第41話
その言葉を合図に、馨は指を鳴らして人が死なない程度に調整された数多の竜巻を引き起こして散り散りになっていた村人を一気にまとめ上げてしまう。その時間は数秒、長くして数分程度のようなもの。実力の差というよりも、容赦のない経験の差というべきなのだろう。
理玖はそそくさに、馨の圧倒的な強さに腰を抜かしている人たちを逃げないように縛り上げていく。手に足、馨にしていたように少し気持ちは強めで。
「そ、そんな酷くしないでください」
「何を言うんです? 報いというやつでしょう?」
小脇に抱えられている朱鳥は、周囲の村人が気絶していくその様を見ながら顔を青ざめて震える声で告げる。全ての真実を、既に馨から答え合わせとして聞かされていても割り切ることが出来ないでいるのだ。
それは理玖が気持ちよく夢の世界へ旅をしていた数時間前まで遡る。
「馨くんは、何を知っているんですか」
「何をって、知っていることだけ。はっきり言うと、朱鳥さんのお母さんである円香さんはもう死んでいますよ」
洞窟の中で告げられる言葉は、まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭くつららのように冷たい。わずかに朱鳥の瞳が揺らいで、唇が震える。恐怖でなのか、この洞窟の寒さで震えているのかは分からない。しかし、おそらく前者なのだろう。
そんな朱鳥を横目で見ながらも、胡坐をかいた太ももに肘を乗せては頬杖をつきながら話を続ける馨。この場に理玖が居れば、鬼や鬼畜の言葉を貰っていることだろう。
「というか、そもそも。朱鳥さん自身も何となくわかっていたんじゃないですかね。自分の母親が死んでいることくらい」
馨の指摘が図星なのか、そっぽを向いては言葉を詰まらせる。
彼女の指摘の通り、朱鳥は何となくであるが。本当は母親は死んで居てもう迎えに来ることなどはないのだろうなと薄々感づいていた。それでも知らないふりをして、そんなことはないと言い聞かせてずっと待っていたのは。
もう記憶が薄れて存在しないに等しい母親に、捨てられたのではないかという一つの考えを打ち消すためだった。今はもう答えも分からなくとも、朱鳥は何処かで自分を捨てて母親は幸せになって死んだのではないかと思ってしまうときがあるのだ。もしくは、自分が生まれたせいで自分は捨てられた、とも。
「最初は異能力なんて、発現していなかったのでしょう? それが、ある日。無意識でも異能力が出た」
言葉にすることはないが、静かにうなずいて肯定する。
何処か分かり切ったような口調で言っているあたり、馨からしてみれば彼女の自身の推測の答え合わせでしかないのだろう。
「私の推測ではですが、大方間違いではないでしょうね」
朱鳥は馨の言葉に困ったように微笑むだけで、何も言わない。否、何も言うことはしないのだろう。もしくは、何も言うことはなく馨の言っている言葉が全てなのかもしれない。
「何故、そこまでしてあの村にとどまり続けるのか到底理解できませんね」
既に鳥かごの扉は開かれている。それなのにも関わらず、自らの意思で朱鳥はいまだに鳥かごの中に居続けているのだ。出ようと思えば、外へ出ることも出来るのに。
その外が未知の世界故に怖く、出ることが出来ないのか。
それとも、出ることにより今よりも酷い鳥かごが待っているのではないかという考えから出ることが出来ないでいるのか。いずれにせよ、恐怖が勝っているために自ら出ることが出来ないことには変わりがないのだろう。
「だって、お母さんが……」
「母親に言われたから、ずっとこの場にとどまり続けるのですか。それは、朱鳥さんの意思ですか? それとも、下らぬやってくるはずもない未来に縋ってこのままで居ようと? それか、可愛そうな自分に酔いしれているのでしょうか」
馨の言葉はいつだって容赦がない。それが相手が、子供であろうとも新人社会人であろうとも。彼女の言葉は、いつだって飾り気のない彼女の心からの疑問。故に、純粋で時には残酷に聞こえてしまう言葉たち。
決して嘘をつくことをしないがために、その言葉に対して何処か後ろめたい気持ちがあればあるほど突き刺さってしまう。
「……っいつか、いつかきっと。お母さん迎えに来てくれるかもって! そう、思って過ごすことはダメなことなのですか……?」
悲痛な声に、悲痛な表情をする朱鳥に対しても目を背けることはなくじぃと彼女を見据える。目をそらさないのは、馨なりの誠意だ。
聞き漏らさないように言葉に必死に耳を傾けるのは、彼女の興味からだ。
「死んでるかもしれないってでも。本当は、死んでいないかもしれないじゃないですか!」
大きくまんまるい瞳から絶え間なくあふれてくるのは、透明な血液。まるで、言葉をいうナイフで刺されたことにより傷口からあふれ出しているかのようだ。否、実際にそうなのだろう。今までためにためて我慢をしてきたものが、馨の何気ない言葉で傷が開いている。
村人の前では何を言われても泣くこともせずに、必死に唇を噛みしめて我慢が出来ていたことでも、言葉でも。何故か、彼女の前では我慢をすることが出来ずにいる。
「何処かで生きてて、私は、お母さんに捨てられたかもだなんて」
幼いながらにつけられてしまったその傷の治癒する方法など知る由もない。
この場にとどまらせて、朱鳥を良いように使用しようと目論み続けた村人による言葉はある意味では彼女の中では腑に落ちるもので、それが事実なのではないかと思わせる。
そうして積み上げられて、出来上がった彼女の中での事実は。母親が異能力者の子供を煩わしく思ってこの村に捨てた、というものだった。
「私は、愛されていなかった、だなんて」
村人から暴言を吐かれようとも、殴られようとも何も思うことはなかった。所詮は他人だから、と思えてしまうのは何処か冷めていたからなのだろう。
もしくは彼女は、後天的に異能力が開花したと言えども異能力者であるが故に人と何処か別のところで達観をするような思考をしていたからなのか。子供らしくない、その思考に誰もが不気味がり指をさしてクスクスと陰口を告げる。
「くだらない」
朱鳥の必死の言葉を、その一言でうんざりするように切り捨てる。
お涙頂戴、同情の言葉がほしいわけではなかったが。それでも、優しい言葉をくれるのではないかと心の何処かで期待をしていたのだろう。流れていた涙は、予想もしなかった言葉によりピタリと止まった。
「悲劇のヒロイン気取りです?まぁ、どうでも良いですけど」
冷めた瞳に、冷めた口調。
目の前に居るのは、先ほどまでのんびりとしていた者だったのだろうかと。昨日、迷子になって困って歩いていた者なのだろうかと思わせるほどに雰囲気が違う。
それはまるで、二重人格のような。
「自分は愛されるべき人間だとか、甚だしいにも程があります。自意識過剰ですか? 親に捨てられた? 異能力者であれば、よくある話です。別に貴方に限った話ではない。その分、本当の両親の顔も思い出すことが出来ないでいる朱鳥さんは、幸運なほうでしょう。異能力者の中には、両親から受けた傷をいまだに忘れることが出来ずに苦しんでいるものもいる」
その言葉の中に、自分が含まれているのか。
それとも、馨が今まで見てきた異能力者というものについて淡々と事実を述べているだけなのか。
「生きているだけでも儲けもの、とはよく言ったものです」
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