第40話
「甘羽さん」
「はい、何でしょうか」
「これって傷害罪です? 公務執行妨害です?」
「公妨にあたりますかね? 高砂少年は、監視官として国の保有している武器である異能官を守りその結果村人に暴行を受けた。ま、別に怪我なんてしなくとも公務員の業務を妨害している行為でしたら成立しますけどね。ついでにいうと、傷害罪もくっついてくると考えても良いと思いますよ」
殴られた際に口元を切ってしまったのか、わずかに血が出ている唇で紡がれる言葉はどころなく楽しそうに弾んでいる。どちらもお世辞にも平然としてられるような怪我ではなくいつ倒れてもおかしくないような傷の多さであるのにも関わらずに、何故か振り切ったような思い残すこともないような雰囲気を纏っている。
馨は縛られていた手を異能力を用いて自由になったことを確認して、持っていた鞄から包帯を取り出してそそくさに理玖の血まみれの腕に気休め程度に巻いていく。
「ちなみにですけど。私は国が所有している武器である異能官ですので、私に暴力を振るった時点であなた方はまとめて器物損壊でしょっぴくことが可能だったりしますよ」
ぼさぼさになってしまった髪の毛を、煩わしそうにかき上げては思い切り周囲の村人を睨みつける。無知とは時に、自分の首を絞める。法律は自身を守る盾でもあるが、時として使い方を誤れば自身を傷つける剣になることだって存在している。
無知であるが故に、自分が剣の刃を握ってしまっていることにも気づかない。馨からしてみればそれらを狙っていたのかもしれないが、何も知らされていない理玖からしてみれば唖然としてしまうような行動だ。
「で、何で助けに来たんですかね。私、別に頼んでいませんけど」
「頼まれてませんよ。夕食の時間になっても、甘羽さんがわめきたてないので何かあるのかなって思いまして」
「私は犬ですか?」
呆れたように告げられる言葉は、何処か楽しそうな声色をしている。滅多なことでは動かされない表情が心配そうに歪んでいる。彼女は、理玖の血まみれの腕を見ては見せつけるにようにゆっくりと指を鳴らす。刹那、彼女は風を集めて患部を風で包んで圧迫させる。
手当なども満足に出来ない中での、応急処置のようなものだ。本当に治癒系統の異能力を持っている者へ見せるのが良いのだがこの場にそのような異能力者もいなければ、馨自身も治癒系統の異能力を所持しているわけではない。
「甘羽さんは犬じゃないですよ」
「へぇ」
「人間で、僕の相棒なんでしょ」
「初日とちょっと顔つきが変わりました? まぁ、別に良いか。さて、どうしますか。ほら、指示をください。高砂監視官」
ゆっくりと腰を軽く下ろしては腕を構えて、いつでも攻撃が出来るような態勢になる馨。酷くこの状況を楽しんでいるのが分かるほどに表情は歪んでおり至極楽しそうだ。ピンチな場面になればなるほどに彼女は楽しくなってくる質なのだろう。
それはある意味で、根っからの戦闘狂のようなものを感じさせる。
ある意味、平和主義なこの日本では向いていない性格であり生きづらいもの。だが、平和主義だなんて表だけの話でありひっくり返せばこのように平和主義の国でも戦いにまみれているのが事実だ。
「まずですが。あと少しすれば、府警異能課の監視官である鬼籠さんが担当異能官と共にこちらにやってきます。罪状は、……公務執行妨害および、傷害罪ってところですかね。無理を言って呼び出しているので、せめて拘束くらいはしたいですかね」
「へぇ、ちゃんと私の机の上に置いてあった電話番号を活用したようで何より」
「でも、朱鳥さんを取られるのはよくないのでまずは朱鳥さんの捕獲ですかね」
理玖の苦笑交じりの言葉に対して、「承知」と短く答えてから馨はそっと片手を突き出してくるくると指を手慰めのように、オーケストラの指揮者のように軽やかに動かす。刹那、朱鳥がふわりと持ち上がって瞬く間に馨の小脇へと収まる。突然の馨の行動に、攻撃をされると思ったのか先ほどまでの威勢は何処へやら。
村人は頭を抱えたり、青ざめたりと恐怖に満ちている。しかし、それは一部の村人に限る。一部はまだ鍬や斧などを握りしめて馨たちを睨みつけているのだ。
「さすがにその回収の仕方は、ちょっと」
「回収しろと言ったのは、高砂少年ではないですか。どうやってしろ、というまで指示を受けていないので私なりの方法でやったまでです。で、後は?」
「指示待ちの新人ですか……? そうですね、後は。もう、手も出されていることですし。襲ってくる奴は気絶させて良しってことにしません?」
「それは大賛成。私もちょっと殴られた分だけ殴り返したいなって思っていたんです。いやぁ、正当防衛って凄く良い言葉だと思いませんかね。私は大好きですよ、セイトーボウエイ」
ある意味でそれは過剰防衛になりかねないのだが、と思いつつも今回の村人の行動に対しては少しのいら立ちを感じている理玖は止めることはせずに笑っている。何処か、まともそうに見えて結局のところ理玖も根っこの何処かでは人とは違う感性で生きている。人は上手く生きるために同調していくことが多い。少しでも違いがあれば、それは異物としてその集団から放り投げられてしまうものだ。
人畜無害で温厚そうに見えるだけで、その巧妙に隠された竜の尻尾を踏まれた際には容赦なく手を出して痛めつけることも辞さない。実力行使は最後の手段と言い切るほどに、手が出てしまうことにたいして何も思うことはないのだ。
否、それは他人だからなのだろう。
他人だからこそ、興味がないからこそ。どうなっても、それこそ。目の前で死んでしまってもどうでも良いのだ。無関心というものは、ある種異能力よりも歪んでおり恐怖に陥れる。
「小脇に抱えている朱鳥さんに、傷だけはつけないでくださいよ」
「左腕から血をだらだら流してる君が言いますか。……では、反撃のお時間と行きますか」
ニィ、と口角を上げて笑う。馨の小脇に抱えられている朱鳥は何が起こったのか。ましては今から何が行われるのか理解が追い付いていらずに首を傾げて目を回している。その様子を視界に一瞬入れてから、馨は首を鳴らした。
「でも、話している途中に武器を振り上げてくるのはマナーがなっていませんね」
「がはっ!」
自由になった馨を襲うのは適正ではないと判断したのか、理玖に音もなく近づいては斧を振り下ろそうとしていた男を馨がいち早く気づいては思い切り蹴り上げる。勿論、異能力などは使っておらず、普通に蹴り上げただけだ。異能力などを使わずとも、大の男を蹴り飛ばして地面に伏せさせることが出来るほどには馨は十分すぎるくらいに強い。
武器を持って勢いよく襲ってきたくせに、自身の蹴り一つで地面に倒れてしまった男が面白くて仕方がないのだろう。何処か楽しそうに目を三日月に細めては瞳の奥に狂気を孕ませて笑っている。それは、喧嘩が楽しくてしょうがない、と言っているのが嫌でもわかる表情だ。
実際に喧嘩が楽しくてしょうがないのだろう。それらを決して何一つとして隠すこともしないあたりが、甘羽馨なのだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。監視官のお守も、異能官の仕事のうちなので」
「……あれ、でも甘羽さんって」
やってきた初日の言葉を思い出す。
馨は堂々と、異能官は監視官を守るものであるが自分はそうではないといったり、不要だと感じたら意味もなくすぐに切り捨てると発言しているのだ。そんな馨が、初日とは違うことをこうも平然に告げている。
その事実に気づいて理玖は、思わず表情が緩んでしまうのを押さえられない。
――これって、もしかして。
「何ですか。一人で笑って、気持ち悪い」
「ぷ、あはは。いいえ? ……では、甘羽さんが気絶させた人を僕は縛っていきますね」
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