第20話
理玖はふと、思ったことを確認しようとして目の前に居る伊月を視界に入れては少しだけ戸惑ったように視線を右往左往させてしまう。先ほど、彼が自身の腕につけている時計を見て時間を気にしていた姿を見ていることもあり足を止めさせてまでも聞いても良いことなのか、考えてしまっているのだろう。
確かに伊月は時計を見ていたが、それはある種癖のようなものであり別に時間を気にしているわけではないのだがそれを理玖が知る由もない。中々口を開かない理玖に首を傾げながらも話しかける伊月。
「どうかしたのかな? ああ、もしかして私の風貌のせいで話しかけにくいとかだろうか。ふぅむ、馨と羽風からはかなり好評だったのだが。流石に屋内サングラスにオールバックはちょっといかついか」
「あ、いや……。いかついのは慣れているんで、良いんですけど。て、その見た目って甘羽さんと傷蔵さんのおすすめだったんですね」
「はは、まぁね。ああ、時間に関しても気にしないでくれ。時計を見るのは癖になってしまっていてね。昔からこうして面倒ごとから避けることが多くて、今でも癖になっていたんだ。治そうとしているんだが、中々治らなくてな」
乾いた笑みをしては先ほどの時計を見たことの説明をする伊月。時間は問題ないのか、もしくは理玖自身を気遣っての行動なのかはさておき理玖はいったんその言葉をうのみにして少しだけ困ったように眉を下げては口を開いて話し始める。
「実は。……かれこれ、甘羽さんと二件ほどそれなりの案件に関わってきましたが。いまだに宵宮さんが僕をスカウトした理由とかが分からなくて。なんで、僕をスカウトしたんだ、と」
「ふむ。……それを言ってしまえば面白くないんじゃあないかな。ここは、高砂くん自身が見つけ出してくれ、としか私は言うことができない。でも心配させてしまったら申し訳ないな。しっかりと私は君は問題ないと判断してスカウトはしているから安心してほしい。現に、君は馨と良いコンビだからな」
にこり、と目を細めて笑っている伊月。彼の雰囲気や声色は、嘘をついているようには感じない。理玖は少しだけ釈然としなさそうな表情をしているが、これ以上何かを質問しても大丈夫、という彼からしてみれば何を根拠にしているのか分からないが確信めいた声色で上手く丸め込まれてしまうな、と理解をしてから頷いた。
伊月のことは理玖にとって「信用に値する」人あるということなのだろう。今はまだ話すことはできなくとも、それにはしっかりと理由がある。そう思ったのだろう。
「でもまぁ。……何か困りごとがあれば気兼ねなく話してほしい。私が出来ることは限られているかもしれないが、大事な部下を守ることも上司の仕事だからな」
「その時は、……はい。遠慮なく頼らせてもらいます。では、僕も甘羽さんのところに行きますね。あ、そうだ。宵宮さん、今回南郷さんと協力することになったんですがいざこざとか、大丈夫なんですか?」
それは純粋な疑問だった。
異能課は何処の部署とも必要最低限しか関わることはしないうえに、その部署からも反感を買っていることが多い。主に、事件があったときに視察と称して馨が現場に横やりを入れに行ったり羽風が内部の警官に言い寄られては木っ端みじんに問題にならない程度に片づけたりとすることも多いからだ。
羽風の場合は相手に非があるが、少々過剰防衛の節があるが馨に至っては彼女自身の遊びで行われているだけである。
「問題ないさ。そういうのを円滑にするための根回しは私の得意分野でね。高砂くんたちは、自分が思うままにつき動けばいいさ。そのツケは私が払拭する。出来ることを最大限までに、な」
「……ありがとうございます。その、宵宮さんもあまり無理はしないでくださいね」
「はは、ありがとう。確かに一部連中は気に食わないが、そういう奴らを黙らす方法はあるから大丈夫さ」
伊月は楽しそうに笑っては、片手を上げて振ってからそのまま何処かへと立ち去って行った。
彼には他にも色々と仕事などがあるのだろう。
そっと執務室の扉を開けて中に入ると、そこにあったのは楽しそうに話している馨と話を聞きながらパソコンの前で何かをしている莉音。少し離れた休憩場所で、チェスをしている羽風と藍。羽風の担当監視官である、朱夏は用事があったのかこの場に居なかった。
――本当にここは警視庁内部にある執務室で、業務中なのだろうかと思うレベルなんだよなぁ。
何処か遠くを見つめてから、馨と莉音が何かをしていることに気づいて二人の近くに歩いていく。その際にチェスをしていた羽風たちの横を歩いたその時に仕事とか関係のない雑談で盛り上がりつつも駒を動かしている。
「あの、二人とも……。何かありましたか?」
「ああ、高砂監視官。おかえり」
「ただいま戻りました。甘羽さんと浅海さんが笑顔でパソコン前に集合していると、何か楽しくとんでもないことをしているようにしか思えないんですよね。何か、収穫とかあったのですか?」
この二人が揃ってパソコン前に居れば、何か相手にとっては良くないことが起きることが多い。常人では考え付いても理性でそれを実行することはないことであったとしても、彼女は平然とそれらを実行することが出来る。たとえ、それで人が数人死ぬことになったとしても根回しをして問題なくやり遂げてしまうだろう。
なにせ彼女は、今でこそ異能官として働いているが元々は多くの人物を虐殺した大量殺人犯なのだから。
「収穫、と言えば良いのか分からないんだけど……。馨くんが面白いことをしたい、と言い出してね。いや、まぁどっちにしろ各務早咲を探す必要があるから深層ネットワークに潜っているんだけどね。これがまぁ……」
「ちょっと火種を投下したら、お祭り騒ぎになってしまってて」
「……つまり、情報収集をするのに深層ネットワークに行ったら炎上騒ぎまでになってしまった、ということなんですね」
「炎上っていうほどではないんだけど、推理厨が出始めて面白い話をしてくれたんですよ。それが原因でお祭り騒ぎになっていて。……今、私がこの推理厨の身許を特定できるように煽って莉音さんが頑張ってくれているんです」
やることが何もかも予想が出来る斜め上をいく。つまるところ、理玖にはそれを理解することはできない、ということである。
莉音は少しだけ困ったように眉を下げては肩をすくめるが、キーボードを打ち込む手は止まっていない。彼は彼なりに仕事をしているのだろう。理玖は内容が気になってしまいそっと現在やり取りをしているものがある画面をのぞき込む。
「……何ですか、これ。一昔前の掲示板みたいなことしてるじゃないですか」
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