第18話

 ニカリ、とまるでイタズラを思いついた子供のように歯を見せて笑う南郷に対して驚きで目を丸くさせる青年と呆れたようにため息をつく理玖。馨としては、あくまでも捜査一課と協力をして共同で解決するということは一つも考えていないのだろう。それほどまでに、捜査一課が嫌いなのか、もしくは単純に嫌がらせをしておきたいのか。否、もしくはその両方か。

 彼女の真意はさておき、提案されている内容としては悪いものではないことも確かである。南郷が、頷くのも無理はない。


「あの曲者揃いと、協力だなんて……」

「ひよっこ、そう言うな。持ちつ持たれつという言葉があるように、そういうやつと思うと良い。もしくは、そうだなァ……、餅は餅屋ってことか」

「さすが南郷さん。物分かりが良くて大変ありがたい限りですね。見た限りですと、そこにいるひよっこくんが今回南郷さんと組んで捜査に協力してくれる人ですよね。では、改めて。すでにご存知と思いますが異能課所属の異能官である甘羽馨です。ひよっこくん、今回はよろしくお願いしますね」

「ひ、ひよっこ!? 南郷さんが僕のことを変なあだ名で言うからこの人まで使い始めたじゃないですか!」

「はっはは。まぁ、別に良いだろう。甘羽嬢、こいつのことは玄のように楽しくこき使ってくれや。ああ、忘れてた。こいつは、日和見和葉ヒヨリミカズハだ。だからひよっこ」


 変わらず南郷から「ひよっこ」と呼ばれている警官改、和葉はあきらかに不満ですという表情を一つも隠すことをせずに南郷に文句を言い続ける。そんな二人の様子を見ながら、馨はどこかで見たことがあるようなやりとりだな、と内心で思いながらあまり興味が出なかったのか隣にいる理玖へと体を向けて話し始める。


「では、高砂少年。やることは分かりましたか?」

「全く持って繋がりの一つ説明なしなところが、甘羽さんらしいと思いますよ、ええ、本当に。なんとなく、理解はできました。ともかくここでの証拠や各務さん関係各所については南郷さんと日和見さんが担当。僕たちは、各務さん単体を担当する、と把握しましたが合っていますかね」

「完璧です。では、そうと決まれば一度執務室に戻っておもちゃを欲しがっているであろう莉音さんへ協力依頼をかけましょうか。私たちはその情報をもとに現場へと移動して物的なにかがあるかの確認をしていくことになりそうですね。良いですね、こういうジグソーパズルが一つ一つ埋まっていく感覚、大好きです」


 本当に楽しくなってきたのか、馨の声色がどこか弾んでいるようにも感じることができる。そんな彼女の態度をよく思わなかったのか、和葉はムッとした表情をして文句を言っていた南郷から馨へと視線を向けて指を指しては抗議をするように口を開いて言葉を紡ぎ出す。


「人が死んでいるのに、その言い方はどうかと思う! これはゲームじゃないんだぞ!」


 まるで、絵に描いたような正義を貫こうとする性格なのだろう。その言葉を聞いて、理玖は馨とは相性が悪そうだ、と言うことだけを瞬時に理解してしまう。叶うならば、その場にしゃがみ込んで頭を抱えて嘆きたいところであったが今はそうする時間も惜しい。指摘された馨は、パシパシと瞬きを数回してから首を傾げている。彼女と和葉の感性はわかりあうことはないということが決定した瞬間でもある。


「人生はゲームと同じですよ。それに、人はいずれ死ぬものですし。それが遅いか早いかの違いでしょう? 犯人探しも、動機探しもある種のゲームのようなものじゃないですか。証拠を集めて犯人へと導いていく。よくある探偵もののゲームとかと殆ど一緒。何が違うかって言うのは、リアルで命が天秤にかかっていることくらいでしょうか」


 けろり、と指摘されても彼女は彼女で思っていることを平然と告げる。

 その言葉に対してわなわなと肩を震わせては、耳を赤くする和葉。彼女の言い分を理解できないのか、もしくは理解したい思わないのか。震えた肩を落ち着かせるように、隣にいた南郷がそっと和葉の肩に静かに手を置いて馨へ目配せをする。まるでそれは、これ以上刺激をするな、さっさと行けと言っているようにも感じる。

 理玖は実際、そのように受け取り馨の腕を掴んでこの場から離れようとするもつかむ寸前ではらりとかわすように逃げる馨。


「今回は同じチームを組むことと、南郷さんが可愛がっていることを考慮してそれ以上のことはしませんけど。勘違いしないでくださいね、ひよっこくん。……お前の正義とやらがどこでも通用すると思うなよ、クソが」


 にっこりと冷たく言い放っては、言いたいことを言えて満足げに頷いてから馨は踵を翻してこの場から立ち去っていく。理玖は、とりあえず意味もなく頭を下げてから急いで馨の元へ走り去っていった。


「……南郷さん」

「ああ、甘羽嬢だろ。いやぁ、甘羽嬢は癖が強いからなぁ。好き嫌いがはっきりと分かれる性格をしていることもあってな。お前とは相性が悪そうだと儂は思っているけどの」

「大当たりで、南郷さん。僕、あの人のことすんごい嫌いです。人の人生をゲームのよう言いやがって……。人が死んでいるのに何食わぬ顔でゲームの脱落者みたいな感じでいう。人間、死んだらそこで終わりなのに」

「そうだなぁ。人間、死んじまったらそこで終わりだ。儂らが各々正義を持って仕事に取り組んでいるのと同じように、異能課の連中も各々の正義があってそれを軸に仕事をしとる。その正義は、きっと儂らじゃ理解できん範疇にあるもんだろう。ま、無理に理解をしようとせんでいい。ああいうのは、そういうものだ、と割り切っておくのが一番さ」

「駒みたいに、切り捨てて扱えってことですか? 確かに僕はあの甘羽馨は気に食わないし嫌いですけど。でも、それは違うと思います。やり方は違っても、目指しているゴールは一緒なんだしある程度はお互いに妥協する必要もあるだろうし……。はぁ、うちのグループが手柄を獲得できるって喜んだのに、なんだか気が重いや」



「甘羽さん、日和見さんにやけに強く当たりましたね」

「そうですか? いたって普通だと思いますけど。というか、高砂少年の初任務の時もあんな感じだったと思っているんですけど」

「言われてみればそうだったような……。僕はもう慣れましたし、あの時は僕にも非があるなぁって思うところはあったんでなんともですけど。結構面と向かってやられると怖いもんがあるんですよ」


 二人は、のんびりと歩きながら警視庁を目指していた。途中、タクシーを使うもどこかで事故が発生したらしく見事に足止めされてしまいタクシーから降りて二人は徒歩で向かっていたのだ。もちろん、タクシーにはその時の代金を支払って止められたら面倒になって降りてきて今に至っている。

 先ほどのやりとりのことを思い出しながら、理玖は一応馨に苦言を呈する。言ったところで、彼女は何も思うことはないのかもしれないが言わないだけマシだろう、という理玖自身の勝手な自己満足である。言わなければそれはそれで、ずっとモヤモヤとしたものを抱え込むことになるのは違いない。それだけは彼自身が嫌だ、と思ったのだろう。


「でもまぁ……。甘羽さんのいうことも一理ありますけどね」

「お、高砂少年は早くも異能課に染まっていますね?」

「染まってる、のかなぁ……。でも、そうじゃないですか。みんな自分が思っている何かがあって、それを押し付けるなっていうのは同意ですし。ちなみにですけど、甘羽さんの正義ってなんですか?」

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