第17話
「南郷さん、よろしいでしょう……うげ」
「え、今私を見て言いました? ちょっと喧嘩売ってます? しょうがないですねぇ、その喧嘩言い値で購入しましょうか。なお、生死は問わないものとするという条件がくっついてくるんですけど」
パタパタと資料を持った一人の警官が南郷のところまでやってくると、その隣に居た馨に気づいて隠すこともなく顔を歪めては心底嫌そうな表情と声を出している。馨は口では嫌悪感を表すようなことを言っているが、表情は無表情に近く何を考えているのかわからない。やってきた警官からしてみれば、それがまた不気味だったのか「ヒィ」と小さく悲鳴をあげては逃げるように馨が見えないように南郷の影に隠れる。彼女はその様子をみて、何かを思ったのか楽しそうに口角をあげてはそっと視線を南郷へと戻しいた。
一連を見ていた理玖は、何度目かもわからないため息をついてから内心で南郷の影に隠れてしまった警官へ謝罪をしつつもそっと彼の話を聞くべきであると判断したのか視線を馨と同じく南郷へ向けた。
「甘羽嬢、あまりこいつをいじめてくれるなや。まだまだひよっこなもんでな」
「なるほど。南郷さんの後任ってことですね。それは今から是非とも仲良くしてほしいものです。……して、何か?」
「そうだなァ。……この二人がいることに関しては気にするな。儂の判断で二人と同行しているからのう。……で、何か進展かあったか」
南郷は至極柔らかく伝えては、彼曰くはひよっこの警官を安心させるようにしてから話をするように促す。警官はまるで、チワワのように馨たちを隠れて睨みながらも南郷の指示には逆らうことができないのか、しょんぼりとして資料を持ち直して雰囲気とは違いはっきりとした口調で報告をする。
「焼け跡からのこれ以上の捜索は難しいだろう、というのが現在の鑑識の見解でした。あと、見つかった死体の鑑定結果が早くも推定で出ています。焼死体の中から、各務早咲と思われる死体は見つからず。彼女はまだ生きている可能性があるとのこと。……あと、これは先輩たちが話しているのを小耳に挟んだんですが」
最後の言葉は、伝えるのに戸惑いがあるのだろう。
少しだけ視線を右往左往させては伺うように南郷を見る。刑事課はノルマというものが存在している。このノルマは、言ってしまえば手柄と直結しているのだが刑事課が動くような大きな事件というものは頻発するようなものでもない。だからこそ、一つ一つの事件が大事な手柄となりどうしても横取りされることを嫌う傾向がある。それを理解しているからこそ、彼は小耳に挟んだ程度の情報でもたとえ上司であっても南郷に伝えるのが憚れてしまうのだろう。
彼は人の手柄を横取りするような性格ではない。
それは警官である男も理解しはしていたが、この場には刑事課に所属していない厄介者である異能課がいるのだ。手柄を横取りされることを嫌うのは当然だが、その中でも異能課に手柄をとらえれることをどこの部署も極端に嫌悪している。
「まぁ、何が言いたいのかは推測可能ですけど。その話に異能が少しでも絡むのであれば、私たちの管轄。そうでなければそちらの管轄になるので、どうぞご自由にってところですけど」
なかなか話出さないひよっこ警官に痺れを切らしたのは、南郷ではなく馨だった。
南郷も問題ないことを告げて、警官に話すように促している。この場で聞いたことは聞かなかったことにすることだって可能である、ということも付け加えて。果たして、それがいいことなのかは今は考慮しないほうがいいだろう。
「……実は、この研究所に数日前に異能力研究事務所から圧というか、何か来ていたみたいで」
「やっぱり」
「やっぱり? ははん。さすが異能課だな。お前らのところの情報は早すぎて困るのう。ま、冗談はさておき。異能力研究事務所か。あそこが絡むとなると、本格的に異能課にもお手伝いをしてもらう必要があるな」
異能力研究事務所、という言葉を聞いて馨の肩をピクリと動く。
彼女と異能力研究所の因縁は、なぜか誰も興味を示さず覚えていないが理玖は違う。あまりこの二つと結びつけるのは良くないのではないか、と察した理玖はそっと手をあげてから、おずおずといった具合に話だす。
「えっと、すみません。少しだけいいですか?」
「ん? なんだ?」
「その、関係がある可能性はわかりました。ですが、異能課が異能力研究事務所に行くよりも南郷さんたちが各務さんの行方を聞くという名目で行った方が素直に良さそうな気がして」
「お、それはなんでそう思ったのか聞いても?」
どこか興味深そうな表情をしては南郷は理玖の言葉を待つ。馨も彼が何を考えているのか理解ができていないのか、目を細めてことの成り行きを見守るように見ている。否、ぼんやりと本当は彼が何を言い出そうとしているのかはわかっているのかもしれない。それらの表情がいっさい顔に出ていないだけで。
「各務さんが、元々異能力研究所の人間であったことは経歴にも書かれていますし、関係者であることは確実なので。元の職場に所在を尋ねる、のはなんらおかしなことではないと思います。それに、まだ各務さんが生きている可能性を隠しておきたいならば事件と事故の両面で捜査をしているためにとか言えばどうにでもなるんじゃないですか?」
良くドラマや小説で見る内容を告げる。
あまりにも大胆でかつフィクションじみたことを当然にいうものだから、南郷は目を丸くしては楽しそうに口角を上げて声を殺して笑っている。ひよっこ警官も理玖の提案は思ってもいなかったのか目を丸くしていたが、次第に目に輝きを取り戻してはキラキラとした表情で南郷を見る。
新人というものは、知り合いではなくとも何か通ずるものがあるのかもしれない。
「南郷さん! これ、行けそうじゃないですか! だとしたら、うちのグループの手柄になれますよ!」
「いや、両面から捜査っていうのは良くするからいいんだが。まさか、お前さんが各務早咲の生死を公表しないならという提案が来るとは思わなくてな。そっちにもびっくりしてた。だが、確かに彼女の生死は公表したくないのも事実」
「……南郷さん、これは私からの提案です。二手に分かれてお互い協力しながら捜査を進めしょう。ああ、本部のように立てなくていいです。私たちは捜査一課に協力するわけじゃないので。あくまでも、南郷さんに協力をするだけ。南郷さんたちは異能力研究所、私たちは各務早咲について。なかなか良いと思うんですが、どうでしょうか」
お互いの得意分野を活かした提案だった。
理玖の思惑通り、馨を異能力研究所へ向かわせるのは良くないということを彼女自身も感じていたのだろう。だからこそ、彼女はこの提案をする。何より、誰がどこで何をしているのか、という情報になれば異能課を超えるものは警察内部でも謎に包まれている存在しているかもわからない公安の特殊部隊くらいだろう。そして、そんな彼らはもちろん誰が所属しているのかもわからないのでこちらからコンタクトを取ることもできない。
正確で早い情報が欲しい場合は、異能課を頼ることが一番であるというのは警察内部でも周知の事実だ。実際は、誰も理解をしていながらも頼ることをしていないのだが。
「確かにそれが良いだろうな。うちで調べられる情報には限度がある。それに加えて、異能課のもつ情報はとびきり最高にうまいもんがある可能性が存在していることも知っているからな。よし、今回は甘羽嬢の提案を飲もうじゃないか」
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