨から先読みをされていたこともあり、特に何か思うこともないのだろう。

 ただ、ある意味便利だなと思う程度なのかもしれない。


「なるほど……」

「資料の男に関しては、現在圭がよだれを垂らしながら写真から読み取れることをまとめていることだろうな。おそらく、明日くらいには蝶屋敷でも現物確認に行くんじゃあないか?」

「え、先生って明日くらいに蝶屋敷に行くんですか!? 私と高砂少年も、少し蝶梨さんに聞きたいことがあったから行こうかなって思ってたんですよ。ちょっと、予定調整してきます! まだ医務室に?」

「さっき医務室の前を通った時はやけにテンションが高い声が聞こえたな。いってらっしゃい」


 伊月の言葉を聞いて、馨は持っていた指し棒のようなものを理玖に預けて急いで執務室から出て医務室へと向かっていく。理玖としては、いつの間にか一緒に蝶屋敷と呼ばれている蝶梨の屋敷に確認に行くことになっていて頭に大量の疑問符を生産していたが、周りの人物は苦笑をするだけで特に助け舟も質問をすることはなかった。

 馨の突飛な行動は、もはや日常茶飯事であることは周知の事実なのだろう。加えて、彼女は基本的に何か気になることがあるからそれを潰すために行動する。何が気になっているのか、という報告は残念なことに理玖でも事後報告されることが多いのだが彼らも同様なのだろう。


「馨の突飛さには振り回されてばかりね」

「いやまぁ、もう、慣れましたよ……」

「あれは慣れるとかの問題でもなくない? 高砂がよほど柔軟なのか、甘いのか。もしくは、馨くんみたいな人が身内にいたとか? それならあの暴挙にもすぐに慣れるのは理解できるかもしれないけど」


 自身の太ももに肘をついて、頬杖をついていた羽風は少しだけ興味深そうに理玖に話しかける。

 基本的、男に対して辛辣で興味を持つことはない羽風であっても興味が出てしまうことなのだろう。こと、あのある種の暴君に関してすぐに柔軟できるものが今までいなかったからということもあるのだが。何せ、この異能課で唯一監視官を退職に追い込むのは馨だけなのだ。

 莉音、羽風の担当監視官はついてから今まで変わったことがない。この場にはいない、学生異能官である夏鈴も同様である。


「まぁ、身内にああいう性格の人はいましたからね。……先ほど、甘羽さんから聞いたんですけど宵宮さん業務でもないのに業務の話に参加して大丈夫なんですか?」

「ああ、もちろん。心配は無用さ、高砂くん。この分はしっかりと業後残業として申請するのでね。貰えるものは貰っておかないと勿体無いだろう?」


 それでいいのか、警察関係者、と思った言葉は必死に喉元に止める。

 吐き出したところで、この場にいるメンツは嫌な顔をすることはなくむしろ笑ってくれることはわかりきっている。それでも、なんだかいうことは憚れたのだろう。理玖は、何度かも忘れてしまうほどに行った苦笑を携えてホワイトボードへと視線を戻す。色々と、各々が思ったことを書き連ねているが結局のところ何かわかったか、と言えば何もわかっていないというのが結果として残った。

 現状は、蝶梨が持ってきた資料しか存在していないというのが結局何も進展はない原因だったのだろう。

 たとえ、莉音が各務早咲の研究所の録画カメラから蝶梨が持ってきた死体写真と同じ人物と思われるものが写っていたところでも、だ。唯一の救いは、まだ上に上がっておらず、警察関係者でこのことを知っているのは異能課だけであることだろう。


「それにしても、運び込まれた死体と指名指定犯は完全一致なのか?」

「写真からデータ化した骨格、そしてこの監視カメラの録画映像に写っていた男の骨格などを照らし合わせた結果限りなく本人に近いということだけですね。本人であると断定するには、それこそ死体の一部を貰って検査にかける必要があるでしょう。幸い、この男は一度研究所を脱出している脱走犯でもあるので、ボスがお願いすればきっとデータをもらえるでしょう」

「俺がお願いするよりも、莉音がお願いした方が確実じゃないか? 行く前に、あらかたカメラは機能不全にしておいて視察という名目で俺と莉音が研究所に行く。対応してくれた人に対してお願いをするのが早いだろうが……」

「僕のお願いは目の前にいる人にしか……ああ、事前にお願い事をばら撒いておけば問題ないんですけど。そんなことは、まぁ現実的ではないわけですしね。もしも、データ入手をする場合はその方向でいきましょうか」


 ニコニコと伊月と会話をする莉音の話す内容は、その楽しそうな表情とは反してどこか不穏さが見え隠れしている。この光景でさえも、慣れたものなのか周りの人物たちは好き勝手にホワイトボードに書かれていることについて話し合っており二人の会話に対して突っ込むことはしない。


 ――これは、僕の感性がまだ未熟ということなのか……?


 突っ込むべきなのか、そうでないのかはまだ入りたてでもある理玖にはわからず。結局、触らぬ神になんとらや、ということもありそっと聞こえないふりを貫くこともした。彼はホワイトボードに書かれている現状と、パソコン上に送られてきた死体の状態を記載されている資料を見る。


「それにしても、カメラの録画を残しておくなんて見られる可能性があることを考えなかったのかなぁ……」

「もしくは、わざと見せるためにこれを残しておいた、とかかな?」

「宵宮さんとのおしゃべりはもういいんですか? ……わざとって。これを見られるリスクの方があれども、見られて何か得することって相手にありますか?」

「さぁね。あくまでも、可能性の一つとして言っただけだからね。だけど、彼女はカメラをローカル的に止めておかなかったし、実際録画もこうやってバッチリ残っている。取られるかもしれない、見られるかもしれないということは考えていないわけでもないだろう。それに、このカメラのアングル的にも別にこの人物を隠そうともしていない。と、慣ればだ。この映像は作られたものでわざと残しているか、本物で何かを伝えるためにはっきりと残しているかということが推測できるってことだね」

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