第19話

 話の中で出てきた「正義」というものについて、興味本位で聞く。

 あの飄々としており、自分勝手でつかみどころがない自由人である彼女の口から出てくる「正義」という言葉こそ、あまりにも似合わない。普段の言動なども相まって、余計に不釣り合いのようにも感じてしまうのだろう。理玖からの何気ない問いかけに対して、数回瞬きをしては静かに視線を背けるそぶりを見せる。その後に、何かを考え込むような表情を見せてはいつもの飄々とした何を考えているのかわからない表情に戻って視線を理玖へと戻した。

 表情はいつもと変わらないが、その美しく輝く奇怪な色をした瞳が何かを雄弁に物語っている。


「さぁ、なんでしょうね?」

「あ、結局はぐらかす。そういうの、どうかと思いますよ。僕が頑張ってコミュニケーションをしようとしているのに、甘羽さんがぶつ切りしちゃあ話が続かないじゃないですか」

「そんなこと言われても困りますよ。なら、もっとコミュ力を向上させたらどうです。こういうぶつ切りされても、話題を提供して場を盛り上げるための練習だと思って」

「ぶつ切りする前提で話してますよね、絶対に」


 理玖の返しが面白かったのか、くつくつと喉を器用に鳴らして笑っている馨を見て、まぁいっか。と聞こうとしていたことさえも最も容易く放棄してしまう。ここで無理に聞き出そうとしても、答えてくれることはないだろうと察したのか。もしくは、まだ付き合いが短いが故に教えることはできないのか。

 ふと、違うメンバに聞いてみようかという考えも脳裏によぎるがそれはなんだか卑怯な感じがしてしまったのか理玖は軽く首を横に振っては考えを取り消した。


「じゃあ、戻ってみんなに方針を伝えて僕たちも探していきましょうか」

「そうですね。……ところで、高砂少年。どうして南郷さんたちが各務さんについて隠したいと思ったのか聞いても?」


 まさか、その質問が来るとは理玖も思っていなかったのだろう。数回ぱちぱちと瞬きをしてから、目を細めて考え込む。特にこれと言った深い理由があったわけではない。ただ、考えうる可能性を巡らせた結果その方が一番穏便にできるだろうという理玖なりの結論だっただけなのだ。それは見事当たったのだが。


「南郷さんが、というのは別に思ってなくて。なんというか、こう。僕たちが好き勝手調べるためにはある程度の情報公開の制限も必要かなって」

「ぷ、あはは!!! やっぱり、高砂少年は異能課に染まりきってるじゃいですか」


 よほど面白かったのか、馨は目元に涙を溜めて盛大に笑った。自分が優位に動けるように考えた結果があの回答であるならが理玖も十分に異能課に染まっているという証拠だ。何せ、異能課は自分がどれだけ好き勝手動くことができるかを重きにおいてある程度の情報をあえて公表しない、共有しないということだって多くある。その結果、異能課に優位に事柄を進めていることだって当然に存在しているのだ。

 刹那、理玖は仕事がない時は過去に異能課が取り扱った事件などを熱心に読み込んでいたことを思い出す。一部は提出する必要があるため簡易的なことしか書いていないが異能課のみ開示の資料には事細かに色々と書かれている。ある意味それは、犯罪指南書なのではないかと思わせるものも多くある。それらを読み込んだ結果が今に繋がっているのだろう。


「確かに、各務早咲が生きているということを公表するとちょっと厄介なのことは変わりがありません。彼女が研究所を燃やしたのか、もしくは燃やされたのか。後者であれば彼女が生きていると公表すれば危険が迫り、前者であれば彼女を油断に誘うことだってできる。もちろん、逃げられるリスクも同じくらいに発生してしまいますがね」

「でも異能課は狙った獲物は逃さない、ですよね。物理的にも、データ的にも逃げられるように見えないですし。なんか、たまたまだと思いますけどスペシャリストの集まりのようにも見えて少し、というか結構怖いですよ」

「言っておきますけど、別にみんな何かの専門ってわけじゃないですよ。莉音さんが飛び抜けてすごいだけで、後のメンツは普通です。まぁ、ちょっと怒らせたら怖いかもしれないですけど、許容範囲ですって。ほら、楽しく会話をしているともう警視庁に到着しましたよ」


 楽しく会話をしていたのかは不明だが、警視庁に着いたのは事実だ。

 二人はそのまま入口から中に入っては、特定のルートを歩いて異能課がある地下へと向かっていく。途中、自身の持つカードや指紋、虹彩認証などを通してようやく見慣れた場所へと戻って来た二人はのんきに欠伸や伸びをしながら廊下を歩いている。


「おや。二人とも、現場検証に行っていたのかな?」

「宵宮さん! いや、あれは現場検証というよりも……」

「現場視察ですよ。もしくは、別の名を冷やかしというかもしれませんね。ところで、伊月室長はここで何をしているんですか?」

「いや、何も……。宵宮さんは異能課のボスでもあるんですが、ここに居てもなんら問題ないような気がするのですが」


 少しだけ目を細めて呆れたような表情で告げる理玖に対して、数回瞬きをしてから不思議そうに首をかしげている馨。彼女は理玖が言っている意味合いで、何をしているのかを聞いたわけではないのだろう。伊月は、彼女の質問の意図を正しく理解したのか何処か満足そうに微笑んでは目を細める。そのまま腕時計を横目に時間を確認する。そんな彼を見て、馨はパンッと手を叩いては思い出したように口を開く。

 否、開こうとしていた。


「少しこっちの様子を確認しにね。そういえば、南郷さんから電話が来てね。今回の担当に南郷さんが居たんだって?」

「そうなんですよ。南郷さん久々にあったんですけど、目元に皺が増えたような気がして。苦労しているんですね、地上は。……伊月室長はどう見ますか」

「どう、と言われてもなぁ。……一つ言えることがあるならば、蝶と蛾を有意義に使いこなせれば面倒ごとがあってもそれなりに収穫があるかもしれない、ということくらいだろうか」


 蝶と蛾。

 それは、先日異能課まで資料を持って来た蝶梨と彼女と一緒に暮らしている蛾と呼ばれている青年のことだ。まだこの二人について理解が及んでいない理玖は、伊月の言った言葉に対して首を傾げながらも、隣に居た馨へと視線を向ける。

 彼女はにっこり、と微笑んで満足そうに口角を上げては「ですよね」と告げて理玖のことを気にすることもなく執務室の扉を開けて中に入っていった。


「高砂くん」

「何でしょうか?」

「随分とここに馴染んでくれたような気がしているんだが、実際はどうかな」

「えっと……。まぁ、はい。馴染んだ、のかもしれないです。甘羽さんにもそう言われてしまったので。僕は全く気づいていなかったんですけどね」

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